第3話
レーアが私たち3人に新しくお茶を注いでくれたので、クッキーを一つ食べる。
あっま〜いっ…………ちょっと甘すぎね、こっちのブドウみたいな果実は……んんっ甘い……でも美味しいっ、お茶を飲んで口の中をサッパリさせる。
女の子は甘い物が大好きなのだ……お茶も美味しい。
「レーアのお茶は最高ねっ」
「ふふっありがとうございます」
「お母様、甘味を食べるシィナ可愛いですっ」
「そうね〜いつまでも見ていられるわっ」
皆甘味を食べてまったりしている。
お母様もシュアレ姉様も甘いモノは好きなようだ。
今度何か作ってあげよう。
昔お母さんとよくケーキとか作っていたから、たぶん作れる筈だ。
「はぁ、美味しいっ…………あ、お母様?説明の方は?」
「あら、そうだったわね」
「お母様、ちょっと待ってください……えっと…………このページからです」
「シュアレ、ありがとう……教本なんて久しぶりだわ、シィナに説明するわね」
「はい、よろしくお願いします、お母様」
少し場の雰囲気が引き締まる気がした……
一体なんなの?大変な事って……
「どこから説明しようかしら……」
「お母様、シィナは記憶が……最初からですわ」
「そうね、シュアレの言う通りね……」
「レーアは平民なので知らない事ですが、私たち貴族は12歳で王都の学院……リュデル王国、王立学院へ入学する義務があります、私も昔卒業したのよ」
この国はリュデル王国っていうんだ……初めて知ったよ。
12歳……中学生くらいか。
「お母様、その王立学院は卒業まで何年間掛かるのですか?」
「6年掛かります、17歳で卒業ね」
つまり中学から高校までかかるのか……なるほど。
「卒業式の頃は婚約相手と一緒にいたりして楽しかったわよ、シュアレも誰かいい人を早めに見つけなさい」
「うっ……考えておきます」
「ダメよ考えているだけじゃ、誰もいないの?」
「お母様私はまだ13歳です、まだいいじゃないですか……」
「私は15でデールと婚約したのよ?早めに誰か探しなさい、いいわね」
「……探すだけなら……そ、それよりシィナに説明を……」
「あら、シィナごめんなさいね、シィナも……いえ、説明ね」
ちなみにデールはシィナちゃんのお父様の名前だ……ちゃんと覚えてるよ……
15歳で婚約とかするんだね……これも貴族の常識か……すごいな。
シュアレ姉様はまだその気はないようだ……13歳ならまぁ……
「どこまで話したかしら?ええと?」
「まだ王立学院に入学していませんわ、お母様……」
「あら、そうね……学院に入学すると、学院内の説明がされるのだけど、敷地内に一箇所だけ誰も立ち入りが出来ない塔があるの」
「とうって、建物の塔のことですか?」
「そうよ、とても古い塔で、学院の建物よりも歴史のある塔みたいなの」
「学院の先生たちは精霊の塔……って呼んでいるの」
ここで繋がるのか……精霊の塔……
「その塔には入口がどこにもなくて、壁にはこう彫られた文字があるの……」
お母様は教本のページを開き、私に見せてくる。
「精霊の愛し子のみ立ち入りを許可する……って」
「……それは……私のことですか?」
「精霊が話をする……言葉を話すというのは古い文献でしか記述がないの、実際に精霊と話をしたなんて話は聞いたこともないの……」
「私は普通に話しかけられて……遊びましたけど……」
「遊ぶくらいは誰でも出来るのよ、私も精霊さんが寄ってきた時は嬉しいし」
「シュアレ姉様も遊んだのですね」
「ええ、キレイで可愛いもの……でも、シィナは話したのよね?」
「はい、愛し子見つけたって言われて……」
「レーア、もう一度確認させて、シィナの言ってる事は事実?」
「はい、奥様……事実です」
「……つまり、私がその精霊の塔に行けば……立ち入りが出来るのですか?」
「たぶん、そうね……誰もこれまで入れた人は居ないの……中がどうなっているかも分からない…………王国住人の誰も知らない……ずっと謎になっているの」
なにそれ、面白そうっ!行ってみたいっ!
「国中の貴族なら誰でも知っている謎……精霊の塔を研究している人も居ますわ……」
「奥様……その……危険ではありませんか?何があるのか分からないのですよね?そのような場所にシィナお嬢様を行かせるのですか?」
「レーアの言う通り、いきなりシィナを向かわせるなんてさせません、というか許しません」
「ええ、シィナに何かあったらイヤですわっ!」
ええ……私は行ってみたいけど……
「なので、今夜家族会議をします、男性の意見も聞いてみないと……レーア、他に精霊が喋ったことを知っている人はいますか?」
「モルトさんと会話した後で精霊さんが現れたのですが、モルトさんは仕事に行ったので何も知らない筈です」
「そうですか、念の為モルトには確認して下さいな……」
「かしこまりました奥様」
「シィナが精霊と会話したことは誰にも言ってはなりませんよ……シィナも誰かに喋ってはいけませんからね」
「それは何故ですか?お母様」
なんか厳重というか……そこまで秘密にしないといけないのかな?
「……シィナ、精霊は昔から女神様の眷族とされているのです」
「女神様の?」
「そう、女神様の使い……眷族……色々と呼び名があるのですが、精霊とは何なのかよく分かっていない存在なの……」
「悪いモノではないと思いますが」
「ええ、そうね、私もそう思います……だけど分からない存在は……何をしてくるかも分からないでしょう?」
「そうですが……精霊さんと遊んではいけませんか?」
「…………もし、一人の時は遊んではいけません……誰か大人がいれば……」
「私は精霊さんと仲良くしたいです……」
これは本心。
光っていてキレイだし、可愛いのだ……仲良くなってダメなの?
「もし、もしもの話ですが……例えばシィナを女神様の元に連れて行こうとしたら……どう思いますか?」
「女神様の元に行っちゃダメよっ!シィナは私と一緒にいるのっ!」
「その通りです、お嬢様は女神様の元に行ってはいけませんっ!」
過保護な2人は全力だった。
女神様の元に行ってはいけないの?…………もしかしてそれって死ぬってこと?……比喩表現?女神様の元って。
「奥様、愛し子とは女神に愛されてると精霊さんは言っていました……」
「正直それもよく分かりません……女神様に愛される……言葉にすればいい事に聞こえますが…………神に愛されたらどうなるのかが分からないのです」
「そう聞くと怖いですね……」
「分からない……無知というのは危ないことでもあるのよ……女神様や精霊を悪く思いたくはないですが、シィナを守る為にも警戒はしないと」
ついこの間、瀕死になったシィナちゃんだからしょうがないか。
私も気をつけよう……
………………というか、一つ確認することがある。
「あ、あの……お母様……その教本少し貸してくださいますか?」
「ええ、どうぞ…………シィナもそういう教本で勉強するんですよ」
「…………文字が読めません……」
「………………ああっ……文字の記憶もないのですか……レーアっ」
「私がしっかりとお教え致しますね、お嬢様……」
「私もついているわっ!妹の為に頑張るからっ!」
おおうっ!文字がっ!分かりませんっ!
日本語で会話してるよね?なんで文字は読めないのっ!?
1カ国の言葉を習得するの?これから?
英語とか全く出来ないんですけど…………
私の毎日にこの国の国語が強制的に追加されました……
……夕方にお父様と兄様2人が帰ってきてから、皆揃って夕食を食べる。
最初は男性陣の今日の出来事などを聞きながら食べていたけど、お母様が家族会議を提案すると男性陣は表情が険しくなる……何があったと小声で話合ったりしている。
使用人たちにも聞かれたくないという言葉のせいで更に表情が引き締まっていった。
夕食後、先程の茶会室に集まる家族たち。
レーアが全員分のお茶を注いでいく。
そして家族会議が始まった。
「それで、何があった?」
「女性陣は一度話し合いましたので、私から経緯を説明します……質問は後で、まずは聞いてください」
お母様が3人に向かって説明していく。
精霊さんが話したこと……愛し子、女神様……一通り説明は終了した。
精霊の塔の事は3人共に把握しているので、以外に早く説明は終わった。
「シィナ……次はそうきたか……父は驚いたぞ……」
「お父様、次々と問題を起こしてしまい申し訳ございません……」
「シィナは悪くない、精霊が勝手に話したんだ、仕方ないよ」
「そうそう、シィナはいい子だ、謝らなくていいんだよ」
イケオジとイケメン2人も私に甘い……優しすぎる。
まぁ実際に私は悪くない……筈だけど、私という人格のせいもあるかもしれないので、心苦しい。
シィナちゃんは悪くないからね、大丈夫だよ〜
(………………)
そうだね、誰も悪くない……その通りだよ。
「……では精霊と会話したという事実は基本秘匿する……でいいな?」
全員が無言で頷く。
「正直に言うが、あの精霊の塔に何があるかは……見てみたいというのが本音だ。ただ、男は皆そう思うだろう?どうだ?ヒルク、ダリル」
お母様が言うように、シィナの安全が第一ですが、確かにお父様の言葉通りですね……何が待っているのか……気になります」
「俺もヒルク兄様と同じ意見です。気にはなりますね……少し独自に精霊の塔を調べてもいいでしょうか?私はまだ学院生ですからね」
「それは大丈夫だろう、愛し子が見つかった……なんて思うヤツはいないだろうし」
「精霊の塔か……入学したばかりの時は何人も塔を調べている生徒はいたが、半月も経たずに皆飽きた……と記憶している」
「入れもしないので外壁を観察するしかないですからね」
なるほど……それはすぐ飽きそう。
外壁以外だと……後は文字とか歴史だろうか?
「精霊の研究をしている人はいないのですか?」
「いるよ、学院には研究室が沢山あるからね、確か精霊研究室もあった筈だよ」
部活……みたいな感じなのかな?
「じゃあ、ダリル兄様が塔の事を調べて、私が精霊研究室で調べましょうか?」
「シィナが入学するまでまだ時間はある、それでいいんじゃないか?塔の事は改めて調べないとなんとも言えないし、精霊の事もそうだ、改めて調べないと分からないことだらけだ」
「そうね、今まで特に気にかけたことのないので、大した知識もないですからね、ここでは調べようもないし、アナタの言うように改めて調べるということが重要な気がするわ」
色々と決定してく。
塔も精霊も基礎知識がないとどうしようもない……というので現役学院生のダリル兄様とシュアレ姉様が中心に動くようだ。
「王国中の貴族は間違いなくあの塔を知っている、シィナの事は絶対に秘密にしているように……いいな、ダリル、シュアレ」
「「はい、お父様っ」」
「ふむ……ではこれで解散でいいのかな?」
「あ、あの、お父様とヒルク兄様に聞きたいことがあります」
「……なんだいシィナ?」
「聖女様の事はレーアから聞きました」
「…………そうか、聞いてしまったか……レーア、何故喋った……」
「レーアは悪くありません、私が強引に聞き出したのです」
「シィナ…………大丈夫かい?」
「ええ、聖女様の最後の言葉も聞きました、私は聖女様の為にも幸せになりますっ!」
「そうか、大丈夫なようで安心したよ、レーアすまなかったね」
「いえ、シィナお嬢様は聡明なお方です、ちゃんと聖女様の言葉の意味も理解してくださいました」
「……それで、聞きたい事とは?」
「この黒髪の事です……どういう状況でこうなったのか……直接見たお父様とヒルク兄様に聞いてみたいのです」
「ふむ……分かった。だが……結果からいうと分からない……だ」
「私とお父様は聖女様の最後に立ち会った……聖女様の魔法も直接見たけど……他の教会関係者にも聞いたんだ、聖女様の魔法は髪の色も変わるのかと」
「だが、誰もその問いに答えられなかった、そのような前例はないとしか言っていなかった」
聖女様の魔法の効果じゃないの?
あの時私は……もう私だった、シィナちゃんの体に入っていた。
「ちなみに、髪が黒くなったのは聖女様の魔法が終わった直後だ……それくらいしか情報がないんだ、ごめんねシィナ」
「いえ、こうやって直接お父様とヒルク兄様に聞けただけで十分です、ありがとうございましたっ」
「シィナ、ちゃんとありがとうと感謝できるのはいいことだよヨシヨシ」
お父様が頭を撫でてくれる。
「シィナは本当にいい子だ……ヨシヨシ」
ヒルク兄様も頭を撫でてくれる。
「ヒルク兄様っ!私もヨシヨシしたいですわっ!」
「シュアレもヨシヨシ、いい子だ」
「ヒルク兄様!私は結構です…………まぁ……いいですけどっ?」
「じゃあ私もシィナにヨシヨシっ」
こうして私的に初めての家族会議は終了した。
何故か最後はヨシヨシ祭りを開催するリンドブルグ家……皆仲良しです。
まだこの世界に来て体感では数日。
今日は色々と判明したし、分からない事も多いけど……きっとなんとかなると思う、だって私には頼りなる新しい家族がいるのだ。
お父さんとお母さん、もしもそっちに帰れる方法があれば、私は必ず見つけるよ……見つけられなかったらごめんなさい。
元の世界の私がどうなってるか分からないけど……
とりあえず私の精神はシィナちゃんの体を借りてこっちで元気にやっています、シィナちゃん的には迷惑かもしれないけど……
(………………)
え?本当に?シィナちゃんいい子過ぎるよ……
シィナちゃんは一緒に頑張ろうって言ってくれた。
色々な人に支えられて今の私がここに居る。
元の世界でもこの世界でも。
私も人を幸せにできるように頑張ってみるね……お父さん、お母さん、見守っていてください……シィナちゃんと一緒に精一杯頑張ってみますっ!
……お父さん、お母さん……もう限界です……
あいうえお……かきくけこ……さしすせそ。
精一杯頑張ってもなかなか文字は覚えられませんっ!
幸い文法は日本語によく似ているので何となく分かってきたけど……
言葉と文字が別だと覚えるのが大変な気がします……
そもそも日本語に聞こえているのがおかしいのよ。
だからといって日本語で聞こえないと何も分からなくなるので、そこは感謝しよう……
あかさたな……はまやらわ……まだ先は長い。
「ふぅ……シィナお嬢様、今日はここまでにしましょう」
「はい……先生……」
「……大丈夫ですか?お嬢様?」
「大丈夫です、ただ先は長いと思っただけです……」
「文字が読めれば本が読めます、本が読めれば色々と便利ですから頑張りましょうね」
今日も天気がいい……体を動かしたいな。
ああ……でも甘い物も食べたいし……花も愛でたい……どうしよう……
まだ午前中、お昼もまだ先だ。
……そうだ、お菓子でも作ってみよう。
勉強で甘い物が食べたいし、そうしようっ。
「レーア、厨房でお菓子作るよっ」
「はい…………えっ?シィナお嬢様が……作るのですか?」
「早く行こうっ」
クッキーは食べたから砂糖と小麦粉はあるっぽいし、たぶんなにかしらは出来る筈だ。
あ〜、クッキーなら型抜きが欲しいけどあるかな?
まぁ型抜きがなくても出来るか……厨房は前に少しだけ見学したけど、普通に私でも作業出来そうだったから料理長に頼んでみよう。
まだシュアレ姉様も春休み中でここにいるから、お母様とシュアレ姉様の分も作るよっ。
「お嬢様、少し待ってくださいまし、本当にお嬢様が作るのですか?」
「レーアの分も作るから安心していいよ」
「いえ、そういう事ではなく……」
お屋敷の全部は探索出来ていないけど、大体は把握出来ている。
厨房は食堂の奥にあるので、私は階段を降りて食堂へ向かう。
この何気ない移動も私にとってはとても嬉しいのだ。
自分の足で歩くことが簡単に出来るのがいい……この屋敷は広大なので、探索するだけでもいい運動になる。
ウキウキ気分で厨房へ行くと、何人かの使用人さんたちが料理の仕込みをしているようだった。
野菜の皮を剥いたり何かのお肉を切っていたり……
そして目当ての人物が私に気付いたようだった。
「おや、お嬢様。こんな場所に何か用ですか?」
「こんにちわ、ジュリエッタさん。少しオヤツを作ってもいいですか?」
「構いませんが……お嬢様が作るのかい?」
レーアと同じ反応をしたのはジュリエッタさん。
このお屋敷の料理長をしているおばちゃんだ、この間知り合って仲良くなった……とても人当たりのいいおばちゃんなのだ。
「私が作りますっ」
「ふぅん、何を作るのですか?材料は?」
「砂糖、小麦粉、バターと……」
「クッキーですか?それなら材料は十分ありますよ」
ん〜……クッキーもいいけど……何かこの屋敷でまだ食べたことのない物……
「果物って何かありますか?」
「果物ですか?ええと……リカンの実なら余っていますが」
リカンの実って確かアレだ、果実水で飲んだ桃みたいに濃厚な果物だ。
ここの特産品の果物だ……アレがあるなら……
「じゃあリカンの実と……あと、卵ってありますか?」
「あるよ、新鮮なやつがあるけど…………卵を使うのかい?オヤツに?」
「ふふふっ……おいしいのが出来ますよ?」
「へぇ〜……お嬢様の腕前見せて貰おうか」
「シィナお嬢様、変なもの作らないでくださいよ?」
「レーアは黙って見ていてっ」
「はいはい……黙っていますよ」
……だけど……分量が分からない……ん〜混ぜればなんとなく出来るだろう。
私はそんなに料理は下手ではない……筈だ。
さっき言った材料が私の目の前にどんどん集まってくる。
ボールとヘラも借りていよいよ料理スタートだ。
ボールに砂糖と小麦粉を適当な量を入れて……卵を割り入れる。
「小麦粉に卵を混ぜるんですか?へぇ、変わったことをするねぇ……私も何か手伝いましょうか?」
「あ、じゃあリカンの実の皮を剥いて欲しいです」
「はいよっと…………これでいいかい?」
「ジュリエッタさん皮剥き早いですっ!凄いっ!」
「これでも料理長ですからねっ」
「じゃあそのリカンの実を細かくカットして貰えますか?」
「はいよ…………これくらいの大きさで?」
「うん、それくらいでいいです」
私はボールの中身をひたすらこヘラで混ぜる。
今回は一人分だ、そこまで大変ではないが、腕が疲れてきた。
ボールの中の生地は粘り気を持ちしっとりとしてきた。
「ジュリエッタさん、そのリカンの実の半分くらいでいいのでボールに入れてください」
「これくらいでいいかい?」
「はいっ」
脳内計算ではリカンの実の果汁は大体これくらいでいい筈だ。
ボールの生地が丁度いい硬さになってきた。
「あとはコレを焼くだけです」
「簡単だね、あれ?バターはいいのかい?」
「フライパンでバターを溶かしてから焼くといい香りになります」
「はぁ〜なるほどねぇ、ちゃんと考えているんだね、凄いよお嬢様」
焼くのはジュリエッタさんに任せる。
私はその間テーブル周りを片付ける。
今度は3倍の量で作るから、その準備もしていく。
ふと思ったけど、この世界はどうやって火を起こしているのだろう?
ガスコンロとは違う見た目だ。
……あ、魔石が見える……生活魔法で火を
火の調整はどうしていのだろう?
と……いうかいい香りがしてくる……バターの匂いとリカンの実の甘い匂い。
もう口の中が美味しい……はぁ
「お、お嬢様っ!なんですかこの香ばしい香りは……」
「リカンの実の焼ける匂いかな?」
他の使用人さんと話をしていたレーアが匂いに釣られてやってきた……
というか他のメイドさんや使用人さんたちも寄ってくる。
いい香り……これは堪りません。
「お嬢様、焼き加減はこれくらいでいいでしょうか?」
「少しコゲが出来るくらいで丁度いい筈です、ちゃんと中に火が通れば完成ですよっ」
ジュリエッタさんがフライ返しっぽい物で皿に置いたので、私は隣に行って残ったリカンの実の細かい果実と果汁を上からかけて完成だ。
「これで完成ですっ」
「お嬢様、これはなんという食べ物でしょう?」
「えっ?…………リカンの実を使ったケーキ?……リカンケーキですかね?早速試食しましょうっ」
「シィナお嬢様っ!私も宜しいでしょうか?」
「レーアも感想を聞かせて頂戴、もっと甘い方がいいとかそれとも甘さを控えた方がいいか聞かせてねっ」
皿のリカンケーキをジュリエッタさんが一口サイズに切ってくれる。
やっぱりいい匂いっ……小さなフォークを私に手渡してくれた。
「では、頂きますっ…………」
「……いかがですか?いかがですか?シィナお嬢様っ?」
レーアが感想をせっつく……ちょっと待って、これ完璧じゃない?
「美味しいっ生地が柔らかくて焼き加減も丁度いいし、バターの香りとリカンの実の濃厚な甘さ……酸味がいいですね、喧嘩していません。ジュリエッタさんも食べてっ、レーアもねっ」
「「頂きます」」
2人も一口リカンケーキを試食する。
周りの人もこっちを見て香りを嗅いでいた。
「どうかしら?私はこのくらいの甘さが好きだけど」
「リカンの味が濃くて……フワフワの生地も美味しいですっ!」
「リカンに火を通した物も初めて食べたよ、小麦粉に卵を使うなんて画期的だ、卵のコクが素晴らしい、これは美味いですお嬢様っ」
おおっと周囲がざわめく。
「ジュリエッタさん、まだ結構残ってるから皆に試食して貰って」
「はいよっ!ほら、シィナお嬢様が考案された新しい甘味だよ、皆感想を聞かせておくれっ」
「「「ありがとうございますっ」」」
一皿を皆が囲んで少しずつ試食していくと、皆は美味しそうに食べてくれた…………誰かに私の作ったものを食べさせた経験がなかったので、少しだけ恥ずかしくなってしまった。
でも、お皿にはもう一欠片も残っていないので成功かな。
皆は感想を言い合っていく……やはりもう少し甘い方がいいとかこのままがいいなどの感想が聞けた。
「ジュリエッタさん、今度はお母様とシュアレ姉様の分も作りたいのですが、いいでしょうか?」
「……勿論いいですよ、もうしばらくしたらお茶の時間ですからね、それに合わせましょう」
私はボウルにさっきの3倍量の材料を入れて生地を作るが、途中で腕がキツくなったので、レーアに代わって貰った。
ジュリエッタさんはリカンの実を高速で処理してから生地作りを手伝ってくれた。
というかお母様とシュアレ姉様だけの量ではなかった。
20人分くらいは作っているように見える。
しかも高速で……さすが料理長だね……お昼にでも食べるのかな?
いつの間にか他の厨房スタッフも参加していて、ジュリエッタさんの作った生地をバターを引いて焼き始めた。
最初に作ったモノより焦げ目が均一になっていく……よく見るとリカンの実の扱いも少し変わった……生地に混ぜ込む物と上にかける物を別の切り方になっていく……凄い……これがプロの技……どんどんリカンケーキは最適化されていく。
「お嬢様、あいつは甘味作りの達人だよ、アタシは甘味作りよりも食事を作るほうが得意だからね」
「なるほど、それぞれ得意分野があるのですね」
「その通りさね、あいつに任せておけば勝手に美味い甘味が出来上がるよ」
大柄の男性で見た目は少し怖いけど甘味の達人さんらしい。
私はもう何もしていない、どんどんリカンケーキが焼き上がっていく……
厨房はバターの香りが凄かった……
私とレーアは自分たちで作ったリカンケーキを持ってお母様の所へ行く。
お母様とシュアレ姉様は私の服を作っているのだ……
2人の趣味が服を作ることらしいのだ。
裁縫室があるようで、そこで作業しているようだ。
だけど裁縫室に辿り着く前にお母様と廊下で鉢合わせになった。
「あらシィナ、こんなところでどうしたの?」
「お母様とシュアレ姉様をお茶に誘いに来ました」
「まぁ奇遇ね、私もシィナの部屋に行こうとしていたのよ」
「そうですか、シュアレ姉様は?」
「まだ裁縫室よ、もう一区切りしたら茶会室に来るわ…………何か甘い匂いがしますね?」
「ふふっ、まだ秘密です、お茶にしましょうお母様っ」
「ええっ」
お母様の手を繋いで私はご機嫌になる。
…………だけど少し……自分でも驚いてしまう。
まだお母様のことはそんなに知らない筈だけど……自然と体が動く感じ。
嫌な感じはしないけど、何故か少し淋しくなる。
茶会室に着く頃にはそんな淋しさはなくなっていた。
早くお茶にしたかったからだろう、変な感情は霧散していたのだ。
レーアがお茶を準備してくれている間は私はお母様のおもちゃだ。
お母様の膝に座りながら頬を突かれている。
「今日はどこまで文字を覚えたのですか?」
「今日は、さしすせそ……までですお母様……」
「ふふっ、順調ねっ」
ほっぺたをツンツンされながらお茶を待つ。
悪い気はしない、貴族といっても親子なのだ……お母様の愛情を感じるので嬉しいくらい。
「それで?甘い香りの正体は教えてくれないの?」
「私が作ったオヤツです、お母様」
「まぁまぁまぁシィナが作ってくれたの?楽しみねっ」
「お母様もシュアレ姉様も甘い物はお好きですよね?」
「ええ、女の子は甘味がないと生きていけませんからねっ」
「お母様それは言いすぎですっ」
「そうっ?事実よ?うふふっ」
「あ〜っ!お母様ズルいですわっ!」
シュアレ姉様もやってきたので、ようやくお茶にできる。
お茶とリカンケーキを一緒に出すと、お母様は驚いていた。
レーアの分のリカンケーキもあるので全員で食べる。
「うん、美味しいっお茶とよく合います」
「はい、シィナお嬢様、とても美味しいですっ」
「これシィナが作ったの?本当に?」
「リカンの実の香り……美味しい……なにこれ?」
「奥様、間違いなくシィナお嬢様が作られたのですよ」
「リカンの実を使ったリカンケーキですよ」
ナイフとフォークを使ってパンケーキのように食べる。
砂糖の甘さより、リカンの実の桃のような濃い甘みと酸味が丁度いい。
甘すぎないのでお茶とよく合うし、食べ応えもある。
我ながらいいオヤツが出来た。
「料理長にも教えたので、これからはいつでも食べられますよ」
「本当っ?これ、リカンケーキだっけ?私大好きっシィナ凄いわっ!」
「リカンの実ってリンドブルグ領の特産品なんですよね?新鮮なリカンの実で思いついたの」
「シィナ……コレは美味しすぎます……王都の店の甘味より……美味しいわ……」
「お母様もそう思いますか?私もリカンケーキより美味しい甘味なんて食べたことないものっ!」
「えっ?」
王都の店より美味しいの?これが?…………えっ?なんで?
「シィナ、コレはリカンの実を生地に混ぜたのね?」
「はい……」
「このフワフワの生地が……最高ね……コクがあって……リカンの実の味がして……こんな甘味生まれて初めて食べました」
「卵を使ったのですが……そんなに美味しいですか?」
「卵を?このコクは卵のコクなのね?…………シィナ、甘味に卵を使うなんてこれまで聞いたこともありませんよ……こんなに美味しくなるなんて……信じられません」
「……クッキーにも卵を使えばたぶん美味しいと思いますが……」
「まぁっ!本当っ!?」
「お母様っ!これは……革命ですわ…………甘味の革命と言ってもいいほどですっ!」
「……卵だけじゃないわ、果物を果実水以外に加工するなんて……しかも熱を通すと何故か味が濃くなる……シィナ、このリカンケーキは世界を取れますわ」
何を言っているんだろうか……この母娘は……
「…………家族会議をしましょう」
「えっ?またっ?」
「今日はお昼に皆が揃う筈です、昼食を食べながらでもいいでしょう」
また家族会議が始まってしまう。
お母様の言った通り、お父様と兄様2人は昼前に屋敷に戻ってきた。
そして昼食が始まる。
「で…………今度はシィナ、何をしたんだい?」
「お父様、私が何かしたと決め付けないでくださいっ」
「シィナじゃないのか?シュアレか?」
「うっ……私ですが……」
「ほら見ろ……父の目は誤魔化せないぞ……ふふふっ」
「デール、ヒルクとダリルもこれから出される甘味を食べて感想を……」
「甘味?私はそんなに興味はないぞ?」
「お母様、私も甘味は……甘すぎてあまり得意ではありません」
「そうだね、男はそんなに好んでは食べないよ、お母様……」
「……シィナが考案した甘味ですよ?」
「何っ!?それは本当かっ!?早く食べたいぞっ!」
「お父様……」
リカンケーキが食事の後に出されていく……
私は一口だけ貰うことにした。
見た目は最初に作った物とは別物になっていた。
見た目も綺麗な甘味に仕上がっており、焼き目はほんのりとあるが、ちゃんと中はしっとりとして熱の入りが絶妙になっている。
あれからずっと研究したようね……立派な高級店で出されるような代物に変わっていた。
「ほぅ……この香りはリカンの実か……見た目は美しいな……」
「お父様、バターの香りも香ばしいです……こんな甘味は初めてです」
「これをシィナが考えたのか?」
男性陣は見た目と香りでそこそこ気に入ってくれたようだ。
そしてナイフを動かして一口食べだした……
「……そんなに甘くない?いや甘いが……美味い……な、なんだこの甘味は……」
「これお茶によく合うよ……美味すぎる……」
「リカンの実の濃厚だけど自然な甘さが……丁度いい……フワフワして、なにこれ?いくらでも食べられるよっ」
男性陣にも受け入れられたようで安心したよ……
美味しそうに食べているね。
「……ゾーイ、これは……」
「ええ、アナタは理解したようね…………このリカンケーキでリンドブルグ領はだいぶ潤うと思いますよ」
「んっ?潤う?」
「シィナ、貴女はリカンの実がここの特産品だと知っていますね?」
「はい、お母様」
「これまでリカンの実は果物として普通に食べるか果実水として飲むくらいで、加工品なんてなかったのよ?」
「そう……ですか……」
「リカンケーキを王都の甘味処で売り出せばリカンの実の価値が跳ね上がります、間違いなく」
「はぁ……」
「リカンの実の売れ行きが良くなれば、リンドブルグ領の民が潤います」
「そうだな、民の幸せこそ我ら領主の願い……民の支持なくしては領主は務まらないのだ…………シィナもそういう貴族の務めをこれから勉強するのだぞ」
いつも私にかまっているお父様ではなく、そこには領主としてのお父様が居た気がした。
とても大きく見えるくらい立派な領主様だ。
「だからリカンの実を使ったこの甘味は必ず王都で売り出そう……名前はリカンケーキだったか?……シィナケーキでもいいのではないか?」
一瞬で領主様の威厳はなくなった気がした。
いつものお父様がそこに座っていた。
「リカンケーキで決定です……お父様……」
「そうか?シィナケーキもいい響きではないか?なぁ息子たちよ」
「シィナの考えた甘味だから間違いではないですが……でもシィナケーキか……いい響きですね」
「確かに妹の名前の甘味が流行れば学院でも鼻が高いです……」
「お父様、兄様たちもバカな事は言わないでくださいっ!リカンの実を売り出すのですよねっ!?でしたらリカンケーキですっ!」
「シィナ……でも……」
「でもじゃありませんっ!自分の名前のケーキが売られるなら私は王都になんて行きませんよっ!」
「シィナ、冗談、冗談だよ……」
ここはハッキリと言わないと本当にシィナケーキで売り出されそうだ……
「怒ったシィナも可愛いっ」
「そうですねお母様、なんて可愛いのっさすが私の妹ですわっ」
「シィナ落ち着いて、大丈夫よ。 母に任せておきなさい……」
とりあえずシィナケーキという名前は不許可にしたので大丈夫だろう。
でも本当にこのリカンケーキが王都で売られるの?
いまいち現実味がないよ……
だけど結果的に数カ月後王都ではリカンケーキが流行することになり、自然とリカンの実も高騰していくことになる……
領民の懐も潤い、リンドブルグ家はとても感謝されることになる。
その結果がどうなるかは……また別のお話で明らかになるでしょう……




