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短編小説

歌姫

作者: 雨宮雨霧

透き通るような歌声がとても好きだった。

私だけしか知らない歌姫。

彼女の歌を聴いたらきっと、みんな虜になるだろう。


白いフリルのついたワンピースを着て、雲の髪飾りを付けた僕のためだけに歌ってくれる君。

ずっと聴いていたい。

ずっと聴いていたかった。


彼女に出会った場所はかなりの山奥だった。

倒れた木を乗り越え、生い茂った草花を手でかき分ける。

汗を拭いながら歩いていると、深い緑に囲まれたきらきらと輝く湖に着いた。

湖に浮かぶパラグアイオニバスの上に君は居た。


足を止め、君を観察する。

丈の長いワンピース。黒くて長い髪。

白いヒールには大きなリボンが付けられている。


君はゆっくりと振り向いた。

「この場所に人が来たのは初めてだわ。」

そう言った。


白い肌に長いまつげ。

優しく微笑む君はとても美しかった。


「えっと…なんで葉っぱの上に?」

頭が混乱して変な質問をしてしまった。


「ここは私にとってステージなの。」

笑いながら教えてくれた。


「一曲歌ってもいいかしら?」


私はぜひ、と言うのが精一杯だった。

君が歌いだして、私はすぐに心を奪われた。

ずっとこの歌声を聴いていたい。

柔らかな優しい声。

高いキーを顔色変えずに歌う。


「聴いてくれてありがとう。人の前で歌うのは初めてだったの、初めてをもらってくれてありがとうね。」


「こちらこそありがとうございます、こんなに素敵な歌声を聴かせてくれて…!」


談笑していると、日が落ちてきた。

夕焼けに照らされる湖も君もすごく美しい。


「もう夜になっちゃうね。暗くなる前に帰りなさい。」

寂しそうに言ってくるものだから、明日も来るからと口走った。


「待ってるね。おやすみなさい、あたたかくしていい夢見るんだよ。」


「暑いからあたたかくして寝れないよ笑 おやすみなさい。」


君の姿が見えなくなるまで、何度も振り返りながら手を振った。

手を振れかえしてくれた時、すごく嬉しくて笑顔が溢れた。


それから毎日、湖に通い続けた。

君の歌を聴いて、たくさん聴いて。

録音していいかと訊くと絶対に無理だと言い張るので諦めたり。

充実した毎日だった。

楽しかった。幸せだった。


なのに、君は言う。


「私、明日からここには来れなくなった。」


「え?待ってよ、嫌だよそんなの。理由はなに、なんでなの。」


「ごめんね、本当にごめん。」


君は泣いた。

私も泣いた。

この世の終わりかのように。


「私は人間じゃない。本来ならあなたは私のことが見えないはずだった。」


君は死んでいた。とっくの昔に、ここで。

君が死んでから、誰もこの場所には来なかった。

来たとしても姿が見える人なんて居ない。


だけど私は違った。

この湖に辿り着いて、君の姿をはっきりと見た。

今もここに歌姫が居る。


「あなたのお陰でやっと天国に行ける、ありがとう。」


「天国に行っても歌ってね、私のために。」


君は初めて葉っぱから降りて、私のもとに来てくれた。

そして抱き合った。

肩には涙が落ちる。

君は温かった。霊だなんて信じられない。


「これ、あげる。」


君は雲の髪飾りを私の手に置いた。


「私のこと忘れないでね。大好きだよ。」


そう言って君は消えた。


手に残された雲の髪飾り。濡れた肩。

地面に蹲って私は泣いた。


今もまだ君の歌声を思い出す。

雲の髪飾りは机に飾っている。


君はまだ生きてる。


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