第2話 塩焼き魚の香り
朝の光が、木々の隙間から差し込んでいた。
夜の冷気はすっかり消えて、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。
俺はゆっくり体を起こした。
焚き火はすでに消えていて、灰の中からうっすらと白い煙が立ち上っている。
隣では、少女――リリアが荷物をまとめていた。
肩からかけた小さな皮袋と、腰に吊るした短剣。
どちらも使い込まれているが、きちんと手入れされていた。
「おはよう」
声をかけると、彼女は一瞬だけ警戒するように目を細め、それから小さく会釈した。
「おはよう。体、平気?」
「ああ。もうだいぶ動ける」
「よかった。昨日は結構冷えてたから」
焚き火の灰を棒でつつきながら、俺は辺りを見渡した。
森の奥から小鳥の鳴き声が聞こえる。どこか懐かしい音だ。
「……ところで、これ」
リリアが袋の中から小さな包みを取り出した。
中には、干した魚と、硬そうなパンのかけら。
「朝ごはんにどうかなって。昨日の魚の残り」
「助かる。……けど、パンはこのままじゃ歯が折れそうだな」
「うん、私もそう思う。でも、水が少ないから、戻せないんだ」
「そうか……じゃあ魚だけでもなんとかしよう」
俺は焚き火の残りをかき集めて、小さな火を起こした。
焦げた枝の先で火種を作り、拾った木の皮を重ねる。
乾いた音とともに、再び小さな炎が生まれた。
金属皿に干し魚を入れ、水を少し多めに注ぐ。
火にかけてじわじわと温め、蒸気でほぐしていく。
やがて魚が柔らかくなり、塩気の混じった香りが漂い始めた。
「……いい匂い」
リリアが目を丸くした。
俺は木の枝を箸代わりに、魚の皮を裏返す。
軽く焦げ目がついたところで、火から下ろした。
「これ、ちょっと味見してみてくれ」
リリアが恐る恐る一口かじる。
次の瞬間、目を瞬かせて――小さく笑った。
「……おいしい。塩気があるのに、しつこくない」
「戻した水を少し使って焼くと、旨みが出るんだ。保存食でも、ちょっと手をかければ味は変わる」
「へえ……料理人って、すごいんだね」
「いや、慣れだよ」
そう言いながら、ふと視界の端に小さな光がちらついた。
焚き火の上――皿の魚の上に、淡い文字のようなものが浮かんでいる。
……なにこれ。
|【塩焼き干し魚】
| 塩分強め、長旅のお供に最適。
| “しょっぱうまい。目が覚める朝の塩パンチ!”
頭の中に、誰かの感想みたいな言葉が響いて消えた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと、妙なものが見えた気がして」
「寝不足じゃない?」
「かもな」
曖昧に笑ってごまかしたが、胸の鼓動が少しだけ早かった。
料理の名前と、意味不明なコメント――。
まさか、これが“鑑定”ってやつなのか?
スキルだとしたら、ずいぶん軽いノリだ。
朝食を終えると、リリアは荷物を背負いなおした。
「森を抜けるには半日くらいかかるかな。昨日は日が暮れちゃって、仕方なくここで野宿したんだ」
「なるほど。どうりでこんな場所に」
「昼過ぎには街道に出られると思う。そこから先は宿場町まで一本道だよ」
俺も焚き火の跡を土でならし、空を見上げた。
木々の間から、淡い朝の光がこぼれている。
「……なあ、俺も一緒に行っていいか?」
リリアが少しだけ驚いた顔をして、それからうなずいた。
「もちろん。放っておけないし。それに、森の中はまだ魔物が出るかもしれないから」
「魔物、ね……物騒だな」
「慣れればそうでもないよ」
そう言ってリリアは小さく笑った。
俺も荷物をまとめ、彼女の後を追う。
森の中を抜ける風が心地よく、さっきまでの焚き火の香りがまだ残っている。
見知らぬ世界。見知らぬ道。
それでも――少しずつ、腹の底から力が湧いてくる気がした。




