第4話
あかさたな……はまやらわ……ようやく一通り文字を覚えきった。
なんだかんだで約1月以上かかってしまった。
なにせ文字の勉強の他にも魔力制御の練習もあるし、お母様と甘味開発もしなくてはならない、シュアレ姉様とダリル兄様は学院に旅立ってしまったので、お母様の相手はもっぱら私が相手をするのだ。
正直忙しいのも楽しいので、何事も全力で楽しんでやれているの。
それに基本文字を習得したので、本が読めるのが幸せなのだ。
ちなみに基本文字以外にも数字の勉強もしたので完璧に仕上った。
もう読めない物は存在しない……甘味のレシピも書けるし、読める。
そしてお母様と私は近くの街に来ていた。
何故街に来たのか……理由はあった。
私の甘味のレパートリーが多すぎた様で、試食し過ぎて……少しお母様の体積が増えたのだ。
私は変わっていなかったけど、街に行ってみたいと言ったら運動を兼ねて街に行くことになった。
この世界の初めての街に私は興奮する。
まるで海外旅行に来たみたいで物珍しいのだ。
しかもお母様が仕立てたばかりの落ち着いた色合い服を着てきたので正直嬉しい。
白のブラウスに紺色のスカート……シンプルなコーディネートだけど、それがいい……ピンクのフリフリより断然いいのだっ!
あまり貴族っぽくないので、お母様からは少し不評だけど、私が着たいのはこういう地味……いえ、シンプルな服よ。
「お母様、この衣装は動きやすくて素敵です、ありがとうございますっ」
「そう?もっと華やかにしてもいいのよ?」
「それは別の服でお願いします……それより、いい香りもしますよっ!アレはなんですか?」
「あそこは屋台市場ですね、色々な食料品が売られているし、屋台でも食べることも出来ますよ」
「へぇ〜……お母様、これからどちらに行きましょう?」
お母様は一応ダイエット中だから食べ物以外で何かないかな?
「シィナは初めてだから、一通り周ってみますか?気になったお店があれば入ってもいいですよ」
「そうしましょうっ!」
街はアーケード街のような作りなので、店先を覗きながらゆっくりお母様と歩いていく……色んなお店がある……とにかく知らない物だらけだ……
衣類や生地を売っているお店……ここはお母様に任せよう。
隣のお店はなんだろう?木材屋?いや、金属の鎧とかもある……鎧……初めて見たよ……なんだここ?
「お母様、ここは何のお店ですか?」
「ここは鍛冶屋ですよ、包丁とか鍋も扱っているのよ」
鍛冶屋っ!?凄いっ……こんなところがあるんだ………………包丁……鍋……
もしかして…………
「お母様っ!甘味を作る道具を一つ注文してもいいですか?」
「いいわよ、ここは家でもよく贔屓にしている鍛冶屋ですから信用できますしね、私は隣のお店で生地でも見ていますから、注文してらっしゃい」
「えっ……私が一人でですか?」
「ふふっ、これも社会勉強ですよ……大丈夫、ここの店主は私たちを知っていますから……いってらっしゃい」
いきなりの難関だよっ!大丈夫かな……お母様はもう隣の服屋さん入ってしまったし…………とりあえず中に入っても……いいよね?
入口とかは特にない感じの開けたお店だ……中に入ると確かに包丁やナイフも置いてある……これって剣?日本刀じゃない剣なんて初めて見るよ……
私はキョロキョロして店内を物色していく……
「……いらっしゃい、何か探しているのか?」
「わわっ!?」
急に男性の太い声がしたので私はびびってしまう。
どこにいるの?
「何処を見ている……ここだよ……」
「えっ!?」
目の前に居たが小さくて気付かなかった……大きい男性を探したせいかな?
私と同じくらいの背丈だけど……全体的に太い……そして見つけられなかった原因の一つ……凄いヒゲとモジャ毛のせいで人に見えないのだ……
……アレ?人……人間じゃない?もしかして……
「あ、あのすみません、失礼かもしれませんが……ドワーフさんですか?」
「ん?お嬢ちゃんはドワーフを見たことないのか?」
「は、はいっ」
「そうかそうか、じゃあ、ワシがお嬢ちゃんの初めて出会うドワーフだよ」
「やっぱりドワーフさんだっ!」
ええ〜!ファンタジーの定番だよね?たぶん。
ドワーフさんと話してしまった……けむくじゃらでなんか……可愛いかも……
「ハッハッハッ!元気なお嬢ちゃんだ、それでお嬢ちゃんはこの鍛冶屋になんか用か?」
「あ、えっと作って欲しい道具があって……」
「道具?どんな道具だ…………その前に金はあるか?」
「お金はお母様が持っています、隣の服屋さんに居ます」
「そうか……で、どんな道具が欲しいって?」
「ええと、料理で使う道具で…………」
説明が難しい……アレってどう表現したものか……
「たぶん……ドワーフさんも作ったことないんじゃないかな?」
「ほう、ワシが作ったことのない家庭用の道具か……説明できるか?紙に絵を書いてもいいぞ?」
「絵を描きますっ、その方が伝えやすいと思うから」
「ちょっと待っていろ………………ほら紙とペンだ……そこのインクを使いな……」
「ありがとうございますっ」
私はそこそこ絵心がある……たぶん。
持ち手に細い輪っかを何個か描いていく。
「なんだこりゃ?確かにこんなヘンテコな道具は作ったことはない……何に使うんだ?」
「泡立てる道具……なんだけど……えっと……この部分は…………」
私は絵を更に細かく説明する。
ドワーフさんは説明を聞いて紙にメモを書き出した……
結構細かく説明したので、たぶん大丈夫だろう……
「ふむ、この仕様なら出来ると思う……2日後に取りに来い」
「そんなに早く出来るの?凄いっ!」
「ヘヘっ!当たり前だ……ワシは領主様のところからも依頼されるくらいだからな」
「あ、申し遅れました、私はシィナ・リンドブルグと言います……一応領主様の娘です……」
「…………はぁ!?……お嬢ちゃん…………ちょ、ちょっと待っていろっ!」
ドワーフさんは店の外に出て行ってしまった。
隣の服屋さんから女性の声が聞こえた。
ああ、お母様を確認しに行ったのか。
すぐにドワーフさんは息をきらせて戻ってくる。
「お、お嬢ちゃん……いやお嬢様、大変失礼しましたっ!誠心誠意この道具を作ってみましょうっ!」
「ふふっ、お嬢ちゃんでいいですよ、いつもの喋り方でいいですから」
「いえ、いいえ!ワシは領主様に……先代領主様に拾って貰った大恩がありますんで……この道具は出来たらお届けに行きますよっ!」
「そう?私はどっちでもいいけど……」
「なら、ワシが届けますっ!お屋敷でお待ち下さいお嬢様っ!」
「じゃあお願いしますっ!」
「へいっ!お願いされましたっ!早速この……この…………コレの名前は何ていうんです?」
「コレは泡立て器ですっ!」
「泡立て器っ!早速取り掛かりますっ!」
ドワーフさんは店の奥に行ってしまった。
大丈夫だよね?……私はお母様の所に戻って行った。
お母様は生地を何反か購入したみたいだ。
やはりお屋敷に運んで貰うらしい。
貴族は買った物をあまり持たないみたいだ……これも常識か……
「シィナ、お昼はどうする?街で食べる?それとも屋敷に戻る?」
「街で食べましょうっ……何があるのか知りませんけど……」
「じゃあ……前にシィナが……記憶を無くす前に行ったことのあるところでもいい?」
「はい、どんなところですか?」
「宿屋と食事処をやっているの、そこの食事はシィナの好物だったの……」
以前にシィナちゃんが行ったことのあるお食事処か……
興味はある……どんな食事だろう?
「お母様、ではそこへ行きましょうっ」
「ええ……」
私はお母様と手を繋いで目当てのお食事処を目指す……
少しお母様の感じが……気のせいかもしれないけど、元気がないように見える……大丈夫かな?少し心配だ。
その食事処は近場だった。
街には大広場と言われる場所があるのだけど、その広間に面した綺麗で大きい宿屋だった。
もしかしたらこの街の一番のお宿かもしれない。
まだお昼前だけど早めに入るのも全然アリだね。
広間を歩くと街の外もよく見えるのだけど…………なんだろう?アレは……
「お母様、街の外のあの白い物体はなんですか?」
「白い物体?…………ああ、あれは鳥の一種よ」
「…………アレが鳥ですか?地面に転がっていますけど……」
「ええ、モコモコっていう鳥よ……鳥だけど飛べないのよ」
ペンギン的な……いや、白くて丸い物体にしか見えない……
よく見ると一応転がって動いてはいる……不思議生物です。
外の平原に無数に転がっている……モコモコ……触ったら柔かそう……モフモフしてそうだ……ああ……触ってみたい……
「シィナ、行くわよ」
「お母様……あのモコモコはモフモフですか?柔らかそうです……」
「えっ?モコ……モフモフ?……そ、そうね、柔らかいわよ?」
「お母様、一匹……いえ、一羽捕まえてきてもいいですか?」
「ダメよ、街の外は何がいるか分からないの……危険ですよ」
「あんなモコモコがいっぱい居るのですから安全では?」
「モコモコは魔物や人間も狙わないのよ?」
「え?あんなに無防備で弱そうですが?……」
「さて、何故でしょう?……答えは食事の後でね?」
「そんなお母様っ!ひどいですっ!」
おあずけされてしまった…………何故かな?……毒を持っているとか?
まぁ考えても答えは食後だし、とりあえずお母様を追う。
パタパタと追いかけてまたお母様の手を握ってから歩き出す……
やっぱりお母様の手を繋ぐと安心する。
心というより体が安心する感じだ……シィナちゃんが安心してるのかな?
そのまま宿屋の扉を開いて中に入る。
ロビー、受付、階段……あっちが食事をする場所かな?
「おや、ゾーイ様いらっしゃいませ、お食事ですか?」
「ええ、2人分宜しくねカーラ」
「……2人分……って……えっ?この子シィナ様かいっ?一体どうしたの?」
「色々とあってね……どう説明したらいいか……」
この宿屋の女将さんだろうか?私の事を知っているようだ。
それにお母様は女将さん?と結構仲がいいようだ。
「シィナ様っ!お久しぶりですっ!」
「えっ?だ、誰?」
「ええっ、私をお忘れですかっ!?」
「ああっ……ハチカちゃん、ちょっとこっちに来て」
ハチカちゃんと呼ばれた女の子は、お母様が何か話をしている……
シィナちゃんと同じくらいの歳だ。
もしかして……友達?
シィナちゃん、ハチカちゃんって誰?
(………………)
やっぱり友達かぁ……ああ、お母様が今説明してるんだ。
私の記憶障害を……
シィナちゃん、任せてっ!また友達になってあげるからっ!
「……そ、そんな……シィナ様が……そんな大変な事になっているなんて……」
「ハチカちゃん……またシィナと友達になってくれるかな?」
「ゾーイ様……ハチカ、シィナ様と少し話してみるかい?」
ハチカちゃんは私を見て少しうろたえているように見える。
少し気の弱そうな感じ……ここは精神的にお姉さんの私の出番だねっ!
「えっと、ハチカちゃんは私と……前の私と友達だったの?」
「は、はい……よく私と一緒に遊んでくれました……」
「女将さんっ!ハチカちゃん少し借りていいですかっ!?」
「へっ?そりゃあいいですが……」
「ハチカちゃんちょっとこっちに来てっ!」
「わわわっ!シ、シィナさまっ!?どこへいくのですかっ!?」
「いいからこっちっ!」
そこそこ強引にハチカちゃんの手を掴んで外に出ていく……
ちゃんとハチカちゃんは足を動かしてくれた……さっきの広場に連れて行く。
「はぁはぁっ……いきなりごめんねハチカちゃん」
「はぁっ……い、いえ大丈夫ですっシィナ様……」
「ねえ、ハチカちゃん、教えて欲しいことがあるの……私に教えてくれるかな?」
「は、はぁ……何をでしょうか……」
「ん〜と……何個かあるけど、まずは……アレっ!アレの事を教えてっ」
私は街の外の白い物体を指差す。
ハチカちゃんは私の指の先をゆっくり確認してく。
「モコモコの事ですか?」
「そう、モコモコ……鳥なんだよね?」
「はい、モコモコは飛べない鳥です……それが何か?」
「お母様が言っていたの、モコモコは人間や魔物から襲われないって……どうして襲われないの?」
「それはモコモコは……体は小さいんです……羽は多いですが食用にならないくらい小さい……です」
「なるほど……お肉にならないんだ……」
羽を一生懸命取り除いても肝心の肉が少なかったらコスパが悪いのか……なるほどねぇ…………でも…………
「は、はぃ…………本当に……記憶が……」
「うん、記憶喪失……じゃあ次っ、私の事を教えて?」
「えっ?」
「ハチカちゃんの知っている私はどんな女の子だった?」
「……それは……」
「変な子だった?それとも面白い子?怒りやすかった?私の事教えてくれないかな?」
「シィナ様は明るくて頭が良くて、こんな私とお友達になってくれるくらい……とてもお優しい女の子でした」
シィナちゃんっ!この子可愛いっ!
いい子……この子すっごくいい子だねっ!さすがシィナちゃんの友達だよ。
「そうなんだ、じゃあ最後の質問…………今の私と友達になるのは……嫌ですか?……前の私とは違うし、髪の色も変わっちゃったけど……」
「い、嫌じゃないですっ!シィナ様は記憶がなくなってもシィナ様ですっ!嫌じゃないです……」
「じゃあ、また友達になってくれますか?」
「はいっ!勿論ですっ!」
私はハチカちゃんと手を握る。
ハチカちゃんは握り返してくれた。
小さい手と小さい手……ああっ……尊い……
「ハチカちゃんは私の初めての友達だよ……これから宜しくねっ」
「私も友達はシィナ様しか居ませんが、宜しくお願いします」
「うんっ!」
「ふふふっ」
友達を作るなんて久しぶりだった。
あっちの世界にも一応居たけど……皆とは疎遠になってたしなぁ……
実質友達と呼べるのはハチカちゃんだけだよ。
私とハチカちゃんはゆっくり宿屋に戻る……その間に聞いたら、ハチカちゃんもシィナちゃんと同じ8歳だ。
これから街に行く楽しみが増えたので、嬉しい。
宿に戻ると何人かのお客さんが増えていて、ハチカちゃんは食堂のお手伝いを始めた。
お母様のテーブルにはもう2人分の昼食が並んでいた。
私も席に着いてお母様と昼食を食べ始める。
肉料理が絶品だった、ホロホロと柔らかく煮込まれたお肉……最高です。
シィナちゃんもコレが好きだったようで、納得した。
それから友達が出来た報告をするとお母様は満面の笑みで私の頭を撫ででくれた……どうやらハチカちゃんとまた友達になれるか心配してくれていたようだ……お母様は優しすぎるよ……まったく……
昼食を食べ終え、女将さんとハチカちゃんに挨拶してからお屋敷に戻る。
お腹も心も満足した……帰ってお昼寝したい。
「そういえばモコモコの事はもういいの?」
「……人間も魔物もお肉が少ないから食べない……ですか?」
「正解よ…………ハチカちゃんかしら?」
「正解です、お母様」
「……そう、良かったわね……」
「はい…………ああ、忘れるところでした、お母様羽は?」
「羽?羽って……モコモコの羽?」
「はい、何か使わないのですか?」
「羽は食べられないでしょ?」
「え、いや、暖かそうなので羽毛布団とか羽毛で上着を作るとか出来そうと思ったのですが……」
「………………モコモコの羽で?……布団?…………上着?」
「はい、掛け布団にすると軽くて暖かくて………………良さそうと……思ったのですが……」
マズイっ!この世界に羽毛布団とかダウンコートとかまだ存在してないのかなっ!?
「……ちょっと一羽捕まえてきましょう、シィナはここで待っていて?」
「え?ですが危ないのでは?」
「モコモコ一羽捕まえられない貴族は誰もいませんよ、丁度いい食後の運動ですわ…………いいですねシィナは街の外に出てはいけませんよっ!」
お母様は小走りになって街の外へ駆けていく。
私は言われた通りここを動かないでおこう……
ああっ……またやらかしたかもしれない……
また家族会議になりませんように…………
約10分後、お母様は街の入口に戻ってきた。
白いモコモコを一羽捕まえてきたのだ。
以外に大きかった……だけど持たせて貰ったら驚くほど軽い。
それに柔らかくて暖かい……モフモフとは少し違ったけどこれはこれで気持ちいい……どちらかというとフワッフワだ。
これ上質な羽毛が取れそう……腕をズポっと突っ込むと温かくて軽いのだ。
羽の中でモコモコの本体が動いていた。
だがモコモコは逃げることも出来ないのだ……少し可愛そうだが、貴方の羽は実験で全てなくなるでしょう……ごめんなさいっ!!
……私は昼寝がしたいとごねて一旦自室でベットに横になる。
少し考える時間が必要だ。
今使っている掛け布団は……普通に綿だ。
季節的には春くらいなので薄めの掛け布団だろう。
私は布団屋さんではないので羽毛布団の構造なんて完璧には理解していない。
なんとなくのイメージでは……薄めの生地に羽毛が入った部分が区切られている……ということしか分からない……ダウンコートやジャケットも同じように区切られていた筈。
だけど上着の生地はツルツルした……なんていうんだっけ……綿100%じゃなくて、ええと……ええっと……タグに書いてあったのは綿50%……そうっ!ポリエステルだっ!ポリエステル50%と書いてあった。
だけどポリエステルってなに?……そもそも綿100%の生地ではダメなの?よく分からない……ああ……ネットが欲しい。
……無い物ねだりしてもしょうがない……ポリエステルは忘れよう。
別にツルツルしてなくてもたぶん大丈夫だよね?
この世界の生地で一度作ってみればいいのだ。
服より布団の方がたぶん作るのは楽だろう……外側を用意して……モコモコの羽を入れてから区切るだけだ。
よし……構想はまとまった。
今はまだモコモコの羽を収穫している頃だろう……
一度見に行ってみよう。
部屋を出て、屋敷の外に出る。
外に出ると早速お母様の声が聞こえるので、声のする方へ行ってみる。
そこには馬小屋や鶏小屋などがある。
他にもちょっとした倉庫などもあるけど、どこだろう?
歩いていくと倉庫の扉が少し開いていたので覗いて見る……
数人の使用人とお母様がモコモコの羽を刈っていた。
床に大きな布を引いてハサミで使用人が刈っている……物凄い羽の山になっている。
お母様は……何をしているんだろう?近付いてみる。
「お母様?」
「あら、シィナもやっぱり気になったの?」
「はい…………それがモコモコの本体ですか?」
「ふふっ、そうよ、結構可愛いでしょう?」
本当にくちばしが長い鳥だ、ペリカンとかトキみたいに長い。
「お母様は何をしているのですか?顔を撫でているのですか?」
「このモコモコはこうやって視界を塞ぐと大人しくなるのよ」
あっ……殺してはいないのか……大人しくなるなら殺さない方が心が痛まない。
確かに食べられないくらい細そうだ……でも待って?こんな量の羽をどうやって生やしているの?
「お母様、羽を触ってもいいですか?」
「ええ、構わないわよ」
「シィナお嬢様どうぞ」
「ありがとうございます」
使用人さんは一本の羽を手渡してくれた。
そこに答えはあった……こんな羽見たことなかった。
一本の羽がうちわのような形になっている。
うとわというか扇子というか……アレだ、諸葛亮孔明の持っている…………アレだ、名前は知らないけどアレだ。
たぶん飛ぶための羽じゃないのかもしれない、身を守る為の羽なのだろう……そういう進化をしていった種類の鳥……そんな気がする。
羽を根本で切っているけど……
「モコモコの羽はまた生えてくるのでしょうか?」
「シィナお嬢様、その通りです。冬の寒さから身を守る為にこんなに多く生えているのですよ、私は学者ではないのでそこまで詳しくはないですが、夏場はもっと羽が抜けていますからね」
「教えてくれてありがとうございますっ」
使用人さんが作業しながら教えてくれた。
そうか今は春だから冬の後でこんなに多く羽があるのか……
不思議な鳥もちゃんと理由はあったのだ。
見た目は毛の多い羊みたいだからね……
「じゃあ、この子はまた外に放っても大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありません、また冬までに羽が生え代わって、春にはまたこうなってますよ」
「それなら安心ですね……よかった……」
これならいくらでも羽が手に入るな……
だって草原には無数にいたのだ……放牧中の羊みたいに……
「お母様、掛け布団の構想は出来ています」
「じゃあ、レーアに言って適当な生地を使って進めていいわよ」
「はいっ!」
「奥様、この羽を布団にするのですか?」
「ええ、シィナの考えよ」
「昔自分も試したことがあるのですが……綿と違って使いにくいですよ?寄ってしまうんです」
「それは区切っていないからじゃない?」
「シィナお嬢様……区切る……とは?」
「んふふっ、じゃあ完成したら見せてあげますね」
「は、はぁ……」
私は倉庫を出て屋敷に戻る。
レーアはどこにいるかな?
人探しが一番苦労するのよね……大きすぎる屋敷の欠点と言ってもいい。
今日は午前中お母様と街に行ったから、レーアは休んでいるかもしれない……レーアの部屋は私の部屋の隣、行ってみよう……
階段を登って2階へ行く……自分の部屋を通り過ぎようとしたけど、扉に張り紙がしてあったので読んでみる。
『シィナお嬢様へ レーアは裁縫室に居ます』
おっ、レーアは優秀ねっ、探す手間が省けたよ。
これも文字が読めるようになった特権だね。
早速、裁縫室へ行こう。
階段を降りて裁縫室へ向かうが、そういえばレーアは裁縫室で何をしているんだろう?
まぁ裁縫室だから針仕事だろうけど……
私は一応扉をノックしてから裁縫室へ入る。
「シィナお嬢様っ、お帰りなさいませ」
「ただいま、レーア……あ、張り紙見たよ」
「そうでしたか、街はいかがでしたか?」
「友達が出来ましたっ!ハチカちゃん……レーアは知ってる?」
「ええ、宿屋のお子様ですよね?……そうですか、さすが奥様です」
「あ、忘れないうちに伝えるね、お母様が掛け布団を作るから、適当な布地を選んでおいてね」
「……はい?掛け布団ですか?奥様が?」
モコモコの経緯をレーアに伝える。
お試しだから小さくてもいいよね?
「話は理解しましたが、羽は偏ったりして使いづらいと聞きますが……」
「区切るといいのです」
「は?区切る?…………んんっ?」
側にあった布を広げて長定規を賽の目状に置いて説明する。
「この定規の所は縫い目です、こうすれば羽は区切った場所に留まるでしょ?」
「…………そう……ですね…………お嬢様、このような知恵……どこから……」
「え?……ええっと?……と、咄嗟に思いつきました……」
「……お嬢様は天才です……このような技法……」
「コ、コレを使えば羽で上着も作れるんじゃないかしら?羽は軽くて温かいですよ?」
こういう時は勢いで突っきるっ!
「ああっ!確かに可能ですっ!…………たぶん出来ます……これは……羽が……」
「モコモコは沢山いますよね?これから温かくなるので今すぐは必要ではないですが、綿より軽い羽は使い道があるのではないですか?」
「その通りだと思います…………お嬢様、これはまた家族会議案件では……」
「まだ、決まってはいませんし、とりあえず小さな掛け布団を作ってみましょう」
「そうですね、大きな掛け布団ではなく試作品は小さくても宜しいでしょう……」
「お母様の膝掛けにしてもいいですし、私がお昼寝用で使ってもいいです」
「……使い道は色々とありそうですね」
「他の侍従さんも呼んで手伝って貰いましょうか」
「はい、では誰か呼んで参ります。 ……ああ、お嬢様にあちらを仕立てておきました、気に入ってくれますか?」
「え?」
レーアの後方に何かの布がハンガーに吊られていた。
移動して確認してみる。
白の布地にフリルがあしらわれていて……ん?なにこれ?
ハンガーから外して広げて見る。
…………ああ、これは……なんていうんだっけ?お嬢様キャラが着ているような……マフラーじゃなくて…………ストールだ、私サイズだから小振りのストール……
「これ可愛いし品があって凄く素敵ですっ!」
「よかった、シィナお嬢様が気に入ってくれて……少し羽織ってみますか?」
レーアが私にストールを羽織らせてくれる。
今のシンプルな服にはよく似合う……わぁ、どこかのお嬢様みたい……
「春で昼間は暖かいですが、夕方などは少し冷えますからね……よくお似合いですよ……」
「レーアありがとうっ!これ気に入ったわっ!素敵です」
「はぁ……どこかのお姫様のようです……」
「お姫様は言いすぎですよ……ふふっ」
姿見で見てもよく似合っている、シィナちゃんは可愛いなぁ……
私とは大違いだよぉ……
今度レーアに何かお返ししなくちゃいけないね。
「では、誰か呼んできますね……」
レーアは裁縫室を出て行った……そういえば適当な布地って言ってたけど、どんな生地があるのかな?出来れば少し薄くて滑らかな布地がいいけど……
棚にはお店並みに色んな生地が整頓されていた。
適当に触って感触を確認してみる。
……あ、これシルクかな?凄い滑らかな生地もあった……でもシルクってお高いんでしょう?試作品には使えないね……
こっちは薄すぎてダメそう…………この中ならこの生地がいいかな?
試しに出しておこう。
下の方にあったので私の身長でも出せるから…………ねっ!よし、出せた。
しばらくしたら扉が開いてレーアが何人かのメイドさんを連れてきた。
けど、多くない?追加で5人来てしまった。
ああ、シュアレ姉様とダリル兄様のとこのメイドさんか……暇なのかな?
「シィナお嬢様その衣装可愛いですっ!」
「シュアレお嬢様がいたら間違いなく騒いでいましたね……」
「これはレーアが仕立ててくれましたっ」
「レーアやるわねっ!」
「シィナお嬢様に一番似合う物を仕立てただけですよ」
「くぅ!さすがレーアさんですっ」
メイドさんたちが来たのでとても賑やかになった。
……少しうるさいくらいだ。
「あ、あの、この生地は使ってもいいでしょうか?お母様は適当な生地と言いましたが」
「その生地でしたら問題はありません下の方にあった生地ですよね?」
「そうです、下の方から出しました」
「羽を使った掛け布団と聞きましたが……なにやら画期的な方法があるらしいとか……」
「お嬢様、私が説明しますね……皆コレを見て……この定規の部分が…………」
レーアが皆に説明していくと、すぐに理解したのか驚きの声を出していく。
「シィナお嬢様は天才ですね……」
「こんな方法……確かに画期的……」
「なんでこれを気付けなかったのぉ……」
反応は色々とあった……人それぞれ違う反応なので見ていて面白い。
「まずは試作品を作るので、小さい……奥様の膝掛けかシィナお嬢様のお昼用を作ろうと思います」
レーアが中心になって早速生地にハサミが入る。
メイドさんたちが6人で一気に掛け布団の外側を仕立てていく……
凄く早いし丁寧だ……皆がほぼ同じ縫い目になっている……
今日中に仕上がりそうだ……あれ?だけど肝心の羽が来ない……
確認しようとした時、お母様がさっきの使用人さんと羽の袋を持って部屋にやってきたので、いいタイミングだった。
まだ3時前……たぶん夕方には間に合うだろう。
「奥様とお嬢様はお茶にしましょう、後の事はお任せください」
「あら、そう?それではお茶をしましょうか?……シィナ可愛いストールね」
「レーアが仕立ててくれました」
「そう、良く似合っていますよ……」
レーアは裁縫室で指示を出してからこちらへやってきた。
「シィナお嬢様、羽の量は少なめで良かったのですか?」
「パンパンに詰めるより空間を持たせ方がたぶんいいです……量に関しては調整して今後検討していきましょう」
「ちゃんと考えているのね……凄いわシィナ」
茶会室でお茶を楽しむ……なんだかんだで結構歩いたし疲れた。
でも……この改善されたクッキーが疲れた体に染み込むよ……
卵を使うことでコクがでたクッキーは砂糖の量が減ったので、甘すぎなくていい感じ。
「シィナ、このクッキー美味しすぎて食べすぎてしまうわ……どうしましょう……」
「お母様、どうもしようもありません……食べたら運動……運動したくないなら食べない…………これはしょうがないのです……」
「そんな……ああっどうしたらいいの……」
「お母様……今日鍛冶屋さんで注文した物で新しい菓子が出来る予定です……」
「シィナっ!これ以上母を苦しめないでっ!」
「…………奥様、お嬢様……淑女らしくしてくださいませ……」
「え〜、レーア、新しい菓子ですって……本当にどうしましょう……」
今日もリンドブルグ家は平和です。
まったりとお茶の香りを楽しんでからまた裁縫室へ皆で向かいます。
扉を開けるともうほとんど出来ていたよ。
ああ……羽毛布団だよ……ダウンいいよね。
「だいぶ小さいけど……シィナこれでいいの?」
「これは試作品ですので、お母様の膝掛けを予定しています」
「まぁ、そうだったの?」
「膝掛けに使えなかったら私のお昼寝用になります」
「シィナは頭がいいわね……」
その時、羽の使用人さんが私のところへやってきてマジマジと完成品を見てきます。
「シィナお嬢様、区切るとはこういう事ですか……参りましたお嬢様」
「これなら寄っても区切ってあるから大丈夫でしょ?」
「はい、その通りです……これは凄いです」
何故かレーアがうんうんとにんまりとしていました。
そしてメイドさんたちの作業を見ているだけだったけど、完成したようです。
「シィナお嬢様、完成いたしましたっ、これで宜しいでしょうか?」
「試しに私に巻き付けてくださる?」
「は、はい……誰か手伝って」
メイドさん2人で私を羽毛布団で巻き付ける。
最初は温かくないけど、段々とじんわりと温かくなってくる。
ああ……羽毛布団だ……いい感じかもしれない。
「温かいです……お母様、その椅子へお座りください」
「は〜いっ」
今度はお母様の膝の上に掛けてみる。
「…………軽いですね……そして……段々と温かくなってきました……これが羽の布団…………皆も試してみて頂戴」
お母様の一言で部屋にいた全員が羽毛布団を試していく……
やはり軽いのが凄いようで、好評だった。
「シィナ、やはりこれは家族会議をしましょうね」
「うっ……はい……」
「もしかしたら、モコモコたちがお金に変わるかもしれないわよ」
久しぶりの家族会議が今夜始まる……




