繋がり
「甲斐田香織。なかなかにできる子供だったわね。こちらに主導権を掴ませないように下調べは徹底的にしていたみたいね」
「………いえ、今回に限りお姉ちゃんはわかりやすすぎただけでは?」
………確かに。
あの人のことになると徹頭徹尾完璧にこなせない。
でも、それは仕方がないことであると割り切っている。
五年だ。
五年も待ったのだ。
「最初、四乃宮の依頼で他家の縁談をさせて、情報収集させるとは思ってもみませんでしたが」
いきなり私が申し込んだりしたら、きっと彼は来なかっただろう。
だから彼が求めそうなことをリサーチしてからことに当たろうとした。
………まさか、剣崎家が私達の動向に感づいて先に行動を起こすとは思わなかった。
でも結果的に断られることは目に見ていた。
彼は、権力や金銭に寡欲であることは知っていた。
そうでなければ、昇進する機会なんていくらでもあったはずなのに何度か蹴っている。
部隊を新設する際に、部隊編成の権限を持つ位が欲しくて一気に上り詰めた経歴があるくらいだ。
それに家庭も地上ブロックということもあり、住民税も必要なく学費と食費負担だけでいいためそれほど困っていないとデータで見て取れた。
またコロニー内部に住みたいという願望もなく近隣住民との関係も良好。
暇ができれば、一緒に貯水湖近くまで物資の同行をするほどの活動家だ。
問題らしい問題がなく、難点をあげるとするなら重度のカフェイン中毒者であることくらいだ。
その点は職業柄だろうと思っている。
不規則に呼び出される部隊であり、人類最後の防波堤『零』部隊は、応援要請があったらすぐに現場に急行しなければならない。
それがこのコロニー3だけでなく他コロニーからの要請でも、だ。
だからこそ、彼はコーヒーを常用している。
今年で齢15になる少年が背負っていい責任ではない。
いや、正確にはすでに9歳の頃から活動を始めていたと思えば、大人たちのなんと罪深いことか。
でも、あの時に甲斐田家の前当主に会えたことだけは幸運だった。
社交界に妹を連れて行った。
私はあくまで、お付きとして妹を送り出した。
………他の男なんて近づきたくもないし、ましてや話したくもない。触れようものなら蕁麻疹がでる。
本当に出るかどうかはわからないけど。
妹に言い寄ってくる男たちがまるで光に群れる虫のように見えた。
汚らわしい。
当の私は、付き人の雰囲気を出し、社交界の表舞台には立たなかった。
しかし、空気の読めない剣崎の御子息が話しかけてきたが、私は歯牙にもかけなった。
その対応に、業を煮やしたように激怒したご子息だったが、私は彼の『意識』に触れた。
それだけで気絶する。
いっそ私に触れたゴミとして処分しようかと思ったが、堪えた。
周囲の温度は一気に下がったように感じたがどうでもよかった。
私は、あの人がいてくれれば。
あの人以外に触れられるなんて———。
私は他の人から距離を取るために、バルコニーに向かった。
が、先客がいた。
社交界には似つかわしくない黒のロングコート、シルクハット、手には水の入ったグラスを持っていた。本来であれば、そのグラスには水ではなくアルコールの類が入っているはずだが………。
「ん?」
老人だろうか。
それにしては、若く見えた。
外見と服装が一致しないように彼の纏う『雰囲気』が若くみせるのだ。
そして、社交界のはずなのにバルコニーに一人でいるのは、待ち人がいる、もしくは一人になりたいと思っている、のどちらかだろう。
そう推察していると老人の方から声をかけられた。
「失礼、お嬢さん。星がきれいでバルコニーを占領してしまった。席を譲るとしよう」
「いいえ、結構です。それに星の美しさを知っている人は好きですよ? こんな人口の輝きではなく本物の」
その言葉に、少し驚いたような声で老人が返答してきた。
「これは驚いた。地上に出たのか。私は穴蔵で生活していたせいか息子に見せてもらって初めて美しいと思えたよ」
「いい息子さんですね」
「正確には、義理の息子だがね。うちの家柄ゆえ、私たちは相続を血筋で決められるものではない。心の強靭さで選ばれる。だけどね、それが幸福なことではないんだよ」
「あなたは、仕事に誇りを持ち合わせていないのですか?」
「誇り? ははは」
その力なく笑う姿はやるせなさを感じた。
「私たちはね、魔法使いを殺す家なんだ」
その言葉に、先日の自分が重なった。
あのまま暴走していたら、この老人の手によって殺されていたのか。
能力の暴走。
それを処断するのがこの人の仕事なのだ。
一人を殺して、多数を救う。
例え暴走した本人に責任はないとしても———。
この人は後悔しているのだ。
「私は、いつも力の暴走させた魔法使いをあらゆる手段を用いて殺してきた。悪意ある大人たちだけならよかった。だがね、魔法の発現に失敗するのは年端も行かない子供たちの方が圧倒的に多かった。それでもやらなければいけなかった。ほかの人々に障害とならないように。殺して、殺して、殺して。だけど………」
その言葉を区切って、心の中からこぼれだす吐息は重いものだった。
「私が守っていたものは、人の命ではなく社会システムという無機質なものだったのでは? と思ってしまったのだ。本当に助けが必要な人たちに、手を差し伸べずに、上っ面の平和を体現してしまった」
彼が零す言葉は、心の声だった。
おそらくこの老人の人生は、圧倒的に報われないものだっただろう。
「だけどな。息子はそんな私に言ったんだ。『これからは僕がその役割を引き継ぐよ』ってな。そしたらどうだろう。暴走した人を殺すのではなく、生かすために自らが危険地帯に飛び込んでは、私ができなかったことをたやすくやってのけたのだ。驚嘆せずにはいられなかった。まるで救世主だ」
何かが当てはまる気がした。
先日の景色がフラッシュバックする。
「私にはもったいない息子さ」
そういってグラスの水を一気に煽った。
「申し遅れました、私は四乃宮家の従者を———」
「嘘をつかなくてもいい。四乃宮静さん、だろ? 私らのような弱小家は御用家の顔色をうかがうためにあらゆる情報を持っているものだ。家族構成は特に、ね?」
どうやら、すでにこちらの情報は筒抜けのようだ。
「では、無知な私にお名前を教えていただけませんか?」
「それは、私のか? 違うだろ? 息子のだろ?」
すべてを見通している。
まるで心でも読まれているようだ。
「はい」
「甲斐田悠一だ」
すべてが重なった。
これで糸が繋がった。
「わたしも彼のお世話になったものです。ぜひもう一度お会いして———」
「その必要はない」
その言葉にきっぱりと弾かれた。
何か不足だっただろうか。
それとも私の体でも売ればよかっただろうか。
お酒を注げばいいのだろうか。
そんなことを考えていると眉を顰められた。
「邪推なことを考えるな。そんなことをしなくてもあいつは君の前に現れるということだ」
どういうことだろうか。
「四乃宮家は、代々軍服や補助具の研究をしていることを知っているな?」
もちろん、家のことは知っている。
時々、家の仕事を代理で務めたこともあるのだ。
「現四乃宮当主の最高傑作である、『桐椿』と呼ばれる模造刀をあいつは手に入れる必要がある」
「『桐椿』?」
「四乃宮家が3年かけて作り出した最高傑作の一振りさ。使い手は選ぶし、制御に緻密さは要求されるが間違いなく最高傑作さ」
「それを彼が使うのですか?」
「いや、同僚のために貰う、とのことさ」
それがあれば彼が家に来てくれる!
歓喜した。
またもう一度会える。
あって。
会って。
逢って。
私はどうしたいのだろうか。
「もう少し、心の内を開くために時間を空けてもいい」
老人は促すように声を発した。
「しかし、来る時間が———」
「確かに。だが君の家は、このコロニーの中でも最高位の家だ。その権威を使えば、また会うくらいどうってことはない。だから、自分の気持ちを整理してからまた会えばいい。あいつは逃げないさ」
まるで駄々をこねる子供をあやすように的確にアドバイスをくれた。
「それにな、もう少しでワシも限界を迎える。そんなときにあいつを残して逝くのは心苦しかったんだ。だからこそ少しでもあいつを気にかけてくれる人がいてくれてうれしかったよ、お嬢さん」
「いえ、私も心から感謝するのは初めてかもしれません。あの人とのつながりを教えていただきありがとうございます」
そういって、私は踵を返した。
去っていくときに、後ろから声をかけられた。
「あいつが尋ねるのは、四乃宮家の別宅の方だ。間違えるなよ」
なるほど、あそこか。
本当に感謝しかない。
いつか、この恩は返します、未来の義父さん。