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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第4章 黒髪の賢者
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第44話


 

 ……私たちリンドブルグ家一行は、無事に王都に到着いた。

 馬車は2台、荷車は3台、護衛の数は20人……お馬さんもたくさんいる。

 リンドブルグ領領主のお父様は偉いのだ。

 途中の町や村の宿はほぼ貸し切り状態だった……こういう時私は泊まる予定だった人を気の毒に思う……いつも平民目線なのだ。

 でもちゃんと町長さんや村長さんには話は通してあったので、他の旅人はちゃんと各長が面倒をみてくれたようだ。 

 そんなこんなで王都への旅は一旦終わりを告げた。

 

 季節は春……桜が見たいけどこの世界には存在しない……と思う。

 冬の寒さがなくなって日差しと風が気持ちいい。

 学院を通り過ぎて、大きなお屋敷の敷地に馬車は進む。

 ここは王様から賜った王都のお屋敷。

 庭では何人かの人が生垣の手入れをしている。

 モルトさんのような庭師だろう。

 以前見た時よりも、とても綺麗に整えられていた。 

 私たち一行に気付いたようで、屋敷の中から以前会ったことのあるお城の人が出迎えてくれた。


 ムキムキマッチョな護衛の人たちが荷車の荷物をどんどん運んでいく……

 馬車からはメイド隊が出てきて、私たちが快適に過ごせるように部屋を整えていく。

 レーアとココナさんも腕まくりをして頑張っていた。

 大きな家具は事前に王都の職人さんが作ってくれたようで、その費用もお城持ちだ。

 お父様とお母様も屋敷を見て驚いていた……昔は名の知れたお貴族様の屋敷だったらしい。

 最近お亡くなりになったみたい……知り合いだったようだね。


 まだ午前中なので、屋敷を整えている間にお父様とお祖父様はお城へ行って王様に謁見するらしい……飛竜討伐の件とかの報告もあるだろうしね。

 シュアレ姉様は学院へ行って少しお仕事をするとか。

 お母様は子猫の奇跡亭巡りだ……私はお母様について行こう。

 いつもより早めに王都に到着したので、春の始業式までまだ時間はあるからのんびりしよう。

 お母様のお付きのメイドさんと馬車に乗り込み、とりあえず1号店へ向かう。

 やっぱり馬車があると楽でいいね。

 王都は大きすぎるのだ……せめて自転車があればいいのだろうけど。

 ……ドワーフさんに作って貰おうか。

 便利な道具はドワーフさんに言えば大体作って貰えるからね……構造もある程度把握しているし……簡単な図面は描けると思う。

 よしよし……また生活レベルが向上するね。


「……久しぶりに王都に来たけれど、色々と変っているわね」

「お母様のおすすめのお店はまだ健在ですよ」

「そう……歳は取りたくないわね」

「お肌はだいぶ若返っていますよ……」

「うふふっ、そうっ?」

 

 ……10歳以上若返って見えるのは事実だ。

 私の水魔法を使い続けるとこうなるのか……現代日本でもこのアンチエイジングにはびっくりするだろう。


 喫茶店では料理長のモーガンズさんから色々と報告を聞いて、ついでにお茶と甘味も貰う……んん〜っ!旅の最中では味わえない甘味は最高ですっ!

 しばらくしたら報告が終わり、モーガンズさんが喫茶店巡りに加わった。

 そういえば2号店や3号店には行ったことがなかった。

 お母様の話では4号店も計画していて、王都の東西南北に作る予定らしい。

 イレーヌ姉様もいるから仕事が捗るようです。


 学院から見てお城の奥にある2号店も行列ができている……こっちも大盛況だ。

 2号店の料理長からも色々と報告を受けていた。

 足りない物があればお母様自らメモを取って思案していく。

 経営者というのは大変そうだけど、お母様は楽しんでいるので見ているだけでもおもしろい。


  

 忙しいところお邪魔しました。

 2号店の次は最近オープンしたばかりの3号店へ行く。

 王都の東側……こっちも行った事がない。

 なんだろう?職人さんのお店?工房が多い場所だ。

 リンドブルグのドワーフさんがやっている鍛冶屋に似ているところもある。

 職人街と呼ばれているらしい。

 働く男の多い場所……ここの3号店は甘味より肉料理の売上がいいらしい。

 喫茶店じゃなく食堂の方が儲かるかもと考えていたけど、職人の奥さま方の評判もいいらしく、甘味もお茶も人気があるらしい。

 つまりここも大人気のお店になっている。

 ジュリエッタさんと料理を作っていた頃は、こうなるとは思いもしなかったよ。

 丁度お昼の時間なので、3号店の料理を頂く事にした。

 ここの料理長は緊張しているだろう……経営者であるお母様に料理を食べて貰うのだから。

 更にモーガンズさんというお目付け役的な人までいるのだ……私なら胃が痛くなる状況だね。

 でも料理はとても美味しかった。

 少しだけ塩が効いているのは働く男性に丁度いいらしい。

 いいね……同じ喫茶店でも場所ごとに色があるのはいい事だ。

 ちゃんと食べる人の事を考えている料理になっている。

 男性向けの料理か……何か思いついたらまたレシピをあげよう。


「……そういえば、屋敷で料理をしてくれる人はどうなりましたか?」

「既にお屋敷で腕を振るっている筈です。……ただ、シィナお嬢様が居ないので肩透かしを食らっているでしょう、はははっ」

「……それは悪いことをしましたね」


 夕食はその人の料理を褒めてあげよう。

 どんな人だろう?ジュリエッタさんみたいにいい人だといいな。



 午後からは4号店の予定地を見に行ったり、市場で買い物をしていった。

 途中でモーガンズさんと別れ、お母様と一緒に王都の買い物を楽しんだ。

 あまり親と一緒にいられないのがお貴族様だ。

 お母様と買い物なんて久しぶりだしね。

 いつもレーアがいるから寂しくないけど、やはりお母様と手を繋ぐのは嬉しいものだ。


「市場の様子は変わりましたか?」

「いいえ、ここは変わらないわね……懐かしい」


 お母様も学院に通っていた頃は私と同じように市場を楽しんだのだろう。

 果実水を買って、適当な椅子に座ってまったりしながらおしゃべりをしていく。


「……シィナはエストニアに行きたい?」

「……できればずっとお母様や姉様と一緒がいいです」

「そう?王族には興味ないの?」

「私はリンドブルグの方が好きです……美味しい甘味をジュリエッタさんと作ってお母様と姉様に食べてもらったり、お祖父様の肩に乗ってお祭りに行ったり……たまに飛竜や魔物を討伐したりする方が好きですね」

「ふふっ、飛竜がまた来たら王都に屋敷がもう一軒増えるわね」 

「それは大変ですねっ!」

「……シィナは好きなように生きなさい。リンドブルグが好きならずっと一緒にいましょう。……今年の秋はレーゼンヒルクに遊びに行くのでしょう?レーゼンヒルクの先にはヒルデルート王国もあります。ヒルデルートに遊びに行ってもいいし、エストニアに行ってもいいわ。シィナは移動する魔法もあるのだから、いつでもリンドブルグに帰って来れるのでしょう?好きなように……自由にしていいのですよ」

「…………自由にしても……いいのですか?」

「勿論よ。誰かと婚約してもいいし、しなくてもいいわ……賢者として生きるのもいいし、お城で暮らしてもいいの……だけど、ちゃんと報告だけはしなさい。何かをする前には必ず誰かに相談しなさい。シィナの行動一つで、もしかしたら悲しむ者がいる事を忘れないで」


 ……こんなお母様は初めて見た。

 私は……愛されているのですね。

 自由……自由か……お母様の言ったように、この世界を見てまわるのも面白いかもしれない。

 あっちの世界では病院の中の小さな部屋で苦しんでいた私だったけど、ここでは……自由。

 シィナちゃん、自由だって……いいお母様で良かったね。

 (………………)

 そうね、報告連絡相談は大事だからね。

 あっちの世界ではホウレンソウって言うんだよ……お野菜の名前……まぁ、それはどうでもいいか。

 自由か……いい言葉だね。

 お母様の言葉は私には眩しすぎた。

 

 

 日が暮れる前に屋敷に戻る事にした……そうだ、料理人さんに挨拶しないと……どんな人かな?

 屋敷に帰る時に、丁度姉様が学院の敷地から出てきたので、一緒になって屋敷に帰る。

 始業式の準備をしていたらしい……先生も大変だ。

 とりあえずレーアが用意してくれた私の部屋に行ってみる。

 無駄に大きくて豪華だった……だけど寮の私物などを持ち込めば感じは変わるだろう。

 補修したチャッピーぬいぐるみは机に置いてある。

 今回はチャッピーはお留守番だ……イレーヌ姉様が面倒をみてくれている。

 次のお休みでここに連れてきてもいいかもね。

 ……まだ瞬間移動は実験中だ。

 物を運ぶのはできるけど、生き物を運べるかはわからない。

 いきなりチャッピーと瞬間移動して、事故でも起こったら最悪だ。

 そこは慎重にしないといけない……生き物の命は重いのです。


 部屋を出てレーアに色々と案内して貰う。

 お茶をする部屋や、姉様の部屋……フォルナちゃんの部屋もある程度用意してくれたので、いつ来ても大丈夫らしい。

 二階は私や姉様の部屋……お貴族様用で、一階と三階はメイドさんや護衛の人に使って貰う……基本的にリンドブルグ仕様となっている。

 というかそこは自由自在で、いくらでも変えられる。

 大勢でリンドブルグから来たけど、まだまだ余裕がある……さすがお貴族様の屋敷だ。

 私はそこまで部屋のこだわりはない……どちらかというと厨房とか馬小屋とかの方が気になる。

 早速厨房へ挨拶をしに行ってみようか。

 ……そもそも男性なのか女性なのかも聞いていない。


「…………おおおっ!?シィナ様っ!!お久しぶりでございますっ!」

「……エイドジクスさん?どうしたのですか?」

「えっ?こちらで料理長を任されたのですが……」

「はっ?お城の副料理長を……辞めたのですかっ!?」

「はいっ!モーガンズ料理長から話を伺いまして、即座に了承しましたっ」

「お、おバカですかっ!お城の……王宮副料理長なんて待遇もいいでしょう!?」

「シィナ様のところの方がのびのび料理ができるし、何より新作料理もいち早く試せる……と甘言に乗せられましたが、後悔は一切ありませんっ!」

「…………」


 開いた口が塞がらない……モーガンズさんのおバカっ!

 エイドジクスさんもモーガンズさんも極度の料理バカだった。

 厨房には持ってきた新品の遠心分離機が光っている……まだお城にもない物だ。

 確かに新作の甘味や料理はここが一番早く試せる……えっ?それだけでここに来たの?あり得ない……


「ほとんど夕食の仕込みは終わっておりますが、食べたい物がございましたらなんでも仰ってくださいっ」


 エイドジクスさんは自信満々に胸を叩いた……まぁ……こうなった以上ここで料理をしてもらうしかない。

 ……前向きに考えよう。

 以前食べたお城の料理は美味しかった。

 しかも私のレシピを知っているので、料理の質は問題ない。

 人柄は一旦隅っこに弾いておいて……良い事なのは間違いない。


「……お城では知りませんが、ここでは氷を使い放題です。いつでも氷が欲しい時は言ってください」

「おおっ!!さすが賢者様っ!噂の氷魔法ですねっ!」


 うるさい。

 でもまぁ……許容範囲か。

 とりあえず何も言わずに今日は任せよう。

 他にも何人か料理人がいたけど、なんか疲れた……後で挨拶しよう。


「私はあの人苦手です……」

「レーア、私も同じだから大丈夫だよ」


 ……うん。

 何も言うまい。


 お父様とお祖父様の帰りが遅い……お城で何をしているのだろう?

 もうすぐ日も暮れるのになかなか帰ってこない。

 お馬さんたちにお水を与えながら空を見上げる……

 星が綺麗だね。

 リンドブルグも王都でも星が綺麗だ……日本とは違い、街の灯りはあまり強くないし、空気が澄んでいる。


 ……ふと思い出す。

 魔素って本当にあるのだろうか。

 こんな綺麗な空気の中に魔力の元が存在しているとは思えない。

 ……でも火のないところに煙は立たないという。

 何か確信があって魔素という言葉も生まれたのだろう。

 ん?馬車の音がする。

 お父様とお祖父様が帰ってきたっぽい。

 よし、お馬さんの水は満タンにしておいたから後は大丈夫かな。


 玄関へ行くと、二人共馬車から降りたところだった。

 ……表情が険しい?何かあったのかな?


「お帰りなさいお父様、お祖父様」

「うん?シィナか……何をしていたのだ?」 

「お馬さんにお水をあげていました」

「そうか、シィナの水は最高じゃからな……」


 ……大丈夫かな?無理しているように見える。


「王様に何か言われたのですか?」

「……食事の後にしよう」

「うむ、そうじゃな……まずは腹を満たそう」


 お祖父様が私を肩に乗せて屋敷に入っていく。

 なんだろう?嫌な感じがする。


 二人が帰ってきたので、夕食が始まる。

 エイドジクスさんの料理は……さすがといった感じだ。

 ジュリエッタさんの料理が高級レストランとするなら、エイドジクスさんの料理はフレンチ料理といったところか…………フレンチ料理なんて食べたことない……要は品がある感じだ……私は勝手にフレンチ料理をそう思い込んでいるだけだけどね。

 でも基本のレシピは同じなので、味は変わらない……うん、美味しい。

 料理は見た目で雰囲気とかが変わるんだね……おもしろい。

 私のレシピ以外に王都の食材で作られた料理も美味しい。

 これは堪りません。

 さっきまで少し怖い雰囲気だったお父様とお祖父様もこの料理を食べて満足そうだ。

 食後の甘味も素晴らしい……お母様と姉様も喜んでいた。

 …………性格はアレだけど、この料理を作ってくれたエイドジクスさんにはご褒美として新しいレシピを書いてあげよう。

 昔、私の誕生日でお祖父様につまみ出されたエイドジクスさんは、今は私の食事を作っている……不思議な縁だね。


 夕食の後はお父様から話がある。

 お母様も何かを感じたのか、真面目な表情をしていた。


「ヒルデルート王国で魔物の氾濫が起こったらしい。騎士団は半壊し、死者多数との事だ」


 魔物の氾濫?死者多数…………それってまずいのでは。

 ヒルデルートはフォルナちゃんのいるレーゼンヒルク領の先にある。

 第三王子の故郷だ。

 一瞬最悪なビジョンが頭をよぎる。

 フォルナちゃんが魔物に襲われるのだ……私は血の気が引いてしまった。


「シィナ大丈夫じゃ、レーゼンヒルクには何も影響がないと言っておった」

「賢者エトワルド様が言うには、過去にも魔物の氾濫はあったという。一度溢れた魔物はしばらくの間、大人しくなるようだ。今すぐ救援に向かわなくても大丈夫だとも言っていた」

「リュデル王国はヒルデルート王国へ支援をすることになったのじゃ。騎士団の再建の為の物資や食料などを送る……エトワルド様が一度様子を見に行くようじゃ」

「……エトワルド様が行くのですか?ヒルデルートには賢者様は居ないのですか?」


 エトワルド様はそこそこおじいちゃんだ。

 まだ元気だけど、この国の為にいるんじゃないの?


「ヒルデルートにも賢者はおる。しかしだいぶ高齢で……死期も近いとか言っとったのじゃ…………歳は取りたくないのぉ」

「……ヒルデルートの第三王子からはシィナに来て欲しいと強い要請があった。……国を想う立派な王子だな」

「ふんっ!ワシの孫をそんな危険な場所に行かせる事など許可できんっ!まだシィナは正式に賢者でもないのじゃっ」


 ……お祖父様…………もしかして王族相手に怒鳴ったりしてないよね?

 ヒルデルートか……第三王子は興味ないけど、他の国には行ってみたい。

 お母様の言葉……自由……なんていうか枷がなくなった感じがする。

 枠にとらわれずに生きてもいい……でも……


「賢者様が行くなら、シィナは王都にいなさい……いいわね?」

「はい、姉様。私はここにいます」


 姉様はこういう時は私の身を一番に考えてくれる。

 大丈夫、行ってみたい気持ちもあるけど、私はここにいるよ。

 賢者様に任せておけば大丈夫……

 でも、レーゼンヒルクに何かあれば文字通りすっ飛んでいくからね。

 お母様は何も言わず、私をジッと見ていた……


 とりあえずヒルデルート王国の報告は終わった。

 ちなみに賢者様は賢者就任式の後にヒルデルート王国へ向かうらしい。

 他にも就任式の件や、屋敷の事などを家族と話していった。


 

 翌日は寮の荷物をこっちへ持ってくる事にした。

 まだ冬休み中で寮にいる人はそんなにいないので、一気にやってしまおう。

 女子寮にムキムキマッチョな兵士さんたちが入っていく。

 僅か10分程でほぼ全ての荷物はなくなり、メイドさん部隊が一気に掃除をして入寮した時の状態に戻されていく……

 凄かったけど、少し寂しくもあった。

 まるで私の存在が初めからなかったような気がしたのだ。

 私は最後にお辞儀をする。

 約2年間お世話になりました……王都といったらこの部屋なので、結構思い出がある。

 レーアがマイヤーレ寮長に鍵を返却してから私たちは寮を出た。 


 まぁ、学院の生活はまだまだ続くので、他の令嬢たちの部屋に行くこともあるだろう……あまり気落ちしてもしょうがない。

 馬車に乗って屋敷に戻ると、今度はさっきの荷物を部屋に設置する作業だ。

 兵士さんとメイドさん部隊は今度は姉様の住まいに突撃していった。 

 そっちは姉様に任せて、私はレーアと一緒に物を配置していく。

 寮の部屋より大きい部屋なので、好きな様に置いても問題ないね。

 うん……寮の部屋の感じが戻ってきた。

 これから宜しくお願いします。


 

 ……あれ?やることがなくなった。

 まさかこんなに早く引っ越し作業が終わると思っていなかったのです。

 いきなり暇になってしまった。

 お父様とお母様はどこかに行ってしまったし……どうしようか?


「おお〜いっ!シィナァ〜」


 ん?お祖父様の声がする。

 部屋からテラスへ出て、下を見てみる。


「やるかっ!?」

「……はいっ!」


 お祖父様はその場でモモ上げをしていた。

 たまにお祖父様と屋敷の敷地内をランニングしているのだ。

 そういえば今朝はランニングもしていなかったので丁度いい。

 まだお昼前なので運動しよう。


 お祖父様はとても楽しい。

 陽気で明るく私とシュアレ姉様を心から可愛がってくれる。

 おじいちゃんの見本のような人だ。

 性格でいうと、こういう男性が好きかもしれない。 

 でもなかなかいないよね。

 運動着にサッと着替えて、お祖父様とランニングをしていく……

 ここはリンドブルグの屋敷程大きくはないけど、敷地一周はいい運動になるね。

 

「そういえば、エストニアの王子と話したぞ」

「っ!?そ、そうですかっ?」

「うむ……シュアレの言ったように、体の線は細いがいい男ではあったな」


 ……お祖父様基準でいうと王都のほとんど人は華奢に見えるだろう。

 リンドブルグ領の男性がおかしいのだ。


「……シィナはああいう男が好きなのか?」

「そこまで……ええっと、好きとかはわかりませんが、お母様は自由に生きていいと言ってくれました。今後どうなるかはわかりません…………私はお父様やお祖父様のような朗らかで頼り甲斐のある男性の方が好きですっ」 

「そうか……そうかっ!うぉおおおぉおっ!シィナは誰にも渡さんぞぉおおおおっ!!」

「うわわわっ!おじーさまぁああっ!」


 お祖父様に肩車された私は頭に掴まって全力疾走するお祖父様の上で風を感じる。

 お祖父様と笑い合いながら運動するのは楽しいのだ。


 この日は他にやることがなかったんで、お祖父様と一緒に王都の散歩にも行った。

 お祖父様のお気に入りのお店に行ったりもした……お祖父様は国の英雄だ。

 特にお年寄りからは絶大な人気があり、どこに行っても声を掛けられていた。

 孫自慢をするお祖父様は嬉しそうだ……今では私も有名人だったので、色んな人から声を掛けてくる。

 馬車を使わないで歩くのもいいものだね。

 人情味のある人ばかりなので、王都もいいところだと再確認できた。



 翌日はフォルナちゃんが王都に到着した。

 魔物の影響は本当に大丈夫だったようだ。

 こちらと同じ様にフォルナちゃんのお父さんとお母さんが一緒にやって来た。

 荷物も護衛も同じ様な感じだ……同じ辺境伯領領主だからね。


「貴女がシィナ・リンドブルグ嬢だね。娘と仲良くしてくれているようで感謝する」

「本当に黒髪が綺麗で素敵ね。この屋敷の件といい、美味しい料理も教えてくれてありがとう」

 

 私の両親と同じくらいの歳で、優しそうなお父さんとお母さんだ。

 お母さんはフォルナちゃんによく似ている。

 エドニス先輩はお父さん似だね。

 ……ちなみにエドニス先輩は引き続き両暮らしだ。

 フォルナちゃんのお兄さんなので一緒に暮らしてもいいかもと思っていたのだけど、シュアレ姉様が学院の先生としてNGを出してしまった。

 なのでフォルナちゃんだけ寮から引っ越しと相成った。

 残念だね、フォルナちゃん……


 私の両親とフォルナちゃんの両親は急ぎ話すことがあるようだ。

 恐らくヒルデルート王国の魔物の件だろう。

 屋敷の部屋に行ってしまった。


「お父様とお母様もシィナちゃんの賢者就任式に出るんだって」

「……ああ、そうなのね」


 うう……今更ながら少し緊張してきた。

 なんでもリュデル王国のほとんどの貴族が賢者就任式に参加するようで、王国内でも一大イベントのようなのだ。

 賢者とはそれくらい貴重な存在らしい……お祖父様がそう言っていた。


 リンドブルグ領とレーゼンヒルク領の護衛さんたちによってフォルナちゃんの家具なども運ばれていき、このまま寮へ行って今日中に引っ越し作業を終わらせていく……メイドさんたちも総出で働いてくれて人海戦術は成功した。


 大変なのは料理長のエイドジクスさんだ。

 これからしばらくレーゼンヒルクの人たちもこの屋敷に滞在するので、リンドブルグの人を含めると100人近い人の食事を作らなくてはならない。

 他の料理人さんたちは子猫の奇跡亭から選抜された人たちだったようで、腕はとても良い……

 でも元王宮副料理長といってもさすがに人手が足りないようなので、メイドさんや料理のできる護衛さんたちも働いてくれた。

 すみません、いきなりハードになってしまって。



 就任式は学院が始まる前に執り行われる。

 春の王都では周辺のお貴族様も続々集まってきている。

 学院を卒業した先輩方の姿もちらほら見かけた……もう結婚している先輩もたくさんいて、街で会った時は驚いた。

 姉様の同級生はお腹に赤ちゃんがいる人もいて、姉様は優しい表情でお祝いしていた。

 まだ二十歳前だけど、貴族令嬢はたくさん子供を産んでお家を支えなくてはならない。

 多くの魔力を扱える貴族という存在は、やはりこの世界では貴重なのだ。

 ヒルク兄様とイレーヌ姉様の赤ちゃんも凄く楽しみだ。

 絶対に可愛いと断言できるね……あの美男美女の遺伝子を引き継いでくるのだから。

 早く赤ちゃんができるといいな……


 それから王都に集まってくるのはお貴族様だけじゃない。

 リュデル王国の国内には人族以外も住んでいる。

 耳の長いエルフさん……存在は知っているけれど初めて見た。

 ファンタジーの定番種族は森の番人と言われ、あまり人前には出てこない。

 以前杖の枝を採取した精霊樹も人とエルフさんが管理しているようだ。

 そんなエルフ族のお偉いさん一行も賢者就任式に出る為にお城へ向って行った。

  

 ちなみにドワーフさんはリュデル国内にちらほらしか居ないけど、この大陸の遠くにはドワーフ王国なる国も存在する。

 確かエストニア王国よりも更に遠くだ……

 他にもホビット族なんかも居る……私よりも低い背丈でヒゲを生やした種族だ。

 人以外の種族……普段はなかなかお目にかかれない存在を目の当たりにするとファンタジーって感じがする。

 その族長クラスが次々とお城へ向かう。


 やっぱり今更ながら緊張してきてしまうよ……

 もう数日で就任式だからね。

 私は姉様と手を繋ぎながら、ハチカちゃんのペンダントを握りしめた。

  

 

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