滅びの挽歌 「とびっきりの祝福を」 ※本編113話読了後推奨
助かりようのない絶望的な戦いが幕を開けていた。
大淵大輔の消失は即ち全人類の全面敗北の約束だった。
そして、この戦争の敗者には交渉どころか降伏の余地すら無かった。
生命を感じさせない大小のモンスターが既に東京を侵食しつつあった。
見慣れた大都会の景色が黒く穢されていく。
…あの黒い繭を割って、大淵さえ助け出せればまだ可能性はあるのかもしれないが、それを実行できる存在がこの世界には存在しなかった。
あらゆる最新技術、そしてスキル保有者も全く歯が立たず…地球上からの人類の絶滅を遅らせる事しかできなかった。
…これでもまだ東京は良い方だった。 敵からの直接侵攻こそ受けて居るものの、この国には国土面積の割にスキル保有者が大勢いた。
一時期はゲートに逃れようと、生きたいが故の醜い光景も見られたが、圧倒的な上位者によってゲートが占領され、それが不可能と分かると生き残った人々の殆どは人としての最期を選んだ。
「自分達がどうあがいてもダメなら、せめて助かった人々の為に敵に一矢報いてやろう」
その想いを共有し、生き残った人類はささやかな抵抗作戦を実行していた。
日本側では「イタチの最後っ屁作戦」と、実にダサく、コミカルな呼称となったその作戦は、世界各地の残存戦力が同時多発的に最期の攻勢作戦を実施し、上位者達を可能な限り撹乱させた隙に、代々木第33ゲートに向け、逃げ遅れていた人類最期の竜騎兵を送り込む…という作戦だった。
自分達と共に戦わせても共に絶滅するだけである。 …ならば、その一人を彼の世界に逃れた人々の為に送り込む。
…冷徹な程に合理的な自己犠牲と判断だった。
作戦は実にシンプルであった。占領された代々木周辺を生き残った全部隊が全方位から一斉に襲撃を掛け…どのみち押し返されるだろうが、敵を引き付けて後退。敵の防御網が広がったタイミングで、上空から竜騎兵が空挺降下するという作戦だった。
…シンプルではあるが、粗が多いのも仕方ない。なにせ、上位者の戦闘能力は圧倒的で、とても人間が敵う相手では無かった。人間と同等サイズの小型の上位者相手ですら勝率は二割以下。中、大型上位者に至っては、大淵を除けば全世界でも撃破報告は無いのだ。 …勝てないようになっているのだろう、と黒島は推察していた。
パラメーター調整機能があるゲームのように、人間から受けるダメージを無効化したり、逆に人間に与えるダメージを極限化したり……この開戦四日目まで自分達が奇跡的に生き残っている事からして、そこまで極端とは言わずとも、それに近しい事が出来るのだろう。
…片目を失い、包帯を巻いた黒島は、距離感のズレにも慣れ、対物ライフルを担いで崩れたビル陰から黒い繭を見上げた。
…あそこに人類の希望が閉じ込められていると思うと、何とも悔しい限りだ。
まるで、飢え死にしそうな極限状態で目の前に…防弾ガラス越しに食料を見せびらかされているような、そんな残忍な悪意すら感じた。
(…いつまで寝てんだよ馬鹿野郎…)
黒島は間抜けな親友を笑った。
…アイツは閉じ込められこそしたが、必ず生きている。…そんな確信があった。
「…作戦が始まる。配置に付くぞ」
唯一五体満足の尾倉もすっかり頬がこけ、疲労困憊していた。…それでもこれで楽になれると予感しているのか、その声と表情はどこか穏やかだった。
「お前らはもう十二分に戦った。ここで休んでな」
黒島は仕事の休憩時間でも告げるように呑気な声で二人を振り返った。
…川村は頭部と左腕に包帯を巻き、今も血が滲んでいる。
「わ、悪ぃ…お言葉に甘えよっかな…」
…臓器も致命的な損傷を受けて居た。…自動回復=不死身になる事ではない。一度に致命的なダメージを受ければ、回復しきれない。…また、細胞組織が死んだり、欠損した物を治癒したりはしない。
…川村は長くなかった。
「藤崎、川村と一緒に居てやってくれ」
「…おう!…まかせろ」
…藤崎も右足と右眼を失っていた。…出血も酷かった。
最期までその大きな体で仲間達と…川村を庇い続けた盾戦士の姿があった。 …二人の仲は知っていた。こんな形で添い遂げて欲しくなかったが…せめて今は、それが幸せであると信じたかった。
「来世があったらまた会おうぜ …んで、また、全員で集まって、また馬鹿騒ぎに巻き込んでやるから観念するんだな! …また…また会おうぜ!」
「…先に行って待っている」
「クロ…ミチ…お前らに会えて…ウチ、本当に楽しかった…」
川村の苦しげな声が背に付き刺さった。…涙と鼻水だらけの男前は見せたくなかった。
「…俺もだぜ! …藤崎の馬鹿を見ててやってくれ」
「…」
尾倉も振り返らず、親指を上げて見せた。
崩れたビルから抜け出すと、集結する人々の波と合流した。…老若男女、あらゆる人々が代々木ゲートへ向け、瓦礫の砂丘と化しつつある東京を行進していた。
作戦開始時刻。生き残っているサイレンが各所で鳴らされ、それが合図だった。
尾倉と共に、多くの志願してくれた民間人と共に、まだ微かに桜が舞っている代々木公園に攻めこんだ。対物ライフルを受けた人型が、それでもこちらに向かってくる。
「不思議だよなぁ、四日前までここであいつらとお花見してたなんてな!?」
「…ああ」
愛する仲間達と共に日々を過ごした拠点は完全に更地と化していた。
「なぁ、大淵の奴、桜とデキてると思うか!?あの野郎、最後の最後にやりやがったな!」
「……フッ」
黒島が戦いながらも嬉しげに野郎トークをかまし、尾倉も戦いながらそれに応じた。
代々木公園を占領している大小様々な上位種が、無力な人々を殺戮して回る。…敵が逃げる人々を追い始める。
…「国難にあっては云々…」と演説しながら、懲りずに押し掛けて来てくれた憂国烈士団の残党部隊が獅子奮迅の活躍を見せていた。…相変わらず暑苦しいが、腕の立つ連中だ。敵の注目を一身に浴びつつ…殲滅されていった。
それでも一人、超人的な剣捌きを見せる俊敏な影が見えた気がした。
…恐らく、連中の隊長クラスだろう。
…彼方から航空機のエンジン音が聞こえてきた。
大型上位者がすぐさま輸送機に向けて触手を突き刺し、機体を破壊した。
…人影が自由落下していく。迎撃する触手を落下速度で乗り切り…地上五十メートル程で麒麟を召喚し、それに跨ってゲートに飛び込んでいった。
流石にこの位置からではその作戦成否は分からないが…きっと成功した。 そうに決まっている。
全人類の、最後っ屁を喰らいやがれ、クソ上位者共。
巨大な影が迫り、尾倉が斬り掛かっていく。巨大な手がその体を容易く切り裂いた。
…自分も背後から腹を貫かれた。黒島はこれまでの日々を振り返り…自分を殺した黒い巨大な影を見上げ…笑った。
「…俺のダチが必ず、お前らを皆殺しに戻ってくるぜ」
とびっきりの祝福の言葉を浴びせ、黒島の意識は途絶えた。




