善人である異常者
「お兄ちゃん、そろそろ起きてよ」
「うへぇ」
「どこから聞いていたかわからないけれどそういうわけだから」
「お兄ちゃん、さっぱりワカラナイヨ」
「わかりやすいわね。最初から気絶したふりしていたの?」
「ナンノコトカナ?」
「裏の顔をきっちり隠す人間相手に、表側の顔しか持たないお兄ちゃん、意外と相性はいいかもね」
「ボク、ワカラナイ。ニゲル一択」
「ハイハイ、そこは止めないけれど、受け入れた方が無難だよ? 愛情ほど狂った概念なんてないんだし。それに、事の原因はお兄ちゃんにあるのだし」
「ボク、マダ十五」
「あきらめた方がいいよ? あの人、お兄ちゃんがそばにいないと他人をいくらでも犠牲にできるくらい暴走してもおかしくないんだから」
ほんと、兄は罪作りな体質である。
まあ、でも私の本当の姉に比べればマシな方向にシフトするだろう。
「でも香織ちゃん。今の家の仕事が辛かったらやめてもいいんだぞ? 兄としては———」
善人。
あきれるほどの利他的思考。
「ハイハイ。お兄ちゃんなら何でもできるでしょうね」
でも、この兄にこれ以上不可はかけられない。
「だけど、なんでもできるからと言ってお兄ちゃん一人にすべてを預けるのは間違っているよ。そんなものは、他力本願でしかないの!」
「そう? でもケガとかならいいけど死ぬかもしれないよ?」
「なんでもうまくこなせるからと言って、自分の手を汚さないのは臆病者のすることでしょ? それに———」
担いでいる兄の体をもってわかったこともあった。
「また軽くなっているよ」
「………痩せたかな?」
「その次元じゃないでしょ?」
兄の体はまるで木綿でも持っているかのように軽いのだ。
「お兄ちゃんは、常時ホログラムで隠しているみたいだけどこうして持ってみるとわかるわよ」
なんてことない顔だって、本当は痛みで歪んでいるはずだ。
だって———。
「体中が欠損しているんだから」
出撃頻度や戦闘時間を考慮しても、体の再生に時間を割いているだけの余裕なんてないのだから。
「『魔力操作』って便利なものを身に着けたせいで欠損した体の細胞………臓器を一時的に投影して疑似的に体に異常がないように見せかける。常人ではできない離れ業よね?」
「大丈夫だよ。まだ心臓も片側の肺も機能しているから」
………兄は、天性の馬鹿でもある。
「それを大丈夫とは言わないわよ。少なくとも少し触っただけで私の手に血がつくのは異常なことなの」
「あちゃ~。バレたか」
「知っていたわよ」
ああ、でも。
「ちゃんと無事に帰ってきてね。お兄ちゃんだけが、今の私の家族なんだから」
「………もちろん」
今の言葉の間合いでわかった。
もうそんなに時間がないことに。