第5話 君との昼休みの一幕
教室に戻り、授業を受け、昼休みとなった。俺は朝からクラスメートに睨まれていた。発端は朝の相良の発言にあった。『数学研究部に入ることになりました』と相良が言ったことでクラス内が騒然となった。別に俺は勧誘をしたわけではない。しかし、クラスメートたちはそうは受け取らず、結果として俺は面食いのクソヤローのレッテルを張られる羽目になった。不本意極まりないが、何を言っても意味はないと諦めきっている俺はそれに対して何も釈明しなかった。
(したところで何になる。話なんか誰も聞きやしない。あのときだって)
そうだ。あのときだって何も聞きやしなかった。俺の態度が、言葉がそうではないと言っているのに誰も聞かなかった。だから俺は人を信用することをやめた。人は変わらない。もし変えるとしたら、それはきっと自分が不幸に押しつぶされた後のことだ。そのときになってようやく自分を変えようと重い腰を上げる。人はそんな生き物だ。
「あ、一ノ瀬君」
「ちょっと相良さん。ダメだよ、あんな奴に声かけちゃ」
「あんな奴って‼」
俺は相良を一瞬見てすぐに目をそらした。すたすた廊下を歩き、人気のないところへと逃げ込む。騒がしいところで飯なんて食えたものではない。いつもの、もはや定位置と化しているところへたどり着き、ほっと一息つくと
「おそかったすね、ゆう先輩」
「………今日は別のところで食うか」
「ちょ、避けないでくださいよ。数研部の後輩ですよ、俺」
「正確には幽霊部員、だろ」
ちゃらちゃらした見た目の男に俺はそう言った。中島佐久。俺の一個下の高校2年。制服を着崩して、髪はボサボサながら無駄にイケメンな顔をしたいけ好かない後輩だ。
「何の用だ?」
俺は諦めて佐久の隣ではなく、少し離れたところに座り込みながら、聞いてみると
「耳よりの情報を聞いたんですよ‼なんでも転校してきたナイスバディが数研部に入ったなんて。ゆう先輩、どうやって口説いたんすか」
「口説いてないし、顔が近い」
佐久は俺に顔を近づけて詰め寄ってきた。俺は距離を置いて佐久のほうを見ずに言った。
「そもそも俺は勧誘なんかしていない」
「ですよねー、ゆう先輩に勧誘って。超ウケルすね」
「佐久、一発殴らせてくれ」
「ちょ、暴力反対!!」
イラっとしながら佐久に今度は俺のほうから詰め寄ると、佐久は両手を振り回しながら、暴力反対を唱え続けている。
「一ノ瀬君、こんなところで何をしているのですか?」
「………いつからいた」
「耳よりの情報を、の辺りからです」
「わ、すごい美人さんですよ、ゆう先輩‼」
「バシバシ叩くな」
俺の肩をバシバシ叩きながら相良を値踏みするかのように見ている佐久に、俺は呆れを隠せなかった。ここまで開けっぴろげだといっそ関心する。
「初めまして、僕は中島佐久です。彼女募集中です」
「そ、そうですか……。あ、私は相良紬です。よろしくお願いしますね」
「つ、紬さんですか」
「………名前で呼ばないでもらえますか?」
「ご、ごめんなさい………」
「何をやってるんだよ、佐久」
「いや、その………名前呼びが地雷だとは思わなかったんすよ………」
佐久は少し肩を落としてショックを受けているようだが、知ったことではない。無視して、相良に向きなおる。
「それで、相良。クラスメートたちと昼を食べようとしてなかったか?」
忘れがちだが、相良は昨日学校に転校してきたばかりだ。クラスメートたちとの交流は相良にとって重要だろう。こんな人の来ないような場所で、さらに俺のような人間に、初対面なのにナンパまがいのことをしてくる佐久と会っている場合ではないだろう。
「お断りしてきました」
「………一応、理由を聞いておこう」
「理由なんて簡単ですよ。一ノ瀬君をあんな奴呼ばわりする人たちとは仲良くできないからです」
「………そういや、なんかそんなこと言ってたな」
「言われ慣れてそうっすよね、ゆう先輩は」
「フフッ、一ノ瀬君は後輩からゆう先輩と呼ばれているのですね」
「………そう呼ぶのはこいつだけだ」
俺は相良の顔を直視できずに目を逸らしながらそう言った。それがさらにツボにはまったのか、笑みがより深くなったように感じるのは俺の気のせいではないだろう。
「ゆう先輩の弱点はやっぱり美人な女の人なんすね」
「‶やっぱり〟ってなんだよ」
「いや、だって中学のときだってきさら―――」
「佐久‼」
「あ、や………すみません」
「い、一ノ瀬君?」
俺を不審な目で見てくる相良を無視して俺は弁当を口の中にかき込んだ。今相良の疑問に答える余裕はないし、するつもりもない。俺にとってあいつはもうどうでもいい存在で、今後二度と会うこともないただの他人だ。
「相良の要件は以上か?」
「い、いえ。お昼を一緒に食べませんかとお誘いをしに………」
「お、いいすね‼どうぞこちらに」
「お、おい!佐久、勝手なことをするな」
「いいじゃないっすか。男二人で昼はむさっ苦しいすよ。やっぱり相良ちゃんが―――」
「相良先輩、ね?」
「は、はい。相良、先輩」
「………なるほど、上下関係が明白になったな」
「なんで冷静なんすか、ゆう先輩」
「お前はなれなれしいんだよ。もっとこう、距離感を測らないと」
「な、なるほど………メモらないと」
「メモるようなことではないだろ………」
「フフッ、二人は仲がいいんだね。一ノ瀬君は教室じゃあまりしゃべってるところは見ないけど、結構しゃべるほうなんだね」
「そうでもないだろ」
「そうでもあるっすね。つばめ園でも結構しゃっべてたじゃないっすか」
「………佐久」
「すいません………口が滑りました」
相良が再び俺を不審な目で見てくるが、答えられることは何一つとしてないので俺は黙って弁当を食べ続ける。相良も弁当を食べ始めた。昼休みの時間はこうして時間が経っていった。
もう少しで昼休みが終わるというタイミングで、佐久が言った。
「バイト休みの日は部活行くことにします‼」
「………バイトで疲れてるんじゃないのか?」
「いえ、相良先輩に会えるなら行きます‼」
「………」
「中島君、本当‼」
「マジっす。絶対行きますからね‼」
そう言って佐久は手を振りながら何度も相良のほうを振り返りながら教室へと戻っていった。
「騒がしい奴だ。悪いな、結局、昼休みの時間使い切っちまった。クラスの中でも仲いいのともっと過ごしたかっただろ」
「ううん、いいよ。私も楽しかったし。まあ、そうだな。佐久とも打ち解けたみたいだし」
「中島君、ちゃらちゃらしてるところ以外は良い人だなって思った。タイプじゃ全然ないけど」
「………そうか」
なんか、さらっと聞いちゃまずいことを聞いた気がする。
「教室、戻るか」
「一ノ瀬君」
「ん?なんだ?」
「一ノ瀬君は彼女いるの?」
「………?何の話?」
「正直に答えて」
「いないが」
「ふーん、そうなんだ。そっか、そっか。そうだよね」
何か納得したのかうんうん頷きながら相良はポツリポツリつぶやくと後ろで手を組んで俺を見た。
「教室、戻ろう」
「ああ」
「フフッ」
「なんだよ」
「一ノ瀬君の返事って『ああ』とか『ん?』とか「そうか』のどれかが多くない?」
「………そうか?」
「ほら‼………中島君には負けてないよ」
「いつからバトってたんだよ」
俺は相良と教室に戻っていく。クラスメートたちからまたいろいろ言われるだろうが、気にすることはない。相良のこの笑顔を独り占めできたのだから。戯言を言われたくらいではおつりが来そうだ。
「今日も放課後、部活あるよね」
「………あるよ」
「数学の勉強頑張らないとなー。中島君も来るかもしれないし」
相良と話しながら、俺はいつも心の中で思う。少しは人を信用してみてもいいんじゃないかって。でも、そう簡単なことでもない。裏切られるのはいつもこう思ったときから始まるものだから。
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