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吸血鬼が憩える保健室  作者: 坂持


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12/18

深く不覚のゴールデンウィーク

 私の高校生活が始まって――というか転校してそろそろひと月が経とうとしている。


 一ヶ月も経てばやはり仲の良い人は固定化され、いくつかの小集団に分かれる。そしてどうも私は近づきがたい美人らしく、遠くから陽の視線に焼かれることはあれど、直接話しかけてくれる人はそれ程いない。


「なっちゃん、だいじょーぶ?」


 だって……保健室にいる時間の方が多いから!


 今日も今日とて私は佳のお世話になっている。ひと月経っても、吸血鬼のことを佳に話せていない。もう私係としての地位を確立して、なおかつクラスの誰とでも分け隔てなく関わりを持っている佳。真の陽キャ、私の天敵。


 こうやって、佳の優しくされ続けると余計言いにくい。


「うん、大丈夫。本当にありがとう……」

「うちは戻るね? なにかあったら呼んでねー」


 私をベッドに運び込んだ佳は、スマホを振って笑う。


「いや、授業に集中しよ……?」

「だってなっちゃんに教えてもらったらよゆーだもん!」

「それはそうだけど、授業態度って項目があるんだよ?」

「うっ……、それはそうだけど……」

「まあ別に聞いてなくても、前向いてそれっぽくノート取るだけで大丈夫だと思うから。勉強は私に任せてよ」


 するとしょんぼりしていた佳の顔がパッと輝く。うん、この人可愛いな。ついつい甘やかしてしまう。


 天敵に自ら近寄りに行くのはどうかと思うけど、色々お世話してもらってるし、なんとか返していかないとだよね。


「ということだから、じゃあ」


 私が辛いのもあるけど、私のせいで佳の授業態度の項目が悪くなるのはできるだけ避けたい。多分私を運ぶことでそれは無いだろうけど。


 ……ということは、佳をできるだけ引き止めた方が授業態度的には良くないか? 教室に戻って、眠ってしまっては元も子もない。


 いやでも、ここに引き止めていると私の命が危ない。ここはありがたく退場してもらうとしよう。


 私が手を振ると、佳も手を振り返してくれて、保健室から出ていく。


 佳が出ていくのを確認すると、私は思いっきり息を吐く。力を抜いて、布団に全体重を支えられるのを感じる。


「なっちゃん大丈夫ぅ?」


 そんな私の顔を覗き込むのは不知火先生。先生には私の事情を話している。そしてそれを誰にも言わずにいてくれている。


「大丈夫です……」

「すっごいげっそりしてるけどぉ、クマもすごいよぉ」

「慣れませんね、佳に」

「そうだよねぇ、佳ちゃん良い子すぎるよねぇ」

「でも、先生が知ってくれているんで……私はそれだけで助かってます。あっ、別に口説いてる訳じゃないですからね」

「もう、分かってるよぉ。先生をからかわないでぇ」


 ぷんぷんというか、にゅにゅっという擬音が似合いそうな先生。口説いてる訳じゃないって言わないとね、最初先生真っ赤になっちゃったから。


 真っ赤になった時の先生は陽が出て、私を蝕む。だから赤くさせたくないのだ。


「保健室は私の憩いの場なんで」

「うーん……それなら良かったけどぉ」


 なんとも言えない表情で、先生はデスクに戻る。私は布団を被って目を閉じる。本当に、事情を知っている人ができて良かった。安心感が違う。それも休める保健室だ。これならば、この先の学校生活も無事平穏に過ごせるはず。


                 ◎


 そして平穏に時は過ぎ、ゴールデンウィークを迎える。平穏に過ぎた日々を懐かしく思える出来事が私の身に襲いかかる。


 なにか起きても自分の力で対処できると思っていたけど、こればかりはどうにもならない、そう――佳とお出かけだ。


 不覚も不覚、深く不覚だ。佳は友達多いし大丈夫だろうなーって呑気なことを思っていたら誘われた。真っ先にだ。


 断ろうと思えば断れただろうけど、断った時の佳の悲しそうな顔を想像すると、断れなかった。学外で陽に焼かれたらどうしようもないぞと、勇気を出して断れば良かったと後悔しても遅い。辛うじて人の目が集まる場所は避けることができたことが不幸中の幸いだ。


 そして佳も他の人は呼ばないでいてくれた。あまり教室にいない私への配慮だろう。


 とりあえず母と先生に相談してみたけど、頑張れと応援だけはしてくれた。先生はまだしも、母はもう少し考えてくれてもいいのではないかと思う。でも、恨み言を言っても仕方ない……。


 もし生きて帰って来ても、残りのゴールデンウィークはずっと寝たきりかもしれない。別に予定は無いけど、なんかなあ……。


 鏡で自分の美しい姿を確認して、時間を確認する。そろそろ出ないと待ち合わせの時間に間に合わないなと、駅までの距離と自分の歩行速度を計算する。


 うん……行くか。


 まだまだ外を歩きやすい気温、普段なら軽やかに歩けるけど、今日はズッシリしてる。でもそれは私の気分の問題で、歩く速度はいつも通り。


 私が佳に提案したのは海水浴場の散歩だ。まだ夏には早いし、親子連れは多いだろうけど、街中よりもマシとの判断。公園もあるし、自然遊学館もある。駅前には飲食店もちょっとはあるし、本屋もある。なんならボウリング場とカラオケもある(この二つは絶対行かない)


 ちゃんと時間通りやって来た電車に乗って、揺られることしばらく。途中で佳が乗ってくるからどこの車両にいるかだけメッセージを送る。


 私は帽子を深く被って、視線から超絶美人な顔を守る。


 しばらくすると、隣に誰かが腰を下ろす気配。そしてふわりと漂う良い香り。この一ヶ月間嗅いだ、佳の匂い。


「おはよう」

「えっ、なんで分かったの⁉」

「いや、にお――まあ、よく佳に運ばれてるから」


 あっぶな、咄嗟に匂いで分かったって言いかけた。


「そーなんだ。なっちゃん寝てるのかなーって思ったんだよねー」


 チラリと佳を見る。いつも制服姿しか見ていないから、初めて私服姿を見た。うん、やっぱ可愛な、この人。


 服はよく分からないけど、なんか良い。似合ってる。青いジーンズに白のシャツが綺麗だ。色移りが心配だけど、佳の髪色とも合ってる。


 ちなみに私は、黒いスキニーに黒いシャツ、黒い帽子。真っ白の髪がよく映えて綺麗。目立ちたくないんだよな……。


 私レベルになれば、なにを着ても似合って違和感が無い。見た目の印象を消すために派手で華美なナンジャコリャ服を着ようと思ったけど、とりあえず視線を集めるから止めた。母曰く、こういうシンプルなんが一番平和らしい。


「寝てないよ、世界が眩しいだけ」


 目的地と佳の乗る駅はさほど離れていない。


「なっちゃんってたまに不思議なこと言うよねー」


 そう言いながら、扉前に立つ私に並ぶ佳。


 多分誤魔化さなかったらもっと不思議だと思うよ。

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