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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第1章 新しい家族
9/70

第8話



 ……馬車はリンドブルグ家に無事に辿り着いた。

 やはり予想していたようにお祖父様が私とシュアレ姉様に飛びついてきた。

 怪我の心配もしてくれる。

 お父様とお母様、ヒルク兄様も同様だ。

 レーアは泣いて私の無事を喜んでくれた。

 だけどこのまま無事に事は終わらなかった……


 お父様の執務室に連れて行かれた私は、お父様とお母様のキツイお叱りを受けることになったのだ。


「はぁ……何度も言うが、一人で判断せずに周りの大人の言うことを聞きなさい、シィナの行動は立派だがどれだけ父と母が心配したか分かるか?」

「そうよ、貴女は女の子なのだからもっとお淑やかにならないといけないのよ……こういう緊急事態は大人に任せておきなさい」

「…………私の命は聖女様から託されました……」

「そうだ、だからもっと自分の命を大事にして欲しいんだ」

「……自分の命は大事にしますが……救える命は積極的に救いたいのです」

「そうね、その考えも、行動もとても立派です。……だけどね、シィナは聖女様じゃないの、まだ8歳の子供なのよ?もし魔物に襲われたらシィナはここではなく女神様の元に行ってしまうのよ?ちゃんと反省しなさい」

「…………はい……」

「ダリルとシュアレの……いや全員の危機を救ったことは褒めるが、もっと大人を頼りなさい……」

「…………はい……」

「……シィナ、こっちへ来なさい」

「はい……お父様……」


 ……ああ……ゲンコツかなぁ〜……痛いよね…… 

 だけどお父様に抱っこされた。


「お前が無事で本当に良かった……可愛い顔をよく見せなさい……」

「……ごめんなさい……」


 お父様が泣いていた……父親を泣かせてしまった……あっちのお父さんの泣き顔は見たことなかったけど……男の人でもちゃんと泣くんだね……

 凄く悪いことをした気分だ……お父様を泣かすようなことは今後控えよう……


「……さあシィナお説教は終わり!もうすぐ昼食ですよ、アナタもいつまでも泣いていないで行きますよ」

「我が娘を想った涙は別にいいのだ…………よしっ!行くぞシィナっ!父に掴まっているようにっ!」

「は、はいっ!」


 切り替えの早いお母様のお陰で、お父様がいつもの様に笑顔になった。

 まぁ怒られることは予想はしていたからね…………もう少し自重しよう。

 私も切り替えて、昼食だ。

 朝はお茶だけだっだからお腹は空いているしね。


「そういえばお父様やお母様たちはどちらへ行っていたのですか?」

「ああ、この街の一番偉い人のところだ、もう少しで祭りがあるからな」

「お祭りですか?」


 お父様に抱き抱えられながら聞いてみる。


「夏の終わりに鎮魂祭という……亡くなった人や動物の魂が女神様の元に迷わないで行けるように願う祭りだ。」

「ふぅん……」


 ……お盆みたいな感じかな……


「今年の祭りはシィナも参加するのよ?」

「私が参加?参加って何かするのですか?」

「…………しまったっ!?……忘れて……いた……」

「……あっ!?…………そ、そうだったわね……えっと、シュアレと一緒に舞いを覚えましょうねっ!?」

「舞い…………どうしてそんなに……焦っているのです?……おかあさま?」

「えっ?そんなことないわよ?……」

「おとうさま……なにを忘れていたのですか?」

「い、いやぁ……なんだったかなぁ……」


 私はあっちの祭りで巫女が舞台で舞う様子を思い出す……踊りってそんな簡単に覚えられないよ?

 どれくらいの舞いなの?分からない……今の私は何もわからないよ!?


「おとうさま、おかあさま、詳しく教えてください……」

「す、すまないっ!シィナの記憶がないのに……」

「え、えっとね、そうっ!宿屋のハチカちゃんにも協力してもらいましょうっ!ハチカちゃんも舞うのよっ?」

「ハチカちゃんはどのくらい練習していたのですか?」

「…………どのくらいだったかしらね?忘れちゃったわっ!ねえ、アナタ?」

「そうだな、よく一緒に練習していたな……誰か!誰かいないかっ!」


 あれ?……ダリル兄様とシュアレ姉様と一緒に遊ぶ予定だったのに……

 なんか……ヤバくない?多分何年も前から練習する系の舞いじゃないの?

 ハチカちゃんが舞えるのに領主の娘が舞えないのは…………ヤバい?

  

「旦那様、どうされましたか?」

「急ぎハチカちゃんを……」

「ハチカちゃん?……ハチカちゃん…………ああ……宿屋の……」 

「ハチカちゃんをここへ呼んでくれ、急ぎだ」

「はい、ハチカ嬢をお呼びしますっ!」


 エミールさんと同じ文官さんがダッシュで玄関を出ていった。


「よ、良かったわね?ハチカちゃんと会えるわよ?」

「おかあさま……他にも忘れている事はありませんか?舞いだけですか?」

「……舞だけよ…………一旦昼食にしましょうね?」

「おとうさまは大丈夫ですか?他にもなにか忘れていませんか?」

「…………大丈夫……だ。……舞……だけだった筈だ……」


 ……これから毎日……舞の練習するの?せっかく魔法が面白くなってきたのに……まだ暑いよ?ずっと練習なの?



 食堂へ行くが、私は絶望していた……だってあと少しで祭りがあるんでしょ?時間が足りないよ……うっ……胃が痛い……


「デール……シィナをどれだけ叱ったんじゃ……見ろ絶望した顔をしとるぞ?」

「お父様っシィナは私を救ったのですよっ!」

「そうよ、私も侍従も救ったのですよっ!」

「いや……そのだな……いや……違うぞ……」

「なんじゃデールやゾーイまでそんな顔をして……喧嘩でもしたのか?」

「お義父さま、違うのです子供たちも落ち着いてね……鎮魂祭の舞いの事よ」

「「「舞い?」」」

「シュアレはまだ覚えている?」

「それは3年間練習しましたから体が覚えていますよ」

「3年……」

「うっ…………そ、その舞いを今年はシィナが舞う予定……なんだ」

「シィナもずっと練習していたから大丈夫ですわっ!」

「そうだね、シィナもシュアレに負けないくらい練習していたね」

「シュアレ……あなたが教えてあげられないかしら?あと、ハチカちゃんも練習を手伝ってもらう予定よ?」

「……はい?もうシィナは舞いを完璧に舞えるまで覚え…………ああああっ!!お母様!どうなさるのですっ!?」

「だからハチカちゃんとあなたが教えてあげてっ!」

「…………ああっそうか……シィナは記憶が……えっ?今から覚えるのですか?」

「教えるのは問題ありませんが、時間が足りませんよ?だって後何日ですか?祭りは……」

「後……10日後だ……」

「あの舞いは大昔から続いている伝統じゃぞ?シィナは絶対に舞えなければいかんぞ?」


 お祖父様……それではプレッシャーを感じてしまいます……

 急遽始まった家族会議は私抜きで議論していく……


「……やるしかあるまい……シィナには可愛そうじゃが……覚えて貰わんといかん……」

「ううっ……私の休みが消えていく……」

「ハチカちゃんを呼んだの、もうすぐ来てくれるわ……」

「ハチカちゃんの親御さんには私が謝罪に向かおう……」

「アナタ、私も一緒に行きますわ……」

「服は?衣装はあるんじゃよな?」

「レーアが管理している筈です……アレ?レーアは?」

「誰か、レーアを呼んできてくれっ!」

「私をお呼びですか?」


 食堂の入口からレーアが現れた……側にはハチカちゃんが一緒にいた。

 もう来てくれたの……早いよ……

 

「シィナお嬢様、ハチカちゃんが来てくれましたよ、良かったですね」

「レーア、ハチカちゃんを呼んだのは私だ、ハチカちゃん、昼食は食べたかい?」

「い、いえ……まだですが……」

「ハチカちゃんに昼食を……」

「かしこまりました」

「ええっ!?わ、私なんかが皆様とご一緒に食べるなんて……いけません……」

「ハチカちゃん、是非一緒に食べて欲しいんだ……」

「ハチカちゃん、久しぶりねっ」

「ダリル様とシュアレ様っお久しぶりですっ……こ、これはどうしたのですか?……シィナ様が……この世の終わりのようなお顔を……」


 私の家族が一生懸命ハチカちゃんへ事情を説明して、お願いしている。

 勿論ハチカちゃんはうなずくことしか出来ない……ゴメンねハチカちゃん……


「後でハチカちゃんの親御さんには私たちが説明しに行くからね」

「いえ、事情はわかり……ました……私でよかったらシィナ様にお教え致しますので、どうかあまり気になさらず……」

「ハチカちゃんは本当にいい子じゃな……さすがワシの孫の友人じゃ」

「はわわわっ……勿体ないお言葉…………き、きょうしゅくでしゅ……うっ……」

「噛んだ……」

「噛んだわね、可愛い」


 はぁ……やるしかないのよね……食べよう……


「ハチカちゃん、遠慮しないで食べてね、さあ、皆も食べましょう」

「も、申し訳ありませんでしたぁあああっ!!」

「今度はなんじゃっ!?」

「レーアどうしたのっ!?」

「私がいけないのですっ!完全に忘れておりましたっ!どうか私に罰をお与えくださいませっ!!」

「レーア、親の私たちも忘れていたのよっ!レーアは悪くないわっ!いいわねっ!!悪いと思っているならシィナをやる気にさせて頂戴っ」

「奥様っ!!…………かしこまりましたっ!」


 ううっもう逃げ場がない……やるしかないわね……


「レーア、私は逃げも隠れもしないわっ!シュアレ姉様、ハチカちゃん……どうか私に舞いを教えて下さいっ!」

 

 今日から私の舞いの練習が始まる……

 10日後の鎮魂祭に向けて……


「ジュリエッタっ!!何この甘味はっ!?」

「おいしぃいいいっ!なにコレなにコレっ!?」

「ちょっとシィナっ!?」

 

 シフォンケーキでまた騒ぐ……私の家族は。 

 ジュリエッタさん凄いタイミングで出したのね……

 練習……できるかしら? 



 色々あったけどようやく私の部屋で練習を開始する。

 と言ってもまずはどんな舞いなのか確認したかったので、ハチカちゃんに見せてもらうことになった。

 シュアレ姉様はシフォンケーキをおかわりしていた。


「シィナ様、先程の甘味は美味しかったですねっ」

「これから毎日食べられるわよ……お祭りまでは……」

「が、頑張りましょう……私が教えますからっ」


 ハチカちゃん可愛いっ。


「じゃあハチカちゃん、どんな感じか見せてくれる?」

「はいっ!」


 私は椅子に座ってハチカちゃんの舞いを見学する。

 ……その場でクルクルと回り、優雅に踊る……あまり移動はしない感じみたいね。 

 だけど結構長い……もう3分以上は舞っている。

 そこまで動きは激しくはないけど……長い……


「ここで回って最後に……こうっ…………これで全部ですっ……はぁ」

「…………これを10日で覚えればいいのね……」

「う、動きはそこまで難しくないから……何度も舞って覚えるしか……」

「そうね……それしかないか……」


 約4分……1分毎に区切って……いえ、最初は30秒感覚で覚えよう。


「最初の30秒をもう一度お願いします」

「……30秒……はいっわかりましたっ」


 ハチカちゃんの動きを真似てクルクル回って……腕を振り上げ……しゃがんで……30秒は結構長い……何度も間違い、修正して……覚えて……忘れて……また最初から……を何度も繰り返す。

 結構集中していつの間にか3時近い……休憩しよう。


「ハァハァ……ハチカちゃん、休憩しよう?喉が乾いたよ」

「ハァハァ……はいっ!……今日もまだ暑いですっ」


 もう私もハチカちゃんも汗でびっしょりだった。

 あ、また少しだけアレをしよう。

 今度は怒られないように……


「ハチカちゃん、ちょっとこっち来てっ」

「は、はいっ!」


 階段を降りて玄関から外に出る。

 今日もいい天気だ…………だけどセミの声はしない。

 そういえばこの世界にはセミっていないのかな?

 あの声を聞くと夏っていう感じがするけど……なんとなく淋しくなる。


「シィナ様?どうされました?」

「ふふっ……こんな汗でびっしょりしたら私はこうやって……」


 水の玉をまた上空に作っていく。

 無数の水の玉が真上にあるので涼しい。


「わわわっ!?なんですかっ!?この量っ!?」

「こうやってると涼しくて気持ちいいのよっ」

「確かに涼しいですが……魔力は大丈夫ですかっ!?」

「うんっ!まだまだ魔力はあるよっ」

 

 ハチカちゃんは私の隣に立って上を見上げて驚いている。


「キレイ……光ってる……」

「ハチカちゃん、もし……これが降ってきたら怒る?」

「えっ?…………ふふふっ怒りませんっ!」

「言ったからねっ!」


 魔力制御を解除するっ!

 

「あっ!」

「ん〜〜〜〜っ!気持ちいいっ!」

「…………びしょ濡れです……でも冷たくて気持ちいいっ」


 今度は一度だけ……水の玉の量も半分以下……後はバレなければ……


「シィナお嬢様?何をしているのですか?」

「うっ!?レ、レーア?……今回は靴も履いてるし、水の量も減らしたし、すぐに乾きますからっ!」

「そういう事ではありません……」 

「だって……汗でびしょ濡れだったのっ!汗を流しただけよ……ねっハチカちゃんっ!」

「ええっと……はいっ!」

「…………はぁ……次はありませんよ」

「レーア大好きっ!」

「はいはいっ……まったく……お風呂の準備も出来ていますからね、ハチカお嬢様にはシィナお嬢様の服を用意しておきました」

「私はこのままでもっ!」

「ハチカお嬢様には、無理を言って付き合って貰っているので、遠慮しないで下さい……お風呂上がりには甘味も用意してありますからね」

「……お風呂に入って甘いモノを食べましょう、ハチカちゃん」

「は、はぃ!?いいのでしょうかっ!?」

「いいのいいの。さあ行きましょうっ」


 ハチカちゃんの手を繋いでお風呂へ向かう。

 冷水もいいけど、やっぱりお風呂が一番だよね〜。

 脱衣所でハチカちゃんにここのやり方を教えて、どうすればいいかを教える……脱いだ衣類はたぶんメイドさんに洗われるだろうし。


「はいタオル、ここに脱いだ衣類を置いてね、先に行ってるから」

「は、はい……」


 サクッと体を洗い、髪も洗う……ああっ……気持ちいい……

 ハチカちゃんもすぐにこっちに来た。

 

「シィナ様……こんな大きなお風呂に入っても……いいのでしょうか……」

「いいのよ、体を洗ってからね……はい、これ石鹸よ」

「こんな上質な石鹸……泡立ちが凄いです……」

「……本当はシャンプーとかリンスが欲しいけどね……」

「え?なんですか?」

「ううん、なんでもない、背中洗ってあげるねっ」

「ひやっ!くすぐったいですよっ……ふふふっ」


 ……ハチカちゃんと一緒にお風呂を楽しむ。

 凄く楽しいし、疲れた体がお湯でほぐされるようで最高だった。

 浴槽に入って舞のコツや他愛ない雑談をしながら笑い合う。

 友達は……ハチカちゃんはいい子だ。


 お風呂を出てハチカちゃんは私のワンピースを着て嬉しそうにしてくれた。

 というかお揃いのワンピースなので姉妹に見えるくらいだ。



 お茶会室にハチカちゃんと一緒に行くと、お母様とシュアレ姉様がお茶をしていた。


「まぁまぁまぁっ!ハチカちゃん可愛いっ!シィナと一緒のワンピースも似合うわよっ」

「ハチカちゃんっ!私の妹にならないっ!?」

「ふぇぇええっ!?」

「姉様、ハチカちゃんが怖がっています」

「そんな事ないよね?……あれ?お風呂入った?」

「舞の練習で汗だくになったので入りました」

「……どうして私は一緒に入ってないの?」

「…………姉様、無茶は言わないで下さい」


 レーアが果実水とリカンケーキを2人分持ってきてくれた。

 お風呂上がりの体に果実水は染み込むようで……最高だね。

 リカンケーキを一口食べたハチカちゃんは感動していた……

 

「……それで、今まで舞の練習をして……どうですか?」

「最初の30秒くらいは覚えましたっ……たぶん」 

「私も教えるからきっと……大丈夫よっ!」

「ハチカちゃん、先程ハチカちゃんのお父様とお母様に会ってきました、食事処の心配はしないでねウチの侍従を一人派遣しましたから」

「そこまでしていただかなくても……」

「シィナの為に頑張ってくれるのだもの、これくらいは当然の対応ですので、ハチカちゃんはただシィナに舞を教えてね……」

「はい、ゾーイ様……」


 リカンケーキも食べ終えたし……また続きでもしようかな……

 ハチカちゃんも満足してくれたようで良かった。

 

「この後はどうするの?私が教えようか?」

「……舞の練習はしますけど……他に覚えることは本当にないのですか?私は鎮魂祭自体まったく知りませんけど……」

「……他に…………お母様、今年は何人舞うのです?」

「今年はシィナとハチカちゃんの他に3人居るようです」

「じゃあ、立ち位置くらいで後は大丈夫……本当に舞の練習だけしていれば大丈夫よっ」


 

 せっかくお風呂に入ったけど、またやりますか……

 お母様と別れてから、3人で私の部屋で練習を再開する。

  

「ハチカちゃんはシィナの動きを見てあげて、間違っていたらちゃんと言うのよ?」

「はいっ!シュアレ様っ!」

「私が見本で舞うからねっ!よく見て覚えるのよ」


 シュアレ姉様もちゃんと覚えていたので、ハチカちゃんと同じ動きをする……シフォンケーキをおかわりしていたのでシュアレ姉様もいい運動になるだろう……



 ……それから日暮れまで私は一心不乱に舞いを舞っていく。

 自分でも驚いているが……自然と体が動く感じで集中力が凄かった。

 初日で結構覚えた気がする。


「ハァハァハァハァ……そ、そろそろ……終わりにしましょう」

「ハァハァ……はぃ……姉様っ」

「シィナ様覚えがいいですっ」

「……ハチカちゃん、今日はどうする?」

「どうするとは……何でしょうかシュアレ様?」

「ここに泊まってもいいし、帰るなら誰かに送って貰いましょう……ああでも、今日は帰ったほうが親御さんも安心できるかしら?」

「ハチカちゃん、どうする?どうしたい?」

「えっと、じゃあ今日は帰ります……明日は泊まってもいいですか?」 

「うんっ!やったっ!ハチカちゃんと一緒お泊りだねっ」


 お泊りはテンション上がるよっ!明日が楽しみだねっ!


「誰かに送るよう頼んでくるわね、シィナ、ちゃんとお礼を言うのよ?」

「はい、シュアレ姉様っ」


 シュアレ姉様は部屋を出ていった。


「一人でも帰れるのに……」 

「それはダメよ、もう日が暮れているからね……ハチカちゃんに何かあったら皆心配するよ?」

「そうですね……」

「それから今日はありがとう、お祭りまで宜しくお願いします」

「シィナ様、私も精一杯頑張りますねっ」


 ハチカちゃんと一緒に大広間に行くと、シュアレ姉様とダリル兄様が待っていた。

 あれ?そういばヒルク兄様の姿を見ていないな……


「ハチカちゃん、ダリル兄様がお家まで送ってくれるって」

「はえっ!?ダリル様がですかっ!?」

「私ではダメだろうか?」

「そ、そんなことはありませんがっ!えっ!?」


 ……あれ?もしかてしてハチカちゃんって……


「ほら、ハチカちゃん、ダリル兄様が送ってくれますからっ」

「で、ですがっそのっ…………お、お願いします……」

「ハチカ嬢は責任を持って私が送り届けよう……」


 ダリル兄様カッコいい〜!

 ハチカちゃんは観念してダリル兄様の後に続いて行く。

 私も玄関で見送ろう……


 外に出るとまだ夕日が見えていたが、もう薄暗い……

 薄暗いけど……誰か馬で走ってきた。


「おや?皆揃ってどうした?」

「ヒルク兄様??どこに行っていたのですか?」

「少し野暮用でな……おや、その子は……確か……」

「シィナの友達のハチカ嬢ですよ、ヒルク兄様」

「ああそうだった、これから帰るのか?」

「ええ、私が送って行こうと……」

「なら私が送って行こう、馬ならすぐだ」

「えっ……」

「確かにそうだね……じゃあヒルク兄様、ハチカ嬢をお願いします」


 ダリル兄様がハチカちゃんをヒョイッと持ち上げてヒルク兄様の馬に跨った…………あれ〜いいのかな〜……


「では送ってくる、ハチカ嬢しっかり掴まっていなさい」

「えええっ!?」

「また明日ね〜〜ハチカちゃ〜んっ!」


 ヒルク兄様は颯爽と馬で駆けていく……

 私はハチカちゃんの心の叫びを聞いた気がした……ごめんねハチカちゃん。

 ダリル兄様とはまた会えるよ……


「シィナ、お風呂に行きますわよっ!もう限界ですっ」

「は〜いっ」


 姉様も舞で汗だくだった。

 私ももう限界だよ……疲れた……

 よく考えたら昨日は野宿したんだった……疲れがもう限界で……眠い。


 あと10日……いやもう9日かな……祭りまでに仕上げないと……

 私はお風呂でうたた寝をして夕食を食べずにその日は眠りについた。



 翌日……筋肉痛にはならなかったので良かった……快眠でスッキリした。

 朝食をしっかり食べてから外でラジオ体操で準備運動をしていた。

 今日もいい天気。

 軽く昨日の舞の練習を外でしていると、丁度ハチカちゃんが荷物を持ってこの屋敷にやってきた。


「シィナ様、おはようございますっ!」

「ハチカちゃん、おはようっ!今日も宜しくねっ」


 ひたすら舞を練習する日々が本格的に始まる。

 2日目でようやく1分の舞を覚えられた。

 シュアレ姉様とハチカちゃんはいい先生だった。

 それに甘味というご褒美もあるので結構頑張れた。


 ハチカちゃんは2日に一回お泊りに来てくれるので夜のお喋りも楽しい。

 4日目で2分覚え……5日目で3分……6日目で4分……7日目からは通しで舞を覚える……制限時間内でなんとかなったと思う。


 9日目は気分を変えて外で3人で舞を披露する。

 お父様とお母様からは合格と言ってくれたのでたぶん大丈夫だろう。

 シュアレ姉様とハチカちゃん間で舞ったので、おかしい部分もなかったようだ……最終日は衣装も着ての練習だ。

 この世界ではあまり見ないような衣装で、これは教会の礼服のようだった。

 祭りでは教会の前に舞台が設置され、そこの舞台で舞うらしい。

 そういば街の教会には行ったことがない。

 祭り当日はどんな感じなのかな……



 そして今日は祭りの当日……私とハチカちゃんの出番は夕方で、3時頃には教会で待機する事になっているようだ。

 つまり3時までは祭りを楽しめるらしいので、家族総出で街に行くことになっている。

 ハチカちゃんの所は出店もやるみたいで少しだったら遊べるらしい。


 なんというかお祭りの雰囲気は大好きです。

 この世界のお祭り自体初めてなので、興味津々……どんな感じなのかな……

 お祭りと言ったら浴衣だよね……水風船と金魚……まぁそれはないか……


 朝食を食べ終えてから支度をして10時頃に馬車で街に向かう。

 お昼は街で食べるようだ……

 そして街の中央広場に着くと私は驚いてしまう。

 馬車から降りると街の人から歓声が上がる。

 お父様やお母様、お祖父様は大人気のようで色んな人が挨拶にやってくるのだ。

 ヒルク兄様も人気ですぐに囲まれる……祭りではいつもより人の数が多い。


 私はシュアレ姉様と一緒にハチカちゃんの出店に行ってみる。

 だけど様子がおかしい……人だかりになっているのだ。


「いや〜美味かったっ!なんだあの甘味は」

「リカンの実を使った甘味なんて初めてだよ、また食べたいねぇ」

「話を聞いたらリンドブルグ家の考案した甘味だってよ」

「はぁ最高だったわ」


 食べ終えた人の感想にリンドブルグの名前が出ていた。

 リカンの実?どういうこと?

 出店の前にはテーブルと椅子が沢山あって、そこで出されているのはリカンケーキだった。

 なんでここで出されているの?


「あら?リカンケーキじゃない、ハチカちゃんに教えたの?」

「いえ、教えていませんが……」

「シィナ様っ!シュアレ様っ!」


 ハチカちゃんが出店を手伝ってリカンケーキを運んでいた。

 忙しそうにしているけど、こっちに来てくれた。


「こんにちはハチカちゃん、このリカンケーキどうしたの?」

「この間お父さんが教えてもらったみたいです、リンドブルグ家の料理長さんに」

「ジュリエッタが?」

「私が舞を教えるので、そのお礼だそうです」

「ハチカ〜っ!」

「ああ、すいません、また後でっ!」

 

 ハチカちゃんは出店のお母さんに呼ばれて行ってしまった。

 凄い人の量だ……


「どうする?リカンケーキも美味しいけど……いつでも屋敷で食べられるしね……」

「他の出店見てみる?色々あると思うわよ」

「そうですね、色々と見て回りましょうっ」


 昼食を食べる場所は決まっているので、それまではシュアレ姉様と一緒に色々と見て回る。 

 周りはお祭り騒ぎで笑い声などの喧騒で溢れている。

 中央広場だけでも20軒近く出店が出ていて飾り付けもされており、とても華やかだ。

 途中でドワーフさんにも会った。

 酒瓶を片手に持って赤い顔で酔っていたけど、しっかり挨拶してきたので面白かった。


「姉様、アレはなんですか?」

「ん?……ああ、アレは丸焼きよっ、食べてみる?」

「ま、丸焼き?……はい」


 たこ焼きのように丸いモノからは甘い匂いがする。

 丁度列もなくそのまま姉様が1人分買ってくれた。

 本当にたこ焼きに似ている……食べるとドーナツによく似ていた。

 砂糖がまぶしてありホクホクで美味しい。

 2人で分けるくらいで丁度いい。


「熱いですっ……でも美味しいっ」

「ふふっ、出来立ては美味しいわよね……あちっ」


 テーブルは沢山あるので、座って姉様と食べていたら、何人かの女の子たちがやってきた。


「あれ?シュアレ様だっ!」

「本当だ、シュアレ様っ!お久しぶりですっ」

「ああ、皆久しぶりねっ!」


 どうやらシュアレ姉様の友達らしい、たぶん同い年くらい。


「あれ?この子……え?もしかしてシィナ様?髪の色が……」

「ええ、妹のシィナよ……ちょっと訳ありで髪の色が変わっちゃって……」

「シィナ様、私です、覚えていますか?」

「黒髪……可愛い……」


 わわわっ!?皆で頭を撫でてくるよっ!


「皆っ!ごめんね……シィナは……その……」

「私は記憶をなくしてしまって……ごめんなさい誰も分かりません……」

「な、何があったのですっ!シィナ様……可愛そう……」


 ああ……この子たちはいい人だね、ちゃんと気遣ってくれるし、悲しんでくれる。

 いい友達を持っているね、シュアレ姉様も。

 数分話していたら、ダリル兄様がやってきたら……キャーキャー言って何処かに行ってしまった。

 ダリル兄様も人気のようだ……

 

「あれ?すまない、邪魔だったか?」

「そんな事ありませんよ、あの子たちはダリル兄様が大好きですからね」

「……ならどうして逃げたのだ……解せん……」


 イケメンはイケメンで苦労するね……


「ああ、果実水を買ってきたぞ、シィナ飲むか?シュアレも」

「ありがとうございますっ!丸焼きで少し喉が乾いていましたっ」

「兄様は気が利きますね」

「丸焼きか、懐かしい俺も買ってこようかな……よし、他に何か買ってくる」


 兄様も丸焼きは好きなようだ。

 果実水は飲んだことのない味だった……さっぱりしたグレープフルーツみたいで美味しい。


「ここにいたか……疲れた……」


 今度はヒルク兄様がぐったりしてやってきた。

 手には何か食べ物を持っている。

 ポップコーンみたいなやつだ。


「ヒルク兄様、お疲れ様でした……それなんですか?」

「あら、レッカの実じゃない珍しい」

「え?果実なのですか?」

「……食べてみるか?」

「はいっ」

「あっシィナそれ……」

 

 一つ貰って食べてみる。

 サクサクした食感で味は薄いけど美味しい……これが果実なの?

 変わってるね…………あれ?…………口の中が……熱い……


「ああっ!?辛いっ!」

「あ〜そのレッカの実は辛いのよ……」

「ハハッ、シィナはいい顔をするなぁ」

「ううっ……あ〜でも……これは……もう一ついいですか?」

「おっ?シィナはいける口か?いいぞ食べろ食べろっ」


 病みつきになる系の辛さだ……これは好きっ!

 ヒーヒー言う感じで癖になる。


「はひぃ〜おいしれすっ!」

「そうだろ?美味いよなレッカの実」

「……私は無理……」

「よし、乳を買ってきてやろう、口がまろやかになるからな」


 ヒルク兄様は乳を買いに行ってしまった。

 この世界の乳は濃厚で美味しいだよね……牛かヤギか何の乳か知らないけどね……

 ミルクシャーベットとか作れるかな……他にもミルクで色々と作れるよね。

 ……ああ……辛い……でも美味い……


「シィナ、あんまり食べると昼食が入らないわよ……舞もあるからね」

「はひぃ、きをふけまふ……」

「ふふっ、大丈夫?」


 …………結局兄様方が色々と珍しい物を買ってきてくるので……一口が止まらずに昼食は半分も食べられなかった。

 美味しかったけど、もう入らないよ……食べ過ぎかな……

 昼食後はハチカちゃんと合流して一緒に遊ぶ……初のおこづかいも貰ったので、また屋台を見て回る。

 ハチカちゃん所の出店は完売御礼だそうで、午前中で終了しハチカちゃんは完全に自由だ。

 3時までまったり過ごそう……

 教会は中央広場からだいたい5分くらいの場所にあるみたいだし……今日はそこまで暑くないので過ごしやすい……



「シィナお嬢様、そろそろお時間ですよ」

「あ、レーア、そういえば衣装は?」

「先程教会へ運んでおきました」

「私の衣装もお母さんが持っていったよ」

「そうなんだ、レーアありがとうっ。じゃあ行こうか?」


 広間のテーブル席から立ち上がる。


「シィナお嬢様、落ち着いてこれまでの練習を思い出してくださいね」

「頑張るよっ」

「ハチカお嬢様も緊張せずに舞ってくださいね……」

「はいっ!レーアさん、頑張りますっ」


 私とハチカちゃんは教会へ歩いて行く。

 他の3人もいるかな?

 


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