ボロボロの希望
医務室までご令嬢を連れていき空いているベッドを借りることができた。
ちょくちょく止血剤や包帯、点滴のパックをもらいに行くため、そこの女医さんや看護師さんとは顔見知りだ。
「来たついでにあなたも横になっておきなさい」
それはさすがに。
これから仕事だし。
「なら、これを持っていきなさい」
そう言われて持たされたのは鎮痛薬だ。
「左上半身を庇うような動き方をしているわ。痛むのであれば、打ちなさい」
見透かされた。
この人には………頭が上がらない。
「じゃあ、もらっておきま———」
「そう。あとそこの体重計に乗って」
「えっ?」
「いいから」
女医さんの圧に負けて、しぶしぶ体重計に乗る。
その計器に示された値を見て眉を顰められた。
「32キロ………。先月より2キロ減っているわ」
「うーん。脂肪が減ったのかな?」
「そんな次元じゃないでしょ!?」
女医さんは激怒した。
助けてセリヌンティウス!
責められている視線を投げられた。
「あなたの身長が170センチで体重が32キロであればBMIはおよそ11の値になるわ。やせ型とそういう次元じゃないわ」
おぉ?
そうなの?
あとBMIって何?
「同年代の15歳であれば平均の体重は55から60くらいのはずよ。………大幅に下回っているわ」
「あー、………ははは」
どうしよ。
「あなた、最後に取った食事は?」
「………いつだっけ?」
おもいっきりため息を吐かれた。
「あくまで、仮説だけど———」
そういって、こちらを睨んできた。
あ、これは不味い質問が———。
「胃や腸の臓器がもう存在してないとか言わないわよね?」
………。
ドンピシャだった。
目が泳ぎまくっている僕の反応で察したのか、またも重いため息を吐かれた。
「最近になって、点滴の減りが速いと思っていたけれどあなただったのね?」
バサッと書類をこっちによこした。
「一か月………いや、二か月休職しなさい」
中の書類は、診断書や休職に当たっての必要書類がまとめられていた。
「二か月くらいあれば、全ての臓器を復元とまではいかなくてもまともな食事をとれるくらいに『再生』の魔法でいいけるでしょ?」
「ええ!? でもその間、緊急性のある任務が———」
「元々、各コロニーは独立しているの。だから介入してまで助けるメリットはあまりないのよ」
「でも助けられる命が———」
「自分の命すらまともに救えないのなら、あなたの行為は破綻しているわよ」
そんなこと言われても———。
「それにね———」
ん?
「あなたの後ろにいる人も、同じこと言える?」
振り向いた時に、静さんが顔面ボロボロで泣いているとは思わなかった。
ああ、これは———。
「わかったよ」
その言葉を聞いて、ホッとしたのか女医さんが書類の手続きをしようとしていたが、それを手で制止をかけた。
「?」
「休職まではしないよ」
「言っている意味わかっている!?」
さっきまで冷静だった女医さんが激高した。
「あなた———」
「まあ、話くらい聞いてからにしてよ。ね?」
そう言うと口から出かかっていた言葉を無理やり抑えたのか、代わりにまたため息を吐かれた。でも、後ろにいる静さんは泣きっぱなしだったので、ベッドまで誘導して一緒にもたれるようにして座った。
「僕もそこまで、死に急いでいるわけじゃない………のだけど、さ」
それだけのことが起きているから、休むに休めないのだ。
「この前、僕が相対したのは『ホワイトカラー』でも異質な存在だったから引っかかっているんだ」
「何か、特殊な『個体』でもいたの?」
ああ、あれは特殊だった。
「人の形をした『ホワイトカラー』だった」
その言葉に、戦慄を覚えたのか女医さんは両の目を広げた。
その驚きが冷めないうちに、話の続きをする。
「知能は獣並みだったけれど、特出している点があって人間と同じく『魔法』を使っていたんだ」
「大変じゃない! そんなの絶望的じゃない!?」
通常の『ホワイトカラー』は、表皮が反物質になっていることから、物理攻撃は効果が得られにくい。そのため魔法による面制圧や魔法の効果がついている補助具での対応が求められている。
だけど、これは相手が魔法を使わないことが大前提だ。
「………『ホワイトカラー』という種が進化してきているということかしら?」
「『進化』というよりも『学習』というほうがいいかもしれないね」
最初に発見された『ホワイトカラー』という種は、アメーバのように単体のような生物だった。しかし徐々に、この星に生存していた種族の形を模倣するようになっていった。
最初は歯牙にもかけていない種だったが、それが鳥類の『カラス』と呼ばれていた生物を模倣したときに、脅威度はいっきに跳ね上がった。
対象に物理攻撃は効かないし、当時の魔法技術は全く発展していなかった。
そのため、空から飛来する脅威に対してなすすべなく散っていった人たちの多いことか。
その時は、死体に群がる白い悪魔と言われ恐れられた。
こういった脅威に対して、地下に逃げてやり過ごそうとする流れとなりコロニーの建造が急ピッチで行われた。
だが、『ホワイトカラー』はさらに学習していった。
図鑑で調べたが、昔、生存していた『狼』という種族に『変態』を遂げたのだ。
群れで行動して、嗅覚に優れるようになると、コロニーの位置を的確に当てるようになった。
そして、人間も『防衛隊』を組織して抵抗するようになった。
その間、『ホワイトカラー』は、ありとあらゆる形に『変態』していった。
そして前々回の遠征で『人型』と会ってしまった。
そこでわかってしまった。
人間が『魔法』を使うのであればこちらも『魔法』を使用しよう、という流れが。
「これからは、全力で抗うだけではダメな時代になってきているんだ。これからは、滅びを緩やかにするためにどうやって『ホワイトカラー』と向き合っていくかを考えないといけない時代に突入したんだ。あくまで抵抗か、それとも敗退か、………あるいは共存か」
「共存できると?」
「可能性はゼロじゃない………はずだよ。これから現れるであろう上位種とのコンタクト次第で決まると思っているよ」
「………ちなみに、その上位個体はどんな『魔法』を使用したの?」
「『隷属』だね。対象者を自分の手足のように動かすことができるものだったよ。………でも相手が獣だったから助かったよ。もしこれが、一定人数いる状況に持ち込んで発動、ってなるとさすがに僕でも手に負えないよ。支配下になった人達を助けるために時間を割くと、その間に別な人達が支配下になってしまうから切り捨てる他なかった」
「よくそれで無事に帰ってこられたわね」
「………まあ、特別な体質なんで」
正確には、『体質』ではなくれっきとした『魔法』で対処しただけなんだけど。
「本題にうつるけど、だからこそ『ホワイトカラー』の群衆がいた場合、その中に上位の個体がいる可能性があるんだ。だから否応なく、僕が行かないといけないんだ」
だから、休んでいられない。
「………わかったわ。でも、部隊の人達とその話を共有したの?」
「対処できるのは僕だけだと思ったから特に………」
「あほか! 文章にまとめて提出しておきなさい!」
「いや、ね? あったら死ぬのだから『逃げろ』くらいしか助言なんてできないよ」
それだけ致死性が高い相手だ。
むしろコロニーさえ放棄してもいいくらいだ。
「まあ、でも僕がレポートを提出しても、今の軍部の構成から考えて揉み消されるのが目に見えている、っていうのもあるけれど」
全体の混乱を避けるために、真実から目を遠ざけさせる。
愚かではあるが、コロニー内部での混乱が起きれば、いつ来るのかわからない脅威に民衆が暴動を起こすであろうことは予想できる。
目に見えない脅威ほど民衆が恐れるものはない。
これは人間が人間であるがゆえに他人に自分の命運を預けないという本能に従っているからだ。
でも———。
「まあ、防衛に注力したいという大義名分で養寮するのは間違ってはいないよね?」
僕が言いたいことを理解してくれたのか、女医さんはかなりしかめっ面になった。
「防衛隊のバックアップとしてここに待機しながら、体を休めるってこと、ね?」
「そうですね。しばらくここのベッドを使わせてもらいますがよろしいですね?」
言い出したのはそっちなんだからそれくらいは許容してもらいたい。
「わかったわ。それで、手を打ちましょう。その代わりここでは療養とリハビリはしっかりやってもらいますからね」
「そこは仕方がないことだと割り切りました」
独立して早々に隊長不在とか、格好がつかない。
あとでみんなになんて言おうかな。
僕の隣でずっと泣いていた静さんをそっと抱き留める。
まあ、ごめんとしかいえない状況だけどあえて何も言わないでおく。