キキーッ、ドン!!
キキーッ、ドン!!
私の身体は大きく揺れる。
シートベルトによって身体はしっかりと抑えつけられる。
ブワッとエアバッグが膨らみ、私の身体にかかるはずだった衝撃を抑えてくれる。
さらに私は女神だ。故に不思議な女神パワーにより身体へのダメージはまったく感じない。
「やりましたわ!?」
エアバッグ越しに、ハンドルを握りしめた手は震える。
手のひらには汗が滲み出た。
私は恐る恐る抱きしめていたエアバッグから顔をあげ、外の様子を確認した。
トラックは確かにぶつかった。壁に勢いよく、車体がぐしゃりと潰れていた。
私は眉間にシワを寄せる。目を凝らして何かを巻き込んでいないかを確認する。
万が一、ターゲットの人物以外を巻き込んでいたら大変だ。
だけど、そこにはターゲットとしていた人物の姿すら見当たらなかった。
「あら、見当たりませんわね……?」
私はシートベルトを外して、トラックのドアを開ける。
そしてその場に降りた。人通りのない路地裏、あるのはトラック一台のみ。
「おかしいですわね……」
私は縦に巻かれている髪の毛を指先に絡める。
「何がおかしいんだよ」
背後から青年の声が聞こえた。
私はエレガントに振り返る。くるっと回り、スカートがふわりと浮く。
「あら、ごきげんよう」
私はスカートの裾を持ち上げて、ゆっくりと頭をさげる。
「何がごきげんよう、だ!」
青年は腕を組んでいる。
片足でトントントンと地面を叩く。
私は顔を上げて青年の表情を見つめる。
青年の頭が動く。目を大きく見開きこちらを睨みつけているようだ。
くだらない。私は内心、そう思った。
だけど表に出しては話はこじれるだけ。
私は手のひらで釣りあがる口元を隠す。
「ふふ、そうでしたわね」
私は一歩ずつ、足を出す。
カツカツと地面を踏み鳴らす音が周りに響き渡る。
青年は瞬きを忘れたかのようにこちらを見つめている。
私はそんな場の雰囲気を少しでも和らげようと青年を見つめ返す。
目と目が交わったのを感じ取ると、私はにっこりと笑みを浮かべた。
「さっさと死んでくださらない、私も暇じゃなくてよ」
青年は声を張り上げる。
甲高く、耳がキーンとなるような騒がしい音だ。
目を丸くし一歩後退る。こちらを警戒しているのか、すぐにでも逃げ出すことができるように一瞬だけ遠くに視線を向けた。
「はぁ!!?毎回、毎回、殺しにきやがってよ。俺に何の恨みがあるってんだよ」
「別に恨みはありませんでしてよ、むしろあなたには感謝していますわ」
私は心からの感謝を口にする。嘘偽りはまったくない。
女神は古来より嘘をついてはいけないと決められているのだ。
「だから、その感謝の気持ちを伝えるべくして転生ですわよ」
「転生なら既に一度経験した、勇者として世界を救っただろ」
「えぇ、そうですわね。だけどそのお礼をしていませんわ。」
私はパチパチと手を鳴らす。
くるりと回り、私は背を向ける。
「どうやら、皆。転生というモノに憧れがありましてよ」
クスリと笑みがこぼれる。
指先を天に向け魔力を溜める。トラックのタイヤは勢いよく回転する。
「この女神アルテの名のもとに勇者を再度転生させますわ、だから安心してお眠り遊ばせ」
私は再び青年もとい勇者の方へと向き直った。
私は勇者を指差し、背中に翼を生やす。翼を大きく動かすと体がふわりと宙に浮く。
翼は大きめの風を地面にたたきつけ、私は宙に浮いた状態を維持し、勇者を見下ろす。
勇者は私の姿に呆気に取られていたのか口をポカンと開けている。
ふふ、愉快ですこと。
力が充分に集まったからか、トラックは後ろ向きのまま神城の方へと急発進していく。
「……っ、あぶねぇ!」
流石、元勇者というべきだろうか。
勢いよく跳ねた。地面を思いっきり蹴り上げて、飛ぶ。
トラックを楽々飛び越えるほどの高さまで跳躍して見事私の攻撃を避けたのだ。
ビルに激突。荷物を出し入れするための扉は砕けて凹む。
砕け落ちた一部は破片となり、飛び散った。
私は思わず下唇を噛む。
「っ……。避けたら転生することができませんでしてよ!」
「だから、転生したくないって言ってるだろ」
勇者はため息を吐いた。そして、トラックの上に着地。
私の行動に警戒をしているのか、苦しい表情を浮かべている。
「なんで俺を転生させようとするんだ……」
勇者は視線を下げる。私と目を合わせようとしない。
まるで時が止まったかのように場は静寂に包まれる。
勇者が息を呑む音が聞こえる。何かを決心したのか、顔を上げ私の目を見つめ直す。
「また、以前の世界がピンチなことにでもなったのか?」
「いえ、平和そのものでしてよ」
「へ……?」
勇者は一歩前に出たのか、足を滑らせた。
ズッコケ、テレビでよくお笑い芸人が転げ落ちるような。
そんなリアクションを披露する。
「じゃあ、なんで転生させようとするんだよ!」
勇者は勢いよく起き上がった。
「ふふ、これはサービスでしてよ」
「サービス?」
「えぇ、見事世界を救った勇者に褒美を与えるのですわ」
私は指先をビシッと勇者に突き立てる。
ふふんと鼻を鳴らす。目にキラリと光が宿るのを感じた。
胸を突き出し、大股になるように足を開いた。
「……、……」
勇者は何も反応しない。
私はチラチラと神城の目を見ようと視線を送る。
あれ、おかしいですわね。常人ならここで私を崇拝するかのような反応を示すはずでしてよ。
心なしか額には汗が滲み出てきた。
「いや……」
「……いや?」
私は勇者の言葉を繰り返す。
生唾を飲み込み、次の言葉を待った。
「別に転生したくねーけど」
「それ、本気で言ってますの~~~~~~~!!?」
私は思わず叫んでしまう。
勇者は耳を手で塞ぐ。少しでも音を遮ろうと力強く手のひらを耳に押し当てた。
「うっせー、さっきからずっと言ってるだろ」
「でもでもそれは転生ジョークだと思いましてよ」
「なんだ、そのジョークは」
「な、なんでですの!?どうして、ですのー!?」
私は思わず勇者の腕を掴む。ゆさゆさと、体を揺するように力を入れる。
「いいだろ、別に」
私の腕を振りほどく。勇者はぶっきらぼうに呟く。
少しは意識をそらせただろうか。
勇者は過去に私が管理する世界を救うべく召喚された転生者の一人だ。
召喚され、持ち前のノリの良さと。レベルアップ系チートで無双。
闇に支配された人々とぶつかり、見事浄化を果たした。
だけど世界を救った後、彼は他の転生者と違い元の世界に戻ることを願った変わった人種だ。
思い返してみたら転生したくないという発想は全然不思議ではない。
だが、私は彼を転生させなければならない。
彼は呪われている。
この呪いは病気のように周りに感染していく。
以前、彼が救った世界もこの呪いが原因で崩壊していた。
人々は理性を失い暴走する。黒いモヤみたいなものに覆われて人々に襲い掛かる。
その暴走を勇者は止めていた。だが、この世界には暴走を止める人はいない。
だから早急に転生させて勇者をこの世界から消さないと。
私は次の攻撃に備えて力を溜め込む。できるだけ勇者に気付かれないように。
指先に魔力が溜まっていくのを感じる。私はその指先を近場にあるビルへ向けた。
「よくないですわ、せっかく転生チャンスですのに!!」
私の声と共に窓ガラスが割れ、飛び散る。
破片が雨となって勇者の元へと降る。勇者は地面を蹴り、背後へと避けた。
「だからって……殺しに来ることないだろ」
「うっせえですわー!!!」
私はそのまま駆け出す。隠し持っていたナイフを手に取り、勇者の方へと向かう。
ナイフを突き出し、勇者の身体を狙う。
勇者は一瞬だけ目を大きく見開く。そして私のナイフを持っていた手を掴む。
私の首筋にまで腕を回す。
「あがっ……」
腕が自由に動かすことができない。
私は持っていたナイフを勇者から取り上げられた。
「この、離しなさい!女神に対して失礼ですわよ!」
私はなんとか体を動かそうとするも無理だった。
勇者を睨みつけるように見つめた。
「……なんでそんな殺そうとするんだ?」
「転生させたいだけですわよ」
「だけど、この世界に戻してくれたのは女神様だったろ」
「……っ」
その通りである。私が、勇者に頼まれてこの世界に戻した。
その時に何も確認せずに戻してしまった。このことがバレてしまったらお父様になんて思われるか。
私は指先で糸を引くかのように指を動かす。
目の前にあるトラックのエンジン音が鳴り響いた。
勇者は眉間にシワを寄せる。苦虫を噛み潰したような顔をして私を睨みつけた。
「……お、おい。な、何をするつもりだ」
驚いたためか、勇者が私を抑え込む力が弱まる。私はその隙をついて勇者の拘束からするっと抜け出した。
僅かに距離を取り、仁王立ち。手を口元に当てて高らかに笑う。
「おーっほっほっほ!甘すぎますわね、行きなさい。トラック」
ブロロロロロと騒々しいエンジン音を響かせてトラックは再び勇者へと突撃していく。
勇者は背後に飛ぶ。トラックにひかれないように。こちらの様子を伺っている。
今のままじゃ、転生をさせることは難しそうですわね。
私は胸の中でそう呟く。拳を握りしめてトラックのブレーキをかける。
キキーッ!
ぼっこぼこになったトラックが私の目の前に止まる。
「ふんっ、今日のところは退散いたしますわ」
私はスカートについた埃を振り払う。
「何度来ても殺されかけるのは勘弁だ……」
勇者は小さくため息を漏らす。
「そうおっしゃらずに、転生してくださいませ」
「誰がするか!」
勇者は私の回答に対して大きな声を出す。
腕を組み、視線を背ける。が、こちらを気にしているのかチラチラとこちらを見る。
「せめて、転生させたい理由を言ってくれ。そうしたら協力ができるかもしれない」
「……」
私のミスであなたをぶち殺します。お詫びに転生させますので死んでくださいませ。
なんて言えるはずがない。それに勇者といえ、人間……私から見たら消耗品の一種。
わざわざ消耗品に事情を話す必要はないし。この世界の人間は心の中で転生を望んでいるものだ。
チート能力を得て無双。異性にモテモテハーレム。スローライフでのんびり過ごす。
今まで数多くの転生者が望む世界に連れていった。今回も同じようにするだけだったはずですのに。
「さてと、それじゃそろそろお暇しますわね」
私は勇者の言葉を無視した。
「いや、無視するなって」
「ずいぶんとお元気ですこと、これじゃ転生なんてさせることができませんわね」
クスクスと小さく私は笑う。
「ごめんあそばせ、出直すことにいたしますわ」
スカートの裾を持ち上げ、勇者へと会釈をする。
指をパチンと鳴らす。トラックのドアが自動的に開いた。
私はそのままトラックに乗り込む。
勇者を転生させるには一度作戦を練る必要がありそうだ。
手をパンパンと叩く。トラックのドアは自動的にしまった。
私は目の前にあるハンドルを力強く握りしめた。
『お嬢様、本日はどこにお戻りでしょうか』
トラックに備え付けてあるラジオ部分から声が聞こえてくる。
渋い男性の声だ。
「爺や、このまま天界へ帰りますわよ」
私は声の主に答えた。
『かしこまりました』
私はその返答を聞き、アクセルを踏む。トラックは謎の光に包まれていく。
「お、おい!待て」
勇者の声がトラックの外から聞こえてくる。バンバンと車体を叩く音が響く。
だけど関係ない、エンジンをふかす。音がさらに響いていく。
トラックはそのまま発車、異空間へと消えていく。
『お嬢様、こちらに到着する前に後処理をしませんと』
「そうですわね」
指をパチンと鳴らし、女神のパワーにより全て修正する。
散らかったガラスや瓦礫、凹んだ壁。全て元通り。ついでに私が今乗っているトラックも。
後片付けをするのは淑女の嗜みですわね。
そう心の中で呟く。得意げな顔をしてトラックを走らせる。
『そう得意げな顔をするのは仕事を終わらせてからにしてほしいものですね』
「うっさいですわ!」
私はハンドルの真ん中を思いっきり叩く。
『ぶっぶー』
トラックから渋めの音が鳴り響く。
男性の声に聞こえるものの、これはトラックのクラクションである。
私の執事兼トラック。女神を支えるサポート役、いわば相棒だ。
少し口うるさいものの生意気な口を叩くときはこうやってクラクションを鳴らす。
「いいこと、また変なことを言ったら鳴らしますわよ」
ふんっと鼻を鳴らす。そのまま、足元にあるアクセルを踏む力を強めた。
トラックは加速していく。しばらく先へ進むとそこには光が見え、その場所へとたどり着くのだった。