責任の取り方
翌日。
僕が、『零』部隊の扉を開けるとみんなが詰め寄ってきた。
「き、昨日は大丈夫だったのか?」
「あんた失礼なこととかしてないわよね!?」
「無事に戻ってきた、ということは、まだ生存は許されているということでしょうか?」
みんな、心配の仕方が大げさだ。
「まあ、なんとか?」
昨日は、少し話した後で香織ちゃんにバトンタッチしたから、僕自身が何かしたという自覚はない。
でも、面倒な方向になったかな。
「とりあえず、一年間お付き合いしてみて問題なければ『縁談成立』ってことになった」
「へえ。あんた、しっかりとした対応取ったじゃない」
「いや、交渉したのは、妹の香織ちゃんだけど」
その言葉に、知里さんは落胆したのか、あからさまに肩を上下させた。
「はぁ、関心して損したわ。本当のことを言えば、あんたの歳で結婚は早すぎるし、向こうの家の体裁もあるでしょうから」
そうだよね?
それにあれだけ偉い身分の人と僕とじゃ、つり合いが取れないよね?
そう納得したとき、不意に部屋の隅に違和感を感じた。
それもそのはず———。
「あら、そんなことはありませんよ?」
ん?
なんか、自然な流れで会話の中に聞きなれない声が混じっていた。
声の発声位置をみんなで振り向くと、和服を着た女性が簡素な椅子に座っていた。
昨日の純白の着物とは違い、今日は美しい鶴が描かれた黒い着物を着こんでいる四乃宮静さんがそこにいた。
「昨日ぶりですね、悠一様?」
「え、あれ? 静さん!? なんでここに?」
その言葉に、残りの三人が椅子から転げ落ちた。
みんな驚くよね?
「というか、いつからそこに?」
「皆さんがここに入室する前からですよ?」
その言葉に、僕を含めた全員が硬直してしまった。
「みんな気がつかなかったの?」
「「「まったく!!」」」
ああ、これは………。
彼女の位置と周囲を観察して理解した。
「人為的に、意識の………認識の死角を作りましたね?」
「ええ」
彼女は、この狭い事務所入口の戸口から見て反対側にいた。
そして、モノが少し乱雑になっている方向を作って自然と目がそちら側に行きやすいようにした。
さらに彼女特有の魔法によって、自分………いや周囲存在を希薄にした。
「わざわざそんなことをしなくても」
そういって、僕が手を取って、今座っている簡易的な席ではなく、僕が座っている椅子に誘導した。
「ありがとうございます」
逆にみんなは簡易椅子の方に逃げていった。
おふぅ。
これは、思ったよりみんな関わりたくないオーラが出ている。
知里さんから手信号で『はよ、対処しなさい』と送られてくる。
………わかったよ。
「それで、こんなところにどうしたんですか?」
「昨日、言いましたが『零』部隊は本日をもって防衛隊所属でありながら独立した部隊、………まあ、簡単に言えばこの部隊の決定権は甲斐田悠一様がもち、たとえ剣崎最高司令官でも、口を挿むことができないようにしました」
え!?
「でも、それって『お見合い』の見返りとかじゃ———」
「昨日も言いましたが、これは我々が勝手にやったことです。お気になさらずに」
そういって、僕の机の上に置かれていたコーヒーを飲んだ。
………それ、僕のコーヒー。
後ろのほうからコソコソと小声が聞こえてくる。
「………悪女の香りがするでござる」
「マキナもそう思うわよね?」
「大金を、はした金として大物を『恩義』で縛り上げるやり口でござる」
「いや、薄笑いもどこか………仮面ぽいというか、作り物っぽくて何を考えているのか全然見えてこないのよね」
二人の会話がこちらに漏れてきているんだけど。
健吾君に目配せしたけど、『俺は、関わりたくない』とのことだった。
「あら、なにか?」
さすがに聞こえますよね?
いや、すみません。
そう思って、謝ろうとしたときに魔力の波長を瞬間的に感じ取って、目の前にいる静さんの手首を鷲掴みにして止めた。
急に腕を掴まれたのが意外だったのか戸惑いの表情を浮かべた。
確かに配慮に欠ける行為かもしれないけれど———。
「今、みんなを殺そうとしたね?」
昔から、魔法の分析と解析は得意だった。
それは、僕の魔法の副次的な産物でもあったけれど。
相手の魔法がなんであるか、射線が見て取れたり、幻覚を打ち破ったり。
便利ではあった。
でも、人間相手だとよくないものを見せつけられたりする。
今もそうだ。
「僕は、君に人殺しをさせるために助けたわけではないよ」
何気ない殺意を見せつけられる。
「彼らは、僕の部下だ。失礼なことを言ったののであれば責任は僕にある」
そういって掴んだ手を強引に僕の胸………を貫通した先にある臓器に押し当てた。
つまり———。
「これが僕の心臓だよ」
その言葉に前の女性は戦慄し、後ろで怖がっていた三人が一気に殺気だつ。
でも、何もさせないようにこのエリアを分割する障壁を張っておいた。
「君が言ったことだけど、ここの決定権は僕が持っている。それなら責任は僕がとるべきだろう?」
「………」
うん?
反応がない………。
その時になって、気がついたが———。
あれ?
なんかフリーズしてない?
これってもしかして———。
「………気絶している?」
ちょっと脅しただけなのに………。
障壁を解いた瞬間、知里さんに思いっきり叩かれた。
「あんた馬鹿じゃないの!?」
ええ!?
なんで!?
「あんた、今、死ぬつもりだったでしょ?」
「うん。だって、ここの責任者だからね」
「それは短絡的すぎますぞ!」
「隊長、もっとよく考えてから行動してください!」
三者三様の回答なだけあって面食らってしまった。
なんて返答すればいいのだろうか。
その間に、気絶してしまったお嬢様を抱き上げる。
医務室はたしか、この下の階だったかな。
「とりあえず、お説教はこの子を医務室に送り届けた後でうけるよ」
そのまま事務所を出た。