第9話 君と出会う前の話2
俺は中学生となった。小学校から繰り上がりで、ほとんどが顔見知りだった。それはつまり、俺が腫れ物のように扱われ続けることが決まったということでもある。しかし、施設内での俺の立ち位置は大きく変わった。これまでは『孤独を愛する変人』だったのが、『問題児に懐かれる変人』へと進化した。進化したのか、ほんとに。むしろ退化している気がしてきた。児童指導員からは子守り役を命じられることが増え、俺の読書時間が減っていき、フラストレーションが溜まっていた、そんなある日のことだ。
◇
俺が施設に帰宅すると、玄関にびしょ濡れの女の子が立っていた。俺はぎょっとして、外に出て、天候を確認した。晴れだ。ゲリラ豪雨にやられたかのようにびしょ濡れになるとは思えなかった。
「お、お前。どうしたんだ?そんなびしょ濡れになって」
「………」
その女の子はうざったそうに髪をかき上げて俺を見た。俺はそれまでその女の子が誰なのか分からなかったが、髪をかき上げた拍子に見えた顔を見て驚いた。
「そ、相馬‼ってここで服を脱ぐな‼」
びしょ濡れになっていたのは相馬だった。相馬は俺を見て、すぐに興味を失ったらしく自分の着る服に目を向け、服を脱ぎ始めた。俺が玄関で騒いでいるのを聞きつけたのか、児童指導員の一人である白石泰三がやって来た。そして、白じぃ(白石のこと。施設の子どもからそう呼ばれていて、俺もそう呼んでいる)も相馬を見て驚いた。両目を大きく見開き、すぐに相馬に『何があったんだ‼』と詰め寄った。白じぃに続いて他の児童指導員がやって来ては同じ反応を繰り返すので玄関が騒がしくなった。
「玄関で何してるの……って、鈴‼なんでびしょびしょなの‼」
「悠真。少しの間、頼めるか」
「了解」
白じぃからの頼みに俺はそう返すと鳴の手を取って施設の外に出た。急に俺が手を取ったことにびっくりしていたが、抵抗することなく、俺についてきてくれた。
施設から少し通りを挟んだ先に公園がある。『みどり公園』なんて面白味のかけらもない公園だが、施設から近くにあるという立地であるため、よく施設の子どもたちの遊び場として使われる。俺は鳴と一緒に公園のベンチに座った。皮肉なくらいいい天気だ。先程の出来事が夢物語のようだ。
「鈴、なんであんなびちょびちょだったんだろ」
「そればっかしは相馬に聞かないことにはな……。鳴と相馬は確か同じクラスだったよな?」
「う、うん。同じクラスだよ。あ、あと、席も結構近く」
「相馬がクラスメートから‶いじめ〟に遭ってるなんてことがあったりしないか?」
「い、いじめ?」
晴れ渡った日なのにびしょ濡れになった相馬。俺はそれを見てすぐにいじめに遭っているのでは、と思った。いじめ問題は根強く大人たちがどれだけ『いじめはするな』と言ってもいじめはなくならない。むしろ、年々増えているようにすら感じる。SNSを通じたトラブルも絶えない。様々な政策を取ってもその網から逃れるようにして、いじめは生き延びている。それには親に問題がある、と問題提起をしている人もいるようだが、親が『やるな』と言って素直に聞く人間はいじめなどはなからやるわけがない。やるのは『親に反抗的な人間』か『親に従っているように装って裏でやましいことをするクズ』かの二択だ。
小学校はいじめの巣窟。俺はそう認識している。人格的にもまだまだ成長途中であるがゆえの過ちはいくらでもある。しかし、その過ちに苦しめられる人間がいることも確かだ。
「学校で相馬が普段、周りから腫れ物扱いされてたり、話しかけも無視されたり、とか」
「そんなことないと思うけど……でも、鈴がああなってるってことはそうなのかな?」
「………それは何とも言えないな」
今なら何とでも言える。憶測でああだこうだ言いたいことを言うのは簡単だ。しかし、実際どうなのかは何もわからない。情報が圧倒的に不足しているのだ。
「まず、相馬から話を聞けるか、だな」
普段からあまり社交的とは言えない(お前が言うなって感じだが)相馬のことだ。いじめに遭ったと素直に言えるとは思えない。水遊びをして濡れたとか言いそうだ。水遊びをした相手は聞いたら、黙ってしまいそうだが。
「鈴はしゃべんないと思うな。だって、学校でも本ばっかり読んでるもん」
「そ、そうか」
さっきから何だろう、この既視感。すごいブーメランを受けている気がする。
俺と鳴は相馬の話をここまでにして今日、学校であったことを鳴が一方的に話し出した。俺はそれを相づちを打ちながら、ときどき質問をしたりして時間を過ごした。話している間も相馬のびしょ濡れの姿が頭から離れなかった。
今日の一問
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自然対数eは2.718…となる数です。『2718』という数字を使って第3話のときのように四則演算で『9』にしてください
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