世界崩壊の引き金を引かされた賢者の話
特に救いはないです。そこに無いですので無いです。
あと、世界が滅ぶ原因は割とありがちなネタなので、被ってたら申し訳ないです。
……
…………
………………帰れ!いつまでもドアを叩くな!ここに賢者なんていねぇよ!
……しつこいな!ドアが壊れるだろうが!叩くのをやめ、あ……ああ……
ちっ!おい!何を勝手に上がり込んでんだよ!ドアは開けたんじゃねぇ!てめえがぶち壊したんだろうが!おい!聞いてんのかよ!そのソファーに座るんじゃねぇ!
クソが……これだから勇者って人種は最悪だ。人間のクズを集めて煮込んだような人種しかいねぇ!力がありゃあ何してもいいと思ってやがる。
あーはいはい。女神様の加護ね。で?女神様の加護があれば何をしてもいいってか?世界を救うよう頼まれた?ふーん。だから何だよ?だったら何しても許されるってのか?俺はな、世界で一番賢者が嫌いで次に嫌いなのが勇者なんだよ!わかったら帰れ!
はあ?魔王の倒し方?馬鹿かてめぇ?その御大層な聖剣でぶった切れよ。もしくはあと3年もほっときゃあ勝手にくたばるぜ。なんで今更そんな話をしてるんだ?お前まさかそんなくだらんことのために召喚されたのか?魔王を倒せば世界が救われる時代なんてとっくの昔に終わってるんだよ!あーあーご愁傷さまだな。
なんだよ?質問には答えただろ?帰れよ。追加で質問?何様だ?もう5年もすれば世界は滅ぶんだよ。だから勇者としての使命なんてもんはもうないんだ。余計なことしても世界の寿命は伸びねぇよ。精々あとの5年を遊んで暮らせばいいだろ?
あー……世界を救う方法?無いよ。無い。俺だって10年考えたさ。研究も実験もした。そのせいで何がわかったと思う?どうなったと思う?
世界を救う方法は無いってことが分かって、世界の寿命が5年縮んだ。そんだけだ。
そうだよ。本当は世界が滅ぶまであと10年あるはずだったんだがな、俺が研究でポカをしたせいで半分になっちまった。勇者が召喚されたってことは、世界の寿命が更に縮んだ可能性もあるかな。
……しつこいなお前。俺を賢者なんて呼ぶんじゃねぇよ……ここにはもうどうしようもないってことしかわからない大馬鹿しかいねぇんだよ。
何があったかって?なんで世界が滅ぶかって?カビだよ。カビのせいで世界は滅ぶんだ。そしてそれを解き放っちまったのが俺で、俺を脅して無理やりやらせたのが先代の勇者だよ。
はぁ……詳しく聞いてどうすんだよ?もうどうしようも無いんだ。大人しく帰ってくれよ。そんで魔王を倒すのに10年かかるとか適当なことを言って観光旅行でもしとけよ。
……ちっ。クソが。
てめぇが召喚されてどのぐらい世界のことを学んだのか知らねえから一から話してやるがな、この世界には2柱の女神がいる。いや、いたというべきか。勇者が召喚されたってことはまだいるとは思うけどな。まあもう世界に干渉するのは無理だろうと予想してるよ。
ん?元の世界?昔は魔王を倒せば帰れたらしいが、今はもう無理だと思うぜ。それに関してはすまないと思うがどうもしてやれん。
信じたくねぇだろうけどな。てめぇが女神の神託を最後に聞いたのはいつだ?当ててやろうか?俺の仮説が正しけりゃ召喚される直前というかこの世界に出現する直前というかそんなタイミングだったんじゃないか?当たりかね?うむ、当たりか。ということはやはり女神はこの世界に干渉できなくなってるんだな。世界を超えて移動するなんて人間には無理だ。まさしく神の御業と言わざるを得ないんだが、この世界に放り込むことはできても逆に連れ出すのはもうできないんだろうな。下手すりゃ世界を観測することすらできなくなってる可能性も……
あーすまんな。当たってほしくない仮説の信憑性が増しちまったんでな。そっちに気を取られちまった。で、2柱の女神の話だが、まあわかりやすく言うと光と闇とか、太陽と月とか、火と水とか、そんな感じで対立している存在だ。ああ?善も悪もねぇよ。1柱は人族を導き、もう1柱が魔族を導く。2つの種族は衝突しながらも世界を発展させていく。いや……させてきた、というべきだろうな。
で、魔族を導く女神の力で世界を崩壊に導くギミックが作られて、俺と先代の勇者がそれを解き放ったから世界は滅ぶ。つまりそういうことだ。分かったか?分かったら帰れ。
めんどくせえ野郎だな……
いつのことだったのか、なんでそうなったのか、何が悪かったのか、とにかく魔族が優位に立ちすぎてバランスが崩れた。俺は魔族が単純な中央集権体制の社会構造を取るのが原因じゃないかと思うがね。頂点には魔王ただ一人。わかりやすいだろ?そして魔王が暗君だとしても最終安全装置として女神がいる。それに引き換え人族は多数の民族、多数の国家、多数の宗教の中に更に細かく宗派がある、多様性と言えば聞こえはいいが協力しあえなければ烏合の衆だ。最後の頼みの綱の女神だって宗教や国家が権威を欲して神託を捏造しまくったせいですっかり信用をなくしちまった。人族同士でお互いに足を引っ張り合ってりゃあ魔族に負けるわな。
そこで女神が勇者を召喚した。と言われている。
これについても仮説の域を出ないんだがな。女神に直接問いただすってのもできないしな。とにかく、魔族が発展しすぎると人族は勇者を派遣して魔王を殺して知識だの財宝だのを略奪してきたんだ。ろくでもねぇ歴史だろ?もう随分前から、人族は魔族に勝つことを忘れて、魔族の足を引っ張って成果を横取りすることしか考えなくなってるのさ。
そんな時代が続けば当然魔族も考える。人族の女神が異世界から勇者を召喚するなら魔族の女神だって似たようなことをしていいはずだ、ってな。そして、魔族は女神に言葉を届けたらしい。本来は女神からの一方通行であるはずの神託の逆をやったってこった。どうやって?知るかよそんなもん。女神に届いたのが言葉だったのか、祈りだったのか、あるいは何らかの魔法だったのか、とにかくメッセージは届いたらしい。そして魔族に味方する何かが召喚された。彼らはダンジョンマスターと呼ばれて、各地にダンジョンを作ったのさ。勇者が積極的に攻勢を行うのに対して、ダンジョンマスターは専守防衛だな。
ほれ、そこの窓からも見えるだろ。あの巨大な塔の群れもダンジョンだ。世界崩壊の引き金となった禁忌の塔、以前はカビの生えた知識の塔って名前だったがな。
ああ、なかなか目がいいじゃないか。あのダンジョンは中央にでかい塔がある。その周囲に5本の小さめの塔があるんだが、周囲の塔は伸び縮みしているんだ。見間違いじゃない。まあもっというと周囲の塔は塔じゃない。伸びるときに空気を吸い込んで、縮むときにそれを圧縮して蓄えてるのさ。どこにって?中央の塔の地下さ。
いやいや、空気がなくなって世界が滅ぶんじゃねぇよ。数千年とか放置したらその可能性もあるかも知れんがな。言ったろ?すでに世界崩壊の引き金は引かれたあとなんだよ。んでもってカビで滅ぶんだってな。
さて、ダンジョンってのはいくつかルールがある。女神が決めたと考えられているんだが、その中の一つにダンジョン内で発生したモンスターは能動的にダンジョン外に出ることができない、というのがあってな。ダンジョン内にパンパンにモンスターを詰め込むことはできるみたいなんだが、そいつらは自分から外に出ることはできない。例外としてダンジョンに侵入したやつがモンスターを無理やり連れ出したりすることはできるんだがな。
……10年前に、俺は先代の勇者に脅されてあのダンジョンの攻略を手伝わされた。奴はすでにいくつものダンジョンを攻略していたんだがな、あの塔は先に進む道を見つけられなかった。まあ、あのダンジョンに誰かが入って出てきた時点で世界は滅ぶ運命だったんだがな。
だからカビだっつってんだろうが!まあ納得できない気持ちは分かるがな。あの中央の塔は外壁に螺旋状に階段があってな、一番上まで行くと今度は内壁に下に降りるための螺旋状の階段が付いてるんだ。それ以外の方法でなかに入る道はなかった。塔の中は一面カビだらけだったぜ。軽く手で払ったらカビの裏には本があってな、1冊や2冊じゃねえよ。塔の内壁はクソでかい本棚になっててな、本棚には本がびっしり詰まっていて、そんでその本にびっしりカビが生えてたのさ。
モンスター?あの塔のモンスターはカビだよ。他には出なかったがカビは1種類かどうかすらわからん。共通してるのは魔力を吸収すること、増殖すること、突然変異すること、の3点だな。もともとは1種類だったのかも知れんが増殖する際に一定の確率で突然変異して新しい能力を獲得するようでな、何がどう変わるか予想がつかん。色が変わる、匂いが変わる、といったわかりやすい変化から、炎や水を吸収したり未知の病気の原因となるものまで様々だ。あ?だから実験したんだよ。いちいち話の腰を折る野郎だな。
で、だ。あの時、刺し違えてでも勇者を殺すべきだったと今でも後悔してるぜ。あのクソ勇者は体についたカビを落とさないでダンジョン外に出ちまったんだ。侵入者が連れ出した例外のケースに該当しちまったってこった。まあ、俺もその時気が付かなかったんだから同罪だな……できれば奴が歩いた道も訪れた街も村も全て焼き払うなりなんなりしてダンジョン外に出たカビを根絶すべきだった。もう遅いがな。
勇者に連れられて塔の階段を降りた先は見渡す限り一面カビだった。床に腰どころか胸ぐらいまでカビが降り積もっていてな、そこにいるだけでじわじわ魔力が吸われていくのが分かったぜ。ご丁寧に床の中央に石碑があって、そこに更に下に進むためのパズルがあって、俺はそれを解かされた。
難易度はそれほどじゃないがひたすらに面倒で時間のかかるパズルだった。まあ罠だわな。下に進む方法なのは間違いじゃあなかったが、結果的に先に進むことはできねぇ。パズルをとき終わったところで何か大きなものが動く音がして、床が全て跳ね上がったせいでな。あの5本の小さい塔によって圧縮された空気が解放されたのさ。俺も勇者も突然のことに何もできないまま、カビとともに上空へと吹き上げられた。知ってるか?空って青いって思ってるだろ?恐ろしいほど高い空の上じゃあ空は暗く見えるんだぜ。昼間だってのに星がよく見えたのを今でも覚えてる。呼吸してもろくに息も吸えなくてな。俺が風の魔法でも使えればなんとかできたのかも知れんがあいにくと属性魔法は不得手でな、自然に落下するまで待つしかなかった。
あのときは死ぬかと思ったがな、今はあの時死んでおけばよかったと思うぜ。
はるか上空から落ちるとき、地上は吹き上げられたカビで黒く霞んで見えて、俺達は強い西風に煽られて海に落ちて、近くで漁をしていた漁師に助けられた。
もう分かっただろ?塔の地下に圧縮された空気を解き放っちまったのは俺だ。そのせいでダンジョンからモンスターを連れ出すための例外の条件が満たされて、あのたちの悪いカビは世界中にばらまかれたんだ。ダンジョンの制御からも解き放たれてな。それからしばらくして、あの塔の周囲から西に向かって魔力が減少する地域がどんどん拡大していったよ。そしてその地域では原因不明の奇病がいくつも報告されるようになった。最初はまだ治癒魔法も効果はあったんだがな、それだって魔力がなくなれば使えなくなる。今じゃもう世界のどこに行ったってろくな魔法が使える地域はねえだろうな。
ああ、それが全部魔王のせいってことになってんのか。そうか……事実を整理して各国に報告書を回したんだがな、誰も受け入れられなかったか。道理で誰も俺を捕らえたり処刑したりしに来ないわけだな……これは全部俺と先代の勇者のせいなんだよ……だからお前が魔王を倒しても何も解決はしないし世界も救われない。魔族のほうが人族よりも魔力に依存してるからな、あと3年もすれば魔王どころか魔族は滅ぶだろうよ。人族だって5年保てばいいほうだ。
女神の奇跡ならどうにか、か……あれも魔力に依存する現象だってのは過去に観測されてるからな、世界から魔力がなくなれば女神は世界を観測することすらできなくなると、いやもうすでにそうなっている可能性が高いと考えられるな。根拠?お前だよ。女神が正しく世界を把握できていれば、今必要なのは勇者じゃなくてもっとなにか別の奇跡だろう?わかりやすいものならカビを根絶するような奇跡が最適だが実際に起きたのは勇者召喚だ。女神に世界が見えているとはちょっと考えにくいと思うんだがね?原因不明につき現場担当者の自己裁量で対処に当たってくれっていう丸投げと言えばわかりやすいかね?
世界を救う方法?だからそんなものねえよ。例えばあの塔のずーっと右の方にでっかい黒い塊があるだろ?あれは世界樹だったものだ。世界樹の魔力を吸ってカビが爆発的に増殖したのさ。間違っても近づこうと思うなよ?いずれ世界はあんなふうにカビに覆われて、どこにも一欠片も魔力が存在しなくなるだろうよ。おそらくそうなればカビも死滅すると思うがね。それが何千年先のことかわからんが。あとはそうなったときにダンジョンがどうなるかだなあ。ダンジョン内ならモンスターはダンジョンマスターの制御下に置かれるが、カビがダンジョンの外から魔力を吸っちまうわけだから、ダンジョンも崩壊するだろうなあ。
さて、まあ話せることはこれで全部話したつもりだが、いい加減帰ってくれないかね?先代の勇者?奴は自殺したよ。自責の念に耐えかねるって遺書を残してな。この家の裏に墓を作って葬った。あんな奴でも世界を救おうって思ってたのは事実だからな、墓ぐらいあってもいいだろ?
じゃあな。達者でな。二度と来るなよ。
最後までお読みいただきありがとうございました。