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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第3章 旅路
40/70

第35話



 王都は夏を迎えて連日の真夏日が続いている。

 やはり今年の夏はこれまでで一番の猛暑……いや酷暑かな?

 しかし今年の私は違うのです。

 大きなタライに氷の柱を作り出して、閉め切った部屋に何個か配置する……

 あとは生活魔法程度の風を吹かせれば、部屋は冷気で気温が下がっていく。

 ……ああっ、ここにクリーンエネルギーで、環境に影響のない完璧なクーラーが誕生しました。

 しかも氷の水分もあるので、クーラーのように喉が痛くなる事もない。

 これならいくらでも夏を楽しめるよ。

 氷入りの果実水は最高です……ああっ……熱い鍋焼きうどんが食べたいくらいです…………うっ……ちょっと寒い……風はもういいや。

 やっぱり氷があるだけで生活は良くなるよ……特に夜っ!

 少し寒いくらいで毛布に包まるのが心地良すぎます。

 フォルナちゃんには氷魔法の口止めをお願いしている……そのかわり、毎日この氷柱を提供して、快適な真夏の夜を堪能して貰っている。 

 フォルナちゃんには暑さで体調を崩して欲しくないからね。

 勿論ユエラさんの部屋や、レーアの部屋にも毎日提供している。

 唯一の欠点は解けた水の処理くらいかな。


 でもこの状況に慣れすぎると日中が辛すぎる……勿論夜は使うけど、あまり多用は控えよう。

 まぁ、朝のランニングでしっかり汗はかいているから、体調管理も大丈夫だろう。



 ……朝の職員室に行くと、今日はアルベルト先生は来られないとの事で、今日の私はオール免除……つまり図書室行きだ。

 ずっと古い本を照らし合わせて勉強はしていたけど、そろそろあの本を解読していこう。


 司書のゲルド先生は見当たらないので、持ってきた本をいつもの机に置いて早速改めて読んでみる。

 …………うん、結構読めるようになってきている。

 まだ怪しい箇所はあるけど、古い言葉が理解できる。

 他に何冊か古い本を並べて確認しながら読み進める……

 これは魔法道具のお店のおばあちゃんが言っていた通り、魔法の事が書かれている。

 しかもちゃんと無属性魔法の事だ……たぶん発動の方法なんかが書いてある筈だ……これは無属性魔法の考察と実践の本のようだしね。

 ちゃんと目次もあって、無属性魔法の種類なんかも書かれているみたい。

 ……少し緊張する……ワクワク感よりも、この本で何もわからないほうが怖いからだ。

 なんだかんだで約一年……古い言葉ばかり勉強していた。

 それが無駄になるのが怖いの……


 外は今日も暑い……だけど図書室は少しひんやりしている感じで居心地がいい。

 …………完璧に読める訳ではないけど、同じ言葉が多く書かれている。

 その言葉は「願い」……無属性じゃなくても他の魔法を使う時は……願い……は関係はない。

 イメージが重要……それは間違いない。

 だけど度々この本には「願い」という単語が多く出てくる。

 そしていまいち内容があやふやで……直訳すると「願いを込めて魔力を制御することが大事」となる……ここの文章はたぶん大事な部分な気がする。


 氷魔法で一口サイズの氷を作り出して、そのままパクリと口に入れる。

 コロコロと口の中で氷が転がっていく……冷たくておいしい。

「願いを込めて魔力を制御する」……もう一度その部分を読む。

 ……ん〜……わかるような……わからないような……イメージと願いは……違うよね?イメージっていうのは、頭や心に浮かぶ物……映像とか触った感触……もしくは存在しない妄想の中の出来事を勝手に作り出したり……私の中のイメージっていう言葉の意味はそんな感じ。

 国語辞典プリーズっ!もしくはネットで検索したいですっ!

 ……ええと、なんだっけ?……ああ、イメージと願いの違いか。

 願いっていうのは、そのまんま願い事の願い……だよね?

 ええと、願望とか……望む事……かな?

 つまり私が望む事を……願望を込めて魔力制御をすればいいのかな?

 なんか他の魔法を使う時とは全然違うけど、いいのだろうか?

 じゃあ、お母様の使う遠視の無属性魔法なら……図書室の案内板を見る。

 ここからだと少し離れていて、内容は知っているけど読むことはできない。

 案内板を見たい……ここから見たいっ!この願いを込めて魔力制御をしていく。

 んん〜っ……特に何も起きない。

 ……魔法を使用する時は手のひらや、指先に魔力を込める。

 そしてイメージした魔法を使うだけだ。

 じゃあ、遠視の場合はどうするのが正解か…………目に魔力を込めるのだろうか?やったことは……あったっけ?

 ……まぁ、やってみますか…………目に魔力を込める……違和感があるけど込める……さっきのように、願いも……願望も込めて案内板を見てみる。

 

「…………あ……見えた」

 

 おおっ!?なんですかこれはっ!?望遠鏡を使った時みたいに案内図が拡大されて見えている。

 できたの?……魔力循環を止めると、視界は普通に戻る。

 もう一度同じ様に目に魔力を込めて……願うと…………拡大して見えるようになった。

 ……できてしまった。

 念願の無属性魔法が使えるようになったよっ!

 (………………)

 シィナちゃんも使い方はわかったみたいだね。

 でも蓋を開けてしまえばそんなに難しくはない。

 何故、無属性魔法の使い方が忘れ去られたのかはわからないけど、とりあえず使い方の概要は理解できた。

 ……試しに願いは込めずに目に魔力を集めてイメージして使ってみる。

 …………うん、何も起きない。

 やはり「願い」という行為が重要らしい。

 あ〜……これならなんとなくできたと言っていたお母様の言葉もわかる気がする。

 たぶん、何か遠くの物が見たくて偶然発動したのだろう。

 目に魔力を集めるとはいえ、魔力をほとんど消費していないような感覚もある……低回転の魔力制御でも可能だろう。

 ……あああ〜っ!できた〜っ!これは本気で嬉しいっ!

 難解な問題を解いたような……難しいなぞなぞを解いた時のようなスッキリした感覚ですっ!

 私はこれで前に進める気がした。

 とりあえずこの本を徹底的の読んでいこう。

 他にも使える無属性魔法もあるかもしれない。

 また氷を出して舐めながら本を読んでいった……今日はまだまだ時間はあるので凄く楽しみです……



 ……無属性魔法を覚えた私は、あれから使えそうな無属性魔法をリストアップする作業に没頭していった。

 以前読んだ研究資料も全て洗い出した。

 やはり体を強化する魔法が多い……重い物を持ち上げたりする魔法や、走るスピードを上げる魔法とかだ。

 朝のランニングで試しに使ってみると、速く走るというか全力疾走しても疲れないような魔法だった。

 それは心肺機能が強化された感じではなく、脚力が上昇する感じだ。

 理屈はよくわからないけど、これが無属性魔法だと理屈じゃなく、そういうモノだと思うようにした。

 別にスーパーヒーローになりたい訳じゃないので、使う機会は無いかもしれないけど面白い魔法ではあった。


 それからもう一つの疑問にも答えが出た。

 手を使わずに物を動かすような超能力的な無属性魔法。

 これは以前、分類されていないと仮定していたけど、れっきとした無属性魔法だった。

 これもどういう理屈かはわからないけど、動かしたい物に見えない手を伸ばす感覚……で動かしたいと願ったらあっけなくできた。

 不思議な感じで、実際に触ってはいないけど、感覚というか感触があるのだ……

 無属性魔法という不思議な魔法はまさに魔法といっていい代物なの。


 とりあえずリストアップした無属性魔法はほぼ全て使えそう。

 使い方を把握してしまえばなんてことはない。

 ただ、私の最終目的でもある魔法を安全に使えるように、色々と実験しなくてはいけない。

 待っていてねシィナちゃんっ。

 (………………)

 ふふ〜ん、それはいくらシィナちゃんでも止められないから、観念していてねっ!

 まずは私の考えたようなオリジナル無属性魔法を使えるかの実験……なんだけど、もうすぐ夏休みに入る。

 一度研究から離れて、ハチカちゃんたちにお土産でも買いに行こう。



 今日は学院の最後の休日。

 姉様も誘って、フォルナちゃんとお土産を買いにお出掛けだ。


「姉様、お土産はいいとして、結婚式は何か用意した方がいいでしょうか?」

「ん〜、私たちは花束くらいでいいと思うわよ?」

「家族の結婚式なら、両家の当主様同士で色々な品を送り合っている筈ですしね。家具や……食器なんかも今頃たくさん届いていると思います」


 へぇ〜……日本にも結納品とかそういったのはあるから、貴族同士ならもっと凄そうだね。

 じゃあ姉様の言うように花束でもいいかな…………ん?……花か……


「花火でも打ち上げましょうか」

「ふふっ、シィナはあの魔法が好きね」

「シィナちゃんのあの魔法は綺麗ですしね、喜んでくれますよ」

「イレーヌ姉さんは見たことのないからね」


 打ち上げ花火なら喜んでくれそう。

 去年手紙セットを買ったお店などへ行ってお土産を買い、暑かったけど休日を楽しんでいった。


 

 終業式も終わり、いつものようにエントさんとマルムさんが迎えに来てくれた……だけどお馬さんは疲れていたようなので、回復薬を飲ませて休みを多くするようにした。

 この暑さはお馬さんも堪えるようだ……無理はさせられない。

 お馬さんに倒れても困るので、ゆっくり帰ることになった。

 ……だけど回復薬の効果もあったようで、2日目には体力も戻ったみたい。

 今回は5日掛かったけど、無事にリンドブルグ領へ辿り着いた。


 南にあるリンドブルグ領はもっと暑いかと思っていたのだけれど、逆に涼しい……変な感じ。

 王都の方が暑く、こちらは普通の夏の暑さだった。

 まぁ、過ごしやすくていいけどね。


「シュアレちゃん、シィナちゃんっ!おかえり〜っ」


 イレーヌお姉さん……もとい、イレーヌ姉様がお出迎えをしてくれた。

 不思議な感覚……新しい家族が増えるというのは。

 でもイレーヌ姉様はもうこの屋敷に馴染んでいるようで、一番の懸念要素であるお母様……嫁姑問題も今のところはないみたい……こっそり聞いたらまったく問題ないとのこと。

 イレーヌ姉様はおっとり優しい感じの人なので、年齢的にも新しい姉様が増えるのは私も嬉しい。

 家族は少しだけ男性の数が多いので、これでバランスが取れる感じかな。


 自室で旅の疲れを取っていたら、早速お母様に呼び出された。

 たぶん氷魔法の事だろう……ついでにレーアと一緒に通知表も持って行く。


「はぁ……それで、氷を作れるとシュアレに聞きましたが……」

「はいっ!作れるようになりましたっ!これで真夏の夜でも快適に過ごす事ができますっ」

「まぁ、それは凄いですね…………この事を発表すればシィナは賢者の称号を得られるでしょう。どうしますか?どちらでも構いません」

「……どうしましょう?正直私にはわかりません……あっ!もう一つ報告がありますっ。ついにお母様の遠視の無属性魔法も習得できましたっ」

「……それは初耳です。おめでとうシィナ」

「ありがとうございます。…………一つお伺いしたい事がありますが、正直に答えてくれますか?」

「質問の内容によります……なんです?」


 私は無属性魔法を解明した事を説明した。

 お母様もさすがに驚いていたけど、聞きたいのは一つです。


「お母様は何を見たくて願ったのですか?」

「…………これは秘密よ。……デールをね?……その……見たかったの」

「お父様……ですか?なぜ?」

「……学院生時代、デールが気になって……素敵な男子で、どういう人か知りたかったの……」

「お母様……」

「遠目で観察していたら、気付いたら遠視の魔法が使えたのよ……これは他言無用です。いいですね?さすがに恥ずかしいわっ」

「はいっ」


 ……なるほど……お母様の若かりし頃か。

 ちゃんと女の子をしていたようだね。

 この質問はずっと気になっていた事なので、理由も聞けて良かった。

 本当に偶然使えたみたい。


「シィナ、無属性魔法の事は賢者様へ相談した方がいいわ。もし発表したら貴族に取ってどう影響するのか私では検討もつかないの……」

「……そうですね、手紙に書いた賢者様のお弟子さんに相談してみます」

「アルベルトという名でしたね?そうね、お弟子さんに相談してからでもいいわね」


 とりあえず魔法関係は一旦保留となった。

 今のお母様は結婚式の準備もあるし大変そうなので、水瓶にまた回復薬を注いでおいた。

 3つあった水瓶はもうすぐ空になりそうだったので、お母様はとても喜んだ…………お母様のお肌は維持してこそ意義があるのです。


「……おかえりなさい」

「ただいま帰りました」


 私の頭を撫でながら、遅れた挨拶をする私とお母様は穏やかに微笑みあった。



 夕食前に厨房へ行って氷柱を作り、ジュリエッタさんに自由に使って欲しいと言っておいた。

 夕食の飲み物に氷を入れて貰ったので、実際に真夏に氷を見た家族は驚いていた……特にイレーヌ姉様が。


「リンドブルグ家のお料理は美味しすぎますっ!氷まで出てくるなんてどうなっているの〜っ!?」


 他にも氷を使った冷たいあっさりしたスープなんかも出てきた。

 普通の魔石冷蔵庫ではできないような冷たさがあったので、真夏には丁度いい……これから毎日厨房へ氷を提供しよう。

 夕食の席ではシュアレ姉様の教師の話題やアルベルト先生の話をしたり、久しぶりの家族の会話をしていく。

 ヒルク兄様とイレーヌ姉様の結婚式はもうすぐ開かれるので、軽い打ち合わせもしていったの。


 ヒルク兄様とイレーヌ姉様の結婚は領民の皆さまにも喜んで貰えている。

 どうやら街でも領民の開く結婚祝いがあるようで、鎮魂祭に合わせて開催されるみたい。

 私は気合を入れて打ち上げ花火をして、二人のお祝いをしよう。

 


 翌日……夏休みで最初にする事は決まっている。

 ハチカちゃんへのお土産を持ってお食事処で甘味を食べるの。

 またドライミストを撒きながらレーアと向かう……すると、もう大広場周辺はお祭りのように飾り付けが始まっていた。

 まだ鎮魂祭まで時間はあるけど、今年はいつも以上に活気が出ている。

 名前は知らないけど、真っ白な大きな花が鉢植えに植えられて、満開に咲いている……それだけでも綺麗なんだけど、鉢植えの数が尋常じゃない。

 どこから持ってきたのか知らないけど、大広場には何十何百という数の鉢植えが置いてあり、一面真っ白になっている。

 ああっ……凄く綺麗で結婚式っぽい。

 鉢植えを持った人たちがどんどん広場を白くさせていっている……


「レーア、凄く綺麗ですねっ」

「あのお花は結婚式によく使われる花なんですよ……ですが、ここまで多くは見たことがありません、凄い数です」


 どうやらこの世界でも結婚のイメージカラーは純白のみたい。

 ウエディングドレスも純白だし。

 昨日お母様に見せて貰った。

 もう完成していたので、イレーヌ姉様によく似合うだろう。

 シンプルタイプじゃなくてめちゃくちゃ豪華な仕様だった。

 さすがお貴族様の衣装だと感動したよ。

 お母様とお針子さんがかなり頑張ったようだった……

 いいね〜……結婚式はいいよね〜っ……あっちの世界でも結婚式に参加した事は一度もない……いや正確には一度フラワーガールをしたようなんだけど、まったく記憶に残っていない。

 こっちにはフラワーガールやボーイとかはあるのだろうか?

 まぁ、式を楽しみにしていよう。


 ハチカちゃんのところのお食事処へ入る。

 中は老夫婦が一組いて、お茶をしていた。


「シィナ様っ、おかえりなさい。レーアさんもお久しぶりです」


 …………うん。

 ハチカちゃんも成長しているね……ううっ……また身長の差が開いて……

 ……いや、私はハチカちゃんの成長を喜んであげなくてはいけないの。

 お友達とはそういうものだ……

 お土産を渡してハチカちゃんとお茶をする。

 やっぱり話題はヒルク兄様の結婚式だ。


「あのお花は私が育てた鉢植えもあるんですよ」

「えっ?そうなの?買ったのかと思ったよ」

「この街の領民が育てたのですよ。リンドブルグ家にはみんな感謝していますし、ヒルク様の結婚式なのですから私も嬉しいです」


 そんな事言われたら感動して泣いちゃうよ……

 ああ……天使が居る……私の前に座っているのは天使ハチカちゃんっ。

 笑顔の可愛い良い女の子です。

 この春から夏にかけても文通は続いている……ある程度は情報交換していたので色々と話したい事があるよ。


「ヒルク様のお相手はどんな方なのですか?」

「イレーヌ姉様と言って、穏やかで優しくて……結構面白い人です」


 昨日は氷魔法を見て慌てていたし……いいリアクションだった。


「結婚式で着る衣装も素敵でした……純白で美しかったです」

「はぁ〜っ……いいですね〜」


 乙女な会話をしているだけで癒やされる……

 ハチカちゃんも結婚願望があるようだね。

 幸せになって欲しいけど、下手な相手では困る。

 ちゃんとハチカちゃんを幸せにしてくれる相手でなければ私が許さない。

 いや、シィナちゃんと私が許さないのだ。

 (………………)

 さすがシィナちゃんっ!わかってるねっ!あとは任せたっ……同士よっ!


 夕方近くまで乙女談義は続いていく。

 なんかすっかりハチカちゃんもこういう話題が好きになっていたね。

 若干レーアは呆れていたけど、中学生くらいの女の子はこういう話が大好物なのだっ。

 んふ〜っ!ハチカちゃん成分を十分取り込めたので満足ですっ!

 お食事処が混む前に今日は撤収した。


「レーアは結婚しないの?」

「私はお嬢様の幸せを一番に考えているだけですよ……」

「私はレーアも幸せになって欲しいですっ」

「んん〜っ!シィナお嬢様は可愛い事を言いますね〜っ!……そのお気持ちだけで私は十分幸せですよっ」


 ……たまに……たま〜に、レーアのテンションがおかしくなる時がある。

 でもそれもレーアの可愛いところです。

 あまり詮索はしないでおこう……



 そして鎮魂祭の前日……本来なら鎮魂祭の前夜祭が開かれる日。

 ヒルク兄様とイレーヌ姉様の結婚式が開かれる。

 色々と手の込んだプログラムのようで、まず花嫁姿のイレーヌ姉様が街の大広場で領民に姿を披露するらしい。

 貴族は領民あってこそ……の精神らしく、その考えは素晴しい。

 前に見た大広場は更に白の花が飾られていて、そこから屋敷に歩いて向かうようだ。

 この世界のバージンロードらしい……とても長い。

 今日はお昼前にイレーヌ姉様とその親御さんが大広場からバージンロードを歩き、屋敷の会場まで来る…………しかし私はここで重大任務が与えられた。

 ある意味フラワーガールなのだけど、内容がまったく違う。

 私の撒く花は空へ撒く…………そう、打ち上げ花火です。

 なんだかんだでお母様が花火魔法を気に入ってしまい、この演出を組み込んできたのだ。

 いや、まぁ、最初からやるつもりでいたから別にいいけど、バージンロードを歩く最中ずっと打ち上げなくてはならないのだ。

 普通に歩いて約10分から20分……花嫁姿のイレーヌ姉様はもっとゆっくり歩くかもしれない。

 私は30分コースの打ち上げ花火を演出するかもしれない……保つかな?……

 結構集中力も要るのだ……しかしお母様の提案した演出は素晴らしい。

 失敗は許されない重要な任務です……気合が必要っ。

 なので結婚式前に私はリカンケーキを頬張る……甘味を食べないとたぶん保たない。


「〜っ!やっぱりジュリエッタさんのリカンケーキが一番ですっ」

「たくさん作ったからね、これからあの綺麗な魔法をするんだって?」 

「はぃ!きぁいはひふふぉへふっ!」

「お嬢様、食べながら喋らないでください」

「アハッハッハ、いいじゃないかレーア、お嬢様はもうやる気に満ちているよっ」

「んふ〜っ!」

「……お嬢様、衣装を汚さないでくださいね」


 今日はお客様も多い……他のお貴族様も結構な数が居る。

 もう可愛いピンクのドレスを着させられたので、汚す訳にはいかない。

 氷で冷たい果実水も最高ですっ!

 いつもの食堂で一人で甘味を食べていたけど、もうそろそろ待機していた方がいいかもしれない。

 …………そうだ、杖を使ってみようかな?花火を杖で出した事はなかった。

 音を出さずに調整すればバレないだろう。


「レーア、私の杖を取ってきてくれる?」

「かしこまりましたっ」


 さすがにこの衣装に杖は入らないので自室の机の中です。

 残りのリカンケーキを頬張って私の準備は完了した。


「お嬢様、お口を拭きますね」


 ……杖をレーアに貰って、お口を綺麗にして私の真の準備は完了した。 

 よしっ!行きますかっ!

 大広間には他のお客様もたくさんいて、屋敷の扉は開いている……外に出ると、もっと多くの人が街の方を見ていた。

 みんなバージンロードを楽しみにしているようだ。

 私はレーアと一緒に庭を進み、屋敷の敷地を出て街の大広場が見える位置に待機する。

 ここなら誰も居ないし、広場も見える。

 今のうちに調整しよう。

 杖を構えてまずは線香花火を出してみる。


「危なっ!」

「お嬢様大丈夫ですかっ?」


 いつもの線香花火の火の量が大き過ぎた……

 危なく自分の魔法で衣装に穴が空くところだった。

 ……もっと最小の魔力制御で調整していくと、いつもの線香花火になっていった。

 なるほど、これくらいか。

 なら打ち上げ花火なら……

 誰も居ない方向へ一発小さめの打ち上げ花火を使ってみる。


「昼間でも綺麗に見えますね、さすがシィナお嬢様です」

「ありがとう。たぶんこれなら大丈夫かな……」


 ……しかも……なんか楽に出せた気がした。

 杖の効果かな?

 っ!!始まったみたい……大広場で大きな拍手が起こっている。

 ここからじゃよく見えないけど。

 …………あ、こういう時は…………遠視の無属性魔法を使ってみる。

 おおお……見える……イレーヌ姉様が馬車から降りて、たぶんお父さんだろう……男性と寄り添っている。

 凄い人の数……みんな笑顔で拍手している。

 あっ!ハチカちゃんが居た……パッセちゃんたちも一緒に居るみたい。

 白い花がたくさんあってその中をゆっくり歩いてくる。

 ……もう一人お母さんかな?両親に挟まれてイレーヌ姉様は嬉しそうにしているね…………あれいいなぁ……綺麗な衣装に優しそうなご両親と一緒に拍手されて……最高に幸せそう。

 ……ここじゃない?打ち上げ花火のタイミングは。

 というか今しかないっ!最高のタイミングですっ!


 狙うはイレーヌ姉様の進行方向の先……上空へ目掛けて打ち上げ花火をイメージする。

 最初の音は小さめに……お子様が驚かない程度の音。

 昼間用ははっきりとした色になるように調整してあるので、私は杖で魔法を放つっ!

 いつものように甲高い音が鳴り、私の魔法は一気に上空へ放たれていく。

 ドンっ!っといい音がして特大の打ち上げ花火は成功した。

 また遠視の魔法で確認すると、領民のみんなはもう慣れたのか、すぐに歓声がここまで響いてくる。

 後ろの屋敷からも歓声が聞こえてきた。

 イレーヌ姉様とご両親は上空を見て立ち止まってしまった。

 驚いたようだ……ならこの魔法に害がないことをアピールしなきゃだね。

 今度は四方へ特大の花火を放っていく。

 少しずつ音を大きくしていき、いい感じになる……やっぱり音の効果は大きい、迫力が違う。


 ……真夏の高い空に私は何度も打ち上げていき、シダレ柳の打ち上げ花火でフィニッシュさせた。

 もうイレーヌ姉様は私のすぐ先に居たからだ。

 疲れた……役20分……私は頑張った。


「シィナちゃんっ!魔力枯渇になっていないのっ!?」

「いえ、腕が疲れたくらいです」

「お父様、お母様、ヒルク君の妹のシィナちゃんです」

「ああ、黒髪の妹さんか……素敵な魔法をありがとうっ」

「可愛い子ですね……シィナちゃん、娘を宜しくねっ」

「はいっ!お任せくださいっ!さあっ!ヒルク兄様が待っていますよっ!」


 なんか最後に笑われたけど、私のお役目は無事に終了した。

 もう腕がぷるぷるだよ。



 この後はイメージ通り……ではなく、この世界ならではの結婚式が執り行われていった。

 リンドブルグ家とテルシュドール家の厳かな婚礼の儀式は、新郎新婦が杖を交差させ、光と闇の魔法を使った変わった感じの結婚式になった。

 途中で意味がまったくわからなかったので、こっそりシュアレ姉様に聞いてみたところ……嫁ぐイレーヌ姉様が闇の魔法で不安を表現していき、ヒルク兄様がその不安を光で包む……安心して欲しいという意味があるようです。

 なるほど、そういう意味があったんだね……と関心していた。

 ……こいうのは学院ではいつ習うのだろう?こんな事は教科書には載っていなかった。

 もっと別な…………あっちでいう保健体育的な授業でもあるのだろうか?

 後で姉様に聞いておこう。

 最後に貴族らしい言葉でヒルク兄様がイレーヌ姉様を抱きしめて終了した。

 キスはナシなようだ。

 あと、お父様とイレーヌ姉様のお父さんが何かの紙にサインか何かを書き込んでいだ。

 難しいのは任せておこう……

  

 静かな儀式の後は一転して普通にパーティーのように飲み食いが始まる。

 音楽が奏でられ、以前の学院の夜会以上に豪華なパーティーになっていく。

 ヒルク兄様とイレーヌ姉様は幸せそう……ではあるけど、緊張しているのがよくわかる。

 まだまだ来客応対が待っているのだ。

 失敗はできない人生の一大イベントだからね……頑張って乗り切ってくださいっ!

 私は甘味を食べながら見守っておりますっ!

 んっふぅ〜……コレはまた濃厚なプリンですっ!


 

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