微睡みの幸せ
昨日の夜は、散々だった。
模擬戦よりも静さんの相手の方がしんどい。
体力とかいろいろゲッソリ搾り取られた。
部署に入るなり、僕の異常を察した石永君が騒然としていた。
「隊長、なんか顔色青くないですか? 気分がすぐれないのでしたら今日は、有給を取って休みになられたらいかがですか?」
「いや、逆に家にいるといろいろしんどい………」
この一連のやり取りを見ていた月下夫妻は察したらしい。
知里さんは、ゲラゲラ笑っていた。
いつもやられている分、僕が弱っている姿は新鮮なんだろう。
だからと言って静さんに連絡を取ろうとしないで。
ほんとマジでキツイ。
健吾君は、察してくれたらしい。
そっとコーヒーを差し出しながら慈悲と哀れみの眼差しを向けてきていた。
………おそらく、経験があるのだろう。
今日は、紅葉ちゃんはいない。
ローテーションで、メイド業務を覚える日だからだ。
昨日は円さんと一緒に寝たらしいがあまり寝付けなかったらしく、円さんを悩ませたらしい。おかげで、今日の円さんは、僕と同じ顔をしていた。
今日、元気だったのは、静さんくらいだ。
艶々になるとか、どうなっているの。
魔力でもドレインされた?
………まあ、いろんなものを吸われたけど。
後で仮眠室借りよう。
今日の勤務で僕が出なければいけない緊急任務はない。
今日の任務で、出るのは北西へマキナさんたちと石永君、南南東へ健吾君くらいだ。
………ああ、ヤバい。
意識が落ちそう。
ほんとに、朝まで放してくれなかった。
静さんは時々、暴走する。
『どうなっているの!』、と言いたいほど暴走する。
ダミーシステムでも積んでいるの?
そのうち、僕も首をへし折られて内臓でも引き抜かれるのだろうか。
「はあ………」
そんな僕を嘲笑うように知里さんが笑っていた。
「あのラスボス系お嬢様と縁談を結んでくれてよかったわ。あんたの弱ったところ見られて得した気分よ!」
言い返す元気がない。
「………何も言えない。ラスボス系ヒロインの攻略法は俺の分析であきらめることが最善と出ている」
健吾君、あきらめないでよ。
あとその微妙な優しさを向けないで。
「甲斐田殿、あきらめなされ。あの女王は最強ゆえ。甲斐田殿という中和剤がなければ、平然と世界を滅ぼすでしょう」
さすがに静さんでも、僕がいない程度で世界を滅ぼしたりしないでしょ。
………しない、はず。
「みなさん、隊長さんの奥方を見ているのですか? 自分はまだ見ていないのでどのような方か教えてほしいです」
そっか。
石永君は静さんを見たことないんだ。
「女王様よ」
「世界の混沌」
「狂気の愛ですな」
あれ?
みんな静さんをそんな風に見ていたの?
静さんって、そんな危険な人じゃないのに。
ちょっと、過激なだけだよ。
………ああ、ヤバい。
瞼が………。
「はいはい、それじゃあ、仮眠室に搬送するわよ」
「しっかり休憩してきてくれ」
「起きてくる頃に、今日の報告をできるようにしておきます」
みんなの声が遠くに聞こえる。
そして、意識が暗転する。
「艶々してる!」
「うふふふ」
お父さんと一緒だったからなのか、静さんは元気だった。
たしかに、お父さんと一緒にいるといい朝を迎えられる。
あの温かさから抜け出すのが、嫌になるほど離れたくない。
でも、ここまで静さんが元気なのはなぜだろうか。
………あとお父さんが、萎びたミカンみたいにゲッソリとした表情でここを出ていったが、大丈夫だろうか。
「今度は三人で寝ましょうか」
「寝る!」
「いい子ね」
そういって、頭をなでてくれる。
お父さんほどではないが、この人に撫でられるのは嫌じゃない。
「それじゃあ、おさらいしましょうか」
「はい!」
いけない。
仕事に集中しないと。
「寝起きの悪い当主にはどうしますか?」
「えっと、ヘッドロックをかけて起きるまで殴り続ける?」
たしかこの方法なら起きるはず。
「惜しいわね。正解は、ヘッドロックをかけて起きるまで銃弾を浴びせ続ける、でした」
そっか。
でも、防御障壁が間に合わないと死んでしまわないだろうか。
「仕事をしない税金泥棒は、死んでも構いません」
なるほど。
たしかに、ゴミは所詮ゴミ。
起きれば、良し。
起きなければ、排除。
なんて合理的なんだ………。
「それじゃあ、まだ起きてこない私たちの当主を起こしに行きましょうか」
「うん!」
その後、屋敷から円さんの悲鳴と空薬莢が床に転がる音が響き渡ることになった。
「お、お姉ちゃん。もう少しまともな起こし方あるでしょ………」
「仕事をしない御用家はゴミも同じです。むしろ、不要なものを消すことができるので世界のためになります」
「 じょ、冗談だよね?」
「ええ、あなたが起立正しく起きれば冗談になりますよ?」
そういっている姉の目は笑っていなかった。
この姉は、悠一さん以外に対して容赦がない。
むしろ、厳しすぎる。
あの紅葉ちゃんも、教わるときは泣き言を言わずにしっかりと姉の教えに従っている。
教えている内容はとんでもないけど………。
いつから部屋の合鍵は散弾銃に変わったのか。
おはようございますが、永遠の眠りを誘発するようになったのか。
起きなければ、死ねと言われるようになったのか。
まったくもって疑問だ。
しかし、あの姉が自発的に行動するようになったのは輝かしい思いだった。
毎回、痛いけど。
あのクソ親父に従っていた時代に比べれば、なんてことはない毎日が幸福で満ちていた。
毎回、『私』が痛いけど。
いやね、わかるよ。
私が、頼れる妹だってことは。
でもね、限界はあるの!
夜中、ぐずる子供をあやしていたら朝になっていて、眠っていたらショットガンで部屋のドアを蹴破られ、重い瞼を開けたら胸に銃口を突き立てられ、容赦なく発砲されて、さ。
数秒遅れていたら、死んでいたよ?
まあ、私は当主じゃないから問題ないけどさ………。
ものすっごい痛かったけど!
障壁が間に合ったけど、普通死ぬって。
お姉ちゃんがこうなったのは、悠一さんと出会ってからだ。
あの日以来、お姉ちゃんは変わった。
以前までは、クソのつく親父の人形だった。
魔法の優劣による差別で感情の鬱憤が溜まっていたことは知っていた。
正直なところ、この問題はコロニーの形骸化によって発生した現代病の一つだ。
魔法の優劣による人権差別は、各コロニーに蔓延していた。
どんな魔法を使おうとその人次第だというのに。
だからこそ、お姉ちゃんはその犠牲になりかけた。
『神薙ショッピングの惨劇』という災害で。
魔法の暴走、それも大規模なものだったと聞く。
そこに現れた、甲斐田悠一がすべてを収めてくれたおかげで私もクソ親父も生きられた。
だけど、姉は心を奪われたらしい。
そして、彼をなじったクソ親父をお姉ちゃんは許しはしなかった。
お姉ちゃんは、逆にクソ親父を人形に作り替えた。
『死ぬまで働いて、世界の役に立て』
立場の逆転。
まさしく、傀儡となり果てたクソ親父に対して哀れみさえ抱いた。
でも、因果応報だと思った。
おそらく、今のお姉ちゃんは止まらないだろう。
全てを捨てても彼を取るだろう。
たとえ私でさえ。
だからこそ、四乃宮の表には私があてがわれた。
お姉ちゃんは、裏に立ち、日々仕事の調整をしてくれている。
できるのであれば、穏便に調整してほしいものだ。
本人は、穏便に仕事をしているつもりでも私から見たら、ただの暴力団のようなものだ。
それにお姉ちゃんに逆らうということは、その時点で命運が終わることを意味する。
お姉ちゃんの魔法の才は、『零』部隊の月下健吾と同等の実力を持っている。
さすがに、技術的な面や忍耐的な面ではかなわない。
それでも、お姉ちゃんの能力は幅広く汎用性が高い。
その点で言えば、月下健吾よりも秀でているという見方もできる。
はあ。
優秀な姉を持つとつらい。
昔はお姉ちゃんといれればいい、と思っていたけど。
今は静かな眠りがほしい。
そんなことを言えば、ある意味静かな眠りにつかされる。
『頭に一発、鉛玉を上げましょうか?』
そういわれたときは、正気を疑った。
あの本気の顔を見て寒気を感じるほどだった。
もう少し、妹をねぎらってほしいものだ。
いつの間にか、お姉ちゃんはヤンデレになっていた。
いままで溜まっていた分が爆発したのだろうか?
それとも好きな人ができると変わるときいたが、それだろうか。
とりあえず、今日の分の仕事をさっさと終わらせてベッドに入りたい。
眠い。




