「だいすき」「おいしい」
同タイトルで、不穏と平穏の世界を創作男女。
男の人が「柊哉さん」女の人が「莉乃ちゃん」
何処かの選択肢によって見方が変わる詰合せ。
【だいすき】
だって、仕方がないところない?
俺も彼女も配信者で人の目とかコンプラとか意識しながら生活しなくてはいけない。俺だけが君を独占したいと思う気持ちと、どう折り合いを付けたら良いのか全然ちっとも分かりはしないから。だから、仕方がない。
「ここから、だして」
「まだ、そんなこと言ってるの?」
「……ッ!」
部屋に閉じ込めて縛り付けてしまえば楽だけれど、女の子を拘束するなんて趣味じゃない。だから彼女の行動を制限はしないまま、部屋から一歩でも出たら俺自身の手首を切ると言ってある。それでもいいなら、どうぞって。いつだって部屋から出れるし、いつだって俺のことを切り捨てられるのに。
「俺のこと、嫌いになれたら楽なのにね」
髪の手入れもロクにできなくなりメイクだってグシャグシャになった彼女の泣き顔を見ながら、満たされていく感覚に、ひとり酔い痴れる。
【大好き】
深夜のコンビニで補充前のスイーツ棚を見て「何もないね」って、顔を見合わせて笑ったり、星も大して出ていない曇り空を見上げて「明日は晴れるかな」って、どちらでも良い世間話をしてみたり。一緒に居られる時間に起こる全てのことが、何でも良くて、どうでも良くて。君と二人で居られるって、ただそれだけで良い。
「柊哉さん、ニコニコしてる」
「そりゃ君が隣に居るからね」
当たり前のように並んで歩き手を繋いで同じ部屋に帰れる幸せを噛み締めながら、外だと分かっていながら抱き締めたい衝動に駆られる。困らせちゃうからしないけれど、何処までだって俺の腕のなかに居て欲しい。
ああ、何て言うか。端的に言うとさ。
【おいしい】
食む。
味の感想を言うほどでもない、どこのコンビニにでも置いてある唐揚げ弁当。温めたばかりで部屋の中には、安っぽい油の匂いが充満している。
「んー……。やっぱ、ありふれた味だ。……ね? 君もそう思うでしょ」
「………………」
彼女は床に直で座ったまま俺を見上げる形で視線を向けてくれるけれど、話さなくなっちゃった。やっぱり、空腹って辛いものなのかな。可愛そうに。
「あは、ごめんごめん。君はもう二日食べてないんだっけ……。あれ、三日?」
言いながら、唐揚げを口のなかに放る。そのまま弁当を食べ切ってしまえば、血色悪い顔色をした彼女が俺が望んだ通りに動こうと、手を此方に伸ばしている。あ、ようやく素直になってくれる感じ? 本当、意地っ張りだなあ……そういうところも、愛しいけれど。
【美味しい】
食む。
彼女が実家であまり良くない扱いを受けていたことは知っていたけれど、家事は全部自分の役割だと思っていることに衝撃を受けた。そんな時代錯誤なことはやめて、料理だって洗濯だって、したくないならしなくていい。もしそれに負い目を感じるようなら分担してやっていけばいいと、そう説き伏せたのは最近の記憶だけれど。
「でも、柊哉さんの為にご飯つくりたいの」
「そんな可愛いこと言ってさあ、もう」
ああ、本当に。何で俺の彼女はこんなに可愛いのだろう。自発的に作ってくれるというのなら喜んで。俺だって、愛しい唯一人が作ってくれる手料理何て食べたいに決まっている。例えばそれが黒焦げになったハンバーグだろうと、少し芯が残るショートパスタであろうと、何であろうと君と一緒に食べれるのならば、それはご馳走。
彼自身を人質に取られたまま、外に出掛けてみれば何もない男女のように彼が微笑んでいるので、その機嫌を損ねないように彼が望む「恋人らしい」言葉を選んで投げかける。大好きかどうか、今はもう自分ではわからないのに(その気持ちを抱いていた時期も確かにあった)
彼に渡された台詞の通りに言葉を紡げば、ご飯を貰える。ああ、良かった。料理は得意とまでは言わなくても、人並み程度には作れる方なのだけれど……でも、その全てを彼の思う通りに動くことが癪でわざとハンバーグを焦がしてみる。また食事を与えてもらえない心配もしたが、それは杞憂に終わって彼はニコニコと笑顔を此方に向けてきた。その表情が、ひどく不気味だ(その笑顔に救われたことだってあったのに)