第6話
さあっ、待ちに待った魔法の勉強ですっ!
はたして私は魔法少女シィナちゃんになれるのかっ!
さっき読んでいた児童書は横に置いておいて……これは睡眠導入剤になるからしばらく借りておこう。
「ではシィナ、最初のページからいきましょうか」
「はい、お母様っ!」
「ふふっ、気合十分ね」
ええっと?……初歩の魔法指南書……うん、大丈夫……ちゃんと読める。
最初の方は…………なんていうか心構え的な感じだ。
お硬い感じでそれっぽいことがつらつらと書かれている。
「いいですかシィナ、この指南書には人に向けて使っては危ない魔法もあります、貴女なら大丈夫だと思いますが、無暗に使ってはいけませんよ」
「勿論ですお母様っ!」
「……まぁ最初はそこまで危険な魔法は教えませんから、大丈夫ですよ」
「ではどういったものから学ぶのでしょう?」
「生活魔法全般ですね、生活魔法とは魔法の基礎中の基礎です、例外はありますが、中級魔法だろうと上級魔法でも基礎が出来ていないとまともに発動もしませんから、基礎である生活魔法とはとても大事な魔法なのですよ」
お母様は完全に教師モードになって、私に基礎となる考え方などを教えてくれる……さすがこれまで子育てをしてきた母親だ。
兄様2人と姉様も魔法はお母様に叩き込まれたとレーアは以前言っていた……つまり大ベテランと言ってもいい魔法の先生。
昨日はなにやらお祖父様をビビらせていたっぽいし……
「お母様は魔法が得意なのですね」
「そう見える?」
「シィナお嬢様、奥様は以前魔法師団に誘われていた程の実力を持ったお方なのですよ?」
「まほうしだん?」
「王城の精鋭魔法使いの部隊です」
なにそれ?お母様凄すぎない?
「昔の学生の頃の話ですよ……私はデールと婚約していたので断りました」
「学生で誘われることが凄いのでは?」
「お嬢様、その通りでございます……」
「レーア、そのくらいにしてね」
「はい、奥様」
若かりし頃……母は凄かったらしい……あまり我儘はしないようにしよう。
「……それでねシィナ……シィナに伝えておかなければいけないことがあるの」
「はい、なんでしょう?」
「その黒髪のことです……」
「……はぁ……この髪が何か?」
「私とレーアの髪の色はどちらが濃いかしら?」
「それはお母様です」
お母様は結構濃くて深い緑色……レーアは薄めのピンク色だ。
最近は慣れたけど、カラフルだよね……この世界の人は……
「……魔力は人それぞれ魔力量が異なります、それは知っている?」
「いえ、知りませんけど、それは当然なのでは?」
「ええ、当然違います……そして髪の濃さで魔力量が違うのよ」
「…………え?そうなのですか?」
「そうなのよ…………そして、貴族は基本濃い髪をしています」
…………そういえばお父様も兄様たちや姉様も色は違うけど、確かに濃い……気付かなかったよ、そんな事……
「平民でもたまに濃い髪をした魔力が多い人も生まれてきます」
「はぁ」
「…………分かってないわね、自分の髪は濃い?薄い?どちらかしら?」
「……真っ黒は……濃いですよね?」
「ええ、以前のシィナはシュアレと同じくらいの濃さでしたけど……今は……」
「…………お母様、もしかして黒髪の人は少ないのですか?」
「少ないというか……見たことないわ……」
「…………えっ?」
「私の知っている王国屈指の賢者様でも私の髪より少し濃かったくらいかしら?遠目でしか見たことないけど、大体合っているわよ」
それは……どうなの?私っておかしいの?判断しようがないよ……
「だからね?シィナ、大変よ?」
「な、なにが大変なのですか?」
「自分で言うのもアレだけど、私って学院ですごく男の子からモテモテだったのよ……」
「は、はぁ……」
「貴族はね、より良い血筋を求めるお馬鹿さんたちが多いのよ」
「奥様……言い方はお気を付けください……」
「分かってるわよ、え〜っとね、いい血筋っていうのは魔力量が多ければ多いほど優秀……っていう考え方ね」
「……はい」
「女の子は濃い髪の男の子と結婚するのがいいって思っているの……分かる?つまり男の子からすると、濃い髪のシィナと結婚したくてしょうがないの」
「私は男の子に求婚されるのですか?」
「求婚なんて言葉知っているの?まぁまぁまぁシィナも女の子ねっ」
「奥様……」
「はいはい……だから、シィナは学院の男の子から身を守る必要があるの」
「身を守る……」
「そう、突然知らない男の子が抱きついてきたら怖いでしょ?昨日、お祖父様が急に持ち上げられてシィナは泣くことしか出来なかったでしょ?」
「はい……怖かったけど今は大丈夫になりました」
「お祖父様はシィナが大好きでシィナの家族だから大丈夫だけど、他の知らない男の子からはちゃんと身を守る必要があるの……分かる?」
「はい、ちゃんと理解しています」
急展開過ぎるよ……学院……いや、貴族怖い。
「だから魔法で身を守る事をこれから母と一緒に覚えましょう」
なるほど、そこに持っていくのか……魔法を真剣に学んで欲しいと……
元よりそのつもりだったけどね……
「はい、頑張りますっ!男は敵っ!」
「ふふっ、その意気よっ」
「奥様……やり過ぎるとシィナお嬢様が婚約出来なくなりますよ」
「レーアは知らないでしょうけど、このくらいの考え方で丁度いいのよ」
「はぁ……大丈夫でしょうか?」
生活魔法……この本の項目を見ると、当然だけど全て生活魔法が書かれている。
お母様が言ったように魔法の基礎が生活魔法ということだ。
前にレーアが例題にした焚き火の話を思い出した。
威力が弱い魔法が生活魔法。
「続きは昼食を食べた後でね、今日はデールもヒルクもいるからシィナが呼んできて」
「はいっお母様!」
私は部屋を出て、執務室へ向かう。
お祖父様はまだいるかな?
執務室はそこそこ遠い……だけど走ると怒られるので走らないようにしている……体が健康なので走ると気持ちいいから正直走りたい。
誰もいない……周りを確認してから少しだけ小走りで駆けていく。
淑女は走ってはいけませんとか年配のメイドさんに怒られたけど、うん、意味が分からない。
普段から体を動かしていないと太るよ……絶対……貴族令嬢こそ走るべきだと思う…………だってお茶をする度に甘味が付いてくるんだよ?
最近甘味を開発しまくった私がいうのもアレだけどさ……
せっかくお屋敷がこんなに広くて大きいのだから……走るのはアリだと私は提案しますっ!…………絶対また怒られるよね……
曲がり角があるときは歩いていく……誰かにぶつかったら私は怪我をしそうだしね……そうこうしている内にようやく執務室に着いた。
扉を軽くノックすると、中からどうぞと声がした。
静かに扉を開けて入室する。
「あれ?シィナ?どうしたんだい?」
「ヒルク兄様、そろそろ昼食なので呼びにきました」
「そうかぁ、ありがとうシィナ」
「お父様とお祖父様は?」
あれ?いない?
「隣の部屋にいるよ、行ってみな」
「隣は何の部屋ですか?」
「お祖父様の部屋だよ」
それは初めて知った……隣が執務室とは、さすが先代当主。
兄様と一緒に隣の部屋に行ってみると、扉の奥で話し声が聞こえている。
ノックしてから扉を開けると……
「それで決まりじゃな……楽になるのじゃから別にいいじゃろ」
「……釈然としないだけです…………あれ?シィナ?」
「おおっ!シィナ、ワシの部屋に何か用か?」
「昼食なので呼びにきましたっ」
「そうかそうかっ!さすがワシの孫じゃ」
「シィナ、呼びに来てくれてありがとう、行こうか」
「はいっお父様っ」
お父様、ヒルク兄様、お祖父様の3人と今来た廊下を戻る。
ちゃんと私の歩く速さに合わせてくれる……紳士だよ……
だけど……遠い……階段まで結構ある。
「…………シィナ、抱っこしても良いか?」
「お祖父様?構いませんけど……わわわっ」
私はお祖父様に抱っこ……じゃなくて肩に座らせてくれた。
おおおっ!高いっ!しかもあんまり揺れない……
「お祖父様は本当にシィナと仲良くなったのですね」
「父上、シィナが嫌がったら降ろしてくださいね」
「何を言うか……シィナどうじゃ高くて早いじゃろ」
「はいっ!お祖父様っ!進め〜!」
「お?おうっ!進むぞぉ!」
「はや〜いっ!」
「ハッハッハッッ!まだまだ早くなるぞぉ!」
体幹が凄いのかなんなのか知らないけど、ほとんど揺れないので安心して座っていられる。
もう階段辺りまで来てしまった。
凄いな〜、いつもこんな景色を見ているんだ……背が高いって憧れる。
お父様とヒルク兄様も小走りで追ってきている。
「そういえば魔法の勉強はどうじゃった?」
「まだ心構えとかだよ?それからね、お母様が男は敵だって教えてくれたの」
「なぬっ!?なんじゃそれは?ワシはシィナの敵じゃないぞ?」
「お祖父様は家族だから大丈夫、学院では男の子に気を付けるようにって教えてくれたの」
「…………そうか理解した……そうじゃ、母の言う通り学院の男には気を付けよ……何かあればワシが助けてやるからな」
「はいっ!」
「よ〜し、いい子じゃ」
お祖父様は食堂手前で私を降ろしてくれた。
普通に座っていられた……お祖父様の肩幅は凄いな。
スーパーおじいちゃんだ。
「なんだこの卵はっ!?」
「口の中で蕩けますっ!……なんですかこれっ」
「はぁあぁぁ……幸せ……」
昼食はジュリエッタさんたちが頑張ってくれたようだ……
お父様、お母様は驚いていた……ヒルク兄様は幸せそうでなによりです。
「やはりこれは絶品じゃな、さすがシィナじゃ…………あ……」
「シィナ……また何かしたんだね?」
「この卵焼き美味しいよシィナァ〜」
「またとんでもない料理を…………シィナちゃん?これどうしたのかな?」
「すまんシィナっ!!バレてしもうたっ!!」
「ほぅ隠そうとしていたんだね?」
「…………また今夜詳しく聞かせて頂戴ね?」
「お父様もお母様も少しは褒めてあげましょうよ、この卵料理は最高なんですよっ!?」
「美味しすぎるのよっ!ちょっとジュリエッタっ!どういう事!?」
私の代わりにジュリエッタさんが呼ばれて、泡立て器を説明してくれた。
結局のところ注文したのは私なので……ああ面倒な……
でもこのスフレオムレツは更に美味しくなっていたので私は満足っ!
何か分からないけど美味しいソースも追加されていて卵によく合う。
レモンのような酸味がいい感じなのだ。
さすがジュリエッタさん……
他にもメレンゲレシピは何個か覚えているので、また作って貰おう。
後は……メレンゲと言ったらやっぱり型が欲しい……今度街に行こう。
昼食が無事終わったので、午後からは庭で魔法の実践。
どんな魔法があるのか楽しみ。
やはり……魔法少女としては最低限空は飛びたい……ふふっ……魔法は夢がいっぱい詰まっているよ。
さあ、お母様っ!私に魔法をっ!
「それでシィナ、あのオムレツは……」
「お母様、魔法を勉強しましょうっ」
「…………そうね、魔法だったわね……その前にシィナ、少しだけいいかしら?」
「なんでしょう?」
「王都に喫茶店を出そうと思っているのだけど、他にも何かある?」
「はぁ、何かとはレシピの事でしょうか?」
「そう、リカンケーキのような甘味のレシピよ」
「あります、ですがまたドワーフさんに型を作って貰おうかと思っています」
「型?クッキーの型とかの型?」
「そうです、私の考えたレシピでは型が欲しいのです」
「そう、ではまた街に行きましょうか」
「はいっ!またハチカちゃんにも会いたいですっ」
「ふふっ、そうね……また行きましょうっ」
たぶん一人では行かせて貰えないだろうしなぁ……
でもお母様もいつも忙しそうだから……あんまり甘えない方がいいのかな。
いや……忙しいのは私のせいか……ごめんなさいお母様……
お母様とレーアの2人と一緒に庭へ歩いていく。
午後は少しだけ雲が出てきた……たぶん雨は降らないと思う。
風も少しだけあるけど、丁度いい感じの風なので心地良い……
庭は広い……こっちの方は花園の方だ。
そういえば精霊さんにまた会いたいな……キレイだったからね〜
「ここでいいでしょう、広いから問題ないわ」
「はい、お母様」
「じゃあ、基本の生活魔法の種類はいくつあるでしょう?」
「種類……ですか?……火とか風ですか?」
「そう、いくつあると思う?」
「ん〜〜っ……火、水、風…………くらいしか分かりません」
魔法少女は愛の力で戦うけど……さすがに愛はないよね?
どっちかと言うと……男の子がやるようなゲーム……やったことないしなぁ。
「火、水、風は正解よ、他に土、光、闇……そしてどれにも属さない無」
「はぁ、沢山ありますね……」
「一つ一つ丁寧に勉強すれば大丈夫よ」
「はいっ!…………ちなみに愛はありませんか?」
「……愛は……魔法じゃなくて…………こうやって使えるのよ」
お母様は私を後ろからギュッと抱きしめてくれた。
ああ……これは愛だね……
「さあ、このまま魔法制御をしてみてくれる?」
「このままでいいの?」
「ええ、ちゃんと出来るか確認する為よ」
私はグルグルといつものように魔力を巡らせていく。
「…………うん、上手よ、出来てるわ。 じゃあ、そのまま手に魔力を集中させてみて……」
「手に……集中…………こうかな?」
「………………その状態で水を思い浮かべて……」
「水……」
……水……水…………水ってどのくらいの水量?蛇口から出る感じ?
それともナイアガラの滝くらいの大自然のやつ?ドドドって……テレビでしか知らないけど……アレは凄い水量だよね〜。
すると私の手が……手のひらが熱くなる……目の前には無数の水の玉が現れていく……一つ一つは小さいけど、太陽の光で凄くキレイ……光ってる。
「……は?」
「お、奥様っ!」
「お母様、凄くキレイっ!これが魔法ですか?」
私の正面にはどんどん水の玉が現れる……もう視界一面水の玉だらけだ。
「シ、シィナっ!手の魔力をっ、集中するのを止めてっ」
「はいっ!」
魔力の集中を止めた途端に水の玉は下に落ちて、辺り一面水浸しになる。
「おお〜っ!凄いっ!」
「シィナっ!大丈夫?気持ち悪くない?」
「奥様、魔力枯渇になっていませんかっ!?」
「ん?平気ですが?」
魔力こかつってなに?
「シィナ、魔力制御してみて……集中はしなくていいから」
「はいっ!…………グルグルグルグル……」
「……問題ないわ…………ああっ良かった……」
あれ?何かおかしかったのかな?出来ていたよね?
「……シィナお嬢様、生活魔法の水は……普通このくらいです」
レーアが手のひらを出してさっきの私が出したスーパーボールくらいの水の玉を……1つ……出してみせた。
「ん?……1つ……だけ?」
「……これが生活魔法です」
「私も……出来たよね?」
「多すぎです…………」
「そうね…………お母様?あれじゃダメでしたか?」
「…………魔力制御は出来ているし……枯渇状態にもなっていない……体調は良さそう……でも……」
お母様は一人でブツブツ言って何か考えている……
多すぎるのはダメなの?
「シィナ、もう一度やってみましょうか……今度は1つだけ……いい?」
「はいっ!お母様っ!」
私はまた魔力制御をしてから手のひらに集中する。
今度は水の一滴だけイメージする……さっきのレーアの水の玉……
するとまた手が熱くなっていく……そして1つ……水の玉が現れる。
だけど……徐々に大きくなっていく……
「シィナ、集中止めっ!」
「はいっ!」
バスケットボールくらいになった水の玉は地面に落ちて土に吸収されていく。
「なるほどね……じゃあシィナ、これは少し難しいけど、魔力制御をゆっくりとしてみて……体の魔力をゆっくり、流れる感じで……できそう?」
「ゆっくり流れる感じは出来ますよ、もっと早くも出来ますっ」
「奥様、私はそこまで教えていません……」
「自力でそこまで制御できているのね……凄いわ……」
凄いの?あやとり感覚で遊んでいただけですが……
でもお母様は真剣な表情……嘘ではないみたい。
「魔力の流れを一番ゆっくりにしてから、もう一度水を出してみましょう」
「はいっ!お母様っ!」
お母様の言うように、流れをゆっくりに制御する。
後は同じ様に集中……1滴の水……水の玉……1つだけ……
すると、かざした手の前にレーアと同じ大きさの水の玉が空中にフワフワと浮いている……これ以上は大きくならない。
「お母様、これでいいですか?」
「……ええ、よく頑張りましたね、少しそのまま集中できる?」
「はい、出来ますっ」
お母様は私の後ろから水の玉に手をかざした……何をするのかしら?
「シィナ、もう集中を終わらせていいわよ……」
お母様の言うように魔力制御を解く。
でも水の玉は落ちずにそのままお母様のかざした手で空中に漂っている。
「お母様、これは?」
「ふふっ、本当は最初にこうする予定だったのよ……シィナ、私は何をしているでしょう?」
「私の出した水の玉を…………維持している?」
「どうやって維持しているでしょう?」
どうやって?お母様は手をかざしている……ということは何かの魔法を使っている……それは何?…………火、風、水、土、光、闇、無……この中で水の玉を維持出来る魔法って……
「…………風で……維持している?」
「……正解よ、よく見ていて」
お母様はかざした手を上に向けていくと、水の玉も上空に上がっていく……
すると突然水の玉は上空で勢いよく弾けて、細かい霧雨のように降り注いだ。
「……あっ!虹がっ!」
「上手く出来てよかったっ」
「さすが奥様です」
虹は一瞬で消えてしまったけど、とても幻想的で儚げで……こんなことも出来るんだね……
「これはね、私が子供たちに見せる最初の魔法……ヒルクにも、ダリルにも、シュアレにも見せてきた魔法よ、だから私の4番目の子供にも……シィナにも見せたかったの……ふふっ今日は少し予定外の事があったけどね」
「お母様……」
この人は凄いな……とても尊敬できる。
母親の愛情ってこんなに深くて……暖かい……
あっちのお母さんも……最後に見たのは泣き叫ぶ顔だったけど、誰よりも私のことを愛してくれていた。
どっちの母親も私のかけがえない存在だ。
今はお母さんには会えないけど……目の前のお母様の愛情を受け取ろう……
シィナちゃんも喜んでくれてるみたいだしね……
「あらあら、どうしたのシィナ、泣かないで……」
「お母様がお母様で……よかったです……」
「ふふっありがとう、私もシィナの母で嬉しいですよっ」
私は幸せ者だ……皆にも分けてあげたいくらい幸せだ。
だけど今の私はまだ何も出来ない……魔法もこれから覚える……まだまだ未熟者だ。
聖女様から受け継いだこの命は色んな人たちの為に使いたい。
まだどうすればいいのかも分からないけど……皆が幸せになれるように努力しよう。
まずはお母様から魔法の基礎を学ぶんだ……誰かの役に立つ立てるように努力しよう。
そして精一杯聖女様の為に生きよう……生きて自分も幸せになれるように努力しよう。
「お母様、私は努力します……お母様の娘として恥ずかしくないように努力します」
「急にどうしたの……努力するのはいい事よ、だけど無理はしてはいけないわ……疲れたらちゃんと休むことも重要よ」
「はいっお母様っ!」
とりあえず魔法をしっかりと勉強しよう、この尊敬出来るお母様から。
…………それから毎日沢山勉強した。
魔法だけじゃなく、この世界の勉強も……街で型を注文したり、ハチカちゃんと遊んだり、メイドさんたちと一緒に服を作ったり、たまにお母様から怒られたり……毎日が充実している。
そして季節は代わり夏がやってきた。
この世界にも春夏秋冬がしっかりあるみたいで、季節の変わり目に風邪も引いてしまった。
久しぶりに体調が悪くなったけど、嫌ではなかった。
常に誰かが看病してくれたので気落ちせずにいられた。
夏はそこまで熱くなかったからまだよかった。
日本の夏とは少し違った……梅雨がなく、周りが自然豊かなので、風も気持ちいい……
エアコン必須の夏だったら考えただけでも恐ろしい。
電化製品が無い代わりに魔石製品は以外に多い……魔石冷蔵庫はあるのだからなんとかエアコンも出来れば欲しいのです……この世界の魔石製品の職人さんに期待しておこう。
夏の中盤……私は生活魔法の火、水、風、土、光までは基礎を学び終えた。
残りは闇と無の属性の2つ……なんだけど、いまいち覚えが悪い……
そんな時に学院からダリル兄様とシュアレ姉様が夏休みでもうすぐ帰省すると連絡があった。
早く2人に会いたくなる……一人っ子だった私は兄と姉が居るだけで夢のよう存在なのだ。
「もうじきダリルとシュアレが帰ってくるのであろう?ワシは早く会いたくて仕方ないのじゃ……なぁシィナァ〜」
「お祖父様暑いので離れてくださいっ」
「いやじゃ、ほれシィナ、風魔法じゃ」
「はぁ……これでいいですか?」
「おおぅ涼しぃのぉ、シィナは魔法が上手くなったっ偉いっ!」
「えへへへへっ」
「お義父さまはシィナの扱いが上手ね……」
「……さすが父上」
「……風があると涼しいですね……」
今日も我が家は平和です。
今は昼食が終わったところ……今日は少しだけ蒸します……
午後からはどうしよう……午前中は普通に勉強していた。
学院では一応入学試験があるようなので、試験で出されるような内容をお母様が出してくれて、それを調べながら解いていた。
だけど入学試験は11歳だ、そこまで急いでしなくてもいい。
なので午後からは……特に何も予定はない。
今日は珍しく家族全員が午後から出掛けるみたいで、私一人でお留守番。
魔法……今日は外に出たくない……暑い……
何か室内で出来ることが…………あ……ついにアレでも作ってみようか……
ダリル兄様とシュアレ姉様も帰ってくるみたいだし。
よし、そうと決まれば厨房へ行こう。
「レーア、厨房に行くけど一緒に行く?」
「ああ……天気がいいので少しお洗濯してきます、後で私も向かいますね」
「は〜い」
おお……レーアとも今日は別行動だ……完全に一人は珍しい。
私は大広間から食堂へ戻っていく……厨房では使用人さんが少し遅めの昼食を食べていた。
「おや、シィナお嬢様厨房へ何かご用ですか?」
「食事中ごめんなさい、また思い付いたので……少し借りようかと……」
「お前たちさっさと食べなっ!お嬢様がまた何かやらかすよっ!」
「「おうっ!!」」
「やらかしませんよ……ゆっくり食べてください」
私の言葉は届かない……全員が猛スピードで昼食のパスタをズルズルと食べている。
私は冷蔵庫を開けて食材を確認していく……ここには大型魔石冷蔵庫が3つもある。
夏場は重宝する魔石製品だ……開けると冷気が出てきて涼しい……
そして目当ての材料はあるようだ、一度冷蔵庫を閉じて手順を確認する。
「お嬢様、何でも手伝いますので遠慮なく言ってくださいっ」
甘味の達人さんが張り切っている。
他の人もこっちを見ていてワクワクしているみたいだ。
「今回は焼き窯を使うので……火加減とか分からないので失敗するかもしれませんが……」
「それくらい問題ありません、失敗したら改善すればいいだけですっ!」
おお……頼もしい……他にも、分量とかの数字を覚えていないので……まぁやってみるか。
「では、またメレンゲを……砂糖入りでお願いしますっ」
「はいっ!シィナお嬢様っ!」
「今回は甘味だね?他に必要な物はあるかい?」
ジュリエッタさんに欲しい物を出してもらう。
最初はプレーンがいいね。
ちなみに泡立て器はなんだかんだでこの厨房に10本も作って貰った。
「あと、この間の型も出してください」
「あの不思議な型ですね、分かりましたっ……オーブンは温めておきますか?」
「はいっお願いしますっ」
えっと……ボウルにメレンゲで残っている黄身を入れて……砂糖も入れて……
泡立て器で混ぜ混ぜ……小麦粉を入れる。
本当は薄力粉が欲しいけど……まぁたぶん大丈夫……水と油も加えて混ぜ混ぜ……ホットケーキの生地くらいの硬さになれば……たぶんOK。
あ……ホットケーキでも良かったな……今度はホットケーキも作ろう。
私の作業はジュリエッタさんがジッと見て覚えている……少し緊張するんだよね……でも私の拙い作業はジュリエッタさんによってどんどん最適化されていくからね……後は……
「お嬢様、メレンゲが出来ましたっ!これでいいですか?」
「……完璧です、メレンゲをここに……半分の半分くらい入れてください」
「はいっ!」
メレンゲを追加したので、また混ぜ混ぜ……混ざったらまたメレンゲと追加して混ぜ混ぜ……残りのメレンゲを全部加えて細かく混ぜ込んでいく。
「……このくらいで……あ、ヘラってあります?」
「これでいいかい?」
「ありがとうございます、こっちの泡立て器は洗っちゃってください」
「はいよ、型かい?」
「はい、これを型に入れていきますっ」
フワフワ生地を型に入れていく……分量は……ちょうどいいくらいかな。
中央の筒を持ってトントンと空気抜きも忘れずにする。
「ではコレを焼き窯に入れてくださいっ」
「はい、お任せくださいっ」
後は待つだけ……あれ?何か忘れている気が……
「お嬢様、この型は何故真ん中に……穴が空いているのです?」
「それは焼き上がったら分かりますから、後は待ちましょう」
「何かあるのですね?……お嬢様は天才だから……ああ、楽しみですっ」
あっちの記憶で再現してるだけだから私は天才ではありません。
でもあっちの記憶を持ってる事を説明するのも面倒だしね……黙っていよう。
10分後くらいでいい匂いかしてくる……幸せの匂いだ……少しずつ生地が膨らんでいるだろう……焼き色が付いたら…………アレ……なんだっけ?
焼き色が付いたら…………そう、切込みを入れるんだった。
危ない、忘れていたよ……
「オーブンを開けて、焼き色が付いたら……こうナイフで切れ込みを5箇所くらい入れてください」
「分かりましたっ!」
ああ、焼き窯を開けたことでまたいい匂いが……でもまだ切れ込みは入れていないみたい。
後は任せるしかないね……
「あ、ジュリエッタさん、ガラス以外のコップってありますか?陶器とか」
「ええと……コレでいいかい?……お茶でも淹れましょうか?」
「いえ、この後で使うんです」
「このコップをかい?」
「はいっ」
ジュリエッタさんは首を傾げていた。
そして甘味の達人さんが切れ込みを入れたようだ。
もう少しだね……
「パンのようにふっくら焼き上がれば完成ですよ」
「はいっ!見極めてみせますっ!」
達人さんは、ミトン……鍋掴み?ここではなんて言うんだろう?
厚手の手袋をして用意している……厨房の全員が息を飲む……
「…………ここですっ!」
私はコップを持って達人さんに指示を出す……型をひっくり返してと。
「お嬢様、ひっくり返してどうするんですか?」
「このコップの裏側に型の筒部分を置いてください」
「分かりました……お嬢様は下がっていてください危ないですよ」
「はいっ」
達人さんは体が大きいので、難なく型をひっくり返して上手にコップに設置させた。
よし、うまく行きそうだね。
「お嬢様、このひっくり返えすのは何か意味があるのかい?」
「えっと、まずこの方が冷やされやすいのです。」
「……確かにそうだね……それだけかい?」
「後はメレンゲを使っているので、そのままだと潰れていくんですよ」
「……なるほどねぇ……全て計算ずくって訳だね?本当にお嬢様はすごいね」
すごいのはコレを開発した人です……すいません……開発した誰か……
ただ焼き上がったけど……実際に食べないと成功かは分からない。
冷めるまで少し待です。
ジュリエッタさんは冷たい果実水を出してくれた。
なんだかんだで焼き窯を使ったので部屋が暑い……これではなかなか冷めないだろうと思い、私は生活魔法で風を優しく型に当てて冷ます。
「おや、お嬢様はもう生活魔法を使えるんだね、凄いじゃないか」
「この厨房も暑いですからね、ついでです。」
「お嬢様の風は……心地良いですねぇ……はぁ」
魔力制御は最弱だ……この厨房で大風を起こしたら大惨事になる。
ちゃんと慎重に……
「ジュリエッタさん」
「これはダリル兄様とシュアレ姉様が帰って来た時に出してください」
「はい、かしこまりました……シィナお嬢様はお優しいねぇ」
いや、しばらく会議はしたくないだけです。
「それに、この甘味は色々と味付けができるのですよ」
「へぇ……例えばどんな風にだい?」
「今作ったのは基本のケーキですが、ジャムを乗せてもいいですし……作る過程でお茶の葉を混ぜればお茶の風味にも……あと、ミュートの実の皮を細かく切って……」
「ちょ、ちょっと待っておくれ、書き出すからねっ」
冷ましている間に味付けで再現可能なものを記憶から掘り起こしていく……
「…………だから、色んな味に出来るのですよ」
「これは凄い甘味だね……楽しみだよっ」
「まぁこれが上手く焼けていればいいんですがね……そろそろ冷めましたかね?」
達人さんが型をさっと触って温度を確認している。
この瞬間は怖いんだよね……火傷したら怖いよ……
「お嬢様、もう冷えています、たぶん大丈夫でしょう」
後は型から取り出して、切り分けてもらう。
表面は切ってキレイに見せる。
おお……見た目はいい……上品なお皿に乗せれば高級そうに見えるよっ!
「これはシフォンケーキと言います、ただ分量が適当なので試食してみないと味は分かりません……美味しくなかったらごめんなさい」
「いい香りだよ……さあお嬢様、食べてみてくれるかい?」
生焼けとかではないけど、少し怖い……大丈夫だよね……
そんな時に丁度よくレーアが現れる……
「美味しそうな匂いですね……」
「レーア試食してみる?第一号よっ」
「シィナお嬢様いいのですか?……見たこと無い甘味ですね?」
「新作よっ!シフォンケーキっていうの」
「では私が毒見を兼ねて試食しましょうっ」
レーアは躊躇することなくフォークで一口食べる。
「フワフワで優しい味ですっ……美味しいですよっ」
「……レーア、私は酷いことをしました……レーアで試してしまいましたっ!私は卑怯者ですっ」
「シィナお嬢様可愛いいっ…………お嬢様、私は毒見をしただけです、私は私の仕事をしただけですよ、お嬢様」
「でも……」
「それに、正直に謝ったじゃないですか、もしかしたらいけないことだったかもしれませんが、シィナお嬢様は素直に話してくれましたから、大丈夫。 さっきも言いましたけど、美味しかったですよっ」
レーアを騙すと心が辛い……もう止めよう……
「お嬢様も試食しますか?」
「当然ですっ!…………あ、美味しいっ」
厨房の使用人さん全員が食べて美味しいと言ってくれたので一安心だ。
やっぱりシフォンケーキくらい食べ応えがあると満足感が違う。
お茶にもきっと合うだろう。
「お嬢様、まだ半分あるけど、今度はジャムで試そうじゃないかっ!」
「はいっ!出来れば色んなジャムで試したいですっ!」
「はいよっ!ジャムの他にもハチミツもあるよ……」
「レーアっ!お茶が欲しいですっ!」
「は〜い、もうすぐ出来ますよっ」
ああ……幸せっ……お茶との相性も最高です…………お母様じゃないけど、肥えないように気を付けなきゃ……
シフォンケーキの事はジュリエッタさんたちに任せよう……まぁ勝手に美味しくなっていくからね……私は作り方だけ教えればいいのだ。
これでダリル兄様とシュアレ姉様を迎える用意が出来たね……
早く帰ってこないかな……
……それにしても今日は暑い……はぁ……
まだ夏は終わらないね……
私は空を見上げてため息を吐いた……