第6話 君とあの子の最悪の初対面
放課後。俺と相良は共に部室へと向かっていた。部室に向かう前にひと悶着あった。俺はそれを思い出して、明日が今から憂鬱でならない。それは今から15分ほど前に遡る。
◇
俺が一人で部室に向かおうとしていると
「ちょっと待ってください。部室に行くのですよね?私も行くので一緒に行きましょう」
「断る」
「な、なんで⁉」
俺はさっさとリュックを手に取ると教室を出る。クラスメートたちから変わらず奇異の目を向けられ続けるのに疲れ切っているのにここにさらに火を注ぐのは勘弁してほしかった。正直、相良と数学をやる時間は楽しかった。時間を忘れて二人で数学をやっていたいとすら思った。しかし、現実はそうはいかない。相良はクラスの人気者で、俺は嫌われ者。俺と相良ではクラス内での立ち位置が天と地ほど離れている。そんな二人が一緒の部活に所属しているだけでもややこしいのに、一緒に部室に行くなんてなったら相良の今後に何か悪影響がありそうだ。俺なりに気を遣った結果がこの行動だ。現文なら満点解答だろう。
俺は一人、今の俺はかっこいいのではないかと検討していると
「ほんとに一人で行こうとするなんてひどいです」
相良が少し涙目で俺をにらんでいた。俺の袖を掴んで上目遣いで俺を見てくる。廊下のど真ん中で。俺は変な汗が出てきた。この後の展開に良いイメージが持てない。
「待ってって言ったのに」
「わ、悪かったって」
「信用できません。一ノ瀬君は嘘つきですから。朝はあんなに優しく(数学を)教えてくれたのに」
*()は俺の勝手な補完。
相良のこの発言にクラスメートたちだけでなく、廊下にいた他クラスの生徒たちからも侮蔑の目を向けられた。特に男子生徒からはコイツ〇してやろうかと言わんばかりの目を向けられた。今まで嫌われてはいたが、ここまで嫌われたことはなかった。俺も落ちるところまで落ちてしまったのだろうか。
「数学をな‼大事なところだからもう一度言っておくが数学な‼」
‶数学〟を強調して誤解を解きにかかる俺。他の生徒たちからはいまだに疑心の目がなくならない。
「さ、相良」
「ひゃっ‼」
俺は相良の腕をつかむと廊下を走っていく。途中『廊下を走るな‼』と注意を受けたような気がしたが、そんなことを気にしている場合ではない。俺には可及的速やかに解決しなければならない問題があるのだ。
「い、一ノ瀬君。わ、私をどこに連れていくつもりですか‼ま、まさか、ラブ―――」
「お前はもう少し自分の発言に気をつけろ‼」
「ま、まさかの逆ギレ」
「逆ギレじゃねぇ‼」
俺はもしかしたらとんでもないやつと部活が一緒なのかもしれない。今更後悔したところで遅いがそう思った。
◇
そして冒頭に至る。人気が少ない場所に位置していてこのときばかりは立地に感謝したくなった。まあ、明日、俺はクラスメートたちから今日以上に監視のキツイ一日を過ごさなければならなくなりそうだが。
「あ、亜美ちゃんからライン来てる。なになに………」
俺は息を整えながら隣を歩く相良を見ていると、ボンと顔を急に赤くしだした。相良は俺を横目にチラチラ見だして俺は自分の行動に後悔しだした。やっぱり一人で部室に来ればよかった。
「なんて書いてあったんだ」
「へっ⁉な、なんにもにゃいですよ」
「そうか。なんにもにゃいか」
「ちょっと噛んだだけじゃないですか‼」
ぷくっと頬を膨らませて俺をにらむ相良を見て、思わず笑ってしまった。相良は『笑うなー‼』と怒り出し、俺はそれがさらなるツボにはまり笑いが収まらなかった。
「あー、ここまで笑ったのは久々だ。相良、お前今日一面白いぞ」
「全然うれしくない‼それとお前呼び禁止です」
俺にビシッと指を向けて相良はそう言った。俺は『悪い悪い』と返したが、相良は『絶対そんなこと思ってないくせに』と不機嫌につぶやいた。
人けのない廊下であるため、俺と相良の話声がよく響いた。放課後の時間は少し特殊だ。生徒たちの笑い声なんかは休み時間に飛び交うことはよくある。しかし、放課後は学校の授業というものに拘束されず、晴れて自由の身になる。だから、笑い声一つとっても休み時間のときとは違った声のように俺は感じられた。相良はどう感じているのだろうか。俺みたいな日蔭者ではない、相良紬という人間はどう感じるのか、純粋に気になった。
「相良」
俺は相良のほうを見て、言った。相良はまだ機嫌が直り切っていない様子だったが、俺は気にせず話をする。
「相良は俺なんかといて楽しいか?」
俺といたのでは他の生徒たちのように笑うことは難しいだろう。相良は人気者だ。だから、他の生徒とコミュニケーションを取ることにストレスを感じることはあまりないだろう。俺とは根本的に違う、選ばれたものだけが享受できる特権。相良はその特権を持ちながら、それを行使しようとはしない。
「楽しいよ。まあ、今日の一ノ瀬君は意地悪だけど」
「………そうか」
「意地悪だけどね‼」
「強調せんで良い」
俺が意地悪かそうでないかは置いておくとして。相良が俺との時間を楽しいと言ってくれたことに俺は少し安堵した。実際、相良がどう思っているのかはわからないが、しかし、嫌いな相手とはなるべく関わりたいとは思わないはずだ。だから、きっと。
部室の前に誰か一人の生徒が立っていた。スカートであることから女子生徒であるようだ。
「あ、悠真先輩。遅いですよ」
「今まで幽霊部員だったやつがそれを言うのか?」
「数研部に女の子いたんだ」
「………相良、お前は女子じゃなかったのか?」
幽霊部員二人目の内藤鳴はそんな相良と俺の会話を聞いて
「付き合い始めて2日目のカップル?」
「何言ってんの、お前」
俺は鳴の戯言をそう一蹴して部室のカギを開けた。
◇
「相良先輩っていうんすね」
「はい、初めまして。今日からよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いされます」
「いやな返し」
鳴の返答に俺は眉をひそめた。とてもではないが、年上を敬う姿勢が見れない。
「悠真先輩とはお付き合いされてないですよね?」
「え、ええ。今は」
「………なんですか、その返事?これからあるみたいな言い方、すげぇイラっとするんすけど」
「実際どうなるか、わからないじゃないですか」
「そのぶりっ子みたいなしゃべり方やめたほうがいいですよ。正直、ものすげぇイタい人にしか見えないですよ」
「なっ‼い、いたい人‼な、なんでそんなこと言うの‼」
「あら、やっと本性出しましたね?相良先輩にはぶりっ子は似合わない」
「そんなことないよ‼」
「自分で言っちゃうんだ」
相良と鳴のやり取りを横目に俺は、部室に俺らから少し遅れてやってきた佐久を見た。
「いいタイミングで来てくれたな」
「あ、あのゆう先輩。お、俺実は今日ばあちゃんの葬式があるんでした。すみませんけどここで失礼―――」
「できるわけないだろ。そもそもお前ばあちゃんよく死んだり生き返ったりし過ぎだろ」
「そ、そうっすよね」
俺は佐久と話しながら、どうやってこの女子二人を仲裁すべきか考えていた。佐久は久々に部室に来たら出会ったばかりの相良と犬猿の仲の鳴が言い争っているのを見て顔を青ざめていた。
「これどうすればいいと思う、佐久」
「な、なんでゆう先輩ばかり……。ゆう先輩なんてただのデカい胸が好きなだけの変態なのに‼」
「ちょ、バカ‼」
徐々にヒートアップしていく佐久を止めるのがワンテンポ遅かった。今まで言い争っていたのが嘘のように部室内は静まり返っていた。
「それどういうことですか?」
「せ、先輩?胸デカいひとが好みなんですか?」
胸がそこまで大きくない二人に問い詰められる俺。今まで安全圏にいたと思ったがそうではなかったようだ。
「今日は災難な一日だったか」
俺は天井を見上げて現実逃避することしかできなかった。
今日の一問
大問6 次の問に答えてください。
現在、母親とその子どもがいます。今から30年後、子どもの年齢は母親と子どもの年齢の差が2倍になります。現在の子どもの年齢を10歳としたとき、母親の年齢を答えてください。
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