なぁ、ケツ触ったか
『お嬢様……どうやら表側には警察が見張っているようです』
ブルルルとエンジン音が鳴る。ゆっくりと坂を上る音。
気付かれてはいけない。朝、生徒が登校し終えて皆が授業を受けている最中だ。
故に静かだ。エンジン音が響く。
「……流石に、先ほど暴れ過ぎましたわね」
私はため息を漏らす。
作戦は失敗した。きっと勇者には警戒されていることだろう。
私は本当に勇者を殺すことが出来るのだろうか。
拳を強く握り、唇を噛む。
「……今度こそ」
私はポツリと呟いた。頭の中がカッと熱くなる。
少しでも熱を冷まそうと息をスッと短く吸う。
「今度こそ勇者をぶち殺しますわ!!」
目を大きく見開いた。ふふんと鼻を鳴らし、ドヤ顔を晒す。
今度こそは成功させてみせますわ、そう心の中で呟く。
『その意気です、お嬢様』
「なら早速学校に行ってきますわよ」
『お待ちください』
爺やは紅茶を入れると私へ差し出した。
そして、『いってらっしゃいませ、お嬢様』と見送りの言葉をかけた。
『帰る場所はあります、失敗しても気負わないことです』
機械音であるにも関わらずどことなく心地いい。
「失礼ですわね、あなたはここで私が仕事を終わらせるところを見てくださればいいのですから」
さてと、ここからどう中に入りましょうか。
私は振り向いて、背後にある学校を見上げた。
表口には警察、そうなると当然裏口から忍び込むしかない。
女神の力を使って入ろうにも魔力は無限ではない。
勇者を殺すための魔力も必要になってくる。節約をしないといけないのですわね。
私は眉間にシワを寄せる。勝手に侵入して他者に見られたら面倒だ。
指をパチンと鳴らす。私の姿はうっすらと消えていく。
透明化だ。私の身体は空気と同化して見えなくなった。これで見つけられることはない。女神ならこれくらい朝飯前なのである。
本来なら飛んでいくところだが、ここは魔力を節約しませんと。
すぅっ……と息を吸い、静かに吐き出した。呼吸を整えて胸に手を当てる。
アキレス腱をゆっくりと伸ばす。大丈夫、私は女神だ。魔法なんかなくてもこのフェンスを超えることなんて容易い。
心の中で何度も呟く。
私はそっとフェンスに手を伸ばした。ギシッと音が響く。
っ……。思わず息を呑む。せっかく姿を見えなくしたのだ。
音を聞かれてしまっては意味がない。私はできるだけ息を殺して、フェンスにしがみつく。
ゆっくりと足をあげる。まるで押しつぶされたカエルのようにへばりついている。
くっ……、見られてないとは言え……。結構体力を使うことになりますのね。
腕がぷるぷると震え出す。これはお嬢様ビンタの素振りをして、腕の力をつけておくべきでしたわね。
心の中でひそかに後悔をする。なんとか足を金具部分にひっかけてゆっくりと登っていく。
なんとか跨ぐことができた。あとは降りるだけですわね。
背後を振り向き、辺りの様子を確認する。
ゆっくりと登っている間に時間が経っていたのか、それなりに人影が見える。
今、ここで飛び降りたら大きな音がしますわね。
そう思うと昼休みが終わるまでここで待機をしないといけない。
くっ……姿が見えないとはいえがに股で必死にフェンスにしがみつく。恥ずかしいですわね。
だんだんと顔が熱くなっていくことだけは実感する。
私は抱き着くようにしてフェンスに体を押し当てる。ギシッ……とわずかな音を響かせてしまう。
「……気のせいか」
男性の声が聞こえてくる。下に居た坊主頭の男子生徒がこちらを見上げたのか視線を感じる。
パンツ、見えてませんわよね。と心の中で呟く。
私は自分自身が透明化されていることを改めて確認する。
体がフェンスに食い込む。落ちてしまったら確実に気づかれてしまう。
そうなれば目立ってしまう。どうか気づかれませんように。
「どうしたんだ?」
先程の坊主頭の独り言に反応するように誰かの問いかけが聞こえる。
坊主頭よりも身長が高い。センターで髪が分かれているのか、わずかにおでこがちらりと映る。
友達同士なのだろうか、坊主頭の隣に立つ。
「いや、なんか音が聞こえたような気がして」
坊主頭は腕を後ろに回し、首を抑える。
そしてフェンスに体重をかけた。
「それって風の音じゃね?」
センター分けは手に持っているジュースに口をつける。
こんな場所で休憩をしているのか、和やかな声が聞こえてくる。
時間が経つのを待つだけ。そう思っていたが足も震える。
その振動が出来るだけ伝わらないように。心の中で祈りだす。
神様、仏様、私は女神ですけど、この状況どうにかしてくださいまし!
無意識に足に力が入る。フェンスはギシッという音を響かせる。
「やっぱ、聞こえね?」
私の響かせた音に反応をしてなのか、坊主頭はセンター分けに問いかける。
「俺らがもたれかかってるからその音じゃね」
センター分けはさらっと言葉を返す。
いいですわね、その応答。さぁ、疑問を感じずにここを立ち去るのですわ。
フェンスにしがみつく力が強くなる。
太ももをフェンスに押し付け、ビリッとスカートがフェンスに挟まったせいか破れる音が響いた。
「っ!!!」
思わず声を出してしまう。下唇を力強く噛む。私は恐る恐る下を向くと男子生徒たちが騒いでいる様子が目に入る。
まずい、どうにかしないと!目をぐるぐると回す。せっかく姿を隠したのにバレてしまっては意味がない。
「お、おい!今確かに聞こえただろ」
坊主頭の声が響く。私は少しでも声を抑えるべく、手のひらで口を紡ぐ。
「……確かに」
センター分けは再び飲み物を口にする。
「あぁ!!なんかいるのか、しかし何か破れたような」
それに引き換え坊主頭はキョロキョロと辺りを見渡している。
音のありかを探ろうと空を見上げる。
くっ……もし、ここで透明化の魔法が解けてしまったら……。
想像をするだけで背筋がぶるりと震えてしまう。見えていないはずなのに私の手は無意識にスカートへと伸びた。
バランスを崩しそうになる。スカートを抑えようとしていた手は再びフェンスを掴みなおす。
パンツが見えていようが今の私は透明、つまり見えないのだ。
私は左右に頭を振る。見えないのなら気にする必要がない。そう自分に言い聞かせる。
「破れるってここには何もねぇだろ……」
センター分けは坊主頭に対して呆れているのか。
小さくため息をつく。
確かに。何か音のありかがないと諦めないのかもしれない。
私はどうにかして男子生徒たちをこの場から遠ざけようと思考を巡らせる。
何かないか、何か。私はジッと坊主頭の尻を見る。
いいお尻だ。左右に割れていて……。ここでピンっと考えが思い浮かぶ。
そうお尻が割れているようにズボンも割ってしまえばいい。
破れたものがないなら、私が割ってしまえばいいのですわ!
私は誰にも気づかれないように小さく言葉を放つ。指先に魔力を集める。
できるだけ最小限で、魔力を無駄に消費したくない。
小さな光がポッと指に集まる。
私は鋭く睨みつけるような視線をお尻に向ける。
意識を集中させて、指の先をお尻へと標準を向けた。
力を飛ばす。光が一筋の透明な線になって男の尻へと放たれる。
ビリッ。光は見事坊主頭の尻に当たる。坊主頭はわずかにビクンと跳ねたように見える。
坊主頭はそっとお尻を抑え、ほんのりと頬を赤く染めている。
「……なぁ、ケツ触ったか」
坊主頭は隣にいるセンター分けに問いかける。
瞳をやや潤わせ、ジッと見つめる。ほんのりと甘ったるい空気が漂っているのがわかる。
何なんですの……、いったい。この展開は……。
単純に坊主頭が恥ずかしがって逃げ出すだけ。そう思っていましたのに……。
いや恥ずかしがってはいるのですが……。どういうことですの、なんでこのラブコメみたいな雰囲気になってますの。
「……んなわけねぇだろ……」
センター分けは呆れたかのように声を出す。
「だ、だよな……」
ほんのりと湿っぽい声を坊主頭は口にする。
目が離せない。私は2人に視線をむけてしまう。
この後、どうなってしまうのだろうか。私はゴクリと生唾を飲み込む。
まるで漫画の1シーンを見ているようですわね。
私はフェンスを掴む力が強まっていく。
「なんでそんな残念そうなんだよ」
センター分けは坊主頭を肩で小突く。
坊主頭は恥ずかしそうに頬をかく。
目線を泳がせ、言いづらそうに口元を緩ませる。
「……い、いやなんつーか尻に違和感があってな」
尻を抑えて、視線を自分のお尻へと向ける。
だけども破れたところは見えないのか、腰をくねらせている。
「お、俺……見ようか」
「えっ」
センター分けはそっと坊主頭の背後に回ろうとする。
坊主頭は小さく声を上げ、逃れようと回る。
「おいおい、逃げたら見えねーだろ」
「だって、恥ずかしいだろ」
坊主頭の頬がさらに赤く染まる。
私はゴクリ……と音をたてて生唾を飲み込む。
まぁ、いけません、いけませんわ、こんなところでおっぱげようなんていけませんわ。
もっと近くで見たい。そう思っていたのか身体は自然と前へ前へと重心が移動する。
ヒュッ……と風の音が聞こえる。
急に坊主頭とセンター分けの姿が大きく映りだす。
下を見ると何もなく、私の身体を支えているモノは何もない。
あるのはただいちゃついている2人が見えるだけ。
私は咄嗟に何もないを蹴る、少しでも宙に浮かなければ……。
魔法を使おうと魔力を唱えるのも束の間、間に合わない。
私の身体は一気に下っていく。ドスンと大きな音を響かせた。
「な、なんだ……。今の音……!?」
流石に音が大きすぎたのか、坊主頭は飛び上がる。
お尻を抑えていた手を退けて、勢いよく私が落ちた場所を覗き込んだのだ。
「っ……」
私はまず状況を確認する。自分の中の魔力を確認する。
よし、姿は……隠れていますわ。それなら出来るだけ音を出さないようにすればいいだけですわね。
私は必死に手で口を塞ぐ。
息を殺して、この坊主頭が立ち去るのをひたすら待つ。
坊主頭はジロジロと辺りを見渡す。草木をかき分けて何が起きたのかということを必死に探している。
あぁ……、なんでこんなことに……。たかが学校に忍び込むだけだったのに。
素直に魔法さえ使って忍び込んでいたらこんな苦労をせずに楽々だったですわね。
ただ後から勇者と対決をすることを考えたらできるだけ魔力を溜め込みたかった。それだけですのに。
下手に労力を抑えようとしたら返って大赤字ですわ。
私は目を閉じる。必死に祈りを捧げる。
まさか、自分で自分に祈りを捧げることになるとは思いませんでしたわ。
どうかばれませんように……。
握りしめる力がさらに強まる。