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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第3章 旅路
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第36話



「ヒルク兄様、大丈夫ですか?」

「大丈夫……だけど、疲れたよ」


 ……結婚式はハプニングもなく無事に終了した。

 しかし兄様は少しやつれたように見える……男のプレッシャーだね。

 結婚式の間は食事もできないくらい気を張っていた……こうなると可哀想になるくらいだよ。

 私は回復薬をコップに出してあげる。


「は〜い、これで元気になってくださいね」

「ううっ!シィナは優しいなぁ……ありがとう良くできた妹よっ」

 

 少しテンションがおかしい……いつものイケメンじゃない。


「ヒルク、明日は鎮魂祭もあるのですよ、しっかりなさいっ」

「そうですよ〜、しっかりしてね……ア・ナ・タ……ふふっ」


 お母様とイレーヌ姉様は強い。


「ヒルク兄様、緊張し過ぎです。イレーヌ姉さんは100点だったけど、兄様は70点でしたよ」


 シュアレ姉様はもっと厳しかった……さすが教師。

 70点か……残念でした。


「うう……シィナ、お前は優しいままでいてくれ……」

「赤点じゃなくて良かったですね、兄様っ」


「……お父様、我が家の女性はみんな強いですね」

「そうだ……リンドブルグ家の女は強い……ダリルも気を付けなさい」

「……はい、お父様」


 いつもの食堂で家族だけで夕食を食べる……私以外はあまり昼食を食べられなかったようで、みんないい食べっぷりだ。

 ちなみにお祖父様は自室で旧友とお酒を呑んでいる。

 ほとんどのお客様はもうお帰りになった……残っているのはイレーヌ姉様のテルシュドール家の家族くらい。

 鎮魂祭にも参加する予定なのでもう数日滞在するようだね。

 今日はあちらも疲れたようで、客間でくつろいで貰っている。


「じゃあ、私は両親のところへ行ってみますね」

「ええ、顔を見せてあげなさい、安心するでしょうから」

「はい、お義母様っ」


 イレーヌ姉様は嬉しそうに食堂を出ていった……

 結婚式は疲れるね……主催する側より、参加する側の方が楽そう……

 次はどっちの結婚が先ですか?……ねぇダリル兄様とシュアレ姉様……

 ……まだお相手も居ない2人なので、無神経な事は言わないでおこう。

 私は打ち上げ花火を褒められたし、結婚式も普通に楽しかった。

 いい日でした……

 明日は鎮魂祭だし、夏休みを満喫しよう。


「次は誰の結婚式になるかしらねぇ」

「「「………………」」」

 

 やっぱりお母様が我が家最強の存在でした……



 翌日……今日も快晴でお祭り日和です。

 昼前にまた家族揃ってお出掛け。

 でも今日はイレーヌ姉様がリンドブルグ領の鎮魂祭に初参加。

 結婚式を終えたばかりの新婚さんならデートにもなるだろう……たぶん。

 大人の恋愛とか新婚さんの事情はまったくわからないけどね。


 ……とりあえずお出掛けまで暇だ。

 少し無属性魔法の研究をしてみよう。

 願いで発動する魔法……それはどこまで再現可能かの見極めだ。


 私は学院で試した事はまだそんなにない……一番できなそうな事を試したくらいだ。

 願いを込めても……苺のショートケーキは現れなかった……

 何度も試したけど、さすがに無からの創造はできないみたい。

 ……別に魔法なんだからポンっと現れてもいいじゃない?

 私の願いは叶えられなかった……ああっ……苺のショートケーキっ!

 イメージも完璧、味も覚えてるっ!しかしっ!無理だったーっ!

 あれだけは……あれだけはどうしても食べたいの。

 レシピも知っているっ!しかしっ!しかしっ!ホイップクリームなんて作り方も知らないっ!

 私の覚えているレシピは市販の生クリームの液体から作る方法しか知らない。

 うううっ……思い出しただけでも歯痒いっ!

 あの牛乳パックの小さいヤツっ!アレがあればできるのに……

 だから最初に泡立て器もドワーフさんに注文をしたのよ?

 いずれホイップクリームが作れるかもしれないと信じて……

 私は諦めない……苺に味が似ている果物は既に見つけてあるのだ。

 何か……無属性魔法でなんとか再現できないだろうか。

 女の子にとって苺のショートケーキは希望なの……私は希望を諦めない。


 ……無からの創造はできない。

 じゃあどうするか…………ミルクはあるのでミルクに念じてみるか。

 コップ一杯のミルクを厨房で貰ってきた……濃くて美味しいミルク……

 このまま飲んでも十分美味しいけど、私は願う……生クリームになぁれ〜っ!

 ……杖を振って魔法少女のようにポーズまで取ったけど……

 コップのミルクの見た目は変化がない。

 一口飲んでみる…………うん、美味いっ!普通のミルクだっ!………………

 …………わかってるし、わかってたよ……イメージができないのだ。

 あの市販の生クリームの味とか成分がわからない……普通そのまま飲んだりもしないし、成分とかも知らないのよっ。

 いや、そもそも物質変換?とかも無属性魔法で可能かわからない。


 私は無知だ……生クリームとホイップクリームの違いも知らない。

 ううっ……ちゃんと本で読んだことはある筈なの……でもそんな事はまったく記憶にない。

 検索したいですっ!生クリームの作り方教えてくださいっ!

 ………………ん?

 な、なにっ!?頭の中に……情報が集まってくる……

 

「…………ああ……わかった」

 

 生クリームって遠心分離機で生のミルクの脂肪分を分離した物だったよ。

 えっ?……何が起こったの?

 本だったかネットだったかは忘れたけど、調べた事の情報が頭に流れ込んできた。

 この現象は何?思い出したとかじゃなくて……それこそ検索したような感じ。

 検索したいと願ったから?

 でも……これまでも何度も願った事がある。

 その時は何も起こらなかった……じゃあ今の現象は何?

 …………魔力制御をしていたから?

 今もずっと魔力制御をしている状態……えっ?これって無属性魔法!?

 検索できる無属性魔法?そんなの聞いた事もない。

 落ち着け……もう一度試せばいい……検索っ!えっと……ホワイトソースのレシピを教えて下さいっ!

 …………ああああっ!わかるっ!なんだこの魔法はっ!?

 ……あっ!コンソメがわからない。

 検索っ!コンソメっ!おおおおっ!?ん〜…………コンソメは難しい……じゃあコンソメの代用品っ!

 ああ、鶏ガラスープならできるっ!ホワイトソースのコンソメじゃない作り方をマスターしましたっ!!

 なんて便利な検索魔法でしょうっ!!

 えっ!?じゃあ…………検索っ!宇宙の仕組みっ!

 …………あれ?何も起きない?じゃあ……



「シィナお嬢様、そろそろお時間ですよ」

「…………」

「お嬢様?」

「ん?あ、レーアなに?」

「そろそろお出掛けの時間ですよ」

「……ああ、そうですね……行きますか」


 私は一旦思考するのを止めた……そうだ、これからお祭りへ行くんだ。

 馬車は二台あり、一台はリンドブルグ家、もう一台はテルシュドール家の馬車だ。

 リンドブルグ家の方に乗って馬車が発進するのを待つ……


 ……一応大体はわかってきた。

 検索の無属性魔法はどうやら私の記憶から引き出される感じみたいです。

 記憶の奥底にある情報しか引き出せない。

 過去に読んだ事のある本の内容や、ネットで閲覧した記憶。

 それらは今の私が覚えていなくても引き出せるようです。

 しかし、まったく見聞きしたことのない情報は何も引き出されてこない。

 ネットに繋がっている訳じゃなく、あくまで私の知識のみだ。

 ……過去に読んだ本リストは出てこなかった。

 なので、何を読んだか出来るだけ細かく思い出してもいいかもしれない。

 と言っても……あちらの本はあちらの科学技術があってこその本もある。

 知識として閲覧できても、この世界ではまったく使えない知識もあるかもしれないので、あまりこの知識を過信しない方がいいかもしれない。

 ……ん〜……とりあえずグラタンを……


「シィナ?難しい顔で居るが、大丈夫か?」

「……新しい料理を考案できそうです。お父様の好きなチーズ料理です」


 ……結局料理の知識が一番有益な気がする。 

 遠心分離機は後で考えよう……



 大広場では昨日の結婚式の白い花がキラキラと輝いている。

 領民の皆さんはヒルク兄様とイレーヌ姉様を祝福してくれた。

 拍手はなかなか終わらないくらいずっと鳴り響いていた……

 いつにも増してお祭りは大賑わいで、イレーヌ姉様やご両親も楽しそうに領民とお話をしていた……いい人たちだ。

 ハチカちゃんやパッセちゃんたちとも合流して、屋台巡りもしていった。

 リンちゃんはイレーヌ姉様を見て「完敗ね」とつぶやいていた……頑張れリンちゃん、そのうち新しい恋が待っているよ……


 少し遅めに昼食を家族で食べて、夜までまったり待機である。

 またハチカちゃんたちへ近況報告をしたり、学園の男の子たちが撃沈していたり……いつものお祭りを私は楽しんでいく。

 また今夜も打ち上げ花火をするので、イレーヌ姉様には是非夜の花火も楽しんで欲しい。


 今夜の鎮魂祭で舞う人数はなんと30人近く居るとのこと。

 あの大きな舞台ならそれくらいならいけるだろう……しかし数が凄い。

 今年の男の子は逆に少ないみたいで、なかなかいいバランスは保てない……

 こればっかりは仕方ないか……

 お祖父様も途中で参加してきた……昨夜は旧友と飲み過ぎたみたいで、午前中は二日酔いだったようだ。

 よし、これで特等席は確保できた。


 30人の舞は全然違って見えた。

 とても華やかに見えて、まるでアイドルのようにみんな頑張っていた。

 迫力が違うね……

 私はまた舞の終了に合わせて一人で花火を打ち上げていく。

 杖を使った方が楽なのでいくらでもできるよっ!

 ……鎮魂祭か……あのサバイバルキャンプでの鳥さん。

 ごめんなさい……せめて魂は安らかに。


 真夏の夜は少しだけしんみりした……魂があるのかないのか知らないけど、私の魂はたぶんシィナちゃんに宿っている。

 だからきっと魂はあるのだろう。

 この世界の魂は女神様の元にいくらしい……安らかに、迷わないように祈ろう。



 ……鎮魂祭も終わり、イレーヌ姉様のご両親も自分の屋敷に帰って行った。

 結婚式も無事に終わったので、いつもの平和な時間が戻って来る。

 やっぱり今年は王都に比べてリンドブルグ領は涼しい。

 まぁ、真夏なので暑いけど、平年並だろう。

 私は検索の無属性魔法で色々と知識を得ていく。

 なんとか遠心分離機を再現できないか試行錯誤の毎日です。

 ホワイトソースは無事にできた。

 チーズを乗せてグラタンも作れたので大満足。

 ホワイトソースはグラタンだけじゃなくて色々と作れる……ここはジュリエッタさんに任せてみてもいいだろう。


 ……さすがに遠心分離機の作り方なんてマニアックな事は調べたことはないようで、検索にも引っ掛かってはこなかった。

 だけど何かのテレビで見たことはある。

 試験管が高速で回るやつだ。

 アレをどうにか再現できればいいのだ。

 もしかしたらドワーフさんに言えば作って貰えるかもしれない……けど、時間がかかるだろう。

 電気じゃなくても手動で回せばいいし……手動……つまり遠心力を発生させればいいのよね。

 アレだ……ハンマー投げのようにグルグル回転させればいいのだ。

 しかし……どうやればいいのだろう。

 お祖父様なら…………できそうではある……筋肉ムッキムキだし。 

 オリンピック選手もビックリの筋肉だし…………いや〜っ……ハンマー投げをどれくらいすれば分離するかもわからない。

 お祖父様を1時間フル回転させる訳にはいかないしね。


 ……一旦考えを変えよう、これは脳筋なやり方だよ。

 もっと……こう……別なやり方がある筈だ。

 ……魔法は?困った時の魔法だ。

 しかし遠心力とか重力とか発生させる魔法は……ないよね。

 風魔法でも……無理だよね。

 ぬぐぐぐぐっ!何かないのっ?これまでの魔法では無理っ!じゃあ……じゃあどうすればっ!

 ……ここは無属性魔法を試してみよう。

 今は遠心力とか分離とかのイメージはある。

 なら願えばいい……目の前のミルクに分離してくださいっ!と願って魔力を制御してみる。

 私が欲しいのは純生クリームっ!お願いしますっ!分離して〜っ!

 …………ミルクに特に変わりはない。

 ううっ……やっぱり遠心分離機が必要か……ドワーフさんに相談しよう。

 あのドワーフさんならたぶん作れる筈だし…………ん?

 ミルクの色が少しだけ黄色い……


「あああああっ!?もしかしてっ!」


 これ……分離してる?さっきまで普通に白いミルクだった。

 明らかに違うっ!私の検索魔法でも、植物性と動物性では色が違うとの情報もある。

 おおおおっ!できた!たぶんできたっ!

 後はコレを氷で冷やしながら砂糖を入れて泡立て器で混ぜればできる筈っ!

 念願の生クリームがっ!!


 ……こうしてこの夏休みはショートケーキもどきを完成させる為に私は頑張った。

 結局ドワーフさんに遠心分離機を注文して、私が居なくてもできるようにしていった。

 氷も必要だったけど、ボウルと純生クリーム……フレッシュクリームかな?

 成分がよくわからないけど、魔石冷蔵庫で冷やしてからならできると判明した。

 スポンジケーキも作り、苺の代用品の果物も手に入れた。

 夏休みギリギリでようやく完成したサルのショートケーキは涙が出る程美味しかった。

 最高です、サルのショートケーキは…………

 サルとは苺の代用品の果物の名前です……まるでおサルさんが作ったショートケーキのように聞こえるけど、それはしょうがない。

 サルは一年通して手に入る果物なので、遠心分離機を王都の喫茶店に配置できればいつでもサルの…………いつでもショートケーキが楽しめるのです。

 お母様も姉様方もショートケーキを絶賛していた。

 これは……甘味界の革命……生クリームという最強のスイーツは間違いなく王都でも流行るだろう。

 多分リカンの果実でも合う筈なので、ジュリエッタさんと王都のモーガンズさんに任せよう……生クリームをどう扱うか……どう私を驚かしてくれるか期待しておこう。


「お義母様、シィナちゃんって凄いのですね……」

「サルの生産者に連絡しないと……イレーヌさんも手伝ってっ」

「はいっお義母様っ!この甘味は世界を取れますっ」

「また忙しくなるわっ」


 数ヶ月後の王都ではサルのショートケーキが案の定、流行ることになる。

 魅惑の甘味サルのショートケーキ……全ての女の子が求める甘味はパーフェクトです。

 名前以外は完璧だった……何故あの果実にサルと命名したのか…………それだけが惜しかった……残念。



 ショートケーキの一件もやり終えたので、充実した夏休みだった。

 また私とシュアレ姉様は王都に向かう……レーアとココナさんも勿論一緒だよ。

 今年はまだ暑い……秋の気配は訪れてはいないけど、もう慣れたものだ。


「暑い〜……シィナ氷頂戴」


 姉様はまだ駄目だった。

 車内で氷を舐めながらまったり王都へ向かった。



 お馬さんに無理はさせられないので、また5日掛けて王都に辿り着いた。

 まずは喫茶店にお母様のお手紙を届ける。

 ショートケーキの件だろう。

 私はグラタンのレシピもまとめておいたので、是非ホワイトソースを活用してもらいたい。

 モーガンズさんとは軽く話をしておいた……姉様もショートケーキの味を語っていたので、モーガンズさんは興味津々に聞いていて、まだ遠心分離機ができあがっていない事に悔しそうにしていた。

 早くショートケーキが食べられますように……


 喫茶店を後にして、学院の寮前に到着した……

 マイヤーレ寮長へ帰寮報告を忘れずにして、姉様とも学院でお別れだ。

 また姉様の部屋に回復薬を注ぎに今度行こう。

 もうすぐ秋に突入する……過ごしやすい季節だ。

 それに無属性魔法も解明できているので、もう少し色々と試してみたい。

 さて、今度はどうしようか……



 ……秋の始業式も終わり、私の学院生活も落ち着き始めた頃。

 私は相変わらずアルベルト先生に魔法を教えて貰っていた。

 イケメンで賢者様の弟子のアルベルト先生は優秀だ。

 教え方も上手いし、何も文句はない……とは言えない。

 若干私を見る目が怖い……たぶん異性としてじゃなくて、魔法の探究心からくるものだろう。

 ジッド先生のような感じになってきている……アルベルト先生もジッド先生も魔法が大好きな…………魔法バカなのだ。

 ……まだ無属性魔法の事は相談していない。

 今話しても大丈夫だろうか?


「……素晴らしい。シィナさんの魔法は華がある……もう一度良く見せて下さい」

「は、はい……」


 うっ!顔近いよっ!

 イケメンの顔アップはドキドキしますっ。

 ……相談したらどうなるのかが怖い。

 でもお母様は相談しなさいと言っていたし……どうしようか。

 ……明日っ!明日しよう。

 私の心の準備も必要なのです……今日はフォルナちゃんに癒やされておこう。



「シィナちゃん、明日はお休みだよ?どこかに行く?」


 はい、相談は来週にしよう。

 曜日感覚が無いので、せっかく決めたけどそれはしょうがない。

 なんかズルズルいきそうだけど……来週頑張ろうっ!


「何か予定でもあった?」

「ん?アルベルト先生に告白することがありまして……」

「えっ!?」

 

 告白というか相談というか……白状というか……あ〜怖い……


「シ、シィナちゃん!?何を告白するのですかっ!?」

「フォルナちゃんどうしたの?……いや〜っこればっかりはフォルナちゃんにも内緒かな……ごめんね、凄く大事なことなの」

「…………そうですか……シィナちゃん、エドニスお兄様はダメでしょうか?」

「……はいっ?エドニス先輩ですか?ダメではないですけど」


 ん?何の話だろう?アルベルト先生に白状する事とエドニス先輩の繋がりが見えない。


「……ダメではない……なるほど、まだ男性として見ていないと…………シィナちゃん、明日は子猫の奇跡亭へ行きませんか?」

「喫茶店かぁ……甘味……いや、お食事もいいですねぇ、行きましょうかっ」


 グラタンのレシピは渡したからそろそろメニューに並んでいるかもしれないしね……もう秋の気配だし、丁度いいかもぉ。

 んふふ〜っ、やっぱり私は食欲の秋だねっ!

 明日の予定をレーアに伝えて、今日はもう寝ようっ!



 その日夢を見た……

 精霊さんがシィナちゃんの周りを囲んでいる夢。

 私ではなくシィナちゃんを。

 可愛い笑顔で精霊さんと遊ぶシィナちゃん……何故か私は凄く悲しくなった…………違う……羨ましいのかな?

 この夢はたぶんなんでもないと思うけど、何故か私の記憶に残り続けた。


 翌朝、シィナちゃんに夢の事を聞いてもわからないと言っていた。

 ……なんでもない……と思う。

 ただの夢だろう。

 私は夢を振り払うようにレーアと朝の支度をしていった。

 その頃にはもう夢の事より喫茶店のメニューをどうしようか考えていた……



「秋だけどまだ少し暑いかな?」

「そうですね、こいう時は服選びが大変です」

「フォルナちゃんはスタイルもいいから、なんでも似合って羨ましいよ」 

「そうですか?ユエラが選んでくれたのを着ただけですよ」

「フォルナお嬢様もだいぶ女性らしくなってきましたからね……」

「…………シィナお嬢様は変わらず愛らしいですよ」

「……ありがとう、レーア」


 レーアのフォローが痛いです……頑張れ私の身長さんっ!

 少しは成長しているんだけど、わかりづらい成長で…………慎み深いのです。

 まるで和服美人のように慎み深いのっ!大事なことなので2回は許してほしい。


 乗り合い馬車の上でそんな会話をしていった……将来いい思い出になるだろう。

 今日は食事意外に予定はなかったので、市場へは寄らずに喫茶店へ直行だ。

 まだお昼前だけど、既にお店に並んでいる人もいる。

 でもいいタイミングで来たようで、人の流れもいい感じだ。


「あ、あれ〜っ、フォルナじゃ〜ないかっ?」

「まぁ〜、エドニスお兄様ではありませんかっ」

「……エドニス先輩こんにちは。今日もハンバーグですか?」

「シィナ嬢っ、よかったらご一緒しても宜しいだろうかっ!」

「はい、構いませんよ。フォルナちゃんのお兄さんなら歓迎ですっ」

「良かったですね、お兄様っ」

「……ああっ!」


 なんか久しぶりに会話した気がする。

 ……少し……鍛えているのかな?以前よりも逞しく見える。

 レーゼンヒルク領も鍛えないといけないのかな?リンドブルグ領は土木工事でみんなムキムキだし。


「レーゼンヒルク領も大変なのですか?」

「……えっ?大変では……ないかな?」

「そうなのですか……リンドブルグ領の男性はみんな筋肉が凄いのです」

「っ!?そ、それはっ!…………もっと鍛えないといけないなっ!!」

「はぁ……ハンバーグでも食べて頑張ってください」


 男の子って鍛えるの好きだよね……ムッキムキの筋肉は凄いけど、私はもっとしなやかで……細マッチョがベストかなぁ……

 ヒルク兄様とかダリル兄様とかが理想かもしれない。

 エドニス先輩はお祖父様のようになりたいようだ。

 ……頑張れ先輩……私は応援していますよ。


 店内に入るとチーズの匂いがしていた……これはグラタンの匂いっ!!

 もう流行っているのかは知らないけど、売れ行きは好調のようだ。


「フォルナちゃん、夏の間に開発したグラタンがおすすめですよっ」

「ぐらたん?」

「みんな食べているチーズの香りのやつです」

「僕もグラタンをっ!ハンバーグも食べるよっ」

「お〜っさすが男の子ですねっ!」


 私とフォルナちゃんはグラタンセット……エドニス先輩はグラタンとハンバーグセットを頼んだ。

 甘味はミュートパイでも食べよう。


「……シィナ嬢っ……ええと……」

「シィナ様っ!?あああっ!?やっとお会いできましたっ!」

「「えっ?」」


 エドニス先輩が何か言おうとしていたところに……乱入者が現れた。

 隣の席にいた人だ。

 ……誰?


「……どこかでお会いしましたか?申し訳ありません記憶が……」

「あっ!いえっ!私などくだらない人間ですので、覚えていないのは当然でしょうっ!以前シィナ様のお誕生日に伺いましたエイドジクスという料理人でございますっ」

「…………ああっ!覚えていますっ」


 アレだ……確かリンちゃんと口論になって、お祖父様につまみ出された人だっ!……って問題児じゃない。

 嫌いな人だったけど、今は感じが変わって……いる?

 

「シィナ様、覚えているのでしたら、あの時の謝罪をしたいと思っておりますっ!私は心から反省をして、愚かな自分とは決別致しましたっ。……申し訳ありませんでしたっ!」

「い、いえ、もう済んだ事ですので、お気になさらず……」


 ううっ!周りのお客さんから何事かと見られている……気まずい。


「寛大な御心に感謝致します……この子猫の奇跡亭の料理を再現できないか毎日研鑽しております……シィナ様の考えた料理はどれもこれも絶品で……シィナ様…………許された身で大変失礼かと存じますが、城で料理をご享受できませんでしょうかっ!?是非王族の方々にもこの味を知って欲しいと願っておりますっ!」

「えっ!?王族?……すみません、えっと……えいどじくす……さんってどこの料理人さんなのですか?」


 なんて言ってたかなんて覚えていない。

 副料理長だか補佐だか……お祖父様が何か言ってたけどまったく覚えていない。

 この人とはもう会うことはないと思っていたしね……


「私は現在、王宮副料理長をしております。当時は副料長補佐をしておりましたっ」

「お、王宮……」

「はいっ!リュデル王国の国王様や王妃様など王族へお食事を作っておりますっ」


 何故か周りから「お〜っ」っと声が聞こえてくる……

 ううっ!やっぱりこの人は苦手だ……恥ずかしいよっ!


「どうしましたかっ!シィナお嬢様っ!?」

「モーガンズさんっ?」


 どうやら騒ぎを聞きつけてここの料理長が出てきてしまった……すみませんっ!お騒がせして……こいつが。


「おおっ!子猫の奇跡亭調理長ではありませんかっ!」

「またお前かっ!……シィナお嬢様、つまみ出しますか?」

「い、いえっ!王宮の副料理長ですから……大丈夫です」

「モーガンズ料理長っ!是非シィナ様の料理をご享受して頂けませんかっ!」

「……シィナお嬢様、どう致しますか?以前から何度も来ているのです」


 んん〜っ!あまり王族とは関わり合いたくはないけど……こう民衆の前で王族への批判はしない方がいいよね……

 あ〜っ……それに賢者様に会いに行くかもしれないのだ。

 アルベルト先生に白状したらそうなる可能性が高い……つまり城の人間とは穏やかにしていた方が賢い。

 ここは少し折れた方がいいかもしれないね。


「……あ〜……え〜っと、私は賢者様へ会いに行く予定がありますので、その時にでも……よければ……」

「おおっ!?賢者様ですかっ!ええっ!ええっ!その時にでもこちらは構いませんっ!是非城へお越しくださいっ!」

「……この事は奥様はご存知で?」

「はい、問題ありません。お母様が行くように言ったのです」



 また何故か周りの人がパチパチと拍手をしてきた。

 とりあえず店内は落ち着いていったけど……

 はぁ〜……グラタンの味は……美味しかった。

 フォルナちゃんたち兄妹は驚いて固まっていた。

  

 アルベルト先生へ白状もしなきゃいけないし、賢者様にも合わないといけない……退路は絶たれたのである。

 思いがけない伏兵によって私のお城行きは現実味を帯びてきた。

 何事も起きませんようにっ!


 

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