第2話 君が数研部に入るとき
転校生が隣の席になった。これ自体はたいして問題ない。いや、嘘だ。めちゃくちゃ問題あり。俺が普段通りに過ごしているはずなのにクラスメートたちからにらまれるように見られている。当の転校生である相良はそんなこと気にする素振りすら見せずにひょうひょうとしている。先程までビクビクしていたのが嘘のようだ。存外、肝が据わっているのかもしれない。
授業中、相良は黙々と板書されたものをノートに書き写し、うんうんと頷いていた。意外と勉強はできるほうなのかもしれない。俺はそんな相良を横目に見ながら頬杖をつきながら、一日を過ごした。
◇
授業が終わり、放課後の時間となった。休み時間ごとに俺の隣の席は妙に賑やかだった。賑やかというと良いイメージがあるが、実際は俺から距離を取らせるためにクラスメート達が協力プレイをしていたように見えた。相良は俺へのクラスメートの扱いに苦笑いを浮かべていた。誰しも好き嫌いがあるものだ。クラスメートの中にクラス全体から嫌われる人がいることも確率的にはあるのかもしれない。
俺はリュックを背負い、部室に向かう。放課後ともなると、あちらこちらから部活動に励む声が聞こえてくる。吹奏楽部の楽器の音、運動部のランニングをするときの掛け声などなど。では、俺が所属する数学研究部はどうかというと‶無音〟の一言に尽きる。そもそも、この部に来るのは俺だけなのだから俺が独り言でもしない限り、音が生まれるわけもない。
部室のカギを開け、無造作にリュックを机の上に置くと黒板に向き直り、数学の問題に向き合った。10分ほどして、
「やっと、できた。証明終了っと」
俺は廊下に出て、水道で手を洗った。チョーク汚れを落としたあと、俺は黒板を見て今日までの自身の取り組みにそれなりの手ごたえを感じていた。難問を解いた時の充足感というものは何物にも代えられないものだ。俺は確かな達成感にひたっていると、コンコンと部室の扉を叩く音が聞こえた。
(誰だ?普段、こんな僻地に来る人なんかいないのに)
「カギなら開いてますよ」
「それは知ってるよ」
「……あんたかよ」
「顧問に対してそれはいかんな」
数学研究部の顧問である二乗さなえが俺を睨みつけながらそう言った。入学式や卒業式といった場以外では終始黒ジャージを着ている女教師。なんかの漫画で出てきそうな特徴だが、数学研究部の顧問を務めてくれるようなもの好きだ。しかし、部室に訪れてきたのは二乗だけではなかった。どういうわけか、相良もいた。
「さ、さっきぶりだね」
「……二乗先生、説明をお願いします」
「相変わらず、きもいことをしているな。私は数式を見るだけで吐き気を覚えそうだ」
「わ、私はいいと思いますよ!」
「……そういうフォローは求めてない」
説明する気がかけらもない二乗に、黒板を見て目を光らせる相良、何が何だかわからない俺。
時刻はもう間もなく5時なる。部活をしていない生徒らはたいがい帰宅している頃だ。相良は今日、転校してきたわけだからまだ部活には入っていないはず。休み時間の様子からいろいろと部活勧誘をクラスメートたちからされていたはずだ。間違っても俺が所属する数学研究部になんて入るわけがない。
「相良は今日から数研部の一員となった。喜べ、一ノ瀬」
「……ちなみにどう勧誘したんです?」
俺は二乗のどや顔にイラっとしながらそう聞くと、
「それはもうこの学校には高尚な部があると言ったんだ。なにせ、美しい数式を駆使するあの‶アレ〟をするんだからな」
「肝心なところをぼかしてどうするんすか」
あんた、さっき数式見ると吐き気がするとか抜かしてただろ。
「私のほうから入りたいって言ったんです。そしたら安藤先生(担任の名前)が二乗先生を紹介してくれて」
「つまり、二乗先生が勧誘したわけじゃないってことか」
「私が動くまでもなかったということだよ」
「その口調いつまで続けるつもりっすか?」
「今の時代は頭のいい女性がモテるんだよ。私はこれまでろくな男に出会わなかっただけでわかるやつには私という――――――」
その後も二乗は二乗理論を語っていたが、俺はそれを無視して相良に向き合う。相良は二乗の話を興味深く聞いているようで俺は顔に手を当てた。二乗の話なんて合コンで失敗したことを自分ではなく、今の社会が悪いなどと言って言い訳しているだけで中身があるように見えて何もないのだ。
「相良、あの人の話はいいからこっちに来てもらえるか」
「ごめんなさい、今、男を口説く方法を教わっているので」
「ああ、はいはい。こっち来ようか!」
俺は強引に相良の腕をつかむと廊下に引っ張り出した。相良は部室の扉に手を伸ばしている。『あと、もうちょっとで口説く方法がわかったのに』とか言っている。一瞬で二乗の毒牙にかかっていた。将来、詐欺に引っかからないかなこいつ。
「相良、いいか」
「全然よくありません。今大事な話を聞くところだったのに」
「なるほど、大丈夫なんだな。それじゃ話を続けるぞ」
「ちょ、話を聞いてましたか!」
「聞いたうえでどうでもいいと思った」
「………一ノ瀬君はもう少し人の話を真剣に聞いたほうがいいですよ」
じとっとした目で相良が俺を見てきたが、俺は肩をすくめるだけでそれをスルーする。
「俺は相良に聞いておきたいことがある」
「何ですか?彼氏がいるか、ですか。それに関してはいませんよ。現在募集中です」
「それは聞いてない。お前、本当に部に入るつもりなのか?」
相良の個人情報より、こっちのほうが重要度は高い。相良は頬を膨らませて不満をあらわにしているが、知ったことではない。俺が知ったことは美人は何をしていても美人だな、ということだけだった。
「本当です」
「………今日のクラスの雰囲気をみた上での判断か?」
「………その…なんというか一ノ瀬君はあまりよく思われていないみたいですね」
「そんなやつと同じ部になんか入ったら相良もそんな風に見られるぞ」
俺は今更クラスメートからどんな風に見られようと気にならないが、相良はその限りではないだろう。今日転校してきたばかりでまだクラスメートと打ち解け切れていないだろうし、いや、そんなことなかった。いつの間にかライン交換していたらしく、クラスのやつとラインのやり取りをしている。このタイミングで『ラインの返事どうしよう』と言っている辺り、やはり俺とは根本的に合わないようだ。
「あの、一ノ瀬君。『よろぴく』と言われたときは『Yeah!!』と返すべきですか」
「普通によろしくとかでいいんじゃないか」
Yeah‼なんて返されたら俺ならブロックするな。
「って、そうじゃなくて、相良」
「そうでした、部に入るかどうか、ですよね。私は数学研究部に入りたいんです。入るのにテストがあるというなら、勉強頑張りますよ」
「……テスト、か」
ありだな。ここで落とせば相良は部に入れなくなる。
「そんなもんはないぞ。誰でもウェルカムだ。特に相良くらいの美人レベル10なら大歓迎だ。そうだろ、一ノ瀬」
「……そうっすね」
テストをやろうと思った矢先に二乗に妨害された。というか、美人レベル10ってなんだよ、聞いたことねぇよ。
「教えてやろう。美人レベルとは私の独断と偏見で数値化した10段階に分かれる指標だ!!」
「わ、私が一番上だなんてそ、そんな…………え、えへへへ」
「照れんでいい」
話が一向に進まない。
「そもそも、相良はクラスのやつから勧誘があったんじゃないのか?」
「ありましたけど、断りました。入りたい部活があるからと」
「それが何で数研部なんだよ」
「私、実は一ノ瀬君をみたことがあるんです」
俺と紬。俺たちの今を作る決定的な瞬間はこのときだったと今なら思う。
「一ノ瀬君、3年前にTVに出ていたことがありますよね?」
紬のこのセリフが決定打だった。
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