表と裏
動かなくなった兄を見てため息をついた。
どんなにすごい人でも欠点という物はある。
兄の場合は、他人からの好意だ。
利用し利用される世界にいたせいで、他人から純粋に好意を持たれたことのない人が急に現れれば思考は止まり、錯乱する。
予想できたことだ。
「ふう。ヘタレはここまでぽいから変わりに私が代行します」
そう言うと、さっきまで微笑んでいた四乃宮家当主が鋭い目つきに変わった。
「あなたにそこまでの権利がある様に思えませんが?」
豹変という言葉があっているだろう。
兄に向ける純粋な乙女の視線と私へ向ける下等生物を見る冷気を帯びた視線。
異名にも劣らず氷のような冷たい言葉から浴びせられる。
まさに『氷の女王』だ。
まあ、でもそっちの方がこちらも対応しやすいというもの。
「少なくともこれ以上は、話が進まなそうだったから対応したまでです」
「あなたがここに来たのは、兄のサポートではないのでしょう?」
………どうやら私が来た本当の目的にはもうすでに察しがついているらしい。
「そうですね。純粋無垢な兄と違いこっちには『甲斐田家』としての目的がありますから」
その言葉を聞いて、クスクスと四乃宮家当主である、四乃宮静氏は不気味な笑いをしていた。
ああ、知っている。
何度もこういった人間を見てきた。
何度もこういった人間を始末してきた。
だって———。
甲斐田家は、コロニー内部の暗殺一族なのだから。
「あなたには前当主の四乃宮謙三さんの暗殺容疑がかかっています」
「おかしなことを言いますね? 四乃宮謙三は今でも生きていますよ? 実際に研究施設で働いているではありませんか?」
そう。
四乃宮謙三は、今でも活動は続けている。
———まるでゾンビのように。
「この5年の間、四乃宮謙三氏は何度も倒れても泡を吹いても、まるで憑りつかれたかのように執務にかかりっきりになっている」
「それは自己管理の問題では?」
「一年くらい前におかしいと思った職員が、四乃宮謙三氏を検査したそうです」
「あら? 異常はありました?」
「いいえ、肉体が衰弱しているだけでした」
「なら———」
「ですが」
そうおかしなところが一点だけあったのだ。
「魔力総量が異常なまでに低いという結果がでました」
「あら、そうなの? でも魔力量は天性のものだから———」
「それが五年前からどの健康診断でも出ているのです」
「………」
「当初は、過労からくる一時的なものと思われていました。ですが歳を増すごとにどんどん減少しています」
「それは大変ね」
言葉とは裏腹に明らかに軽薄な態度。
クロだ。
「でも私が何をしたというのでしょうか?」
そう。
証拠がない。
何をしたのかわからない。
けれど———。
「以前、兄に教えてもらったことがあるんですよ。魔力は人間のどこから出ているのか」
ここからは、仮説の域だ。
「兄は、魔力は『人間の魂』の副産物として出ているエネルギーである、と」
つまりだ。
「四乃宮謙三氏の『魂』に何かしましたか?」
その問いに、答えてくれる間抜けではない。
目のまえに相対しているのは四乃宮家の中でも歴代最高の女傑。
だからこそ、調べるにあたって向こうからお誘いが来た時には驚いたものだ。
しかも、兄さんを溺愛する………いや、狂愛している人物だとは。
相変わらず表情の一つも変えない。
「このままいけば、あと一年もせずに四乃宮謙三氏は体の魔力枯渇で死ぬでしょう。はた目からみれば、衰弱死に見えるでしょうが」
「あら、あなたのお兄さんのことを『忌み子』と蔑んでいた相手が消えるだけではありませんか?」
今の発現から大体わかってきた。
「ホント、お兄ちゃんは変な人に好かれるのかな」
その言葉にいままで眉一つ動かさなかった人が初めて焦った表情をした。
「あの人にはすでに好きな方が!?」
………。
どうやらこの人は、本当に兄のことを思っているらしい。
そこだけは信用できる、と私の直感が告げていた。
「一つ、聞きたいのだけど?」
「何!? これからあの人の彼女を抹殺しに———」
どうやら、本当の狂愛者のようだ。
「そんなに焦らなくてもいいわよ」
「これが焦らずにいられ———」
「もう死んでいるから」
その言葉に我を忘れていたのに気がついたのか、咳払い一つして元の鉄面皮に戻った。
ここまで表情を操作できるのは、一種の才能か。
「本題に入っても?」
「ええ、構わないわ」
にこやかに笑っている顔が、今では嫌悪するようになっている自分がいた。
どう見てもその顔の裏側にはグツグツと黒い汚物が垣間見えて見えるからだ。
でも………。
「お兄ちゃんのことは好きですか?」
「はい。先ほども言った通りお慕いしております」
その言葉を言った瞬間だけ、にこやかなものではなく純粋な瞳をこちらに向けていた。
「それなら条件を出しても?」
「条件、ですか?」
私の言葉に少しだけ眉をひそめた。
「一年間、お付き合いしてみてお互いが良ければ縁談成立とするのはいかがでしょう」
その言葉に、一瞬だけ驚いた表情をみせたもののすぐに元の表情に戻った。
「その行為に何の意味が?」
まあ、意味のないように思えることだろう。
「これでも兄は魔法に敏感です。例を挙げるのであれば、魔法の発動を感知すると、分析と解析を瞬間的に行い、魔法の中和をできる反則級の魔法使いです。逆に言えば———」
「私の魔法を使える?」
「そんなの周知の事実でしょ?」
私の言葉に戸惑っているのか、理解できないでいるのか。
「魔法の発動した瞬間に、合わせられないと判断したら身を挺して対象者を庇います」
その言葉に四乃宮静が歯噛みをしたのは見て取れた。
「つまり………、あの人を私の監視役に使うつもり?」
その顔は、憎しげにこちらを睨んでいた。
やっと裏の顔は見て取れた。
だけど………。
私の兄を純粋に愛してくれる人は、『私の姉』を除いていなかった。
だから、本来はタブーの行為をする。
「一年よ」
「?」
「一年間、私の兄と一緒に過ごして何事もなければ、縁談を成立で構わないわ」
そう言って、兄を担ぎ部屋を出ようとする。
が、後ろから声をかけられた。
「どうして、あなたは疑わしい人間に大切な人を預けようとできるの?」
その言葉に、今度はこちらが笑う番だった。
「フッ」
存外にこの人も人間味があるものだ。
「………おかしなことを言ったかしら?」
おかしいというよりも、ズレていた。
「別に。ただ、本当に兄を幸せに導いてくれるのであれば、私としては今回の件に関して目を瞑れると思っただけよ」
もう一度だけ、振り向き声をかけた。
「あなたは兄を幸せにできますか?」
その言葉に対して、少しだけうつむいていたが———。
「私は全力で愛したいけれど、それがその人の『幸せ』とは限らない」
その返答で大体わかった。
「第一関門は合格ね。さ、今日は、お開きにして帰りましょう。あなたも私もこれからのことを考えないといけないのですから」
そういって、一方的にこの部屋を後にした。