甲斐田悠一という人物
その後、事務所に戻ってからみんなに事情を話し、僕が治療に専念する旨を伝えた。
予想外だったのは、健吾君だった。
いつも静かな人が怒るとほんとに怖いということがよくわかった。
僕も顔が真っ青になるほどのお説教だった。
それと僕が懸念している『ホワイトカラー』の上位個体について話したところ、会敵時の状況次第で対応を変える方針となった。遠征時は全力逃走、コロニー3防衛時は僕が来るまで持ちこたえることを第一にする、ということになった。
さて、と。
通信で妹に連絡する。
『兄、もう少しで休職させられそうになった』
そう打ち込むと、間を置かずすぐに返信が返ってきた。
『やっと? どうせ医務室の女医さんにバレたんでしょ?』
妹の考察が的確過ぎて怖い。
『お、おう。その通り』
『しばらく医務室で寝込むことになるから着替えでも持っていってほしいから連絡してきた、ってことでしょ?』
考えが読まれ過ぎてつらい。
『頼める?』
『わかった。19時頃に職場まで持っていくから』
『ありがとう』
そういって、通信を終えた。
医務室のベッドは、あまり利用する人がいないのか、僕だけが横になっていた。
で、だ。
「静さんは、どうして帰らないの?」
「月下夫妻に念入りに監視するように、と」
どうやら、四人は結託したようだ。
当初、殺気だっていた健吾君だったが何か感じたのか知里さんとマキナさん、それに静さんに協力を願い出たらしい。
うーん。
団結力すごいなあ。
でも、僕がハブられるのは悲しみを覚えるよ。
「家の仕事の方は大丈夫なの?」
「問題ありません」
その時の目の動きから大体わかった。
全部、妹さんに押し付けたな?
どうしてそこまで僕に入れ込むのかな。
「一つ、お聞きしても?」
「うん?」
なんだろう。
改まって。
そういって僕の手を優しく握る様に。
………いや、手を握りながら手首に指をあてている。
簡易的だけど、最もわかりやすい嘘の見破り方。
あれ、このあととんでもない質問でもされるのかな?
「どうしてそこまで人間の味方をするのですか?」
やべっ。
今、脈拍が乱れたのを感じ取られた。
「質問を変えます。あなたは純粋な人間じゃありませんね?」
………体が正直すぎてつらい。
脈でイエス・ノーがはっきりと出てしまう。
今度から感情操作とかできないか本を漁ってみよう。
「再度、お聞きします。あなたには、人間の事情なんて関係ないのでしょう」
一問一答が、僕の返答じゃなく脈の異常によってわかられるのは、僕が単純すぎるからだろう。
「では———」
「わかったよ。話すから。それ以上、僕を辱めないでくれ」
自分の口から出る言葉じゃないから余計に恥ずかしいものがあった。
「月下健吾君は知っている?」
「はい。調べたところ、旧式AI『MOTHER AI』によって作り出された現存する人類の中で最も魔術回路が緻密であり、運動神経もさることながら頭脳も優秀な『最強の人間』である、と。」
「そうだね。健吾君は、他の人と違って、誰かの卵子と精子を掛け合わせた受精卵から生まれたわけじゃない。人間のDNAを一から設計して最も効率的に最強の人類を作り出そうとした。その結果生まれたのが健吾君だよ」
でも、AIが設計したわりに杜撰なところがいろいろあったけどね。
そこらへんは、僕がサポートに入ってなんとか今に至っている。
「そのあと、その『MOTHER AI』が月下健吾に破壊されるという顛末を迎えたと聞いてはいました。中々に皮肉な内容だと」
「そうだね。でもね、健吾君は大変だったと思うよ? なにせ、約17年間魔術回路が起動しないっていう問題を抱えていたわけだし」
懐かしいなあ。
まだあの時は、尊敬の眼差しを僕に向けてくれていたのに、気がつけば『手間のかかる上司』としか認識してくれなくなった。
「それで、そのお話があなたとどういった繋がりがあるんですか?」
………、ごまかせないか。
まあ、向こうの方が頭の回転が速いのは事実だし、出し抜けないのは理解していた。
「その『最強の人類』と言われている健吾君に僕は、一度も負けたことがないよ。これがどういうことかわかる?」
「………あなたが人間の皮を被っているということでしょうか?」
………つらいけれど、結論としてはそうなっちゃうよね。
「そこらへんの括りは僕にはわからないよ。ただ、僕もまた健吾君と同じく『製造された人もどき』だということかな?」
その言葉に静さんは少し怪訝そうな顔を向けた。
「そのお話だと矛盾していませんか? 月下健吾さんが『最強の人間』という括りで『MOTHER AI』によって製造されたのであれば『最強』という点が矛盾しているように感じます」
そうだよね。
本当に頭が回る人は、話の本流を理解している。
「『MOTHER AI』が製造したのは月下健吾のDNA、つまり肉体を最高傑作にしたんだ。でも僕は違う。肉体の強度は、健吾君に少し劣るし魔術回路の緻密さも………まあ、大体同じくらいだよ」
「では何が———、まさか………」
もはや、驚愕の瞳を僕に向けている。
本当に賢い人だ。
少ない条件で、おそらく答えを出したのだろう。
でも、ちゃんと言葉にしよう。
そうじゃないと女医さんにまた怒られそうだ。
「僕は、人工的に『魂』を製造された異端児なんだ」
神をも恐れぬ実験によって僕は生まれた。
とある研究施設。
そこで僕は誕生した。
どうしてそんなことをしたのか。
どうして僕みたいなものを作ったのか。
それは、僕を作った『あの人』にしかわからない。
そのあと、研究施設を襲撃した『とある姉妹』によって僕は放浪の旅に一緒に行くことになり、このコロニー3へ移住することになった。
「魔法は、一人につき一つ使用できるというのがこの世界の原則なのはわかるかな?」
「………ええ」
「この原則は、『魂』にも形………波形? いや、色? ………とにかく固有の魂があることで一つの魔法しか使えないことになっている。でも僕の『魂』は、変形させることができるんだ。だからこそ多種多様な魔法が使える。君のように特殊なものでも、解析・分析を経た魔法を最適化して行使し、相殺させることもできる。そして記憶保管しておくこともできるし、同時に他の魔法も使用できる」
だからこそ、『最強の人間』に勝つことができるし、戦況を有利にすることができる。
「でも、さすがに最強であって無敵ではないよ。何年か前に戦った宇宙未確認生命体との闘いで何発か、超長距離レーザ攻撃で腕が吹き飛んだこともあったし」
「………一体、何と戦っているのですか」
あきれられたが、事実だからなあ。
「でも、人間こそ僕は怖いと思っているよ。人間はなんでもする生き物だから」
まさか、魔法を無効化する技術を開発するとは思ってもみなかった。
追い詰められたときに、自分から自爆するし、その破片が僕の体を何か所も貫通した。
そのおかげで、体の内蔵を何個も失うことになったのだし。
「そうまでして———」
なぜ?と言いたいのだろう。
でも、それは僕の罪の形だ。
「昔、僕は一人の人間を殺した」
その判断が正しいのかどうかは、今でもわからない。
「その人は、僕のことを研究施設から出してくれた人だったよ。でも、彼女は人類を破滅に追い込むことがわかって、………僕が殺したんだ。人類の存続と彼女の命を天秤にかけたんだ。………まあ、ここからは僕のエゴだけど、この判断が正しいと証明するために僕はずっと人類の味方であり続けないといけないんだ」
………もう一つの理由もあるけれど。
甲斐田香織の姉でもあったのだから。
無くした命は取り戻せない。
だからこそ、僕は生きている限り多くの命を守り続ける。
そう決めたことなんだ。
僕の言葉に、静さんは答えを返してはくれなかったけれどそっと手をオデコにあててくれた。
その手が、ひんやりとしていて気持ちよく、そのまま眠りへといざなわれた。