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異世界宿場町の居酒屋「こはる亭」  作者: らた
第1章:はじまりの焚き火

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第6話 新しい一日と風車の羽亭

 こうすけが目を覚ましたのは、焼きたてのパンの香りだった。

 見慣れない天井。粗い布のシーツ。少し硬めのベッド。

 けれど、どこか落ち着く。昨日とは違う、ちゃんとした“朝”だった。


 外では、パン職人が生地を叩いて成形する軽快な音が聞こえる。

 それに混じって、人の笑い声と鳥の鳴き声。

 窓を開けると、朝靄の中で風車が静かに回っていた。

 ――風車の羽亭。その名の通り、朝の風がよく通る宿だ。


(……夢じゃなかったんだな)


 昨日の夜のことを思い出す。

 見知らぬ町で料理をして、宿の人たちに受け入れられた。

 その延長線に、こうして新しい一日がある。

 それが少し不思議で、少しうれしかった。


 扉をノックする音がした。

「おーい、起きてる? 朝ごはん冷めちゃうよ!」

 声の主はリリアだ。

「今、起きた。すぐ行く」

「下のテーブルにいるからね。もう厨房フル稼働だよー」


 慌てて着替えを済ませ、階下へ降りる。

 朝の食堂には、焼きたてのパンと湯気を立てるスープ。

 宿泊客と思われる客が満席になって食事をしていて、ミーナの声が響いていた。


「おはよう! ちゃんと眠れた? うちは羽音が子守唄みたいなもんだろ」

「ええ、おかげさまで。……すごくいい匂いですね」

「うちの朝はパン勝負さ! 焼きたてで客の胃袋つかむんだよ!」

 豪快に笑うミーナの隣では、ガルドが鍋の火加減を見ていた。


「おう、新入り。食ったら手伝えよ。」

「はい!」


 席に着くと、リリアがパンをちぎっていた。

「ここのパンね、ほんとにおいしいんだよ。バターも自家製だって」

「へえ……」

 一口かじると、外は香ばしく、中はしっとり。

 ほんのり甘くて、塩気がちょうどいい。

(なるほど……これが“日常の味”か)


 食事を終えると、こうすけはすぐに厨房へ向かった。

 ミーナが振り向きざまに言う。

「もう来たの? いいねぇ、働き者! 若いのに腰が軽いよ!」

「うるせぇ、俺の腰もまだ動く」

「はいはい、あんたは口も動きすぎ!」


 笑いながらミーナが指をさす。

「じゃあ、洗い物から頼むよ。今日も山ほどあるからね!」

「了解です!」


 朝の厨房は慌ただしい。

 皿を洗う音、スープが煮立つ音、リリアが客席を整える声。

 それが妙に心地いい。

 こうすけは手を止めずにリズムを合わせていた。


「おい、手元見ろよ」

「すみません!」

 ガルドが笑う。

「動きは悪くねぇな。そろそろ落ち着いてきたし、野菜の処理もしとけ。」

「了解です!」


 桶の中には半端な野菜と乾いたパン。

 こうすけが手を伸ばすと、いつもの淡い光が目の前に浮かぶ。


|【干しかけの根菜】

| 水分が抜けて固い。長時間煮込みに適す。

| “じっくり火で戻せ。甘みが出るで。”


|【昨日のパン】

| 乾燥が進行。硬いが香ばしさが残る。

| “焼き直して使え。うまみを吸わせれば化ける。”


(なるほど、順番を考えれば両方活かせる)


 まずは根菜を刻み、スープ鍋へ入れる。

 弱火でじっくり煮込み始めると、少しずつ甘い香りが立ちのぼった。


(これなら、時間をかけてやわらかくなるはず)


 次にパンを小さく切り、鉄板で軽く焼く。

 香ばしい匂いが広がり、表面が薄く色づいていく。


「おい、今度は何だ?」

 ガルドが覗き込む。

「昨日のパンです。焦がさずに焼いて、スープに浮かべようと思って」

「浮かべる? そんな使い方、聞いたことねぇぞ」

「出す直前に入れれば、汁を吸いすぎず食感が残ります」

「……ふん、やってみな」


 根菜の煮込みが仕上がる頃、スープの表面には細かな泡が揺れていた。

 木匙で味を確かめると、やさしい甘みが口に広がる。


(いい、香りがつながってる)


 こうすけは焼いたパンを皿に乗せ、スープを注いでその上に静かに浮かべた。

 パンがほんの少し沈み、香ばしい匂いが立ちのぼる。


「……おいおい、見た目も悪くねぇじゃねぇか」

 ガルドが鼻を鳴らす。

「焦げた香りと甘い匂いが合うとはな」

「香りが重なると、味も丸くなるんです」

 こうすけは笑って木匙を置いた。


 ミーナが食堂から顔を出す。

「ちょっとガルド! 匂いで客釣る前に皿洗っときな!」

「釣ってねぇ、勝手に香ってるんだ!」

「はいはい、その“勝手”がありがたいんだけどね!」


 リリアがトレーを抱えて厨房に戻ってきた。

「ねぇ、外の人が“昨日の料理人いるか”って聞いてたよ」

「俺のことですか?」

「たぶん。昨日の魚の人が食べたがってたみたい」

「……まさか、もう覚えられてるのか」

 リリアがにやっと笑う。

「人気者はつらいねぇ」


 ミーナが腕を組んで笑った。

「うちの名前出してもらえるなら大歓迎だよ。看板料はあとで請求するけどね!」

 ガルドが肩をすくめる。

「ま、働くならしっかり稼げ。腕がある奴が厨房にいるのは悪くねぇ」

「ありがとうございます。がんばります」


 昼時になり、風車の羽亭は活気に包まれた。

 スープの鍋が軽く揺れ、パンの焼ける香りが店いっぱいに広がる。

 こうすけは忙しさの中でも、不思議と落ち着いていた。


 ミーナが声を張る。

「こうすけ! 皿もう一丁いくよ! 動きいいねぇ!」

「はい!」


 皿を差し出す手が自然と軽くなる。

 見ていたリリアが、満足そうに微笑んだ。


(……ああ、やっと少し“この世界”にいられる気がする)


 外では風車の羽が静かに回っていた。

 新しい一日が、確かにここから始まっていた。

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