閑話 ペアレン・コミット
船旅はもう飽きた。
ポニカデンを出航してどれくらい経ったか……毎日魔力循環の訓練しかやる事がない。
どうせなら魔物でも出てきてくれた方が暇潰しになっていいのだが。
……姉上に叱られるから黙っているが……暇である事に変わりはない。
オレの名前は天才賢者ペアレン。
ポニカデン国が誇る絶対唯一の存在、天才賢者ペアレン・コミット様だ。
過去の歴史上、最年少で賢者資格を得た本物の天才だ。
ポニカデンでは姉上と一緒に双賢者と呼ばれている。
そんな天才であるオレはエストニア国という外国へ船旅をしている最中だ。
船にはポニカデン王や国の要人が多数乗り込んでいる。
……こうなった原因はある一通の文が原因だ。
エストニア国からの伝書鳥が運んで来た王家の文。
その内容は見せて貰ったが、衝撃的な内容だった……最初は偽造された作り話と笑う者がいたが、エストニア王家の正式な文で、鳥も間違いなく国家間で使う鳥で間違いなかった。
他国が一斉に会議をして対策、連携しなくては大量の魔物に滅ぼされてしまう。
女神の不在……どう対策しろっていうんだ。
正直オレは半信半疑だ。
同じ賢者でもある姉上ですらオレと意見が合ったくらいだしな。
だが、エストニアのある大陸と違ってポニカデン国は島国で……領土は小さい。
大量の魔物に襲われてはひとたまりもないだろう。
先日大陸のヒルデルート国が半壊したとの情報もある。
真偽を確かめる為にも大陸へ向かわなくてはならない……賢者シィナという存在が鍵となるだろう。
……オレの最年少記録を二年も短縮した賢者。
悔しいが興味はある。
どちらが本物の天才か見極めてやる……覚悟しやがれシィナちゃん。
そしてようやく大陸の陸地が見えてきた。
一応オレと姉上が先行して上陸する予定だ……エストニアにはポニカデンの民も住んでいるから、現地の住人にも確認しよう。
賢者シィナ……有名ならどんな人物か情報くらいあるだろう。
数人で上陸船に乗り込む……魔石があるとはいえ、漕ぐのも一苦労だ。
しばらく船が海を進むと、オレは信じられないものを目撃してしまう。
「な、なんだあの光は!?」
「っ?何事!?ペアレン?」
「姉上、上!いや後ろ!」
一筋の光が一直線にオレの後方へ向かっていった。
なんだアレは!?魔法?
「魔物が……落ちた?」
「はい、姉上!あの光が魔物を貫いたように見えました!」
「一体なんなの!」
「……魔物を倒した?」
オレと姉上は漁村を凝視する。
間違いなくあの村から光は出ていた。
船には王や要人が乗っているので、助かったが……魔物をあの距離で狙い落とす魔法なんて存在しない。
そんな事が出来る存在は女神のみだ。
人族ではあり得ない魔法だった……あの村に何かが居る。
女神か、女神に匹敵する程の存在…………一瞬、賢者シィナという名前が頭をよぎった。
……いや、あり得ないか。
上陸船は無事に桟橋へ到着した。
騎士のように体格のいい男が歓迎してくれた。
「エストニア国へようこそ。ポニカデン国の賢者様とお見受けします」
「ええ、歓迎して下さり感謝致します」
「おい、さっきの光はなんだ!?」
「あー……たぶん賢者様の魔法だと思います」
「その賢者の名は!?」
「落ち着きなさい、ペアレン。申し訳ありません不出来な弟で……」
落ち着いてなんていられません……姉上は呑気な事を……男の前だと猫を被るのは相変わらずだな。
オレの頭を毎日小突いてくるのに……怒られるから言わないが。
そんな姉上から目線を逸らした瞬間……オレの目が黒い髪の少女を見つけてしまう。
居ても立ってもいられなくなり、オレは駆け出した……瞬間転んでしまった。
ずっと船旅をしていたせいで地面が揺れているように感じているんだ。
立ち上がってオレは気合を入れて駆け出した。
エストニア王国へ来て数日が経った。
……状況は理解した。
本当に世界の危機のようだ……オレに何が出来るだろう。
色々と考えたけど、オレには魔法しかない。
魔法なら自信があった……しかし…………あのシィナ・リンドブルグには敵わないと知ってしまった。
オレは天才じゃなかったのかもしれない……いやいやいや!オレは天才だ!
努力する天才は最強だからな。
実際、他国の賢者と比較してもオレはかなり魔法が使える。
今日も賢者シィナに魔法を教わりに行くか。
……でもなぁ…………可愛いんだよな。
面と向かうとあがってしまってどうにも自分を抑えられない。
はぁ……ああいう可愛い女の子がなんで最強の賢者なんだよ……オレの嫁に欲しいくらいなのに…………申し込んでみるか。
いや、一度姉上に相談だ……そうと決まれば姉上の部屋に行こう。
「無理よ。自分が避けられている事に気付いていないでしょ!鈍感な弟ね」
「あっはははっ!姉上は冗談が上手いな!」
「……何度でも言うわ。無理!女じゃなくても分るわ……あんたしつこいのよ。絶対無理!」
「はは……は…………は?」
……姉上は真顔だった。
え?オレって避けられているの?
女性は面白い話をすると喜ぶと言ってなかったか?
だから頑張って気を引こうとしたけど……駄目だったの?
「……馬鹿な弟ね……まったく。シィナ様は無理よ、諦めなさい」
姉上……そんなに優しく抱き締めないでください。
これじゃまるで……本当に……望みもないのですか?
……これまで女の人に興味がなかったから……会話の仕方も分かってない。
でも、賢者シィナはオレの心を奪った存在だ……諦めたくない。
「姉上、ポニカデンに来ないかと誘ってみます。そしてオレは申し込みます!」
「いや、だから……」
「よく考えればオレと婚約出来るなんて光栄なことじゃないか。姉上いけます!絶対いけます!」
「……好きになさい」
もうすぐ世界会議だし、ここは男として勇敢に誘ってみるか!
さあ、賢者シィナ・リンドブルグ!オレの嫁になれ!
会議室の扉が開かれる……頑張れオレ!天才なら絶対いけるぜ!!




