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雨の中の女

作者: ズラえもん

雨の中の女


雨に煙る歩道に傘を斜めにさし一人たたずむ女性、私が彼女の姿に気づいてからすでに30分は経過しているだろう、降り続く雨に周りの景色はまるでレースのカーテンをひいたかのようにぼやけ、雨粒が当たるたび若草色の傘が規則正しいリズムを刻んでいる。


女性は30才前後だろうか、時々遠くを見つめたり携帯のメールを確認したりしており、その様子が私の目には悲しげでもありまた楽しげにも写っていた。


私は彼女のそんな姿が何故か妙に気になり、自分の運転する個人タクシーを道端に停め、車の天井を激しく叩く雨音と、ひっきりなく動き続けるワイパーのモーター音を不快に感じつつ、運転席で弁当をほうばりながらじっと見つめていたのである。


しかしあの時私は何がそんなに気になったのだろう?


毎日のようにタクシー乗務をしていればよく見かける光景であり、特に珍しかったわけでもないはずなのだが・・・。


そんな疑問を残しながらも、客との待ち合わせの時間が迫り車を発進させたため、私には彼女がその後どうなったのかは見届けられなかったのである。




ここは片田舎の小さなリサイクルショップ、リサイクルショップなんていえば聞こえはいいが、店内にあるものは店主の俺から見てもガラクタにしか見えない!


というのも、もともと経営者だった俺の父親が亡くなり長男の俺が仕方なく後を継いだのだ。


これでも昔はそれなりに繁盛していたみたいだが、今では一日開けていても誰一人客が来ない日も珍しくない。


そこで仕方なく、わけのわからない壷やら掛け軸やらを店の隅に追いやり、間口のほんの一角に雑貨を並べ、コンビニよろしくそれらを売りなんとか生計を保っているしだいだ。


♪♪トゥリルリン♪♪♪♪トゥリルリン♪♪♪


けたたましく鳴り響く電話の音に、レジカウンターの奥で椅子に座ったままうつらうつらと舟をこいでいた俺は驚きとともに目を開いた。


「もしもし田野中商店です!」


“バラバラビチャビチャバラバラビチャビチャ・・・・・・・”


慌てて受話器をとったが相手は何も言わず、降り続く雨とそれが何かに当たり弾かれる音だけが聞こえる。


「もしも~し!!」


“バラバラビチャビチャバラバラビチャビチャ・・・・出して・・・タオルを貸して・・”


「えっ! なんですか? もしも~し・・・」


“バラバラビチャビチャバラバラビチャビチャ・・・・   トゥ~トゥ~トゥ~・・・”


俺は相手の声が聞き取れず再び呼びかけたが、その時にはすでに電話は切れていた。


「チェッ! なんだってんだ全く・・・」


夢心地から引き戻され、不愉快な気分で悪態をつき窓の外を見ると、雨は相変わらず降り続いている。


"くっそ~ いつまで降り続けるつもりなんだ?"


窓を叩く雨はガラスを伝い、流れる水に外の景色は陽炎のごとくゆらゆらと揺らめいて見え、店内は調子の悪い空調設備がウンウンと不快な音をたてており、冷えも悪く中途半端な室温に俺の額には汗が光っていた。


「まったく! この役立たずが。」


そう呟き、イライラしながら天井の空調を睨みつけたときだった。


突然店のドアが開く音がしたかと思うと、礼服に身を包んだ一人の男が店内に飛び込んできたのである!


「うわっ! たまらんなこの雨、傘なんかなんの役にもたたないよ。」


入って来たのは俺の中学時代の同級生で山崎という男、彼はこの先で水道屋を経営しており、職人としての腕もいいのだが、部類の酒好きでいつも昼間から呑んで赤ら顔をしているため、近所では仕事がもらえずいつも仕事は隣町を拠点としている。


浅黒くシワの目立つ目じりと角刈り頭のせいで随分老けて見えるももの、山崎は俺と同じく今年25になったばかりなのだ!


山崎は手ぬぐいで濡れた頭をゴシゴシとこすりながら、俺に向かって言った。


「田野中、いつものワンカップくれや~」


俺は言われるままに酒棚に手を伸ばし、山崎を振り返った。


「今日はどうしたんだ、珍しく礼服なんか着て?」


「ああ、今日はたまたま隣町の知り合いの家で葬儀があってな、俺も呼ばれているだよ。 まあ最初は付き合いも浅い相手だし香典だけ包んで断ろうとも思ったんだが、こう降られたんじゃ商売にもならんし、義理で顔だけ出しとこうと思ってな。」


「それはそれはご苦労様。」


「それよりお前もこんな日に店開けてても客なんか来やしないだろう? 俺も変人だがお前も随分と変人だ、いくら親父さんから受け継いだとはいえ、本通りならまだしもこんな辺鄙なところで商売続けようてんだから。」


「確かにな、まあうちの場合は雨が降ろうと降るまいとお客さんの数にはあまり関係ないけどね。」


俺はそう言うと木製の椅子を山崎に進め、ワンカップを手渡すと自分も腰を下ろした。


「そうかい、ま、人生焦らずのんびり行こうや。」


「でも山崎、これから葬儀の席なのに、うちで呑んでていいのか?」


「ん? かまうもんか、どうせ向こうでも呑むんだから迎えのタクシーが来るまでの景気付けよ! それに迎えのタクシーはここに来ることになってるから。」


「なるほどそういうことか。 てことはタクシーは岡島だな?」


「そうそう岡島タクシー、あいつがいるのがわかってて俺が他のタクシー使うわけにもいくまい。 しかしまあ俺達同級生の中じゃあいつが一番の成功者かもな。」


そう言って山崎は額に浮かんだ汗をぬぐいながらワンカップをうまそうにすすりあげたあと天井を指差した。


「なんだ、やけに蒸し暑いと思ったらお前まだエアコン直してないのか。」


「ば~か! 当然だろう! 食ってくのがやっとでそんな余裕なんかあるもんか、それよりいっそのこと建物をぶっこわして駐車場にでもしようかと思ってるくらいだよ。」


「駐車場? 止めとけ止めとけ、こんな場所を駐車場なんかにして誰が借りる?」


「・・・だよな。」


俺は山崎の言葉にハーッと大きなため息をついた。


「おお、ワンカップもう一本くれや、それとそこのスルメも!」


「おいおい、相変わらず呑むのが早いな。」


俺は立ち上がり、棚からワンカップを取り手渡そうと差し出したが、そのとき山崎は何やら店の奥を凝視しており受け取ろうとしない!


「山崎、どうかしたか?」


俺はさっきまで自分が座っていた椅子にワンカップを置き、山崎の見つめる視線の先を追った。


そこは親父がかつて仕入れていた、いわゆる骨董品と呼ばれる俺には全く価値のわからないものばかりを並べた棚であり、山崎の視線はその棚の下の方に向けられている!


「何か珍しいものでもあるのかい?」


山崎は俺の目を見たあとまたすぐに棚に視線を戻し言った。


「田野中! この建物雨漏りしてるのか?」


「雨漏り? いや、それはいくらなんでも・・・」


「だよなぁ・・・天井はどこも濡れてないもんな。」


そう言って山崎は上を見上げ天井の隅々までを見回した。


「じゃああの水はどこから出てるんだ?」


再び店の奥に視線を戻した山崎は、不思議そうな表情で俺を振り返ったが、俺には質問の意味がわからなかった。


「水?」


「ああ、ありゃどう見ても水だろう?」


そう言うと山崎は立ち上がり、通路に置かれた骨董品の間をぶつからぬよう身体をひねりながらツカツカと店の奥へと入っていく、俺もあとに続いた。


「ほらみろ、やっぱり水だ!」


それは確かに水であった!


どこから出てるのであろう、水は棚を伝い床にサッカーボールほどの水溜まりを作っている。


「おかしいな、朝見たときにはなかったのに。」


そう言って俺が山崎を見ると、山崎は目の高さの棚の奥へと手を差し入れなにやらゴソゴソと探っていた。


「こいつだ! 田野中、水はどうもこの奥の木の箱から出てるみたいだぞ。」


山崎はそう言って俺を振り返ったが、彼の腕は棚に乱雑に置かれたがらくたの間から奥へと伸びているため俺のいる場所からは確認出来ない。


俺は手前の邪魔物を近くにあった段ボール箱になげこみ山崎に言った。


「これで出せないか?」


すると山崎はコクリとうなずいて見せ、棚の奥から桐の箱を引きずり出したのである。


それは正方形で細長く、ちょうど建築に使う柱を1メートルほどに切り出したような大きさで、元々白かったであろう表面は茶色く変色し、所々染みのような模様が浮き上がっている。


「とりあえず広い所に運ぼう。」


山崎がそう言って箱を両手で抱えると、傾いた箱の隅から大量の水が滴り落ち、さっきまで箱が置かれていた棚を見ると、箱が置かれていた場所だけはびっしょり濡れているが、その他は渇いた埃が蛍光灯の明かりに白く浮かび上がっていた。


山崎は抱えた箱を自分が座っていた椅子の上に置いた。


「あの水の出所は間違いなくこの箱だな、しかしこりゃいったい何が入ってるんだ?」


そう言って山崎は後ろに立つ俺を振り返った。


「そんなこと俺が知るわけ無いじゃないか! まあ、親父が生前だれからか買った物には間違いないだろうけどね。」


「そうか・・・とりあえず開けてみなよ。」


俺はうなずきゆっくりと箱を開けた。


「ん? なんだ? こりゃ傘じゃないか。」


中には若草色をした一本の和傘がびっしょりと濡れた状態で収められており、俺が手に取ると大量の滴がボタボタと床を濡らした!


「わっ! コリャ服がぬれちまう。」


そう言って俺があわてて傘を元の箱に戻しかけた時。


「おい! ちょっとまて、そいつはもしかして!!」


言いながら山崎が俺の手元を見て驚いたように傘を引ったくり、竹で出来た柄の部分に顔を近づけた。


「こっ・・・こいつは柳居龍禅やないりゅうぜんじゃないか?」


「柳居龍禅?? なんじゃそれ?」


見ると傘の柄の部分にはハッキリと読み取れる文字で "龍禅"と焼き印が押されている。


「お前知らねえのか! 柳居龍禅てのは今風に言えばカリスマ和傘(番傘)職人だよ!」


「へえ~ 有名なのか? 俺は聞いたことないけどな。」


「ああ、柳居龍禅は平成に入って突然表れ、その繊細な造りとそれまでにない色使いで和傘職人の間で一代旋風を巻き起こしたんだが、ほんの数年間作品を発表しただけで行方不明となってしまったんだ!」


「行方不明?」


「うん。 もっとも行方不明と言うのが正しいのかどうか・・・というのも柳居龍禅は現役だったとされる数年間で約30ほどの作品をこの世に送り出している。だが作品はあるものの不思議なことに今まで誰も柳居龍禅の姿を見たものがいなうえ、写真や似顔絵でさえ一切残されていないんだそうだ!」


「え? それってどいいうことなんだ? 店で売られていたわけなんだから、その店に卸した人物が柳居龍禅・・・いや仮に本人でないにしても少なくとも柳居龍禅と面識のある人物ってことだろう?」


「う~む・・・理屈はそうなんだが・・・あ、そういえば一時期こんな噂があったな。 ほら、お前も知ってるだろう、俳優の重森久雄しげもりひさお、屋根の上のトランペッターとかの舞台が有名な。」


「ああ、確か仙人のような白くて長いあごひげを伸ばしていて5~6年前に90歳くらいで亡くなった俳優だよね?」


「そうそう、その重森久雄の裏の顔が柳居龍禅じゃないかって都市伝説になってたことがあったんだ! だけど重森久雄が亡くなったのと柳居龍禅が行方不明になったのが同時期というだけで、結局はそれを裏付けるものはなかったらしい・・・ということで当然俺にも細かいことまではわからんが、過去にテレビ番組が特集を組んで血眼になって正体を追ったが、まるで手がかりが掴めずその番組はお蔵入りになったとか。」


「へぇ~・・・」


「へぇ~・・・じゃないよ! これが本物なら百万以上の値がつくかもしれんぞ。」


「ひ・百万?」


「噂には聞いてたが、お前の親父も大した目利きだな・・・」


山崎は一旦そこで言葉を切り、不思議そうな表情で再び俺の方を振り返った。


「けどなんで濡れてるんだろう?」


説明のつかない出来事に俺と山崎が互いに顔を見合わたそのとき、表に車の止まる音が聞こえ、続いて店のドアが開いた。


「こんにちは~ 岡島タクシーです。」


現れたのは葬儀に向かうため山崎が呼んでいたタクシーの運転手だった。


山崎がその声に応えた。


「おお! 岡島、早かったな。」


「ああ、この雨で何かあってお前に迷惑かけちゃ悪いと思ってな。」


「そうか、そりゃ気を使わせたな。」


「いやいや、どうせこの雨だ町を流してても客なんかいやしないよ。」


そう言って笑った岡島の顔を見て、山崎が何か思いついたようにポンと手の平を叩いた。


「そうだ! 岡島お前タクシー始める前、確か夕日放送でバイトしてただろ? そのとき柳居龍禅の正体を探るために、日本工芸について熱心に勉強してたよな?」


「ああ、おかげでかなり詳しくなったつもりだよ。」


「そりゃあちょうどいい、行くには早いしちょっとこれを見てくれないか!」


「なんだい一体? 」


「番傘だ! 田野中の親父が買ってたものなんだが、俺は柳居龍禅だと思うんだ。」


「えっ! 龍禅? はははっ! こんな所にそれはありえないよ、それに龍禅ならお前だって結構詳しいだろう?」


「いやいや、俺の知識は上っ面だけだ、けどお前だったら本物か偽物かわかるんじゃないかなと思ってな?」


「柳居龍禅か! それがもし本物ならすごいことになるぞ。 ちょっと待っててくれ、車のエンジンを止めてくるから。」


そう言うと岡島は降りしきる雨の中へと戻って行ったのである。





ドアを開けると雨は一層激しくなっていた。


「車のエンジンを止めてくるから・・・」


そう二人に告げ、私は小走りに車に近づきエンジンキーを抜き取りドアロックをかけた。


"柳居龍禅か・・・"


私はもともと日本の伝統工芸に興味があり、大学時代たくさんの文献を紐解いた、それを売りに夕日放送の入社試験を受けたものの、結果は期間アルバイト採用止まりとなり、その後どこでどう間違えたのか今ではしがない個人タクシーの運転手で生計をたてているのである。


私は再び二人の友人が待つ田野中商店へと入って行った。


「うわぁ、こりゃひでえ! 山崎を送ったらもう今日は営業やめだな。」


私がそう言うと、この店の店主の田野中がバスタオルを手渡してくれ、そばで山崎が問題の和傘を指差し言った。


「これがその和傘だ!」


タオルでスーツの肩を拭きながら私は問題の和傘を手に取った。


それは確かに龍禅の焼き印が押されており、創りも彼独特の細やかさが随所に現れている。これはどうやら本物であることは間違いなさそうである。


「山崎! こりゃ間違いないよ!」


「やっぱりそうか!! 田野中こいつはすごい値で売れるぞ。」


そう言って目を輝かせながら身を乗り出す山崎の言葉を私が遮った。


「いや! だけど残念ながらこいつは和傘としてはまだ未完成だな。」


山崎と田野中が同時に驚きの声を発した。


"未完成!?"


「うん・・・こいつはまだ製作途中だ。というのも、和傘というのは成型も大変な作業だが、それよりさらに大変でもっとも難しいのが和紙の張り調整なんだ、だけどこいつはその張り調整がされていない!」


「張り調整?」


「ああ、和傘ってやつは成型後濡らしては乾かしての作業を、和紙の全ての場所が均等の張りになるまで・・・ あっ、そうしないと開いた時に張りの強い所と弱い所で歪みが生じるんだ。 だからそうならないように濡らしては乾かしてを何度も何度も繰り返して、それに上塗りと作者によっては浮世絵などを書き込みやっと完成するんだよ。」


「じゃあなにか、柳居龍禅はその張り調整にかかる前になんらかの理由で姿をくらましたってことか?」


「おそらくな・・・この傘が塗りの施される前の若草色をしているのがその証ともいえる!」


「へ~、和傘の下地ってのは若草色をしているものなのか!」


「いや! それはちがう、色つきの物を使うのは龍禅だけだ!」


言いながら私は二人の目の前で傘を広げた、その瞬間私の脳裏に閃光が走り、先程見かけた光景が鮮明に蘇ったのである!


"こ・・これは・・・"


"そうか! あの時雨の中に佇む女性が妙に気になったのはこれだったんだ!"


「おい! 岡島どうかしたのか?」


傘を見つめたまま凍り着いたように動きを止めた私の様子に山崎が不思議そうに問いかけたが、その声は私の耳には届かなかった。


"あの女性は派手でもなくまた地味でもなく、ごく一般的な服装だった、にも関わらず傘だけがやけに大きかったんだ。 何故あの時すぐに気付かなかったんだろう? 彼女のさしていた傘・・・あれは和傘だったんじゃないだろうか? "


「おい岡島・・・なにボケッとしてんだ! 」


山崎のその声に、私は "はっ" と我に帰った。


そして二人に雨の中で見た光景を話して聞かせたのである。


すると田野中が何かを思い出したように首をひねり言った。


「そういえばさっき山崎が来る少し前に妙な電話があったな!」


「妙な電話?」


「うん、こちらがいくら話しかけても相手は何も答えずただ雨音だけが聞こえるんだ・・・ いや!タオルをどうとか言ってた気もするけど、とにかく耳についたのは傘のようなものにあたってバラバラという音を響かせる雨音だけだった!」


そう言って田野中は真剣な表情で私の顔を見た。


すると隣で聞いていた山崎が "フッ"と鼻で笑い、呆れたような表情で言った。


「馬鹿馬鹿しい、それじゃあ岡島はその女の人がさしていた傘がこの傘だったと言うのか?」


私は山崎を振り返りコクリとうなずいた。


「ハハハッ! 確かに濡れてる理由は説明がつかないけど、お前がその女性を見たのは隣町だろ? それに傘はずっとこの店の奥に置かれてたんだぞ。」


「そうだよな・・・ありえないよなぁ!」


「当たりまえだ、傘が大きかったのは男物で、携帯メールの相手はおおかた彼氏か誰かで、その傘の持ち主だよ。 そして店にかかった電話はタダの間違い電話!!」


「う~む・・・まあ確かにそう考えるのが普通かもな。 だけど・・・」


「だけどもくそもあるか! それ以外どう説明するんだ? 女がこの傘を持ってた理由は? この店に電話したわけは? その女は今どこにいるんだ?」


「いやそれは・・・」


「そらみろ、どうやっても結びつかないだろう? だからお前の考え過ぎ。 この雨で気持ちまでおかしくなってるんだよ。」


「う~む・・・そうだな・・・まあ確かにこの雨にはうんざりして憂鬱にもなってたしな。」 


納得しきれないまま私は山崎の言葉にうなずくしかなかった。


山崎は私の言葉にニッコリほほ笑むと、後ろにいた田野中を振り返った。


「田野中! しかし未完成とは残念だったな、だけど逆に希少価値があるかもしれないぞ。 まあそいつが濡れてるのはやはりどこからか雨漏りしてんだよ、一度よく調べてみなよ。 それとエアコンも直しとかないと、少ない客がさらに少なくなるぜ。」


「ああ、そうだな! この建物も古いからな、ここらで思い切って建て直すか。」


二人のそんな会話をよそに、私の頭の中には雨の中の女性の姿が浮かびあがっていた。


山崎が私の肩を叩いた。


「おう、そろそろ行こうか。」


「ああ・・・」


こうしていっこうに止む気配のない雨の中、私は山崎を車に乗せ隣町の葬儀場へと向かったのである。


「ふ~っ! 田野中のところより車の中のほうがエアコンが効いててよっぽど気持ちいいな。」


大袈裟な身振りを交えて言う山崎に、私はルームミラーで視線を送りながら言った。


「しかし柳居龍禅が田野中商店から出てくるとは思ってもいなかったな!」


「ああ、でも噂じゃあいつの親父かなりの目利きだったらしいから、龍禅と見抜いたうえで買い取ったんじゃないか?」


「そうかもな、でも日本工芸に詳しくても未完成だとは気付かなかったったてわけだな。」


「そんなところかな。」


そんな会話を交わしながらも車は葬儀場へと到着した。


「岡島! 2時間ほどして迎えに来てくれ、料金はその時まとめて払うよ。」


「了解了解。 あまり飲み過ぎるんじゃないぞ!」


こうして山崎を下ろし、私が車をUターンさせようと後ろを振り返ったときだった、軒下で手を上げ私に合図を送る老女の姿が目に入ったのである。


老女は70歳くらいで喪服の着こなしがうまいのか、とても上品そうに見えた。


“あれっ、焼香を済ませて帰る弔問客か・・・帰り荷にありつけるとはラッキーだったな。”


思いながら私が車を老女の横につけようとさらにバックさせたそのとき!


老女の後ろの開け放たれたふすまの間から焼香台が見え、その後ろに置かれた若い女の遺影が目に飛び込んできたのである!


そのとたん私は雷に打たれたかのような衝撃を受け、思わずブレーキを踏み込んでいた。


"あ・・あれは、あの女性は雨の中に立ってた女性? そ・・そんな馬鹿な・・・"


私の目には遺影の中で優しく微笑む女性が数時間前雨の中で見た女性とうりふたつに見えたのだ。


私は車の窓から顔を出し、降りしきる雨を頭から滴らせながら、もう一度ど遺影の写真を確認した。


"間違いない! あの時の女性だ。"


私の鼓動が尋常でないほど速くなっていた。


"どういうことなんだ? 雨の中の女性は幽霊だったというのか・・・?"


「ねぇ運転手さん、、もう少し後ろに下がってくれないかしら、そこだと濡れちゃうわ。」


ドアガラスをコンコンと叩きながらそう言った老女の声に、私はハッと我にかえり慌てて車を所定の位置に移動させドアを開いた。


「ありがとう助かったわ、電話局の横の早川荘まで行ってもらえますか?」


「あっ、はい、かしこまりました。」


こうして老女を乗せ車は走り出したものの、私の頭からは写真の若い女のことが離れなかった。


私は老女にそれとなく聞いてみることにした。


「あの~ すみません、先ほどお客さんがお乗りになるとき、ちらりと遺影のほうが目に入ったんですが、亡くなられたのはずいぶんお若い方なんですね。」


「えっ! ああ・・そうなのよ、まだ31歳なんですって。」


そう言って身を乗り出した老女は話し好きなのか、続けざまに自分からぺらぺらと話し始めた。


「あの娘さん小さい時から身体が弱くて学校もろくに通えず、大人になってからもお勤めの経験さえないらしいのよ、それどころか六年前に白血病を患ったらしく・・・あ、もっとも本人は知らなかったらしんですけどね、それから寝たり起きたりの生活を続けていたものの結局眠ったまま亡くなったんですって、ほんとおかわいそうに。」


「そんな・・・」


"やはり私が雨の中で観たのはあの娘の幽霊だったのか? なぜ? もし幽霊だったとしたら彼女はなぜあの傘を・・・・"


「それでねその娘のご両親なんだけど・・・・」


長々と話しを続ける老女の声を背中で聞きながら、私の頭の中には雨の中にたたずむ女性の姿と、田野中の店で見た若草色の和傘がフロントガラスを滑るワイパーの動きに合わせるかのように交互に現れては消えて行き、そしてそれがやがて一つに重なったのである!


“そうか! そうにちがいない。”


私は自分なりの結論を導き出しました。


それは、カリスマ的和傘職人、古き良き日本の伝統工芸・・・その二つの言葉が私たちを惑わせ、柳居龍禅という人物を重森久雄という一俳優と重ねることによって、あたかも仙人であるかのような風貌の人物像を生み出していたのではないか? ということです。


そうです! 彼女は黄泉の国へと旅立つ前にあの和傘を完成させるべく、降りしきる雨の中にたたずんでいたのではないでしょうか? 31歳の女としてではなく、彼女のもう一つの顔 “柳居龍禅” として。


しかし、今となってはそれが事実であるか否かは確かめようがありません。


いいえそれどころか、もしかしたら傘をさしたたずんでいた女性そのものが、雨が作りだした幻だったかもしれないのです。


  おわり・・・



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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーとしてはありがちですけど、良く考えましたね。合格点だと思いますよ! [気になる点] バックが黒いので読みにくいので縦書きにして読みました。ストーリー上では、何か引っかかるものがあ…
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