第3話 君と活動し始めた日
次回から2日おきの投稿となります。
今まで部室に足を運んできたのは俺一人であったが、顧問の二乗と相良が部室に来た時から俺の日常は狂い始めていたのだろう。しかし、俺は楽観視していた。いつもより二人多いくらい大したことではないと思っていた。相良の発言があるまでは。
◇
「一ノ瀬君、3年前にTVに出ていたことがありますよね?」
相良のこの言葉に部室内の空気が変わった。二乗は相良に驚きの目を向け、俺は相良を冷めた目で見た。
「人違いじゃないか?」
「いえ、間違いないです。だって―――――」
俺は自分の迂闊さを呪った。そうか、この問題は。
「この問題、3年前の数学オリンピックの問題ではないですか?」
「たまたまだ。お前は今日初めて来たばかりだろう」
「お前というのはやめてもらえますか。私は相良紬という名前があるんです」
「知ってる。だからと言って俺が名前で呼ばなければならない理由にはならないだろ」
一触即発。さっきまでの和やかな空気はどこへやら。俺と相良はお互いに睨み合って、自身の主張を曲げようとしない。
「どうして嘘をつくのですか?」
「変な言いがかりはやめてもらえるか?不愉快だ」
「私は――――――」
「そこまでだ。痴話喧嘩はよそでやれ。特に私の前でやるな。古傷がうずく」
切実そうに言う二乗に呆れの目を向けつつ、俺はこの不毛な時間が一時途切れたことに安堵した。外は日が落ち、暗闇に包まれている。帰宅するのにはいい時間だ。
「今日の活動はここまででいいだろう。カギは私が閉めるからとっとと帰れ。夫婦漫才なんかするなよ」
「誰がするんすか」
俺は机の上に置いてあった部室のカギを二乗に渡すと昇降口へと向かった。相良はまだ納得がいかないのを隠すことなく不満をあらわにしている。俺はそんな相良を無視して歩き出した。
◇
昇降口で上履きから外靴に履き替えると、俺は家路についた。相良もなぜだか着いてくる。家の方向が同じだけなのかもしれない。校舎から少し離れてくると畑に囲まれた一本道が現れる。街灯が等間隔にあるため、100メートル先まで見通せそうだ。時折、車が通り過ぎていく。歩道の幅が狭いこともあって、俺の後ろに相良が着いてくる格好となった。
「9になるな」
「えっ?」
俺がぼそりとつぶやいたのを聞き取ったのだろう。相良は小走りで俺の真後ろまで来ると、
「なんて言ったんですか」
「今通り過ぎた車のナンバーを四則演算したら〝9〟になるだろ」
「ええっと………」
「車のナンバーは『303』。3×3+0=9」
「ああ、確かに!!なりますね」
相良が歓喜の声を上げた。俺はそれを見て口元を緩めた。昔の自分を見ているようだと思った。あの頃は何もかもが不思議に満ちていて、普段の日常が刺激的だった。今の俺はそれに比べてどうだろうか。
「一ノ瀬君は数学が好きなんですね」
「………さあ、どうかな」
「好きじゃなかったら、どうして数研部に入ろうって思ったんですか?」
「気まぐれだよ」
そうだ、気まぐれに決まっている。俺にとっての数学は3年前に終わった。
畑に囲まれた一本道を通り過ぎ、大通りに出た。ここまで来ると人や車が多く行きかうようになった。
「あ、一ノ瀬君。『2341』って9になりますかね」
「なるな。2+3+4が9。9×1、または、9÷1で9」
「あ、たしかになりますね」
相良はなすほどと頷きながら、車のナンバーに目を向ける。俺は相良が楽しそうにしていることに驚いた。数研部にあれだけ入りたいと言っていたのだから、多少なりとも数学に興味があるのかもしれないと思ったが、ここまでとは思わなかった。相良紬という人間のことを過小化していたのかもしれない。
「ほんとに、部活入るつもりなのか」
「一ノ瀬君はしつこいですね。入るって何度も言ってるのに」
「………そう、だったな」
相良は確かに何度も言っていた。冗談なんかで済まされてはたまらないとばかりに食いついて来た。俺は明日からの部活を思うと憂鬱でたまらない。
「活動日は学校が開いている日ですよね」
「違う、毎週月曜日だ」
「でも、今日水曜日ですよ」
「………」
そうか、今日、水曜日だった。先週金曜日に部室に行って、その後、学校内の施設の点検とかで学校が開いていなかったんだ。忘れていた。
「それに二乗先生が言ってました。『部室に行けば一ノ瀬がいるぞ』って」
「………それ、最初に言えよ」
「一ノ瀬君のことだから、嘘をつくと思ったんです」
「…………」
「私が部に入るの迷惑ですか?」
相良は俺の顔を下から覗き込むようにして見た。その顔には不安8割、期待2割無い交ぜになっていた。俺は美人に見つめられることなんかに慣れているはずもなく、『そ、そんなことはない』と陰キャ丸出しの返答しかできなかった。口ごもり方とかなんか気持ち悪かった。
「それなら、良かったです。それで、普段はどんな活動をされてるんですか?」
「そんなものは決まってない。そもそも部室に顔を出すのは俺一人だったし」
「そ、そうでしたね。………どうしますか。部長?」
「………部長?」
俺は部長なんかになった覚えはないぞ。というかこの部に部長なんかいたのか?
「やっぱり部の顔は部長だと思うんです」
「だったら、相良が部長のほうがいいだろ」
相良のビジュアルで部員が増えるかもしれない。それはそれで部室が騒がしくなりそうで嫌だけど。
「な、なんで私なんですか!私、今日転校してきたばかりですよ」
「二乗も言ってただろ?相良は美人なんだから部の顔として部長がいるのなら相良がなった方が良いだろ、客観的に」
「び、美人!!私のこと一ノ瀬君はかわいいと思っているということですか!?」
「顔が近い!!」
急に顔を俺に近づけて相良は鼻息荒くそう言った。何か相良の琴線に触れる何かがあったということだろうか。俺は前髪をつかんで自分に落ち着けと言い聞かせた。勘違いなんかするな。俺なんかにモテ期など来るわけがない。
「す、すいません。少し興奮しました」
「俺は相良のことが良くわからん」
本当によくわからない。数研部に入りたいと言い出すこともそうだが、俺の3年前を知っている疑惑もある。俺は相良を上から下まで見て観察してみた。普通の女子高生にしか見えないが、内心何かを企んでいるかもしれない。かつて俺が仲間だと思っていたあいつみたいに。
「な、なんですか。全身を舐めるように見て。も、もしかして胸が小さいなとか思いましたか!?これは、違うんです。まだ、成長途中で」
「ああ、どうでもいい。男ならそんな小さいことをいちいち気にしてたらキリがない」
「……私、女ですけど」
「本質的ではないから重要ではない」
「すごい重要ですよ!!」
相良は不満を爆発させて俺に体を押し付けてきた。俺はいきなり美人が自分に体を押し付けてくる行為に驚き、体が固まった。
「ほ、ほら全然違いますよね。男の人にはないもの、ありますよね」
「んなことはいいから、離れろ!!!」
俺は飛び跳ねるように相良から離れると、
「それじゃ、また明日!!」
逃げるように駅の改札口に入った。相良は『そ、そんなこと…。そんなこと……って……』と顔を赤くして怒りに震えていたが、知ったことではない。明日からそんな相良と何度も顔を合わせるのか。今から嫌な予感しかしない。
でも。
相良との部活の時間を楽しみにしている自分がいることに俺は気づいた。
『ああ、確かに‼なりますね』
『一ノ瀬君は数学が好きなんですね』
『あ、一ノ瀬君。『2341』って9になりますかね』
どの相良の表情を見ても真剣そのものだった。俺はそんな相良と過ごす時間を楽しいと感じてはいなかったか?
「明日は、何をやろうか」
ぼそりと俺はつぶやいた。きっと無意識に。
これが俺と紬の数研部の活動の始まりだった。
今日の一問
大問3 次の4つの数字を例を参考にして、四則演算(足し算(+)、引き算(-)、掛け算(×)、割り算(÷)で「9」になるように式を作ってください。ただし、4つの数字は並べられた通りでなくても構いません。
ex)303 → 3×3+0=9
4647 → (4+4)+(7-6)=9
1.4410
2.6212
3.2527
よろしければブックマークと評価ポイントをくれると私自身励みになります。
また、解けた方は、ぜひコメント欄に答えや感想を書いていただけると嬉しいです!次回もどうぞよろしくお願いいたします