一年生の超絶美人
その日は無事平穏に一日を終えるはず――だった。
「なっちゃんだいじょーぶ⁉」
「え? なにが」
よっこらせそれじゃ帰ろうとしたら、振り返った佳と目が合ってこれだ。
うお、やめろ、みんな見るな……!
外見上は澄ましたまま、聞き耳を立てる。なるほど、目の下のクマが酷いのか。
……なんで?
クマって寝不足じゃないとできないんじゃないの? いや、できた理由は寝不足じゃないのは理解しているけど。なるほど……あっ、自覚したらしんどくなってきた……。
「あっ……佳……やばい……」
「なっちゃん⁉」
多分目が覚めたら保健室。
△
予想通り保健室のベッドで目を覚ました私は、まずは迷惑をかけてしまった佳を探す。
「ごめん、また迷惑かけて」
視線の動く先に佳がいて良かった。
「ぜんぜんいーよ! それよりもだいじょーぶ?」
「うん、楽になった。クマは消えてる?」
体を起こしながら問いかける。すると佳は私の顔をまじまじと覗き込んできた。
瞳が大きい……? それに色も……、カラコンか。カラコンって良い話聞かないけど実際どうなんだろうか。
ここでふと気づいた。そんなこと考えられるということは、私は今現在、佳と近距離で見つめ合っているということだ。
「うん! だいじょーぶだよ!」
私の気づいた雰囲気で、佳も我に返ったみたいだ。
微かに頬を染め、前髪を頻りに触っている。これは照れていますね。
私の美しさは同姓すら緊張させてしまうのか……なんかこっちも照れるな……。
「なっちゃん起きたのぉ?」
なにか気まづくて目を逸らすと、不知火先生の声が聞こえた。佳に隠れて見えなかった。
私は少し頭の位置をズラして先生に軽く頭を下げる。
「すみません、またお世話になっちゃって」
「ううん。大丈夫だよぉ。もぉ放課後だしぃ」
ふふっと笑う不知火先生にありがたさを感じて、気持ちが楽になってくる。
もう今日は授業も無いし、お言葉に甘えて下校する生徒が少なくなるまで休ませてもらおうかな。
「じゃあもうちょっと休ませてもらいます」
「じゃーうちはお菓子買ってくるね!」
「いやなんで⁉」
いやなんで⁉ あっ、先に口から出ちゃったよ。
「うーん、こぼさない物だけだよぉ」
いやいや、先生も止めないの? 保健室って基本的に飲食禁止じゃないの? ってそうじゃなくて! 佳は待っていてくれるの?
「はーい!」
そう言って佳は保健室から出ていく。
私は伸ばした、行き場の無くなった手をポスンと落として、体をベッドに受け止めてもらう。
「またしんどくなっちゃったぁ?」
「それは大丈夫なんですけど、なんか……良い人すぎるな、と」
私の言葉に、不知火先生はこてんと首を傾げて数秒――。
「もしかしてぇ、二人って高校生になって出会ったのぉ?」
「まあ、はい」
「そうなんだぁ。てっきりぃ、高校になって幼馴染と再開したぁ――的なやつだと思ってたぁ」
確かに、佳の距離感の近さというか、コミュ力は異常なまで高い。それに昨日、今日と、倒れた私を介抱してくれたのは佳だ。お昼も食べず、放課後もこうして私を待ってくれようとしている。
うん、久しぶりに再開した幼馴染で親友の距離感だね。
「前の席ってだけですね……」
「本当に良い子だよぉ。昨日だってぇ、なっちゃんが眠ってる間ぁ、心配そうにあっちに行ったりこっちに行ったりぃ、ずーーーっと心配してたよぉ」
「良い人すぎて申し訳ない……」
そこまで良い人なのか、なんかもう、本当に申し訳ない……今度菓子折りでも持って行こうかな……。
私がなにを持って行こうかと考えていると、先生が「あっ」と言って椅子に座ったまま、カラカラと私の下までやって来た。
「なっちゃんなっちゃん、質問いいぃ?」
「えっ、急になんですか? 別にいいですけど……」
なんだろう、保健室利用の注意点? それとも髪色のこと?
なんとなく身構えてしまう私に、先生はふわふわとした笑みを浮かべたままだ。
「なっちゃんはさぁ、勉強できる?」
近づいたせいか、いつもより声が抑えられていて、なんだか秘密話をしているような気がする。
まあ、質問自体は普通だから別にどうもしない。
「まあ、はい」
「どれぐらい?」
「えっ、多分学年一位とか余裕だと思います。……急にどうしたんですか?」
別にどうもしないけど、なんか気になる。
すると先生は、嬉しそうに目を細めて言う。
「先生ねぇ、今年からこの学校で働き始めてぇ、ちなみに社会人一年目なのぉ。それでぇ、聞いたんだぁ、なっちゃんが転入試験のテスト問題、全問合格したって。余裕だったぁ?」
「はい、そりゃもう」
うーんなんだろう、外側からじわじわと攻められてる感覚。あと、こういう話って生徒にしていい話?
「じゃあ、運動も得意?」
「はい、そりゃもう」
「どれぐらい?」
「スポーツ全般ある程度できます、流石に府選抜に選ばれるレベルは練習せずに無理ですけど、なにもしなくても地区選抜レベルはできますよ」
なんか自分で言っていて恥ずかしいな。嫌な思い出しかないけど事実だし。あー、思い出したくない……! この記憶がじわじわと私を蝕む……。
「すっごーい……!」
目を大きく開いた先生の目が、キラキラした目が……‼
駄目だ、動けない……、うぅ……キツイ……。なんで誤魔化さなかったのか……、なんで……。
「やっぱりなっちゃん、一年生の超絶美人さんなんだぁ!」
「あっ……はい…………………………………………ん? あれ……?」
なにか引っかかった、でも、それを考える力はもう、私には残されていない。
ガララっと音がして――
「ただいまー! なっちゃん⁉ せんせー! なっちゃんがー‼」
そんな佳の声が、私が最後に聞いた声だった。




