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約束と外出

机の上のスタンドライトだけ点けて、部屋の真ん中が四角く明るい。


教科書を開いたまま、シャーペンの芯が出っぱなしになっていた。


ここ数週間、学校は同じように過ぎた。


三枝と廊下で会えば短い言葉を交わして、委員の連絡を掲示して帰る。


大きく何かが変わった感じはしないのに、僕のスマホにはたまに短い通知が残った。


机の端で、スマホが小さく震えた。画面が暗闇に青く光って、文字が浮く。


『今起きてる?』


僕は椅子の背にもたれてから、親指で返した。


『起きてる。どうした』


すぐ既読がついて、次の文が続いた。


『連休の前、校外で撮りたいんだけど、高瀬、時間ある?』


撮る、という単語が画面の中だけやけに具体的に感じた。理由を作るみたい。


僕は立てたままのシャーペンを指で転がして、机の上でカタ、と短い音を鳴らす。


『校外って、どこ、写真部の?』


『うん、写真部のっていうか。私の、、、場所は当日言うね。駅の方が分かりやすいかなって』


画面の向こうで三枝が待ってるのが分かるみたいだった。


『駅前集合なら行けるけど、いつ』


『昼くらい。空いてたらでいいよ。無理なら全然断って』


断っての一文が軽くついている。軽いのに、外してはいけないピンみたいに見えた。


僕は布団の端が視界に入る角度に目をやって、すぐスマホへ戻した。


『昼なら多分大丈夫。てか、何で写真部じゃなくて僕なの。』


『じゃあ、駅前でね。理由気になる?』


『わかった。少し。』


『ありがと。来てくれた当日教えてあげる笑』


『どういたしまして。わかったよ。楽しみにしてる。』


送信した瞬間、画面が少しだけ明るくなって、すぐ落ち着いた。


三枝からはすぐにスタンプみたいな小さい返事が来て、それきりだった。


僕はスマホを机に伏せて置き、ふたたび教科書に目を落とした。


スタンドライトを消すと、部屋は街灯の線だけになった。布団に潜って、天井を見上げる。


目を閉じても、改札の前のざわつきが先に浮かんだ。眠る前に、ぼくはもう一度だけ、スマホの置き方を確かめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


駅前のロータリーは、車の出入りが途切れなくて、信号の電子音がやけに目立っていた。


僕は改札の外の柱にもたれて、スマホの画面を消したりつけたりしていた。


「高瀬ー」


声の方向を向くと、三枝が手を上げて小走りで来た。


制服じゃない。


普段の教室にいるときの輪郭のまま、別の時間に差し込まれたみたいに見えて、一瞬だけ目の置き場が迷った。


「その顔、なんか言いたい顔」


「制服じゃないと、別人っぽいなって」


「へえ。じゃあ今日は知らない人として扱ってね。ナンパして」


三枝は言いながら、自分で笑って、顔を覗き込んできた。


僕は切符売り場の列に視線を逃がす。


「ナンパは専門外」


「専門外って何。専門あるの?」


「改札を通るのはできる」


受け流したつもりが、三枝は。


「できるんだ」


と真面目にうなずいて、僕の横に並んだ。


近い。


肘が当たりそうで当たらない距離。


「今日は楽しみだな~。地図アプリ開いとく?」


「案内する側が開くやつだろ」


「確かに。まあ、迷うことがないから任せて。」


改札を抜けると、ホームに上がる階段から風が抜けて、金属の匂いがした。


電車が入ってくる音が、線路の奥から伸びてくる。


僕らは並んで座れそうな車両を選んで乗った。


窓際に三枝が座り、僕はその隣に腰を下ろした。


膝の上のバッグが擦れる音がして、三枝が小さく体勢を直す。


発車の揺れでつり革が一斉に鳴った。


「ねえ、二人だけで外って、初めてだね。」


「確かに。」


「教室とか、帰り道とか、いつも人いるし」


三枝は窓の外を見ながら言って、指でガラスの点みたいな汚れをなぞった。


僕は返事を探すふりで、広告を眺めた。


「高瀬、今日さ。ちゃんと歩いてね」


「介助が必要に見える?」


「必要。すぐ人混みで消えるから。」


笑顔で笑う三枝。からかう口調なのに、三枝の視線だけは僕の顔を一回確かめるみたいに止まった。


僕は咳払いでごまかして、また広告を見た。


乗り換えの駅で人が増え、車内の空気があたたかくなった。


ブレーキのたびに、誰かの靴が床を擦る。


三枝は立ち上がって、僕の腕の袖を指でつまむ。


「降りるよ。ぼうっとしてると置いていくよ」


「置いていくなら、カメラだけ置いてって」


「なにそれ。意味わかんない」


改札を出て、駅の外に出ると、急に空が広くなった。


道沿いに小さな旗が並んでいて、色のついた矢印が同じ方向を指している。


遠くに、ガラスの壁面が光っている建物が見えた。


「……あ」


僕は足を止めた。


見上げた先に、青い魚の形の看板と、波みたいな模様。


入口へ続く列の脇に、子どもが紙のチケットを握って跳ねている。


「ここって」


「水のやつ!」


「水のやつ?」


「水族館!」


声が少し大きくなって、足は前に出ていて、僕は一歩遅れてついていく。


自動ドアが開いた瞬間、ひんやりした空気と、濡れた石みたいな匂いが押し出してきた。


中に入ると、すぐ視界の真ん中に大きな青があった。


建物の中心に、背の高い巨大水槽がどんと据えられていて、周りをぐるりと通路が巻いている。


上の階へ続くスロープも、横の暗い通路も、全部その水槽を起点に枝分かれしているのが分かる。


「うわ……真ん中、でか」


三枝は立ち止まりきれず、二、三歩進んでから振り返った。


水槽の青が、頬のあたりに揺れている。

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