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異世界宿場町の居酒屋「こはる亭」  作者: らた
第1章:はじまりの焚き火

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第7話 はじめての報酬

 昼の喧騒がようやく落ち着き、厨房にはスープの香りと湯気だけが残っていた。

 食器の山を洗い終えたこうすけは、ふぅと長く息を吐く。

 慣れない仕事の疲れはあったが、不思議と心地よい。


「おつかれさん。思ったより動けるじゃねぇか」

 ガルドが桶を片付けながら笑った。

「ありがとうございます。久しぶりに、まともに働いた気がします」

「まともに?」

「まぁ、いろいろあって」

「そうか。だったらうちで少し腕をならせ」


 カウンター越しに、ミーナが湯気の立つカップを差し出した。

「はい、スープ。」

「ありがとうございます」

 口に含むと、優しい味が喉を通っていく。

 煮込んだ根菜の甘みがほんのり残っていて、胃の奥がじんわりと温まった。


「……うまいなぁ」

「それ、あんたが作ったスープの残りだよ」

「えっ」

「うちじゃ捨てるもんはないの。あんたのパン浮かべるやつ、評判よかったよ」

「ほんとですか?」

「お客さんね、器をなめだすんじゃないかってくらい名残惜しそうにしてたんだよ」

 豪快に笑うミーナに、こうすけは少し照れくさそうに頭を下げた。


「……ありがとうございます」

「礼言うのはこっちさ」

 ミーナは布巾で手を拭き、腰のポーチから小さな布袋を取り出した。

 ちゃり、と金属の音がする。


「ほい、これ。今日の分だよ」

「え、これって……?」

「働いた分の報酬さ。初日だから少なめだけど、銅貨五枚。ちゃんと受け取りな」

 差し出された袋を見て、こうすけは言葉を失った。

 この世界に来てから、誰かに“働いた対価”をもらうのは初めてだった。


「でも、まだ慣れてもいないし、食事まで出してもらって……」

「なーに言ってんの。働いたらもらう。うちはそういう店だよ」

 ミーナが笑いながら、袋をこうすけの手に押しつけた。

「人の手を借りたら、ちゃんと払う。それが筋ってもんさ。

 夜は忙しさに応じてかな。こっちも商売だからね」

 ガルドも鼻を鳴らす。

「ただ働きさせてると思われたら、こっちの評判が下がるからな」

「評判とか気にしてるんですか?」

「当たり前だ。料理人の命は味と信用だ」

「へぇ……意外ですね」

「おい、口の利き方が馴れてきたな」

 笑い声が厨房に広がった。


 リリアがトレーを抱えて戻ってくる。

「はいはい、世間話はあと。市場行くけど、こうすけも行く?」

「市場?」

「うん。ミーナさんに頼まれた買い出し。ちょっと小遣い稼ぎにもなるし」

「へぇ、そういうのアリなんだ」

「もちろん。お客でも働けば金になるよ」

「じゃ、行ってみようかな」

「決まり!」


 外は日が傾きはじめ、昨日の夕方より少し明るい。

 昼の熱気が残る通りに、人の声と香ばしい匂いが混じっている。

 昨日の夕方より活気があり、屋台には新鮮な野菜と香草が並んでいた。


 リリアは手慣れた様子で野菜を選び、パン屋で追加を買い、肉屋で値段を聞いて回っている。

 こうすけはその隣で、見慣れない食材を観察していた。


「この根菜、うちでも使えそうだな」

「ガルドさんとミーナさん、煮込み好きだからね」

「煮込むだけじゃもったいない気もするけどな……」


 そうつぶやいた時、通りの向こうから声がかかった。

「おお、朝のスープの兄ちゃんじゃねぇか! あれうまかったぞ!」

「えっ、俺?」

「そうそう! 昨日の魚も良かったけど、今朝のスープも最高だった!」

 通りすがりの商人たちが「風車の羽亭の料理か?」「あの魚の人だ」と口々に話している。

 リリアが笑いながら肘でつつく。

「すっかり有名人じゃん」

「まじかよ……恥ずかしいな」

「悪い話じゃないでしょ? 店も喜ぶって」


 そのあと、こうすけはふと立ち止まった。

 人の流れから外れた路地の先、人気のない露店がひとつ。

 覗いてみると棚には少し傷のある赤い実が並んでいた。

 丸く艶のあるそれは、他の野菜とは違って客の手がほとんど伸びない。

 売り手の老婆がつぶやく。

「はぁ、今日もやっぱり売れないかね……」

「へぇ、なんでだ?」

「血のブラッドベリーは気味悪い色だって。

 割ると真っ赤なのさ。血みたいでねぇ……」


 こうすけは手に取って、表面を光に透かした。

 確かに赤い。でも、その色はむしろ瑞々しくて美しい。

 指で軽く押すと、ほんの少し果汁がにじんだ。


(これ、どう見てもトマトだよな……)

(酸味があるなら、スープにも合うはず。火を入れれば甘くなる)


「これ、いくらだ?」

「売ってはいるが、ほんとにいいのかい?」

「あぁ、もちろんだよ。」

 こうすけはもらったばかりの銅貨のうち二枚を取り出し、赤い実を数個買った。

 老婆が目を丸くして言う。

「物好きな子だねぇ……ありがとよ」

「こっちこそ。いい色してる」


 袋を手に戻る途中、リリアが覗き込んだ。

「なにそれ? ……うわっ!」

「ブラッドベリー、知ってるか?」

「それ、食べ物じゃないでしょ? 血の呪いがどうとか、子どものころから言われてたやつだよ」

「へぇ……見た目だけで決めつけるのは、もったいないと思うけどな」

「まったく……ほんと変なとこで好奇心旺盛なんだから」


 二人で笑いながら宿へ戻る途中、リリアがぽつりとつぶやいた。

「そういえばさ、最初に町に来たとき、道のはずれに古い店があったでしょ?」

「うん、あの閉まってた建物?」

「そう、“こはる亭”。昔は人気の食堂だったらしいよ」

「へぇ……」

「でも店主のおばあさんが体を悪くして、それっきりなんだって。

 建物はまだ使えるのに、誰も引き継ぐ人がいないみたい」

「もったいないな」

「でしょ? あの場所、夕陽が当たるとすごくきれいなんだよ」


 こうすけは黙って歩きながら、その言葉を反芻した。

 こはる亭――どこかあたたかい響きだ。

 頭の中に、木のカウンターと湯気の立つ鍋の光景が浮かぶ。


(……いつか、自分の手で)


 風車の羽亭が見えてくる。

 夕陽の色が町を染め、風が香草の匂いを運んでくる。

 銅貨の袋が手の中でかすかに鳴った。


 こうすけは小さく笑って、呟いた。

「――よし、今夜はこの赤いやつで試してみるか」

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