第3話
ノリと勢いだけで書いてみたけど、どんな方向に行くんだ、これ…?
春休みは短いものだった。
あっという間に時間は過ぎて、もう始業式だ。今日から高校二年。
この長い坂を上れば高校に着く。
そして、そこでまず待っているのはクラス替え。
そう。あの日から僕は一日たりともそれを欠かさなかった。僕を蹴り飛ばしたあの女生徒と一緒のクラスになりませんように。信じてもいなかった神様に毎日祈った。
もしこの願いが届かなかったら僕は祈った日数分神様を殴ってやる。
そうそう。僕はその女生徒を一応調べた。
名前も知らず、ただ蹴られたというのは凄く腹が立ったから。
冴草兎卯子。
当時僕のクラスはA組。対して彼女はD組。同じ階の端と端のクラスだった。どうりで知らないわけだ。
だが、問題はそこじゃなくて、その冴草がとんでもない暴力女だということだ。三年の不良グループをたった一人で伸したらしい。まぁ、正当防衛であったらしいが。とにかくその不良グループのリーダー格であった沢木という男子生徒が、冴草に目をつけてしつこく付きまとったらしい。こう言うのは不服だが、実際冴草は美人だ。僕も一目惚れしてしまいそうだった。だからその沢木の行動も頷ける。しかし、沢木はやり過ぎた。強引に冴草に迫ったらしい。結果、ボコボコに伸されてしまったと…。
「うっ…」
治ったはずなのに頭が痛む。だが僕は、いや、俺は負けないぞ!
と、意気込んでみたのだが…。
クラス分けを見て愕然とした。
自分の名前と、もうひとつ。あってはならない名前。
冴草兎卯子。
マイガッ!
神よ! 覚悟しておけ! 今からテメェをぶん殴りに行ってやる! いいか、例えその道に如何なる困難があろうともすべて捻り潰して貴様の下に辿り着いてやる!
「よおっ、タイソン。今年も同じクラスだな」
後ろから良介が出現。肩を組んでそう言う。
「あ、そうなんだ」
冴草のところばかり目がいって見えてなかったよ。
「その様子じゃ、僕も同じクラスだということを見落としてそうだね」
「陽太もか! やったね!」
知り合いが居ると随分と未来が明るく見えるもんだ。こりゃ今年も楽しくなりそうだな。
って…
んなわけねーだろ!!
「つうかさ、俺らの名前見ないでどこ見てたわけ?」
「確かにスカートからのびる女の子の足は気になるけど、そんなところばかり見てちゃダメだぞ春樹! はっはっは」
このエロ眼鏡。
「違うよ。あそこ見ろって…」
掲示板に張り出されているクラス分けの表を指差す。
「冴草ってあるだろ? 僕を蹴り飛ばした奴だ。あんな兎の皮を被った暴力女と同じクラスなんて最悪さ。もう、未来が見えないね。悪魔、いや、もう魔神ぐらいなレベルだよ……。って、あれ?」
良介と陽太がなぜか距離をおいて冷めた笑顔を浮かべている。
身ぶり手振りジェスチャーで何か伝えようとしているようだけれど、分かるわけないだろそんなタコ踊りで。
「悪かったわね、暴力女の魔神で」
「ふぇ?」
後ろを振り返るのと同時に僕の横を風が掠める。
そこにはチェックのスカートを揺らしている冴草の姿。
一瞬で何があったか全然分からなかったぞ。
「っち…」
なんて舌打ちしやがる。
「な、何だよ! 僕に何の恨みがあるってんだよ!」
「無いわよ」
ふ・ざ・け・る・な!
女じゃなけりゃ、好みのタイプじゃなけりゃぶっ飛ばしてる!
「あんたが悪口言うから…」
「やっぱ恨んでんじゃねぇか!!」
「何よ。文句あるならまた蹴っ飛ばすわよ」
「うるさい! 二度と蹴っ飛ばされてたまるか!! もう僕に構わないでくれ!!」
「ふーん。でも残念。私たち同じクラスみたいよ?」
「んなこと知ってるよ!」
「あら、ちゃんと私の名前探してくれたんだ」
ニヤニヤ笑いながら冴草は顔を近づける。
いや、ち、近い近い近い! っくそ! なんでそんなに可愛いんだ! なんでそんなに僕の好みの容姿なんだ! 中身は悪魔のクセに!!
「あれ、顔が赤いよー? 風邪でもひいてるの?」
「か、風邪なんかひいてないって!」
「ふーん、じゃあなんで赤いのさ?」
そう言って冴草はますます顔を近づける。もう引っ付きそうなほど近いです。
あ、口臭くないかな…。
ってそんなこと気にしてる場合じゃねぇっつうの!
ええい、落ち着け僕、いや俺! しっかりするんだ。こういうときは素数を数えて。1、2、3、4、5…、素数って何だっけ?
馬鹿か俺! 何? ただの数列じゃねぃでぃすか。
うわっ、思考なのに噛むとかあり得ん!
「そうそう、あんたの名字の読み方『おおむら』でいいの?」
冴草は顔を離した。
「え、あ、ああ…」
「じゃあ春樹は、『しゅんき』?」
「そのまま『はるき』でいいんだよ」
「なるほどね。忘れなかったら憶えとくわ」
「なんだそれ…?」
憶える気無いな。
でも難しい名前じゃないと思うんだけど…。
「もしかして馬鹿?」
「はあっ!?」
ヤベッ、失言。
「少なくともあんたより勉強できるわよ」
「そ、それはようござんした…」
「………また蹴るわよ?」
「ごめんなさい」
これと一年間クラスメートだなんて地獄だ…。