斎城クラッシャー
身長何センチ以下には人権はない、なんていう迷言もあるが、自分は気にしていない。
例え相手が自分より小さかろうがデカかろうが、好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだ。
178の長身に反則的なプロポーション。そんな彼女がヒールの高い靴を履くと、あの尾倉と同じかそれ以上の身長になってしまう。
173の自分がそこに並ぶと、十人中何人が「カップル」と評し、何人が「親子」と評すだろうか?
今も、自分達を見かけた野次馬がヒソヒソと「親子だろ」と評している。
そんな声を聞くたび、斎城は気まずそうに…気持ち、身を屈めているように見える。
「…やめろよ、斎城。短い華の人生、あんな連中に気を遣ってどうする?華は華らしく、上か、せめて前を向いて生きろよ」
我ながらよくもこんな臭い台詞を吐けたものだと、呆れると共に感心する。…実際、そんな連中の評価を気にしている時点で人生を無駄にしているのだ。
着たい物を着て、喰いたいものを喰って、遊びたいように遊んで、生きたいように生きて、平凡に死ぬ。
…それが大淵大輔の目指す最高の人生だった。
富や金や名声、容姿はその次であり、あくまで手段でしかなかった。
そんな価値観を持つ自分が変人なのか凡人なのか…その評価は各個人に任せるとする。
ただ、奇特な事に…そんな自分を慕ってくれる素晴らしい仲間や…女性達が何人も居てくれた。
その一人が斎城日菜子だった。
「う、うん…そうだよね…」
…そんな彼女がここ最近、どうにも調子が良くない。…今も、まるで受け応えが香山のようだ。
やはり、三週間前に喪ったロキの存在が大きいのだろう。
ロキ…自分の封印した人格。…ゲームで言えばifルートの自分とでもいうべきか。…いじめを苦に暴走し、社会的な過ちを犯し、自らに封印された、幼さ故の暴力性の人格。 敵対する者に対しての好戦的かつ不遜な態度…そして、大淵大輔では真似できない、パワーやスキル・体格に頼らない、幼さ故のトリッキーな戦闘スタイル。そして自分自身との混同を避ける為、北欧神話の神から「ロキ」と名付けた。
…ひょんなことから封印を解かれたロキの人格が、再封印される前に望んだのが斎城に母代わりになってもらうことであり、二人は僅か数時間の別れの時間を、母子として懸命に過ごした。
…そしてロキは消え、斎城は表面上こそ前を向いて過ごしているが、ここ最近はその喪失感を特に色濃く見せている。
「…どれ、次は…。…あー、すまん、ちょっと用を足してくるからそこで待っていてくれるか?」
「あ、うん…」
…参ったな。本当に香山みたいになっちまってる。…香山と違って、心ここにあらず、っていうのが致命的に頂けない。
…やはり、常識的に時間による癒しと自宅療養を頼るべきか…
…それとも、ギャンブルで荒療治に賭けるべきか。
「…もし、これで斎城が余計におかしくなったら…」
それは間違いなく自分のせいだろう。
…それも、最も残酷な方法で壊した事になる。
…だったら責任を取ってやる。死ぬまで斎城の面倒を見てやるまでだ。
…お前が納得いくまで付き合ってやるよ、斎城。
だから力を貸してくれ、ロキ。
安物衣料品店に駆け込み、手早く必要な物を買い揃えた。
あとは、できるかどうか、だ。
「…遅いなぁ」
大淵がトイレに向かってから十分近くが立とうとしていた。ベンチに腰掛けながら大淵を待ち続けていた。
「…はぁ…」
…大淵に心配を掛けている事は分かっていた。…彼が自分を心配してくれている、という事実と実感が、辛うじて自分を孤独感から引き戻してくれていた。
楽しげな子どもの声に反応し、そちらを見てしまった。
幼児向けプレイルームで母親に連れられた七歳くらいの子が、乗り込むタイプの車型の筐体に入り込み、何やらはしゃいでいる。 後ろの母親が時に囃し、時に大袈裟に褒め称えて息子をその気にさせてやっている。
「…」
アリッサには恥ずかしがってまだお礼を言っていなかった…。
…あの時送ってもらった動画は、今でもついつい…毎日のように見てしまう。
…自分のお腹を痛めて産んだわけでも無い…好きになってしまった男の、幼き日の姿だというのに…その子を見た瞬間、自分の五臓六腑が熱く抉られるような感覚に陥った。
…それが恐らく自分に長らく忘れていた、母性本能なのだろうと気付くのに時間は掛からなかった。
…理屈なんかではない。「この子でなければダメだ」その想いだけが募っていった。
…闘技場で獣のような男達を相手に立ち回っていた時は、気が気では無かった。 …あの巨漢に押し倒された時など、丸腰のままリングに向かおうとして尾倉に取り押さえられた。
子連れ母熊は、雌にありつけなかった雄熊に遭遇する事がある。
…あぶれ雄にとって、自分の遺伝子を持たない他の子熊は邪魔者でしかない。…そして、その子熊を殺せばホルモンのバランスが書き換わり、雌が直に発情し、自分の種を繁殖できることを知っている。
…しばしば、厳しい自然の中でそんな母熊としての戦いが繰り広げられる。母である以上、母熊は四百キロにも迫る雄熊相手に、子供を守るため立ち向かう姿をテレビ画面越しに見たことがある。
自分はその母熊になれる自負があった。…あの子の為なら…
…だが、もういない…
(…こんなことなら、あのアトラクション…もう一回やっとけば良かった…)
今度は立場を入れ替えて。…あのロキの強さなら軽々と自分の元に辿り着けただろう。
(お母さん! ほら、助けに来たよ!)
あの子の事だ…そう言って辿り着くのだ。 母親にとってこれ以上冥利に尽きる言葉があるだろうか。
「っ…」
溢れ出る涙を隠そうと、慌てて顔をうつ伏せた。
…ふと、その目元をそっと抑えつけられた
「だーれだ?」
…そんな…
「…ロキ…くん?」
「す、スゲー…! なんで分かったんだ…?」
…振り向くと、あの時と同じロキの姿があった。…今はレザーアーマーではなく、ごく普通の…ややマセた白のダウンとジーンズ姿で自分の背後から首元に抱きついていた。
「…なんで泣いてんの、お母さん?」
「なっ、泣いてないよ!? ほら、ちょうど欠伸してたところに来るから…」
「ふーん?」
「ろ、ロキくんこそなんで!?…消えちゃったんじゃ…」
「なに?消えてて欲しかったの?」
意地悪に笑う。
「う…うぅ…」
「わ、わっ!普通逆だろ!泣くの!?頼むから泣かないでよ…」
嬉しさと意地悪されたので、本当に泣きそうだったが何とか堪え、無理矢理笑って見せた。
「…ふふっ、意地悪とサプライズのお返し。…でも、本当にどうして…?」
「…アイツ…大輔も疲れてたのかな。SPはいくらでもあったけど、意識的に疲れて眠っちゃったみたい。…そしたら俺がこっちに来てた。…財布とかは持ってたから、取り合えず服とか買って着替えてきたんだけど…どうしよう。…もしかしてデートの途中だった?」
ロキのステータスを見ると…HPは大淵のアーマー補正無の1500から500へ、SPは600のままだ。
…自分は欲するあまり、都合の良い妄想を見ているのでは無いか…しかし、店内の喧騒、そして流れるBGM、ロキに触れた手の感覚…全てが本物だと訴えてくる。
「…そ、そう!キミは大人のデートの邪魔をしちゃったわけ!」
斎城に非難がましく指をさされ、ロキは微かに狼狽えた。
「え、えぇ…俺ぇ…?」
「そう。でも、時間は止まらないんだから、責任とって大輔君が復活するまで、ロキ君なりにエスコートしてもらいたいなー?」
「…無理って言ったら?」
「…お母さん、えーんって泣いちゃうかも」
「…分かったよ!…俺なりでいいんだよね?」
「うん!」
「…んじゃーさ、昼ごはん食べたらゲーセン行ってみようよ。よく遊んでたんだ。お母さんはよく行ってた?」
「うーん、行ったことないな。…あ、でもお母さん、あの、てとプヨは凄く得意だったよ?」
「えー、あれ、頭使うからなぁ…あ、お昼、あそこのハンバーガー屋でいい?」
「いいよ!ロキくんの好きなお店で!」
「ほんと?じゃあ…」
ふと、ロキは自分の耳にかかった髪を気にした。
斎城もそれに釣られて見て見ると、かつて見た時は肩に掛かるかどうかだった髪が、今は肩にしっかりと掛かっていた。…前なら十人中七人が彼を女の子だと勘違いしていただろうが、今ならほぼ全員が彼を少女と見間違うだろう。
「…ちょっと長すぎるかな?…床屋行ってきた方がいいかな…」
「ううん、行かなくていい」
斎城のこれまでにない、覇気の籠った声にロキが思わず斎城を見上げた。
「…それより、ちょっとだけお母さんのお願い、聞いてもらえないかな?」
「えっ、なに?」
…三十分後。
フードコートエリアでは、食事中の客は気もそぞろに一組の…美少女姉妹を横目で盗み見ていた。
「…おかしくない…?」
ロキの服はダウン以外剥ぎ取られ、今はブラウンのスノーブーツの上に黒のニーソックスなる代物を履かされ、白のダウンジャケットの下はなんと…暖色のオフショルダーのニットと、黒のショートパンツという…極めて素材に恵まれた美少年故に許されている服装だった。…フードコートエリアは電気の無駄遣いではないかと疑うほど暖房で暖められ、着ていると暑すぎるダウンも脱がざるを得ない。
露出した華奢な肩と肩甲骨に、視線が集中する。
…その美少女もとい、ロキが、ジト目で斎城を睨む。
「何が?」
ハンバーガーを齧りながら、斎城がさも不思議そうに聞き返した。
「いやさ、この服装が。…おかーさんは今時風って誤魔化したけど、どう考えても女子用でしょ、これ…バレたらすっごい恥ずかしいんだけど…」
「いいの!すっごく可愛いんだから! それに絶対バレないから」
「け、けどさ…」
「…あのね、ロキくん。…大声で言いたくないけど、そんな事言い出したら、世の中の歴史や神話なんてあなたみたいな女装美男子だらけなんだよ?…自分の都が大火事で燃えてるのに「今夜は賑やかだ」なんて言いつつ楽器を弾いてた暴君・ネロなんて自分は女装して美少年と結婚式なんて挙げるし、ヤマトタケルだって奇襲の為に女装して…それこそロキだって…」
コーヒーを片手にくどくどと言い募り始めた斎城に閉口し、ロキは慌てて遮った。
「も、もう…わかったから!」
「…ったく…」
ホットカフェオレを啜りながらロキは小さく溜息を吐いた。
「…けど、お母さんが元気になってくれたみたいでよかった」
「…心配かけてごめんね」
「心配なんかしてないよ。食べたらゲーセン行こうよ!」
…喧しい程の電子音が鳴り響くゲームエリアに入ると、ロキは小走りに目当ての筐体を探した。
「うーん、あったとして、空いてるかな…」
目当ての筐体は他の筐体に比べ、比較的数が少ない事が多かった。一台しか置かれていない事もままある。斎城は耳を抑えながらロキの後に続いた。
「おかーさん、こっちこっちー!」
何やら千切れた黒いゴミ袋のようなもので目隠しにした筐体があった。…何故か筐体の両脇にはボロボロにダメージ加工されたバックパックがぶら下がっている。
「…プリクラ?」
…にしてはおどろおどろしいデザイン。…タイトルはSURVIV?…ハロウィン仕様のままの筐体とか?
「はい、おかーさんはこっちね」
「?」
筐体とケーブルでつながった、プラスチックのピストルを渡された。
ロキが百円玉を二枚投入すると、おどろおどろしいBGMが流れ出し、何やらムービーとナレーションが始まった。
『202X年、人類はコロナウィルスが突然変異したデストロウィルスにより、人々はゾンビ化させられ、その文明を滅亡させられていた…そして今、最後の生存者を貪り尽くそうと、世界中のゾンビ達が迫り…』
「…これ、もしかして怖いやつ?」
「全然怖くないよ?(主観)」
ドアを押し破り、夥しい数のゾンビが画面に迫ってきた。
「ひっ…きゃぁっ!?」
斎城は意味なくコントローラーを握り締めたまま悲鳴を上げた。
『急いで!ミカエラ、ちゃんと戦って!もう彼らは人間じゃないの!』
「そうだよ、ちゃんと戦ってよ、おかーさん!この間凄かったじゃん」
ロキが一人で手慣れた銃捌きを見せ、ゾンビの群を殲滅した。
「いやーっ、首が飛んでる!?」
「当たり前でしょ、ヘッドショットなんだから」
「むり、無理ー!」
「しっかりしてよ、次は素早いゾンビーヌが来るんだから、手伝ってよ」
「嫌ぁ~!」
「ダメだって、それじゃリロードだよ!」
筐体の前で無邪気にはしゃぐ二人の奇妙な母娘…もしくは姉妹を、通りかかる客も微笑ましげに見物して去って行った。
…ただし、好奇的に二人の写真を撮ろうとする者の前には、屈強なブルゾン姿の男か、刑事を思わせる青年が割って入り、穏便にお引き取り願っていた。
SURVIV Clear の文字が浮かぶ筐体から離れ、ロキは大きく伸びをした。
「いやー、久しぶりにいい汗かいた! 中盤からおかーさんも結構頑張ったじゃん!」
「ど、どういたしまして…」
窓の外を見ると、薄暗くなり始めていた。
「…どこかでご飯食べてから帰ろっか」
「じゃあ、あそこのファミレスに入らない?」
ロキのリクエストで、ショッピングセンター内にあるファミリーレストランに入った。
椅子の背もたれが比較的高く作られた内装で、それ自体が周囲を覗き、覗かれにくくなっていた。
「何にする?」
「んー、チーズハンバーグステーキセットと、チョコバナナパフェかな」
「…じゃあ私はナポリタンとストロベリーサンデーにしようかな」
タッチパネルで注文を済ませ、二人で向かい合った。
「そういえばお母さんってさ、何でギルドやってたの?」
「え? …うーん、お母さんね、高校生くらいからこの能力が発現したんだけど、23歳までは普通の会社で働いてたんだよ。けど、ある時会社の社長さんと喧嘩しちゃって、それで仕事を辞めちゃったの。…その時たまたま見た募集ポスターで…大輔君達と知り合ったのがギルドに入ったきっかけ、かな」
「へぇ、剣道の先生じゃなくて、OLさんだったんだ?」
「剣道は高校生の時にやってたな。楽しかったけど、今はもうやめちゃった」
「今は本物の刀で戦うんだもんね」
「うん」
二人の元に料理が運ばれてきた。
「うわ、美味そうだけど熱そう…猫舌なんだ」
「ほら、冷めるまでこっち食べない?」
斎城がフォークに巻いたナポリタンをロキの前に差し出した。
「いいの?」
「うん、食べて食べて。ナポリタン好きなんでしょ?」
「うん、ありがと!」
ロキが無邪気に斎城の差し出したナポリタンにぱくついた。
「じゃあこっちは後でデザートをお返しするよ」
「ありがとう」
料理をシェアし合いながら夕食を済ませた。
近かったため、斎城の家に向かった。ロキがシャワーを借りて浴び、収納していた大淵の服に着替えて出てきた。…見慣れた大淵の私服姿だからか、ロキの可愛らしい顔立ちをもってしても、先ほどまでの美少女らしさは消え、どこか大淵の面影を感じ取れた。
…全く違う顔と姿だけど、間違いなく同じ人なんだ…そう改めて思い知ったような気がした。
「…もうそろっと大輔が目覚めると思うから。俺の服じゃはちきれちゃうもんね」
「…ふふ、そうね」
もう、お別れなのか…だが、彼と別れずに済むという事は大淵との別れでもある。
…もしも…もしも、大淵とロキと三人で暮らせたなら、それはどんなに幸せだろうか…あまりに強欲で身勝手な望みだと理解しつつも、そんな幸せな家庭像を描かずにはいられなかった。
「…映画、見よっか!」
誰もが一度は目にしたはずの、国民的な冒険アニメ映画を放映していた。
ロキはだぶだぶの服に身を包みながら、リビングのソファで斎城に寄り添って映画を視聴した。
ああ、ずっとこの時間が続けば…でもそうしたら…
ロキとは正反対に映画には殆ど集中できず、ロキを抱き寄せたまま悶々として二時間近い時間を過ごしていた。ふと、ロキの方から甘えるように抱きついてきた。
「…ん。お母さん、そろそろみたい…すごく…眠くなって…」
「…うん。今日はありがとうね。ロキのおかげで、すっごく元気出たよ」
「へへ…また遊びに来るからさ。…大輔の奴の面倒も見てやってよ。あいつ、香山姉ちゃんと一緒で不器用だから…」
「うん…」
ロキの体が透明になり、代わりに大淵がそこに現れた。ゆっくりと目を開き、不思議そうに部屋の中を見回し、斎城と目を合わせた。
「…斎城…ここは…斎城の家か?」
「…おはよう」
「…トイレに行く前にベンチでウトウトしてたらこのザマだ…って、随分遅くなってるな?」
「…ありがと」
「ん、何が?…おや、顔色がスッキリしたな?いつもの斎城って感じだ」
「うん。いい事があったから」
斎城はとびっきりの笑顔で頷いた。




