大切なのは勢い
目を覚ました頃――時刻は最終下校時刻の十八時だ。そしてやはり、佳は残っていてくれて、不安気な目で私を見ていた。
「大丈夫……」
「なっちゃん……、クリームパン食べる……?」
なんでいきなりクリームパン? そう思ったものの、お腹が空いていたし、甘い物を食べたかったから、ありがたく頂く。
「なっちゃん大丈夫ぅ?」
不知火先生も心配そうな表情をしている。
先生のせいなんだけど……事情を話していない私が悪いか。うーん……、やっぱり吸血鬼のことは話しておいた方が良いかもしれない。
「大丈夫です」
クリームパンの甘みを全身に享受しながら、私は頷く。しばらくゆっくりしていこうかと思ったけど、時間が時間だしもう帰らなければならない。
体調も大丈夫そうだし、歩いて帰っても問題無い。
「なっちゃんも佳ちゃんも、送って行くよぉ」
だけど先生は今しがた目を覚ました私を帰らせるのは良くないと判断したみたいで、送って帰ると言ってくれる。
「大丈夫ですよ、なにかあれば親呼ぶんで」
よっこらせと、ベッドから降りて身体を動かす。
うん、多少固まっているけど動かせばそのうちほぐれるはず。
「だいじょーぶ! なっちゃんはうちが送るから!」
「うーん、それならいいんだけどぉ」
少し躊躇いながらも、そこは引き下がってくれた先生に頭を下げ、私と佳は保健室をあとにする。
日は伸びてきているけど、まだ暗くなるのは早い。あんまり暗くなると私みたいな超絶美人は危ない。もちろん佳も良くない輩に絡まれたり――というより、倒れている酔っ払いとかに優しくしてそう。倒れている酔っ払いとか見たことないけど……。
保健室は昇降口と近く、すぐに靴を履き替えた私達は二人並んで校門を目指す。
私達の他にも、部活動を終えた生徒達の姿が見える。この中には私と同じ電車通学もいるだろうし、まあ安心できるかな。
「佳、今日も本当にありがとう」
私は隣を歩く佳をしっかりと見ながら、感謝を伝える。昨日今日と、佳には迷惑をかけっぱなしだし、助けられてばっかりだ。
「えっ⁉ 別にいーよ! うちが勝手にやってるだけだし。むしろ、なっちゃん嫌じゃないの……?」
なんで驚く? あと、なんでそんなことを言う?
「めっちゃ助かってる、本当に」
これ以外無い。本当に助かっているんだ、佳が速やかに運んでくれるから、まだそれ程騒ぎに――というか、更に目立たないんだ。
「じゃー良かったなー」
「うん。これからも、佳には私を運ぶ係を務めてほしい」
少なくとも、今年いっぱいはその係を務めてほしい。
「えっ、ずっと倒れるの?」
「うん、そういう体質なんだよね」
「どーゆー体質⁉」
それを言う訳にはいかない。まだね。
これ以上言う意思が無いと伝えるため、佳の耳の近くで囁く。
「勉強、教えてあげるから」
「えぇ……」
おいなんだその反応は。私はかなり賢いぞ。
まっ、いいや。
「早く帰ろっか、電車?」
送ると言っていたから同じく電車通学のはず。いや、佳の良い人レベルから考えると、電車通学じゃないのに送ってくれそうだ。
「うん、なっちゃんも?」
「うん」
「良かったー。送るって言ったけど、なっちゃんが電車じゃなかったらどーしようって思ってたんだよ」
そう言って笑う佳。真昼の太陽のように眩しい笑顔だ。つまりそれは、私に害なす陽に他ならない。
まだ転校して二日だけど、一つ判ったことがある。佳は陽キャということだ。多分クラスの誰でも分け隔て無く話す。てか実際話していた。
それは真の陽。つまり、私の天敵だ。
困った。非常に困った。
でもとりあえず今は、情報収集を兼ねて、佳としんどくならない程度に楽しく帰ろうと決めた。
△
「転校二日目にして、私が保健室へ行った回数は何回でしょう?」
夕食を終え、しばらくしてから私は母に問いかける。
母はいきなりなに言ってんだ? と言いたげな顔をしたが、すぐに考えて答えを出してくれる。
「六回」
「三回でしたー」
「少ないじゃん」
「昨日一回、今日二回」
「明日は三回、明後日は四回?」
「ってなったら嫌なんだよぉぉぉぉ‼」
なんで私がこんな話をしたのかと言うと、もしかすると日に日に身体が陽に耐えられなくなる可能性があったからだ。
母に言った通り、昨日一回、今日二回。杞憂であってほしいけど、もしものことがある。
叫んだ私はテーブルに伏せているため、私を見る母の顔は見えない。でも声音から、対して心配してなさそうな気がする。
「大丈夫でしょ、慣れるってそのうち。知らんけど」
「出たよ知らんけど」
母の顔を見る。涼しい顔をしていた。くそぅ。
私の恨みがましい目なんてなんのその。少し考えて解った。母だって私と同じような状況に陥ったことがあるんだと思う。
「自力で行けてるんだったらいいんじゃないの」
だがしかし、恐らく多分母は経験してないであろう出来事が、私には起こっている。
「いいや、運んでもらってる。そう、めちゃくちゃ良い人が前の席なんだよね」
「えぇ……、転校二日目で人に迷惑かけてんの……?」
「初日からです」
「菓子折り持っていかないと」
「それは私も考えてるよ。その人ね、めちゃくちゃ良い人すぎて、もうほんと、良い人なの。これぞ真の陽キャって感じ。多分誰にでも優しいよ」
「あんたよく生きてるね。ある意味あたし達の天敵じゃん」
「そうなんだよなあ!」
本当に佳は良い人で天敵!
私の苦悩が伝わったというか、察したのだろう母。苦い顔をして私を見て、ゆっくりと口を開く。
「どうすんの? その良い子」
「佳ね。いつかは言わなきゃならないよねって」
「まあ、上手く隠せるもんじゃ無いからね」
「とりあえず保険の先生には言おうかなと考えてる。めちゃくちゃお世話になるだろうし」
「そうなるよね」
良い人の佳にこのことは言いにくいなと、改めて思う。だって天敵だから。言い方を間違えれば佳を傷つけかねない。
「学校側には伝えてないからなあ……吸血鬼のこと」
母が天井を見つめる。そもそもだ。吸血鬼の血が入っているなんて話して、信じてくれる人がどれ程いるだろうか?
信じられなさすぎて研究材料としても狙われないレベルだ。
「でもあたしは早めの方がいいと思うんだよね」
「うーん……確かに勢いは大切かぁ……」
佳には時間をかけるけど、先生には早めの方が後々楽になってくるかな?
「先生なら、最悪避けられることは無いだろうし。っていうか、どんな感じの先生なの?」
「……、ふわふわ~って感じ」
「いけるんじゃない?」
「雑いなぁ!」
そうツッコんだものの、先生の話題で一つ思い出したことがあった。今日の先生の発言だ。いや、でも別にこれは言わなくてもいいか。今は吸血鬼のことを言うかどうかの話だ。
「勢い大事!」
「そうだけど」
「ほら、案外髪の毛の白さで納得してくれるかもよ」
「そうだった今の私髪の毛白いんだったぁぁぁぁぁぁぁ‼」
そういやそうだ! 学校で注意されなかったから忘れてた! まあ髪色カラフルなんだけど、学校。
「まあ勢いでいっちゃえ! なんかあればお母さんがどうにかしてあげるから」
「うぅ……だよねぇ……」
とりあえず明日不知火先生には説明してみようと思う。背中も押された――というか、突き飛ばされたし。うん、勢いは大切だ。




