第2話
最初だけ連投。
日本人。
男。
普通の高校生。
好きな食べ物は鯖の味噌煮。
見た目も普通。
成績も普通。
運動神経も普通。
友達は多い方。
だと思う。
大村春樹。
僕にはそんな固有名詞がついている。
珍しくともなんともない普通の名前だ。
そんな僕を皆は親しみを込めて『タイソン』と呼ぶ。
某有名なあの方とは違う。
でも皆からはそんな風に思われていない。
かもしれない。
さて、そんな僕がなぜあんな状況に陥ってしまったのか。それから伝えていこうか。
それは春休みになる少し前。
僕には大きな転機が訪れた。
朝、下駄箱に入っていた白い封筒。
僕の偏った分析パターンを当てはめると、そこから導き出される答えは…。
「果たし状?!」
悲しいことにそれには心当たりがある。日々それに怯えて過ごしていた。なので真っ先に挙がった答えはそれだった。
中身を確認しようとして封筒を裏返すと、なんとも可愛らしいシールで開け口が止められていた。
それによって導き出される可能性は。
「秘密組織からの手紙?!」
と口にして思わず苦笑いした。
さすがにそれはあり得ない。現実と虚構の区別くらいできる。僕は常識人。
じゃあ別の可能性は…。
「なんだ、ラブレターか?」
「うわっ!?」
後から良介が覗いていた。
谷田良介。成績は常に下位。だけど運動神経は抜群にいい。不良っぽい奴。
良介とは高校に入ってからの仲。最初は取っつきにくかったけど、今ではいい友達だ。
「ラブレター?」
それって都市伝説じゃないの?
「これは興味深い事件だね」
「うわっ!?」
良介に気をとられていると、下からニョキッと陽太が現れる。
片山陽太。成績はいいけど、運動神経は人並みの眼鏡君。
陽太とは小学校の頃から遊んでいたのが腐れ縁でここまでやってきた。
気心の知れた奴だ。
「人々に恐れられているタイソンにラブレターを出すなんて、どんなゴツ子だよ」
「開けてみてよ」
「間違いかもしれないんじゃ…」
「それはないよ。ここにタイソン様へって書いてあるし」
封筒の片隅に小さな字で確かに書いてあった。タイソンというあだ名はわけあって学校のほぼ全員が知っている。
だけど、仮にラブレターだとして、あだ名の方でこういうものを書かれるのは、個人的にとても悲しい心境で、つまりそれは本名の方が曖昧になっている証拠で、涙が出そうです、お母さん。
二人に促され、僕は仕方無くその封筒を開く。
中には一枚の手紙が入っていた。
それを見て僕たちは凍り付く。
『お話ししたいことがあります。詳しいことは放課後屋上で』
中身は呼び出し。内容も至って普通。
問題はそこじゃない。
書き方だ。
文字は鉛筆ものでも、はたまたボールペンのインクで書かれたものでも無い。
墨。
文字は墨を使い、筆で書かれたものだ。しかもただ書いたんじゃない。これでもかというくらい気合いがこもった文字で紙からはみ出さんばかりの勢いで墨を撒き散らしながら書かれていた。
これは、どう見ても果たし状的な何かではないのか?
「は、はは、なんだよこれ…」
良介が乾いた笑いで一歩引く。
「はは、自分の名前を書き忘れるなんてあわてんぼさんなんだねー」
陽太が棒読みで言いながら一歩引く。
「ちょっ! 僕を見捨てないで!」
「HR始まるから急げよー」
逃げる二人を見送りながら僕は途方に暮れる。
右手に握られた手紙。
これ、どう見てもラブレターじゃない! 果たし状でしょ!?
くそう、せっかく可愛らしい封筒でカモフラージュしていて、どうして中身がこれなんだよ! 不意討ちにも騙し討ちにも使えないぞ! せめてもっと期待させろ!! 責任者出てこい! 出てこないなら片っ端から千切っては投げていくぞ!
と、心の中で一頻り叫んだ後、僕は項垂れながら教室へ向かった。
授業はまるっきり頭に入らなかった。
放課後の事で頭も僕もいっぱいいっぱい。
だけど、受け取った以上行かなければならないだろう。
逃げるという手もあるけど、果たし状だった場合、後のことを考えると怖い。
そして、もしかしてラブレター的なもの、もしくは単なる呼び出しだった場合。行かないのは相手に失礼である。
結果、どっちにしろ行った方がいいという答えが出ました。南無三。
こうして舞台は放課後の屋上へ。
ここで僕の下がっていたテンションはあっという間に跳ね上がる。
だって、そこに居たのは女の子。
身長は僕より少し低い。ふわりとした長い髪の毛を風に揺らしながら、グラウンドを見下ろしていた。
「あの…」
なんと声をかけたらいいのか分からず、出た言葉はそれ。しかも緊張のせいか、少し裏返っていた。
その声が届いたのか、女の子は振り返った。
風で長い髪が女の子の顔を隠す。それでも邪魔だとは思わなかった。
夕日に照らされたその姿は、見とれるほどに綺麗だった。
「タイソン…、さん?」
が、そのあだ名が現実へ呼び戻してくれた。
「う、うん…」
若干下がったテンションを隠しながら返事する。
「来てくれてありがとう」
「う、うん。それで、話って?」
早々に話を切り出す。
でないと一目惚れしちゃいます。
「あ、はい…」
暫しの気まずい沈黙。
そして女の子は口を開いた。
「あの、わ、私、あなたが、す…」
というところまで言って急停止。
「私は、あなたが、すぅっ!」
また急停止。
「すっ、すすす、すっ、はぁー…」
え、なんの呼吸法?
けれども、「す」ってなんだろう。「す」といえばその後の言葉は限られてくる。
可能性はあるのか、都市伝説は実在するのか!?
「私は、あなたが!」
夕焼けでもわかるぐらい顔を真っ赤にして、女の子は三度目の急停止をした。
しかし、さっきまでとは少し様子が違う。
何かに驚いたような表情が伺えた。
「私は、あんたが、すごく気に食わないっ!!」
「へ?」
「決闘しろ!」
そうしてあの場面へと続く。
これが『変』の始まり。
そして冴草兎卯子との出会いだった。