第41話
「シィナさん、妹をよろしくお願いします」
「はい、フォルナちゃんをお預かりします」
今日は秋休みで帰省する日。
エドニス先輩もリンドブルグ領に来る予定だっだのだけれど、どうしても実家に戻らなくてはいけないらしい。
フォルナちゃんは予定通りリンドブルグ領へ遊びに来るので、当然ユエラさんも一緒に行くことになった。
シュアレ姉様も帰省するので、ココナさんも入れて6人で馬車に乗る。
最大8人用の馬車なので余裕はあるから平気だね。
「まったくお父様は……」
フォルナちゃんは若干膨れっ面になってお父さんを恨んでいるようだ。
まぁ、家族の事情には触れないでおこう……
護衛のエントさんとマルムさんは張り切っていた。
「レーゼンヒルクのお嬢様を護衛できるなんて光栄です!」
「我々にお任せください!フォルナお嬢様!」
「よ、宜しくお願いします」
フォルナちゃんはムキムキマッチョの二人に戸惑ってはいたけど、機嫌は治ったようで安心した。
エドニス先輩はもうレーゼンヒルク領へ立ってしまったので、私たちもゆっくり出発する事にした。
またお昼のお弁当を喫茶店に頼んでおいたので楽しみだ。
馬車は王都の外へ出る……今年の気温はおかしかったけど、今は秋本番といった感じだね。
紅葉も綺麗で、馬車の中はフォルナちゃんがいるだけで話が弾む。
シュアレ姉様はニコニコにして機嫌もいい。
リンドブルグ領へ着くまでは楽しい旅になりそうだね。
……旅の道中、2日目の昼間に魔物が現れた。
相手はスライムだったけど、数が多くて私もフォルナちゃんも魔法を使ってエントさんたちを援護した。
軽く30匹くらいはいたので街道はゼリーだらけになってしまった。
姉様は指示を出し終え、全員の確認をしている。
「なんともないわね?」
「はい、シュアレお嬢様、馬も大丈夫ですっ」
「姉様、このゼリー……スライムの死骸はどうしましょう?」
「燃やした方がいいわね……他の魔物が寄ってくるかもしれないし」
「ではお任せくださいっ」
杖を使って周辺のゼリーを高火力で一気に焼き払う。
一瞬、変な焼ける匂いがしたけど、風で霧散していった。
「あの数のスライムは初めて見ました」
「フォルナちゃん、私もだよっ……多いと気持ち悪いね」
「こんなところで出るなんて珍しい……」
旅は再開されたけど、やっぱりこれも精霊さんの暴走のせいなのかな……
賢者様の言葉を思い出した。
街道だからこの程度で済んでいるけど、砦は大丈夫だよね……
旅はスライムが現れたくらいで他は順調だった。
予定通り4日でリンドブルグの街へ辿り着いた……お馬さんに感謝。
……やっぱり見慣れた景色は落ち着くね。
「わぁっ、ここがリンドブルグ……綺麗な街ですね」
「レーゼンヒルクにも行ってみたいです」
「是非っ!来年招待します!」
「お父様の許可が出たらね」
「は〜いっ」
街の大広場はもう収穫祭の準備をしているようだ……楽しみである。
ユエラさんも初めてのリンドブルグだそうだから色々と案内してあげよう。
馬車は大広場を過ぎて屋敷に向って進んで行く。
「お祖父様、降ろしてくださいぃ〜」
「いやじゃっ!」
玄関に着くなりいきなりお祖父様に肩抱っこされてしまう私。
当然フォルナちゃんは戸惑う……
「シュアレ先生っ!?もしかしてあの大きな方はっ」
「私たちのお祖父様……鬼神と呼ばれた国の英雄よ…………今はただの孫大好きおじいちゃんだけどね」
「おおっ!シュアレも元気でおったかっ!?」
「ああああ……」
「ん?もしかしてレーゼンヒルクの孫娘か?」
「は、はいっ!!この度はお招き頂き感謝しますっ!フォルナ・レーゼンヒルクと申しますっ!」
「フォルナちゃん、そんなに緊張しなくていいよ」
「そうじゃそうじゃっ!自分の屋敷と思ってくつろいでいいぞっ!」
「……あ、ありがとうございます」
とりあえずフォルナちゃんとユエラさんは客室へ案内してもらった。
私はお祖父様の肩に乗ったまま……そのまま連行されていく。
「……シィナ。お帰りなさい」
「お父様、お母様……只今帰りました……」
「シュアレから色々と聞いています……さぁ、お座りなさい」
お父様もお母様もマジモードで待ち構えている……いきなりの家族会議が勃発してしまった。
イレーヌ姉様も事情は聞いているようで、真剣な表情をしている。
「賢者様に相談しに行ってどうしてシィナが賢者様になるのです?」
「それは王様に気に入られてしまい……来年の春に就任式が……」
「それは聞いていますっ、だからどうして気に入られたのですかっ」
「……さぁ〜……あ、料理を教えたら大変喜んでおれらました」
それは事実だからしょうがない……
レシピと泡立て器でお城の料理は色々とグレードアップしたからね。
「まぁ……シィナの魔法は凄いのだから賢者様もお認めになられたのだろう」
「それは間違いないのぉ……氷魔法の発見だけでも偉業じゃからな」
「早かれ遅かれ賢者になるとは思っていましたが……早すぎます」
兄様二人は居ない……砦かな?
「賢者就任自体はおめでとうと言ってもいいのですが、もう一つ……夜会の件はまだ報告を貰っていませんが、どうなったのです?シュアレの手紙ではなにやら凄い宝石を受け取っていたとありましたが」
うっ……姉様が報告済みだったのですね。
たぶんネックレスの件だろう。
「レーア、あの指輪はある?お母様も見たら驚くわよ」
「はい、ここに……」
「指輪?首飾りとありましたが?」
「シィナ……報告しなさい」
「は、はい……」
うう……説明しないといけないのね……プライベートなんてないのだ。
私は第三王子のネックレスは突き返し、この指輪はアルベルト先生の保険という事を説明した。
「エストニアの第二王子が賢者様の弟子とは……驚いたわい」
「……た、確かにこの宝石はモガネル……以前ジョアンナ様が身に着けているのは見たことがありますが……」
「このままいけば私たちの娘はエストニア王家に連なるというのか……」
「ま、まだ確定ではありませんっ!あくまで保険なのですっ!」
「シュアレっ!エストニアの第二王子とはどんな人物なのじゃっ!?」
「……優秀で品があって……私には少し壁がある感じだけどね。でもいい男よ」
「おのれ……エストニアの若造が……ワシの孫をっ……」
「あらあら……エストニアは遠いわねぇ。寂しくなるわ」
瞬間移動魔法ですぐに行き来はできるけどね……
それよりも……壁か……私もアルベルト先生の最初の印象はそんな感じだった……お城では少し印象が違ったかな。
偽名を使っていたくらいだし、アルベルト先生は警戒していたのだろう。
王族ならまぁ当然かな。
指輪がここにある以上お父様もお母様も信じるしかない……お祖父様は納得いかない感じだけど、たぶんアルベルト先生以外でも納得はしないだろう。
……長い家族会議は続き、春の就任式には両親とお祖父様が参加することになった。
兄様2人はお留守番だ。
イレーヌ姉様もリンドブルグ領に残るだろう……さすがに領主一族全員が王都に行くことはないからね。
お祖父様はその時にアルベルト先生を見極めると言っていた。
王族相手でもお祖父様の態度は変わらないだろう……
家族会議から開放されたのは……なんだかんだで夕食前だった。
フォルナちゃんを呼んで気持ちを切り替える。
「フォルナ嬢、いつも娘が世話になっている。秋休みはこのリンドブルグ領で楽しんでくれたまえ」
「はい、お世話になります。あの、お父様から預かっている文です」
「確かに受け取った。後で返事を出しておこう」
夕食は喫茶店で出されているものより少しアレンジが加えられていて、とても美味しかった。
フォルナちゃんもジュリエッタさんの料理を食べて驚いていた。
「子猫の奇跡亭よりも更に美味しいですっ」
「ふふっ、喫茶店の大元はこの食卓から産まれているのよ。たくさん食べてくださいな」
「お兄様にも食べさせてあげたかったですっ……ああっこれも美味しいです」
「……シィナはいい友人ができて良かったわね」
「はいっ!お母様っ!」
夕食は穏やかに過ぎていって、学院の話も盛り上がっていった。
さっきまでの真面目な家族会議とは違って、フォルナちゃんがいるだけで楽しいよ。
お風呂の後は私の部屋でチャッピーと遊んだりしていった……
明日からはフォルナちゃんとたくさん遊ぼう。
ランニングしてからの朝食……寮とは違ってジュリエッタさんの朝食は美味しい。
ジュリエッタさんに言って、忘れない内に泡立て器を一本頂戴した。
城に寄付してきたので手持ちが無いのは困るしね。
ちょっと瞬間移動して、寮の部屋に置いておいた……便利な魔法である。
朝食後は早速フォルナちゃんを街に案内する。
ユエラさんも一緒にまったり歩いていく……
「収穫祭はレーゼンヒルクでもしてるの?」
「していますよ。たくさんのお野菜や果物などが並んでみんな楽しそうにしています」
「じゃあ、同じだね。……ここが大広場で、もうすぐ収穫祭だから今年はリンドブルグのお祭りで楽しんでね」
「はいっ」
ハチカちゃんのところはまだいいか……朝食を食べたばかりだからね。
お店を案内してみよう。
「ドワーフさんがやっている鍛冶屋さんもあるんだよ。私の泡立て器も作って貰ったんだ〜」
「あの変な形の調理器具ですか?……私も作って貰えるかしら」
「一本作って貰おうか?秋休みの間には間に合うよ……あ、私の料理のレシピもあげようか?」
「……いいのですかっ!?」
「勿論いいよ〜……お城にもあげたしね」
「ユエラっ!お金はありますかっ!?」
「はいっ!お嬢様っ!……シィナお嬢様、あの調理器具があれば……色々と作れるのですよねっ!?」
「うん。レシピがあればエドニス先輩の好きなハンバーグも作れます」
二人は興奮気味でドワーフさんの所で注文していった……
なんだ……そんなに喜ぶのならもっと早く教えてあげた方が良かったね。
レシピは厨房にあるから、もう何枚か配布用に写しておこうか。
……かなりの数だから、紙も買っておこう。
「ここに来る途中の村や町でも美味しい料理がありましたよね……レーゼンヒルクにも広めたいと思いますが、宜しいでしょうかっ!?」
「勿論いいよ。美味しい物が増えると、更に美味しい食べ物が開発されたりするから私も楽しみだよ」
「シィナちゃん、本当にありがとうっ!」
きっかけでも与えられたらこの世界の食の水準も上がるからね。
食は大事……王都も喫茶店やお城から美味しい食べ物を発信していけば、将来はもっと美味しい食べ物が溢れるだろう。
……私、賢者っぽくない?王様は国の為になる事が賢者の仕事って言っていたしね。
私なりにこの世界の人の為に頑張っていこう。
他にも色々とお店を巡っていく……どこのお店も収穫祭が近いので、忙しそうだし、人も多い。
活気があっていいことだね。
しばらくするとお茶の時間になったので、ハチカちゃんのお店に行ってみる事にした。
「こんにちは〜っ」
「シィナ様っ!お帰りなさいっ」
「ハチカちゃん、4人座れる?……ってあまり人居ないね」
「今は収穫祭の準備で皆忙しいですから……お昼は満員です……よ?……四人?」
「うん。こちらは学院のお友達で、秋休みはリンドブルグで凄すんだよ」
「初めまして、フォルナ・レーゼンヒルクと申します」
「は、はいっ!こちらこそ初めましてっ。ハチカと申しますっ!この食事処の娘ですっ…………もしかして前に話していたお友達ですか?シィナ様」
「そうそう、レーゼンヒルク領のお貴族様だよ」
「はぁあっ!レーゼンヒルクっ!凄い遠いですよね?」
「ええ、今年はシィナちゃんに誘われたので、リンドブルグ領で過ごす事になりました」
おお……ハチカちゃんとフォルナちゃんが楽しく話をしている。
新鮮な光景だよ……二人共身長とかお胸とか結構似ている。
これが一般的な13歳……今年14歳の女の子か。
どう見ても今の私は妹くらいにしか見えない…………もう何も言うまい……
席は空いていたので、早速お茶と甘味を注文して、ハチカちゃんも混じって休憩です。
「まぁ、ここの甘味もシィナちゃんの考えた物ですねっ……美味しいです」
「ハチカちゃんのお父さんも腕を上げたね〜。美味しいよ」
「ふふっ、お父さんに言ったら喜びますっ」
途中でハチカちゃんのお父さんが私とフォルナちゃんに挨拶をしていった。
レーゼンヒルクのお嬢様を前に緊張していたけどね。
ハチカちゃんとフォルナちゃんはすぐに仲良くなっていった。
二人共優しいからね……性格も少し似ているし、いい感じ。
学園の事やこちらの事も色々と話していくだけで楽しい……癒やされるぅ。
レーアとユエラさんは終始ニコニコして見守っている感じだった。
収穫祭に遊ぶ約束をして、お昼前にお店を出て屋敷に帰る事にした。
「ハチカちゃんは素直でいい子ですねっ」
「うん。フォルナちゃんもハチカちゃんも私の大事なお友達だよ」
帰り道はフォルナちゃんが嬉しそうにしていたので、誘って良かったと心から思う。
リンちゃんたちも一緒に遊べるといいな……収穫祭が楽しみだよ。
「シィナ〜っ!」
「ん?」
後ろを振り返ると、ヒルク兄様とダリル兄様がお馬さんでこちらに向って来ていた。
たぶん砦からの帰りだろう。
「シィナちゃん、もしかしてお兄さん?」
「うん、背の高いのがヒルク兄様で、後ろにいるのがダリル兄様だよ」
「ええと、ヒルク様がイレーヌさんの旦那様……ですよね?」
「そうそう。結婚したばかりの新婚さんだね」
「いいですねぇ……イレーヌさんとお似合いですねっ」
美男美女だから絵になる……っていうか、もう屋敷にはイレーヌ姉様の絵も飾ってある。
さすがお貴族様って感じ……
「砦からの帰りですかっ?」
「ああ、今年も魔物が多いけど、今は落ち着いた感じだ……」
「シィナお帰り。……そちらのお嬢さんがレーゼンヒルクの友人かな?」
「は、はいっ!フォルナ・レーゼンヒルクと申しますっ」
「リンドブルグ領へようこそ。歓迎するよ」
兄様たちは馬を降りてからフォルナちゃんと挨拶をして、一緒に歩いて屋敷に向かう。
「シィナが迷惑をかけていないかい?」
「いいえ、私がいつも助けられています……シィナちゃんは凄いですからっ」
「ハハハッ、そうだね。シィナは凄い…………で、どうなったんだ?第三王子の件は」
「宝石は突き返しましたっ」
「おおっ!さすがシィナだっ……賭けは私の勝ちですね、ヒルク兄様」
「チッ……わかったよ。私の負けだ」
「兄様方……賭けをしていたのですか?」
「「……すまんっ!!」」
兄様たちは私の事を賭けていたようだ……実の妹の将来を賭けていたなんて信じられない。
「ふふふっ、面白いお兄様たちですね。シィナちゃんっ」
「……う、うん」
フォルナちゃんの笑顔に免じてここは許してあげよう。
しかし……二度目はないよ。
「シィナはいい友人ができて良かったな」
「はい、ヒルク兄様」
「これからもシィナと仲良くしてくれると嬉しいよ」
「……は、はいっ!必ずっ!!」
私とフォルナちゃんはお馬さんに乗せられて、屋敷に帰っていった。
昼食後は厨房から借りてきたレシピを書き写す作業を2人でしていく。
手が疲れたらフォルナちゃんの魔力制御の練習をみてあげたり、昼寝したり……チャッピーと一緒にまったり休日を楽しんでいく。
……収穫祭も間近になった頃にはフォルナちゃんはリンドブルグの暮らしに慣れていき、シュアレ姉様の昔の服を着てお母様の着せ替え人形にされていた。
フォルナちゃんは嫌がっていないので、楽しそうで何よりだ。
私の身代わりになってくれてありがとう……心の中でお礼を言っておく。
「フォルナさんは今日もお母様に遊ばれているようだな」
「フォルナちゃんは可愛いですからね。……ダリル兄様は何をしているのですか?」
「今日の鍛錬も終わったし、暇なんだ……どこか連れて行こうか?」
ふむ……ダリル兄様がいればお馬さんが使えるね。
いや、馬車がいいか。
「ちょっと待っていてください、フォルナちゃんに聞いてきます」
「ああ……」
丁度仕上がったようなので、カーテンの中に入っていく。
「フォルナちゃん、どこか行きたいところある?」
「ええと……お土産を買いたいとは思っていますが」
「お土産……わかりました、お任せくださいっ」
お土産ならあそこのお店だね。
少し遠いから馬車を出してもらおう。
ダリル兄様に言うと、あの民芸品の売っているお店を知っていたので馬車の準備をしてくれた。
「シィナちゃん、変じゃない?」
「姉様の服もよく似合うよっ。いいね〜っ綺麗だよ〜」
「お出掛けするの?丁度良かったわね」
「お土産屋さんに行ってきますね、お母様」
こちらの準備もできたので、レーアもユエラさんも一緒に馬車に乗り込む。
……てっきり兄様が御者さんをやってくれるのかと思ったら普通に車内に座っていた。
まぁ、別にいいんだけどね。
「フォルナさんの服はシュアレのだね、学院に行っていた頃に見覚えがあるよ」
「フォルナちゃんもよく似合っています」
「そ、そうですか?」
「ああ、可愛いよ」
「うん。可愛いですっ」
恥ずかしがっているフォルナちゃんも可愛いのだ……顔真っ赤だけど。
あまりイジると可哀想なので、一旦止めておこう。
「そういえば今年は魔物が多いのですよね?」
「……ああ、年々多くなっている気がする。シィナの回復薬があるだけで助かっているよ」
「……シィナちゃんの回復薬?なんですかそれ?」
「「あっ!」」
フォルナちゃんには黙っているのだった……
私の水魔法の回復効果はあまり他言するような事じゃないしね。
……でもフォルナちゃんなら、大丈夫だろう。
「実は……」
「シィナ、いいのかい?」
「フォルナちゃんなら黙っていてくれます……絶対に」
「ふぇっ?な、なんですか?……話したくない事なら無理に話さなくても……」
「ううん。大丈夫、リンドブルグの兵士さんたちも知っているし……」
フォルナちゃんへ事情を説明していく。
私の水魔法が回復薬代わりになっている事を。
「……ユエラ、この話は他言無用です」
「かしこました、フォルナお嬢様」
「にわかには信じがたいですが……シィナちゃんはきっと女神様に愛されているのでしょう」
神妙な表情だったフォルナちゃんだったけど、すぐにいつもの表情になっていった。
ダリル兄様とうなずき合って大丈夫だと確信する。
「フォルナさんはシィナを信じていてくれるのですね。兄として感謝します」
「い、いえ。お友達ですから当然ですっ」
ダリル兄様はフォルナちゃんの手を取って感謝を伝える……フォルナちゃん?顔が真っ赤ですよ?
……ん??…………もしかして……
馬車が止まった……工芸品のお店に到着したようだ。
すぐに兄様が降りて、フォルナちゃんをエスコートするように手を取ってお店に入って行った。
完全に私の存在はなくなっていた……
「……ユエラさん」
「……どうなさいました?シィナお嬢様」
「もしかしてフォルナちゃんって……」
「…………私がフォルナお嬢様の専属になってから、あのような表情をするお嬢様は見たことがありません」
「シィナお嬢様、まだお二人は出会って間もないのですから、こういった場合は見守る程度で良いでしょう」
…………兄様もまんざらでもないように見えたけど……
もしかしてフォルナちゃんがリンドブルグ領に嫁いで来るかもしれない。
……えっ?でも待って……ハチカちゃんって今はどうなんだろう?
今でもダリル兄様が好きなのだろうか?
……ダリル兄様は次男なので、お相手は貴族じゃなくてもいいらしい。
今までハチカちゃんを陰ながら応援していたけど、こうなると話がややこしくなる。
フォルナちゃんは同じ辺境伯家のご令嬢だ……相手としては申し分ない。
私……というか家族も認めるいい子だし……フォルナちゃんが家族になるなら正直嬉しい。
しかし……しかしっ!ハチカちゃんの気持ちが今どうなっているのかが知らないっ!このままではハチカちゃんを裏切るようで、耐えられない。
うううっ!私はどうしたらいいのですかっ!?
「シィナお嬢様、とりあえず店内へ入りましょう」
「シィナお嬢様が気に病む事ではありませんよ」
「…………はい」
そうはそうなんだけど…………まぁ、今すぐどうなる事でもないか。
とりあえず様子見をするしかない。
私もお店に入って行く……久しぶりに来たね。
「シィナ様もお越しで。お久しぶりです」
「こんにちは」
確か……アキさんだ。
日本っぽい名前だから覚えている。
何回かフォルナちゃんへのお土産を買ったお店だからね。
「……シィナ様、ダリル様の隣のお嬢様は?」
「私のお友達で、レーゼンヒルクのご令嬢です」
「まぁ、レーゼンヒルクの……ダリル様が女性を連れて来るなんて初めてですから、驚いてしまいました」
ダリル兄様には女性の気配もない……ほうほう……フォルナちゃんと一緒に色々と見ているね。
フォルナちゃんも今は楽しそうにして、笑顔になっている。
ダリル兄様も笑顔で商品を見せ合って……楽しそうだよ……
年の差はあるけど、私とアルベルト先生よりは離れていない……ううっ!悩ましいっ!!
これはハチカちゃんに確認しておかないといけない案件だ。
気になって仕方ない……でも聞くのも怖いね……本当にどうしたらいいのだろう。
あまり恋愛物の本とか物語は……そんなに触れてこなかった。
自分の事より気になるよ。
……そこそこ時間も経ってからお店を出る。
フォルナちゃんは何点かお土産を買っていた。
その間ずっとダリル兄様と仲良く買い物をしていた。
私はやっぱり存在感がなくなっていた……途中からユエラさんも一緒に話していたけど……私はレーアと一緒に見守るだけだったよ。
馬車は屋敷に向っている……もう時期前夜祭なので、色々と大広場も準備が進んでいってるね。
そんな時……ハプニングというのは突然やって来る。
大広場で馬車が止まり、なにやら叫ぶ声がする。
ダリル兄様が扉を開けるとその声がはっきりと聞こえた。
「飛竜がやって来るぞっ!!皆逃げろっ!!」
兵士の格好をした人が馬で全速力で駆けてきている。
って……飛竜っ!?ドラゴン!?……何回か遠くの空を飛んでいるのは見たことはあるけど……アレが来るのっ!?ここに?
ここはハチカちゃんの家も……いや、私の大切な家族が住んでいるのだ。
この街を壊されたくないっ!!
「シィナっ!フォルナさんと屋敷に避難していなさいっ!!」
「ちょっと待ってくださいっ!ダリル兄様っ!飛竜は魔物ですかっ!?」
「当たり前だろっ!」
「魔物でしたら私にお任せくださいっ!」
「はぁ!?」
「シィナちゃんっ!?」
「お嬢様っ!!」
もう昔の私じゃない。
砦ではヌシもやっつけたのだ……臆病な私はもういない。
懐に手を当てる……杖は常に持ち歩いている。
私は基本的に臆病な人間だ……だから魔法を学んでいる。
それに、自分より……フォルナちゃんやダリル兄様が傷付く方が怖い。
お父様やお母様がいなくなるのが怖い。
ハチカちゃんに何かあったら、力を持っている私が怯えていたらきっと後悔する。
こういう時の対処方はもう考えてあるのだ。
今はそれを実践するだけです。
馬車を降りて空を見上げる……杖を取り出して私は魔力制御を開始する。
アレか……遠視の魔法でよく見える。
後ろで何か叫んでいるけど、今は集中して何も頭に入ってこない。
高速の風魔法……扇風機魔法で私は空中に浮かび上がり、アレの方へ飛び出して行った。




