お嬢様、お逃げください……
「……誰もいねーな、っておい」
坊主頭の声が聞こえてくる。
「なっ、……何してんだよ」
何か揉めているのだろうか、坊主頭の声に少し怒気が混じった。
センター分けが坊主頭の呼びかけに答える。
「パンツ丸見えだったからよ」
「だ、だからって触んな!!」
私は恐る恐る目を開けた。
目の前には赤面した坊主頭、そしてその坊主頭の尻を触るセンター分けの姿が映る。
思わず息を飲む。
な、……なんですの……。この光景は。
私はゆっくりと地べたに這いつくばった。
なんでこうなってしまったのか、非常に気になるしこの先もどうなってしまうのか見ていたい気持ちはあるものの……。
チャンスかもしれない。
私は芋虫のように動く。
姿が見えないとはいえ、音を立てたらばれてしまうかもしれない。
息を殺し、もぞりもぞりと少しずつその場を離れていく。
彼らから距離を取り、ちらりと背後を見る。
どうやらまだ2人はイチャイチャとしているようだ。
とても気になる状況でしたけど……、ああいうのを気にしていたら勇者を殺すことはできませんこと。
私はそっと立ち上がり、スカートについた草木を払う。
何はともあれ校内に入り込めた、あとはプールを探すのみだ。
前回の敗因は水辺が無かったから。
つまり水辺にサメを召喚すれば最強でしてよ。
その最強の力を持って勇者をぶち殺しますわよ!!オーホッホッホ!!
それにしても、異世界でちやほやされるという選択肢もあったのに……。
元の世界にまで戻って学校に通うだなんて勇者も変わったことがありますのね。
そんなことを思いつつ、私は屋上にあるプールの目の前にまでたどり着いた。
まだ時期ではないからか、人の気配はない。
「さてと、ここにサメを呼び出しますわよ」
指をパチンと鳴らして、魔力を水に溶かす。
ゴゴゴゴゴゴゴとプールが渦の形となって回りだす。
プールが光ったかと思うとそこには巨大なサメが顔を出し始めた。
「ふっふっふ、成功ですわよ!」
思わずほくそ笑む。
パパンと私は手を叩いた。サメがその音に反応して、イルカのように飛び跳ねる。
「さぁ、お行きなさい!」
指先を扉の方へ向けるとサメは一気に向かっていく。
私が指をパチンと鳴らす度にサメはどんどんと増えていく。
「これぞ、サメパーティーですわよ~~~!!」
次から次へとサメはあふれ出ていく。サメはさらに外へと流れ出ていく。
校内ではギャーギャーと騒ぐ声が響いた。
「さて、まだまだ行きますわよ」
私はまだまだ魔力をプールの中に注ぎ込んでいく。
サメはボコボコと水が沸騰するかのようにあふれ出ていく。
ドッドッドと何かが駆けあがってくる音が響いてくる。
扉が開いたと思った瞬間、勇者がその場に現れた。手に持っていた箒でサメを引っ叩いていく。
「おい、女神ィ!い、いったいこれはどういうつもりなんだ」
「あら、御機嫌よう。さっきは水がなかったから倒せなかっただけ、だから水辺を用意しただけでしてよ」
「だ、だからってなぁ!!」
「まったくうるさいですわねぇ」
私はやれやれと首を左右に振る。
「ほら、サメよ!さっさと食い散らかしてしまいなさい!」
サメは口を大きく開き、勇者へと襲い掛かる。
作戦通り。私が悪役ムーブを起こせば、勇者は正義感からか私を討伐しにくると思っていた。
サメに食べられてしまうのはあくまで事故、事故ならば転生させても問題はありませんでしてよ。
ニヤリと口元が緩む。
サメの口の中に勇者の半身が丸呑みされた。
ふふん、やりましたわ。映画に寄ればサメによってどんな人間も食べられてしまうのがセオリーなのですわ。
これで私のミスは帳消し。いや~、実に楽な仕事でしたわ。
「うるさいのはどっちだよ」
サメの中から声がする。
必死に口を閉じようとするもびくともせず、バキンと音がするとサメの歯が砕け散った。
勇者の肉体には傷一つ見当たらない。あるのは砕け散ったサメの歯のみだ。
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
そ、そんなぁ……。ありえませんでしてよ、だって"サメ"ですのよ……。
サメですら歯が立たないってことですの……!!
「今、何かしたのか」
勇者の声がトーンダウンする。
足を大きく開いて視線が合う。勇者は鼻の穴が大きく膨らませた。
お、怒ってらっしゃる……?
でも関係ありませんわ、殺してしまえば大した問題ではありませんわよ。
それにしても予想外でしたわ。
サメが一撃で……。さ、さすがは勇者というべきですわね。
ですが安心なさい、常に私は次の用意をしてるのですわ!
「爺や」
『お呼びでしょうか、お嬢様』
「そのまま勇者の頭上に頭突きしてしまいなさい!!」
『仰せの通り』
私の呼びかけと共にトラックが勇者の元へ落ちる。
ドーンと大きな音とともにトラックに押しつぶされて勇者の姿が見えなくなった。
今度こそやりましたわ!!
私は勝利のポーズを取るべく、手を口元に当てる。
そして勝ったことを示すことに大笑いをした。
「オーホッホッホ、これで勇者はひとたまりもないですわね!」
あー、笑いが止まりませんでしてよ。
最初は作戦が失敗して考え直すべきかと思いましたが案外なんだかなりましてよ。
さてと、さっさと帰宅してティータイムとしゃれこみますわよ。
そう思っていたが、『お嬢様……す、すみません……』と爺やの弱々しい声が聞こえる。
いったい何が起きたのだろうか、私は背後を振り向いた。
「こんな程度なのか、女神というのは……」
「へ?」
トラックに押しつぶされていたであろう勇者がそこにはいた。
「ひ、ひぃぃぃっ!!!」
思わず叫び声をあげ、私は後退る。
な、なんなんですの!!トラックに押しつぶされても死なないなんて不死身ですの!?
こんなのどうやったら殺せるというの!!わ、私があげたチートは経験値チートくらいですのに。
「転生させてくれた女神だし、女性だから痛い目を見せるつもりはまったくなかったんだがな」
勇者は再度手に持っていた箒を握り直した。
一歩中に足を踏み入れて箒を振る。
私は慌てて背後へジャンプをして避けるも突風が起きた。
「ひゃ、ひゃあっ!!」
スカートを抑えて風を耐えようとする。
しかし、風に圧されて吹き飛ばされそうになる。
私は慌てて踏ん張るも勇者が近づいてきたのが見えた。
仕方ありませんわね……!!
先程破れたスカートの裾を握り引き裂いた。破り捨てて、少しでも走りやすいように。
「逃げるなよ」
勇者のドスの聞いた声が響く。
「そんなの知りませんですわよ~~~~!!」
私は少しでも距離を取ろうと走り出す。
勇者はプールに近づくと、手を伸ばしてプールの中に居たサメを掴みだす。
そして、砲丸投げをするかの要領でこちらにサメを投げつけてきた。
私はしゃがみ込み飛んでくるサメを器用に避ける。
「な、何するんですの、生命の命は大事に扱ってこそですわよ」
「お前が言うな!!」
ぽいぽいと私が生成したサメを投げつけてくる。
私は屋上から飛び出して逃げ出した。
「オーホッホッホ、さすがに勇者もここまでなら追ってこれなくてよ」
このままさっさと逃げて作戦を練り直しますわよ。
勇者といえ所詮は人間、飛ぶ力を持たない下等生物。私には勝てるはずがないですもの
「ちっ、ならば……」
「ふふん、何をしたって無駄、無駄ァ!!地べたで悔しそうに舌噛んで死になさってよ」
勇者はそこに転がっていた爺やことトラックを掴んだ。
そして、勢いよく投げつけてきた。
ま、マジですの……。この勇者……。
流石に怒らせすぎましたわ!?ですが、ここで日和たくありませんわよ~~~!!
「すごい力であることは認めてあげなくても」
私は空中で爺やを受け止めた。
心臓はバクバクだ。ふぅ~、私に当たらなくて一安心ですわ。
とはいえ、爺やにはここまで付き添ってくれたことの感謝を述べるべきですわね。
よく私の要求に従い勇者と戦ってきましたわ。褒めてあげてもよくってよ。
私は抱きしめるようにギュッと手を伸ばした。
しかし、それがよくなかった。
爺やの影により視界が悪い。そのため、勇者がサメの上に乗って空を飛んできたことに気付かなかった。
「へ???」
「甘く見たようだな、女神。お前を倒して、俺は自由を勝ち取る!!」
勇者はいつの間に持ってきたのであろうか、魔王を討伐時に使用した聖剣を手にしている。
聖剣を握り直すとサメを蹴り宙へ舞う。そして自分の体重をかけて、私の元へと振り下ろした。
ぶおっ!!突然のエンジン音が鳴り響く。私の体は爺やに引かれて飛ばされた。
何するんですの、文句の一つでも言ってやりたいですわ!!
私はそう思い視線を爺やの元へ向ける。
「痛っ!!……て、爺や!?」
勇者が振り下ろした剣は爺やに当たりトラックは縦に割れた。
「外したか、次は当ててやる……」
「そ、そんなぁ……爺やがっ!!」
信じられない。絶対に傷つかないであろう金属で作られたのに……。
そして今までずっと傍に居て私の女神生活を見守ってくださったのに……。
な、なんですの……ど、どうしてこんなことになってますの……。
私の思考回路はショート寸前。
わ、私がミスしたことを隠そうとしたから?
そう所詮人間だと思っていたが彼は勇者だ。
魔王を倒して別の世界を救った人間なのだ、舐め腐っていた私の落ち度ですわね。
ギュッと拳を握りしめる。
どうするべきかは今答えを出すことが出来ない。
とりあえず爺やの仇を取るため戦うべきですわよね。
手に魔力を込める。いつでも勇者とやりあうつもりだ。
いきますわよ~~!!
そう思った矢先だった。耳元で声が聞こえてきた。
『お嬢様、お逃げください……』
「じ、爺や……!!?」
唇を噛む。どこからともなく聞こえるこの声に耳を貸すべきか。
私が迷っていると勇者が再び剣を振る用意をしているのがわかる。
一度地面に着地してしまったからか、再びサメの上に飛んできた。
サメの背中に仁王立ちのまま、私に視線を向け言葉を漏らした。
「……用が済んだから殺すなんて、ずいぶんと使いが荒いじゃないか」
「ち、違いますわ!!そういうつもりじゃありませんわよ!!」
「だったらどうしてサメを召喚する必要がある!!」
「うぐっ……!!」
私は何も答えることが出来ない。
その場のノリだけで決めてしまったこととは言えそんなことを言える雰囲気ではない。
「もういい、お前は女神かもしれないがこの世界にとっては悪そのものだ!!」
勇者が再度剣を握りしめる。
「これ以上この世界を襲うようならお前は敵だ」
勇者は落ちていくサメを足場にして、ジャンプする。
そしてそのまま重力を乗せて私の頭上目掛けて剣を下した。
『お嬢様……少し背を向けてください』
この状況で!?
私の耳元で爺やが囁くも大人しく従うことにした。
「なっ!!?せ、背中を見せるとは諦めたのか!!」
私には聞こえるエンジン音が響く音が。
力強く、それでいて温かくいつも傍に居た爺やの鼓動が聞こえる。
『お嬢様……今までありがとうございました』
「へ?……じ、爺や!?」
私の間抜けな声は爺やに届いたのかどうかわからない。
次の瞬間背後で何かが光り輝いた。そしてすぐにドーンと爆音が鳴り響く。
爆風だ。私の背中を押すように勢いよく巻き起こった風は私にぶつかる。
背後からトラックでひかれたかのような衝撃が私を襲う。
その爆風の影響か、私の目の前には異次元空間へつながる穴が開かれた。
ひ、ひとまず……この穴に逃げることにしますわ。
私は少し魔力を使って風にのる。だんだんと小さくなる穴の中に体を滑り込ませた。
「お、おいっ!ま、待て」
「待たなくてよ、御機嫌よう」
異次元空間に繋がった穴はシュルシュルと閉じていった。
オーホッホッホ、慌てふためく姿。滑稽ですわね。