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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第2章 私の学院生活
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閑話 エドニス・レーゼンヒルク



 今日は夜会の試験当日……緊張して昨日はあまり眠れなかった。

 僕はエドニス・レーゼンヒルク……王立学院の3年生だ。

 もうすぐ日も落ちて、夜会が始まる。

 夜会といってもあくまで学院の試験なので、去年はそんなに緊張しなかった……でも今日は違う。

 今日はあの笑顔の素敵な、妹の友人……シィナ嬢をお守りする役目があるのだ。

 緊張しない方がおかしい。

 しかも踊りの相手をしてくれる……予定だ。

 フォルナがそこは任せておいてと太鼓判を押していたくらいだ。

 妹は僕と違って賢い……恐らくシィナ嬢と踊る事になるだろう。

 でも……僕に騎士のような大役が務まるだろうか?

 しかもシィナ嬢を狙ってくるのは、あの両殿下だ。

 学院では身分の差は関係ない……といってもそれは普通の貴族たちの話で、王族相手に不敬な事をするのはダメだろう。

 ……ダメなんだけど……妹が僕を頼ってきたんだ。 

 貴族である前に僕はフォルナの兄だ。

 妹が困っているなら助けるのは当たり前な事…………いや、少し違う。

 僕はシィナ嬢を助けたいのだ。

 あの可憐で……大輪の花のような笑顔をする女の子……シィナ嬢とはあまり多くお会いしたことはないけど、フォルナがシィナ嬢の事ばかり話すので、馬車での話題はいつもシィナ嬢だ。

 いや、屋敷でもシィナ嬢の事を話す事が多い。

 ……とにかく妹はシィナ嬢のお陰で明るくなった気がする。

 少し大人しい性格だったフォルナをいつの間にか笑顔にしてくれたシィナ嬢は僕にとっても…………そ、そうっ!照り焼きバーガーという絶品料理を開発してくれた大恩人だ。

 ……うん。

 大恩人が困っているなら手を差し伸べるのは当然の事だ。

 お父様もいつも言っている……恩を受けたらその倍以上を返すように……と。

 なので僕はシィナ嬢に恩を返さないといけない。

 兄として、男として、僕は騎士の役目を果たさないといけないのだ。

 それに踊りなら自信もある。

 去年は最優秀者にも選ばれたくらいだ……僕ならできる。

 たとえ相手が王族でも僕はシィナ嬢を守るっ!


 

 しかし……僕の決心は揺らいではいないけど、実物を前に固まってしまった。

 なんだろう……この美少女は……いつもよりも儚げで、美しい。

 隣にいるのはフォルナなので間違いではない。

 勿論妹も美しい格好で、いつもよりも明るくて可愛い。

 だが……隣の美少女はいつものような笑顔とは違い、今日はなんて……綺麗なんだろう。

 化粧が違うのはわかるけど、それ以前に……今にも壊れてしまうような儚さがあるのだ。

 ……僕が守らなくてはいけない。

 この女神様のような雰囲気を持った女の子を…………これから踊れるのか?

 えっ?僕が踊るのか?……落ち着けエドニスっ!

 まずは挨拶だっ!女の子は褒めなさいとお母様からも言われているっ!


 ……なんとか声を出して、隣のトール君と一緒に挨拶はできた。

 トール君も今日の騎士役兼踊りの相手らしい。

 ここで待っている間に少し話したけど、年下だけどしっかりしていていい奴だ。

 フォルナと踊る相手のようなので、兄として見極める必要もある。

 でも、トール君はハキハキしていて、嫌な感じはしなかった。

 フォルナと踊るくらいは許してもいい。

 ……もう一度シィナ嬢をチラッと見るけど……やはり美しい……

 フォルナよりも年下に見えるけど、何故だろう……こんな表情のできる女の子を僕は知らない……

 幼く見えるけど、大人の様にも感じる……不思議な魅力があるのだ。

 両殿下が狙う気持ちもわかる。

 このシィナ嬢を妃にしたい…………うん……わかる気がする…………


「お兄様っ!踊りは得意なのですから頑張ってくださいねっ」

「ハッ!……シ、シィナ嬢……宜しくお願いしますっ」


 危ない……あまりの美しさに見とれてしまった。

 おかしいな……僕は年上のしっかりした女性が好みだと思っていたけど、それはただの思い込みだったようだ……

 僕は…………おっと、切り替えていかないと!

 今の僕は騎士!お姫様を守る騎士だ!

 この小さいお姫様を護衛して……手を……手を取るのは礼儀だから何もやましいことはない…………な、なんて小さくて可愛い手なんだ……心臓の鼓動が……聴こえないよね?

 落ち着け……落ち着け……僕の心臓止まってくれ〜っ!



 会場に着いたけど、シィナ嬢が講堂の隅へ行こうと提案してきた。

 そうだね、たくさん人はいるけど、この隅なら誰にも気付かれないだろう。

 本当に両殿下が苦手なんだな……フォルナの話を聞いた時は信じられなかったけど、今のシィナ嬢は目立つのを嫌がっているように見える。

 ……いや、そんな綺麗な化粧をしてるんだから……目立つと思うけど。

 隅で大人しくしていたら僕の心臓も落ち着いたようで、なんとか冷静に会話ができるようになってきた。

 目を見なければ大丈夫だ。

 この黒い瞳は美しすぎる……吸い込まれて消えてしまいそうだ。

 まつ毛も長くて……幼い筈なんだけどこか妖艶さもある……たぶん母親は綺麗な人なんだろう。

 でも見た目よりもシィナ嬢の良さを僕は知っている。

 両殿下は恐らく知らないのだろう……シィナ嬢の本当の良さを知ったらきっと今以上に妃にしたがるだろう。

 僕は何故か知られたくないと思った。


 しばらくしたら早速踊りの試験が始まっていく。

 シィナ嬢は早めに終わらせたいようなので、次に参加することにした。

 フォルナからはシィナ嬢は踊りも素晴らしいと言っていたので、僕がシィナ嬢に合わせて様子を見よう……去年は上手く踊れたので、自分を信じて踊るしかない。

 息が合う踊りを両殿下に見せつけて、シィナ嬢の相手は僕しかいない……と無言の抵抗を試みよう……直接なんて言えないし…………僕の精一杯の王族への対抗心を見せてやる。


 シィナ嬢も覚悟を決めたのか、会場中央を睨んでいた。

 よし、気合が入ってきた。

 騎士として、兄として……男として……精一杯踊ろう。



 ……終始無言だったけど、シィナ嬢と手を取り少しだけ見つめあって、間違いもなく完璧に踊り切った。

 人生でこんなに緊張したのは初めてだったけど、シィナ嬢は予想より踊れていた。

 動きのキレが他のご令嬢と明らかに違うのだ。

 普段から運動でもしているのだろうか?足の運びが流れるように優雅で、体全体を使って踊っていた……

 踊り終えると一瞬彼女が笑った気がした。

 僕と踊れた事が嬉しかったとか?…………いや、それは……ないかな……

 でも……そうだったら嬉しいな。


 礼をして、拍手を受ける最中……僕は何人かの目線を感じる。

 ……少し嫌な感じだ…………嫉妬……だろうか。

 僕は人の顔色を読むのがそこそこ得意だ。

 貴族としても大事なことだけど、僕はどちらかというと臆病な人間だ。

 今までも目線を感じることはよくあるけど、今感じている感情は……初めて感じる。

 これはシィナ嬢と踊ったからだとよくわかる。

 一体何人の男が彼女を狙っているのだろう……嫌な視線の数がどんどん多くなる。

 ……しっかりしろエドニスっ!騎士ならばこんな視線に屈せずに、睨み返してやるくらいの事をしないと。

 ……うっ……ドノヴァン殿下の目が……僕と目が合った。

 いくら騎士とはいえ、王族を睨みつけるのはよしておこう。

 予定通りあとは隅で大人しくしていよう……僕の体でシィナ嬢を隠すくらいしかできないけど、でも……何かあったら会場を出てもいいかもしれない。

 試験自体は一応終わったし、シィナ嬢を連れて抜け出してもいいかもしれない…………あ……だめだ。

 もし最優秀者にでもなったらまた踊らないといけない。

 ああ、そうだった!失敗した。

 真剣に高得点を狙ってしまった。

 落ち着けエドニスっ!冷静になれ。

 まだ決まった訳じゃないし、落ち着いてシィナ嬢にこの動揺を知られないようにしないと。



 他の生徒たちが踊りの試験を受けている間、僕はとても幸せだった。

 隅っこの目立たないところでシィナ嬢と二人きりで話せたのだ。

 シィナ嬢の一番素敵なところは、この笑顔に他ならない。

 いつもは妹だけに見せるこの笑顔を今は僕が……僕だけに向けてくるのだ。

 しかも話の内容も面白い。

 他の貴族令嬢とはまったく違うから、話をしているだけでも飽きることがない。

 子猫の奇跡亭の料理の順位付けなんて最高に面白かった。

 照り焼きバーガーは僕的に外せないけど、シィナ嬢の好みの食事も今度食べてみよう。



 ……妹も無事に踊り終えたようでなによりだ。

 ……しかし最後にやっぱりやらかしてしまったようだ。

 しかもシィナ嬢のお相手はテオドルド殿下になってしまった。

 これはもうどうしようもない。

 完全に僕のせいだ。

 だって僕も選ばれてしまったからだ……ああ……絶対に嫌われた……

 シィナ嬢の表情はもうあの素敵な笑顔が消えていた。

 ……いや、優しいシィナ嬢なら……恐らく許してくれるかもしれない……

 そんな軟弱な考えをするのが僕なんだ……

 僕はシィナ嬢にふさわしくないかもしれない。

 ……鍛えよう……心も体も……シィナ嬢を守れるようになりたい。

 お父様にもっと鍛錬を願い出よう……

 来年……いや、もっと掛かるかもしれないけど、僕は…………


 同じ学年のご令嬢と踊りながら思う……違うと。

 僕が踊りたい相手はこのご令嬢じゃない。

 だけどその相手は、拍手喝采のすぐあとで会場を一人で走って出ていっていまった。

 守り切れなかった……ごめんなさい。

 でも、次……次があれば、僕は必ず守ると誓うよ。

 今の僕は弱い……まだあの黒髪のご令嬢にふさわしくない。

 休みの間は……いや、この学院に在学中の間に必死で頑張ろう。

 シィナ嬢が嫌がる事をなくしたい、守れるようになりたい。

 例え両殿下が相手でも僕はシィナ嬢を守るっ!

 もう見えなくなった黒髪のご令嬢に無言で誓った。


 

 …………でもフォルナからは凄く怒られた。

 へこたれるなエドニスっ!努力しようっ!次は必ず守るっ!

 

 

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