生きてる
本当なら救急車案件なんだろうけど、こうして保健室で目覚めることができたことに感謝。
目が覚めた頃にはもう体育祭は終わっていて、日も傾いていた。まだ体は動かない、一応起きているのに、誰も気づかない。先生に、先輩に、なんと母の声まで聞こえる。でも誰も私に気づいた様子はない。佳なら……佳なら気づいてくれたのに……! っていうかいつもならすぐそこにいるのに! でもいない! なんで⁉
佳がいないことが一番の驚き。でも佳がいたのなら、この身動きが取れない状況はまずかった。火刑になる。
そう考えれば、今こうして佳がいないことはありがたいことだ。
そんなことより早く私に気づいてよ‼
せめて気づいてもらえるための努力として、もごもごと頑張って声を出そうとする。多分呻いているだけに聞こえると思う。体も必死に動かして、少しでも布団の擦れる音を立てる。
それでも――誰も気づいてくれない‼
しんどくて疲れて、息を切らしていると、ようやく母が気づいた。
「鳴月、あんた大丈夫? 先生、汗が凄いんですけど……」
気づくのおっそいからだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼
そんな私の声も届かず、不知火先生と永海先輩も近くにやって来る。
「なっちゃん、大丈夫ぅ?」
「鳴月」
すいません、大丈夫じゃないです。体動かないし喋れないです。
目は口程に物を言う、なんて言葉があるけど、やはり目はなにも言わない。母よ、なぜ気づかない。
しばらく母を見つめていると、ようやく母が私の状態に気づいた。でもその頃には、少しだけ体を動かすことができる。声も、ほんのちょおっとだけ出るようになる。
「気づいてよ……」
「うん、ごめん」
ごめんて……、いやまあそれ以上は求めてないけど。
なんとか今の状況を伝えると、家帰って休め(要約)ということで、母に連れられて私は車に乗り込む。自力じゃ動けないから母に抱えられ、助手席に固定、酔わないか心配。
見送りに来てくれた不知火先生と永海先輩になんとか挨拶をして車は動く。世界は既に暗くなって、体育祭の賑わいなど無かったかのような様相を呈している。
私の体調を気遣ってか、無言で車を進める母――。
「うわっ、あの車ナンバープレート光ってる。しかもゾロ目、嫌だなあ……陽だぁ……」
私生きて帰られるかな……?
△
なんとか生きて我が家に帰ることができた。その頃には、辛うじて動くことができるまで回復していた。それでも動くのが遅いから母に抱えられて家に上げられる。
「ただ……い……ま……」
「はいおかえり。全く、連絡来た時びっくりしたよ」
歩こうとする母の脚にしがみつき、ずりずりと引き摺られてリビングへ――は行かず洗面所。手洗いうがいは大切。
「とりあえず体操服脱いで。ほら、砂ついてるでしょ?」
あっ、そういう……。
私の制服やリュックは、佳が持ってきてくれていたらしい。多分連絡も入っているだろうし、ちゃんと動くようになってから連絡を入れないと。
頑張って服を着替えて、しっかり手洗いうがいを敢行。自らの脚でリビングへ戻り、ソファにダイブ。
「ほら、お茶飲んで」
私の傍らに膝をついた母がコップにストローを差してお茶をくれる。それをちゅうちゅうと吸いながら、母の表情に注目する。
今にも泣き出しそうな、母には似合わない表情だ。帰ってくるまでの間、ずっと我慢してくれていたのだろうか。なんか、ちょっと泣きそう……。
「良かった……、調子はどう?」
「うー……………………ん…………、生きてる」
私のその言葉に、母はホッと息を吐く。
体は動かないけど頭は働く。体も徐々に動くようになっているし、多分心配する程のことじゃない。
「冗談言えるなら安心」
うん、安心してくれて良かった。
でも頭の方もまだ本調子じゃないみたいで、なにか気づいたことがあった気がするんだけど、それがなにか分からない。結構簡単なことな気がするんだけど……もどかしい。
「まだ疲れてるでしょ? とりあえず寝ときなさい、布団まで運んであげる」




