第8話
ジャンル学園で分類しているくせに学園があんまり舞台になってない!
ジェットコースターは、はっきりいって得意じゃない。
別に乗れないわけではないが、自分から進んで乗ることはしない。下るときのあのフワッとした感覚が気持ち悪いからだ。
「春樹お兄ちゃん、だいじ………」
「う、うん、大丈夫」
嘘です。ごめんなさい。気持ち悪くて朝食べたものが戻ってきそうです。
うっぷ…。
「次はどれにする?」
黙ってたら本当にリバースしてしまいそうだ。
喋って誤魔化す。
「あれがい…」
月子ちゃんが指差したのはミラーハウス。サブタイトルのように“鏡の大迷宮”と看板が掲げてある。“大”と書いてあるわりに建物は大きくない。そういうコンセプトなんだろう。簡単な迷路に決まってる。
「じゃあいこうか」
「うん…」
というかホント、月子ちゃんは大人しいな。冴草にも見習ってほしいもんだ。そうすれば僕だって…。
ん?
僕だってなんだってんだ。いかんいかん。今は冴草の居ない平和な時間を満喫できるチャンスじゃないか。あの暴力女は取り合えず置いておけって。
「……………」
「…な、何? 月子ちゃん? …あ」
いつの間にか立ち止まっていたようだ。女の子を妄想して動きが止まるとは情けない。
「他の……ヒト考えてた………」
いつも以上に小さな声で月子ちゃんが言う。
「え? 何を考えてたって?」
「……………」
月子ちゃんの口だけが動いてる。
残念ながら読唇術の心得はないんだよ。
「チャンスは…………!」
なんか意気込んでるみたいだけど、やっぱり聞き取れないなぁ。
横に立っていた月子ちゃんが僕の前に出て、スカートを翻しなが振り返る。
「早く行……」
「え? あ、うん」
僕は月子ちゃんに腕を引かれ、ミラーハウスのところへ連れていかれた。
その時は考えてもいなかった。これから面倒事が起きるなんて。
「正直参った」
「………」
月子ちゃんが僕を見ている。
「参った」
迷った。
「まさか迷子になるとはなぁ」
嘗めてかかった結果がこれだよ! 本当情けないね。壁全てが鏡ゆえに、正面だけ見て歩いてたら道が分からなくなってしまった。
鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美し…、じゃなくて、出口は何処ですか?
って答えてくれるはずもなく。歩き続けること十余分。パーフェクトに完全無欠に非の打ち所無く迷子です。迷子の迷子の子猫ちゃんと猫ですよ。ドッグポリス居ませんか?
あ、家に連れて帰ってもらっても意味がない。
「また行き止まりか…」
進んでは三方を壁。進んでも三方が壁。どこか分かれ道ありました? 同じところをうろうろしてるんだろうけど、何処に行っても同じにしか見えないよ。やっぱり天井を見て行動すべきだったかな。安全性のためなのか天井と床には鏡がはってないので、そこを見たら通路は分かりやすい。
本当に大迷宮だよ。
「ん?」
よく見たら行き止まりの壁に看板みたいなものがある。
『聖なるバリアを砕くミラー4th』
なんか某カードゲームのあれに似つかわしいネーミングだな。
更によく見ると、鏡の壁にうっすらと切れ目が入っている。壁に触れてみるが何も変わった様子はない。
「押して駄目なら………」
「引いてみろって?」
月子ちゃんの言う通り引っ張ろうと試みるが、何せ掴む場所がない。引こうにも引けないよ。
「引き戸…」
月子ちゃんが壁に手を触れると、鏡の壁が横にスライドして、その先に新たに小さな部屋が出現した。
「おおすごい! こんな仕掛けがあるんだ!」
「パンフレット見……」
「パンフレット?」
入場口で貰ったパンフレットを開いてみる。
園内のマップだ。
横から月子ちゃんが覗き込み、マップの端っこを指差した。
小さな文字で何か書いてあるな。
「トレジャーランドに隠された秘宝を探し出せ! それは物だったり、場所だったり、人物だったり。数々のお宝が君を待っている! さあっ! レッツトレジャー!」
声に出す意味はなかったが…。
だけどなるほど。この部屋はトレジャーというわけか。トレジャーランド、意外と味な真似をするじゃないか。
「入ろうか」
月子ちゃんがコクンと頷く。
意気揚々と隠された部屋に入る。そこも一面鏡張りで、今までの通路と変わったところはない。しかも5メートルほど進んだところで行き止まり。
秘宝と言えるものなのかどうか甚だ疑問だ。
月子ちゃんも困惑したようにキョロキョロしている。
「なんか拍子抜………」
「うん」
『聖なるバリアを砕くミラー4th』と銘打って、何もないというわけ無いはずだけど。
んん!?
よくよく見ると他とちょっとなんか雰囲気が違うな。
「あっ!!」
わ、分かった! 『聖なるバリアを砕くミラー4th』の意味が!
「つ、つつ、月子ちゃんで、出よう!」
わわっ! 焦りすぎて言葉が詰まったぞ!
月子ちゃんが不審そうに首を捻っている。突然慌てて出るとか言い出せば当然だ。
でもここはなんとしても『気づかれる前に』出ていかなければならない。穏便かつ平穏な時間を送るために、いまここで気付かれてはならないのだ。
「でも、入ったばっ…………」
「い、いいから早く出よう!」
腕を引っ張って強引に連れ出そうとするが、月子ちゃんは断固としてその場を動こうとはしなかった。
だからその場所に居るのがまずいんだって! 少しでいい! ほんのちょっとでいいからそこを動いて!
「春樹お兄ちゃん、変…」
僕は健全な男の子だぞ! 変にもなる! ああ、このよこしまな気持ちが溢れる前にそこを退いてください!
あ、いや待て。僕が出ていけばそれで済む話じゃないか。月子ちゃんは気付いてしまうかもしれないが、気付いた瞬間その場に居合わせるよりはるかにマシだ。
「じ、じゃあ、僕は外で待ってるから…」
今度は月子ちゃんが僕の腕を掴む。逃がさないといった瞳で僕を見ている。後生だから逃がして! この場から遠ざけさせて! 畜生! 何が秘宝だ! こんな気まずい気持ちにさせる秘宝なんて、悲報を呼びそうな秘宝なんていらない!
「うぷっ…」
鼻の奥から熱いものがつたってくるのが分かる。見ないようにしていたのに、どうしてもその秘宝に目が行ってしまう。男だ。仕方ないと言えば仕方ない。反応してしまうのも仕方ない。だがこれは、生殺しだ。
顔を押さえて屈み込む。これでいろんな気持ちを誤魔化せる。はず…。
「だ、だいじょ……!?」
と言って月子ちゃんも僕の前で屈んだ。
うん、気持ちは嬉しいんだけど、視覚的にも嬉しいんだけど、今君は僕の病状を悪化させていると気付いているのかな?
ふわふわしてるのに普段は鉄壁ともいえるその布が、この部屋に入った途端に崩れ去ったのだよ。君の気づかない間にね。本当に恐るべき秘宝だよ。『ミラー4th』。
「………あ」
ついに月子ちゃんも分かったみたいだ。秘宝の在処が。
答えは単純。名前の通りなのだ。ミラー4th。四つ目の鏡。僕らは今どん詰まりにいる。普通の迷路で言うならば、退路以外三方を壁に囲まれた状態だ。ここはミラーハウスなのでその壁は鏡となる。つまり、三つの鏡がその時点で存在することになる。そこにこの秘宝のヒントはあるのだ。左右と前方、そこが鏡。後方は通路なので鏡は無い。さて、ここで残りひとつの鏡を何処に持ってくるか。前後左右の可能性を絶ったので、更に答えは導きやすくなった。残念ながら僕はうなじフェチではないので、上に鏡があったところでこんな状況に陥ることはない。
ならば答えはひとつ。『聖なるバリア(スカート)を砕く四つ目の鏡』。下、だ。
月子ちゃんの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。でももう遅い。僕の目にはしっかりとその青い横縞が焼き付いている。
…でもね、悪気はなかったんだ月子ちゃん。それだけは信じて。
「¥$%#&@☆★!!」
月子ちゃんは声にならない悲鳴をあげて立ち上がる。
まって!
それじゃあ余計に!
「あ…ああ…」
見上げる僕。
見える横縞。
「つ、月子ちゃ…」
次の瞬間、僕は月子ちゃんの渾身の蹴りで顔を蹴り上げられた。
これも冴草からやられた慣れだろうか。不思議と痛くはなかった。本当に痛かったのは、その後床で後頭部を強打したときだった。