口内観察
「佳ってさ、永海先輩のことどれぐらい知ってるの?」
先輩がいなくなってから、私達は遊学館を目指して歩き始める。
「えー? 知ってるっていっても、三年生で、めちゃくちゃ頭良くて運動もできてちょー美人な先輩ってだけだよ?」
知っている情報はすぐに分かるものか。
「そっかー。でも有名なんでしょ?」
私の見立てでは、有名っちゃ有名だけど、話題に上がるのは私ってこと。多分、三年生側も同じ感じだと思う。
腕を組んで少し悩んだ佳。
「ゆーめーだよー? でもなっちゃんのほーがゆーめー」
「なるほど」
よし、予想通り! だってそうじゃないと二年生と三年生が私を見に来るはずだし。一年生も私は見に来ても、二年生や三年生の教室まで行った話なんて聞かない。
ということは、先輩のあの最後の一言、人魚の血を引いていることは知られていないということだ。そういう特殊な血筋の人間がいるのなら、噂ぐらいは回っているだろうし、でもそんな話を知っている気配は無い。
今のところ私と、多分不知火先生が知っている。
どうして私に言ったのか。最初、先輩が声をかけてきた時の言葉を思い出す。
『ん、立てる? 無理してい――』この後、佳の叫び声で遮られてしまった。私が気になったのは後半『無理してい』の部分だ。これは『無理していない?』だと思う。転んだことに対してというのがまあ普通だろう。でも私は普通じゃなくて、先輩も普通じゃない。陽にやられた私に対して言ったと考えるのがいいはず。
先輩が、私には吸血鬼の血が流れていることをどこで知ったのか。これは多分、まだ知っていないと思う。自分と同じ、人外の血が流れているということだけを知っていたか、察していたか。
「おっ、着いた」
考え事をしていて、佳を放ったらかしにしてしまった。
「おーう、小っちゃくて可愛いかも」
やって来た建物は『館』と付くには小さいような気もするけど、立派な遊学館だ。
ゴールデンウィークだから人も少し、家族連れが二組いる。うん、これぐらいならまだ大丈夫かな。
中に入ると、まずは水槽が迎えてくれる。水槽といっても、壁面にドカンとあるような物じゃなくて、探せば売っていそうな形の水槽だ。更に進むとカニの標本があったり、山の動物の解説があったり、鳥の剥製や虫の標本、爬虫類とか、小さいながらも中々に充実した展示だ。でもまあそこまで広くないから中にいた時間は海にいた時間よりも短い。
「んー、どーしよっか」
「だよね」
もう一度海に行くか? それとも、公園でちびっ子たちと混ざって遊ぶか?
うーん……他に遊ぶ場所は……。カラオケとボウリングが浮かんだけど頭から消して、考えても考えても思いつかない。これ、昼前から集合していたら地獄だったよな……。
「ごめん佳、私もうできること思いつかないや」
「確かにー……うちも思いつかないなー」
「今日はもう帰る?」
やることが無いのなら、帰るに越したことは無い。佳と長くいればいる程、私の身の危険がある。でも、佳は嫌がるだろうなと私の予想通りに、佳は寂しそうな顔をする。
「分かった分かった、まだ日が暮れるまで時間あるから、二人でぶらぶら散歩しながら考えよう」
「うん‼」
さっきまでの表情はどこへ行ったのか、一瞬で嬉しそうな表情になる佳。
その表情に、私もつられて笑ってしまうのだった。
△
ゴールデンウィークにあったイベントは、初日に佳と遊んだことだけ。あの後佳に押し切られ、ボウリングをする羽目になった。断り切れなかった……‼ 手を抜いてなんとか目立たないようにしていたけど、段々佳を騙しているという事実が重くのしかかって、終盤本気でやったらかなりのスコアを取ってしまった。その日の反動や諸々で、残りの三日間、私はまともに動けず家で過ごしていた。
なんとか休み明けまでに体調が戻った私は、今日もいつも通り佳に運ばれて保健室で休んでいた。
でもいつも通りではないことも起こった。それは三限の時間、珍しく保健室に来客が来た。
「いた」
「こんにちはぁ、どうしたのぉ」
やって来たのは永海先輩だった。十中八九私に用があるのだろう。だって『いた』って言っていたし。
「体調が悪いから休ませてほしい」
不知火先生にそう返して、先輩は私を目指して歩いてきた。
「こんにちは」
「ん」
とりあえず挨拶をしてみると、一応先輩も返してくれた。そして私のすぐそばまで来ると、私の顔を覗き込んできた。やっぱ先輩いい匂い‼
「ええっとぉ……永海さん……?」
先生の戸惑った声が聞こえる。でも先輩はそれには反応せずに、私にだけ聞こえる声で聞いてきた。
「先生は知ってる?」
この質問は、先生は私の血のことを知っているか、という意味だ。それに首肯した私を見て、先輩は少し私から離れてくれた。
「あなたの血、教えて」
そしてさっきよりも大きい声で言った。
えぇ……この人ダイレクトすぎる。
「永海さん⁉ あのぉ、なっちゃんはぁ」
「いえ、先生……大丈夫……です……」
ここまで知られているのなら誤魔化すことなんてできないし、そもそも誤魔化すつもりもない。同じ立場の相手だ、デメリットが無い。
先輩の綺麗な瞳をじっと見ながら私は答える。
「吸血鬼です」
「吸血鬼……そう……」
私の返答に、先輩は一度頷いた。
そしてなにかを考えている様子で私を観察している。
瞳を見て、耳を見て、多分吸血鬼要素を探しているんだと思う。
「口、開けて」
そうなるよね……だって吸血鬼だもん。
なんか歯医者以外で口を開くのは恥ずかしいけど、見せない理由も無いし、断ったら無理矢理口をこじ開けられそう。
素直に口を開いた私を見て、先輩は一瞬目を見開いて、すぐに「ありがと」と礼を言ってくれた。
「吸血鬼は髪色だけ?」
「いえ、あとは体質ですね」
先輩は私の『陽』に弱い体質のこと、吸血鬼の血のせいで不便になっていることも真剣に聞いてくれた。
「ええっとぉ……なっちゃん……?」
会話がひと段落すると、先生が恐る恐るといった様子で声をかけてくれた。先生なりに心配してくれたんだと思う。先生から見れば、いきなりやって来た先輩が私のことを根掘り葉掘り聞いているように見えたからだ。
「大丈夫ですよ、この前一回会ったんです」
「私の血のことも話した」
うん、血のことだけだけど。
「あっ、それならよかったぁ……」
先生はほっとしたみたいで、気を使わなくてよくなったおかげか、色々と私のことを説明してくれていた。味方が増えたみたいでなんだか心強い。
「鳴月、連絡先交換しよう」
「え⁉ は、はい……」
そういえばこの人私の名前知ってたなと、驚きながら頷く。断る理由無いし。
「ありがと」
先輩は微笑む。声は相変わらず平坦だけど。
なんかこの人いきなり距離近くない? 佳もそうだけど、先輩まで? まるでこの距離の詰め方がこの世界のデフォルトのような気さえしてきた。
そうして、私と連絡先を交換した先輩は保健室から出ていった。いきなり来ていきなり帰る、なんか掴みどころが無い人だ。
「よかったぁ、永海さんと仲良くなってくれてぇ」
「はい、まあ……。えと、先生がこの前言ってた特殊な血筋の人ですよね?」
「うん、三年生の永海陽伽さん。人魚の血を引いているんだよ――って、なっちゃんは知っているんだっけぇ?」
「はい。でも、聞いていても驚きましたよ」
先生の話では、あと二年生にもいるらしい。でも、先輩が来た時の先生の反応から考えるに、一筋縄ではいかないような気がしてきた。私は賢いんだ、周りの人の反応からある程度推測することができる。永海先輩は優しかったから良かった。
「二年生の人はなんの血を引いているんですか……?」
「デリケートな話だからぁ、いくらなっちゃんでも言えないかなぁ」
「それもそうですよね」
裏を返せば、私が吸血鬼の血を引いていることは口外しないということだ。実際、永海先輩も私の顔と名前は知っていたけどなんの血を引いているのかは知らなかったしね。
なにはともあれ、同じ特殊な血筋の知り合いができたし、色々良いことかもしれない。
でも、佳に隠していることが増えたような気もして少し息苦しくもなってきた。
そうなっても、こればかりはどうすることもできない、だから私はこの問題から逃げるため、布団を被って目を閉じる。寝て起きれば、少しはこの気持ちが晴れるから。




