口内が乾燥している状態
目を覚ました私は、眠ったはずなのに疲れた頭を押さえて深呼吸する。
幸いにも、いや、残念ながら夢の内容は覚えていた。
「なっちゃん、だいじょーぶ?」
すぐに私の視界に佳が入ってくる。
今は何時だと、時計を確認して、思わず潰れた蛙のような声を出してしまう。潰れた蛙の声って聞いたことないけど。
「大丈夫……。もしかして、ずっといてくれた?」
私の言葉に佳は首を傾げると、時計を見て目と口を大きく開いた。
「ご飯食べ損ねた……⁉」
「いや、ほんとごめん、いやありがとう、でもごめん」
ほんとに感謝もあるけど申し訳なさの方が大きい。なんていい人なんだ。こういう時は私を放って昼食を食べに行くべきだったはずだ。
「いやー、なっちゃんが心配だったからねー」
笑って頭を搔く佳の背中に羽が見えた、純白の羽だ。天使すぎないか?
「なっちゃん目が覚めたんだぁ。佳ちゃんはもう授業が始まるから先に戻ってねぇ、おやつあげるぅ」
ふわふわとやってきた不知火先生の手には一本で満足できそうなバーが二本あった。
そのうちの一本を佳に渡して、教室へ戻るよう促す。
「じゃー先に行ってるからー!」
そう言って手を振る佳に手を振り返して、私は不知火先生を見る。
「なっちゃんはもう大丈夫ぅ? はい、おやつぅ」
「ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
「その割には調子悪そうだけどぉ?」
ふわふわしてるけど流石養護教諭、でも別に隠すことでは無い。
「……変な夢見ましたね。疲れました」
「わぁ、それは大変だったねぇ。どうするぅ? もう少し休んでから戻るぅ?」
「いえ、大丈夫です。またしんどくなったら来ます。おやつ、ありがとうございました」
私はサンダルを履いて保健室の出口を目指す。
不知火先生に頭を下げると、先生は手を振り返してくれた。
そこでチャイムが鳴って、私はバーを口に詰め込みながら教室へと急ぐのだった。
△
口内が乾燥したけど、少しは空腹がマシになった。私はなんとか授業に間に合い……間に合ったかは分からない……。起立礼の時に入ったから。
「なっちゃんだいじょーぶだった?」
声こそ潜めているが、ガッツリ後ろを向いて私の心配をしてくれる佳。なんて良い人なんだろう、でも前を向いてほしい。
「うん、本当にありがとうね」
「ええー、いいよー。なっちゃんが元気で良かったー」
「うっ……」
くそっ、眩しい! なんて良い人なんだ!
私転校してきて二日目だよ? そんな相手にここまで親身になれて、寄り添ってくれるって逆に怖いんだけど!
私がじわじわと佳の陽に焼かれていると、先生の注意が佳の後頭部に刺さった。
「はーい、ごめんなさい!」
びくっとして、素直に前を向く佳。助かった……。
なんとか消し炭になることを免れた私は、授業を聞いているふりをしながら夢の中での話を思い出す。
――結論は保留。
まず、なんの話をしたのか。それは、私の血筋のことだ。吸血鬼の血を引いていて『陽』に弱いということ。それを、養護教諭である不知火先生に話すかどうかだ。あと佳にも。
間違いなく、私が卒業するまで保健室にはお世話になりまくるだろう。そういう体質で通せればいいのだが、そう簡単にいくとは思っていない。
例えば、私は運動神経が良い。ということは体育祭とかでは、間違いなく期待されるし、その期待に応えることができる。するとどうなるか? 答えは簡単、ただ目立って黄色い歓声を浴びることになる。無理だ。
運動ができないふりや、身体があまり強くないと言えないことはないけど、嘘はバレた時が大変だし、うっかり隠しきれなくなる可能性もある。
だから誤魔化すに留めるのが無難な選択。この吸血鬼の血のことを不知火先生に伝えれば、誤魔化しやすいし、普段から休ませてもらいやすくなる。保健室を私の憩いの場にすることだってできる。保健室のベッドにはカーテンがあるしね。
だけど……私の話を信じてくれるかな? いくら不知火先生がふわふわしているからってそんなすぐに信じるものなのかな?
うーん……、こればかりは言ってみないと分からない。
とまあ、そんな感じで保留になった。
そして私は、前の座席に座る佳の後頭部を見る。綺麗な、明るい金色に染められた、触り心地の良さそうな髪の毛だ。もし……佳になら。佳なら、信じてくれるだろうか?
怖いぐらい良い人の佳になら、私の血のことを話しても――いや、話したところでどうにもならないか。話しても話さなくても、佳は優しいと思う。
…………じゃあ話さなくてもいいか‼
ということで、今考えなくてもよかったな!
うん! だって夢の中で私が話し合って出した結論だし、そんな変わることは無い。
お茶飲みたいなあ。




