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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第2章 私の学院生活
35/70

第32話



 冬の終業式も無事に終わり、私は馬車に揺られて実家のあるリンドブルグ領へ向っている。

 雪が少し振り始めているけれど、まだ積もる程ではない。

 終業式では学年毎に最優秀者の発表もあり、私と姉様は壇上で拍手された。

 姉様は3年生から連続最優秀者で、首席で卒業を迎える。

 卒業式は春に行うので、私は嬉しくもあり寂しくもある心持ちです。

 ちなみにフォルナちゃんは成績がだいぶ上がったようで、筆記も魔法も高成績だったと喜んでいた。


 途中の街に寄って、少し街を散歩してみたり市場を覗いたりして、冬の景色と寒さを体感しながら予定通り帰省していく。

 ……今年の冬もそこそこ寒そうである。



 秋の帰省の時は魔物が多く現れたけど、今回の帰省では魔物はまったく現れなかったので、少し拍子抜けだった。

 平和なのが一番だしね……エントさんやマルムさんが怪我をするよりも、暇なくらいで丁度いいの。


 家族に最優秀者になった事を褒められ、夕食は家族が笑い合いながら楽しく過ごした。

 今回こそ何も問題を起こしていないので、安心してくつろげる。

 お母様が面倒を見ていたチャッピーを引き取って、またお水をあげると喜んでいるように見えた……はぁ〜っ可愛いよ〜っ。

 ちゃんと私の事を覚えていてくれたのか、すぐに膝の上でうずくまっていた。

 ……寒いから暖房代わりじゃないよね?まぁ可愛いからいいけど……


「ピッ!」

「んふ〜っ可愛いのぉ」

「先代様のようですよ……シィナお嬢様も可愛いです」

「この子には敵わないよ〜っ」


 暖炉の前でまったりして旅の疲れを癒やした。

 


 冬休みはそこそこ長い……毎年雪が降ると基本的に屋敷に籠もる。

 でも今年は思っていたより雪も少なく、そこまで寒くはなかった。

 王都の方が寒かったくらいだった。

 一応馬車で4,5日は離れているので気候が少し違うのだろう。

 フォルナちゃんのところのレーゼンヒルク領も今年は寒くないといいね……


 ハチカちゃんの誕生日に王都のお土産を渡して一緒に誕生日パーティーをしたり、私の誕生日も例年通り開催された。

 またハチカちゃんやパッセちゃんたちに姉様のドレスを着て貰ったけど、去年よりもサイズの大きいドレスでみんな綺麗になっていく。

 私も新しいドレスをお母様が仕立ててくれたので、どんどんドレスの数が多くなっていく……ほぼ同じサイズのドレスが増えていく。

 ……こう考えよう。

 将来このドレスをシィナちゃんの子供が着れるのだ……三つ子とか五つ子を産んでも大丈夫っ!

 だってこんなに同じサイズのドレスがいっぱいあるんだよ?

 それくらいしか使い道はないじゃない……ねぇ?

 ……誕生日パーティーは平穏無事に楽しく過ごせた…………また来年も同じ様なドレスなのだろう。

 

 この世界の年末年始のイベント事はないので、新年明けましておめでとうございます的な挨拶も特にない。

 娯楽の少ない世界なので、年が明けても通常運行が続いていく。

 少し寂しいけど、今は古い言葉の勉強が面白くなってきたところなので、私は勉学に励む。

 よく運動して、バランスのいい食事、睡眠、勉強、魔力制御……気分転換に街で買い物をしたりハチカちゃんたちとも遊ぶ……実に健康的な冬休みです。

 冬の間はそこまで来客も多くはないので、私の誕生日が終わると屋敷も静かなものです。

 冬の間は魔物も大人しくなるのかは知らないけど、砦の回復薬の補充もしていない。

 補充しているのはお母様と姉様の分くらいかな……


 

 健康的な冬休みだったけど、たまには何か甘味でも作ってみようと思う。

 朝から勉強してると自然と甘い物が欲しくなるの。

 これは冬季限定……昨日仕込んでおいた物がある。

 外に出て確認するとちゃんとできていた……昨日は寒かったので、予定通りだ。

 一度屋敷に戻って厨房へ行く。


「……おや、シィナお嬢様、おはようございます」

「ジュリエッタさん、少し作りたい物があるのですが、大丈夫ですか?」

「ええ、朝食の準備も出来ているので大丈夫だよ」

「リカンのジャムってあります?」

「ありますが…………また何か作るのかい?」

「作ると言っても少しジャムを甘くするだけですので……水と砂糖で」

「はぁ?あれ以上甘くするんですか?」

「冬限定の甘味ですっ」


 いつも通りジュリエッタさんは興味津々で私の言う通りに作ってくれた。

 ……ん〜……これくらいかな?たぶん。


「これをどうするんだい?」

「外で冷やしますっ」


 私とジュリエッタさんは大皿とお鍋を持って裏口から外に出る。

 これならすぐに冷えるだろう。 

 仕込んでおいたタライのところまで行って、ここからが本番だ。

 上手くできるといいけど。


「……氷は何かに使うので?」

「このタライから氷を取り出します」


 なんだけど、タライから氷を取り出すのが苦戦した。

 裏からタライを叩いても取り出せなかったので、タライを軽く火魔法で温めて氷を少し溶かして、ようやくタライから出てきた。


「シィナお嬢様は魔法の調整が上手だね、さすがゾーイ様の娘さんだね」

「私はまだまだですよ……あ、ジュリエッタさんは少し離れていてください。危ないかもしれないので」

「はいよっ」


 大皿に乗せておいた氷を風魔法で少し浮かせる。

 微調整……微調整……氷って重いね。

 少し浮かせた氷を別の風魔法の薄い刃が回転するように削ってみる。

 扇風機魔法の応用でなんとかなるようだね。

 だけどここの調整が難しい……ペンギンさんの構造は知っている。

 刃の角度が重要だね。

 浅くして、微調整して回転させていくと、私の知っている物に氷は姿を変えていく。

 少し時間が掛かったけど、大皿いっぱいにできた。


「完成しましたっ!」

「シィナお嬢様、氷を削っただけに見えるけど……これで完成なんですか?」

「はいっ!さっきのシロップ……鍋の甘いリカンシロップをかければたぶん美味しいですっ……もう冷めましたか?」

「……これだけ寒いともう鍋も冷たくなっています」

「試食しましょう。はいジュリエッタさんのスプーン」

「用意がいいね。じゃあこのリカンしろっぷ?をかければいいのかい?」

「試食なので、少しでいいですよ」

「はいよっ」


 スプーン一匙くらいの少量をジュリエッタさんがかけてくれたので、早速すくって食べてみる。


「ん〜っ冷たくてあま〜いっ」

「……本当だ……これは甘くて……氷がシャクシャクして美味しいね」

「これは、かき氷と言います。今は外で寒いけど、暖炉の前で食べる冷たいものはいいと思いますっ」

「……はぁ〜、なる程ねぇ…………でもこのかき氷はシィナお嬢様にしか作れないね。あんな高度な風魔法なんて誰も……ゾーイ様くらいしか使えないよ?」

「大丈夫です、ちゃんと考えてありますので。とりあえずこのかき氷は朝食の時にでも出してみてください」


 すぐに朝食の時間になったので、温かい食堂で家族と食べ終えると、最後のデザート代わりに人数分のかき氷がシロップと共に運ばれてきた。


「……何?この氷は?」

「これはかき氷という私とジュリエッタさんの新作です。冬限定の甘味です」

「この……削った氷が甘味?」


 私以外の家族は首を横にしていた。

 私はシロップを適量かけて食べ方を教えてから、さっきのようにスプーンですくい食べて見せる。


「甘くてシャクシャクして美味しいですっ。お試しください」


 みんな私が見せた通りにシロップをかけてから一口食べていく……


「まぁ、本当に冷たいけど美味しいですっ」

「甘いね、だけど氷が溶けて……美味しいよっ」

「ほぉ、こんな甘味は初めて食べたのぉ」

「あ、この氷は私の水魔法で作ったので、回復効果もあるかもしれませんね」

「なるほど、美味しいし、回復もできるなんてさすがシィナだ」

「…………姉様、そんなに急いで食べると頭が痛くなりますよ」

「ううっ!!なにこれっ!痛いっ!」

「すぐ治りますから、大丈夫ですよ……」


 ちなみにこの頭が痛くなる症状はアイスクリーム頭痛という名前がある。

 そのまんまだけど、あっちの世界では正式な医学用語です。

 なにかの雑学本で見た時は少し驚いたのを思い出した。


「…………」


 お母様は無言で痛みに耐えていた。

 でもやっぱり温かい部屋で食べるかき氷は美味しいね〜。

 久しぶりにかき氷が食べれたので満足です。


 この日は早速街に行って、ドワーフの鍛冶屋さんでペンギンさんを説明した。

 歯車はちゃんとこの世界でもあるものなので、構造的には簡単だけど、刃の部分、氷を固定する部分となかなか再現するのは難しそうだ。

 だけど、ドワーフさんはこういうギミックが大好きなようで、僅か5日程で完成品を屋敷に届けてくれた。

 しかも刃の部分が角度調整が可能で、好みの薄さで氷を削ることができるようです。


「シィナお嬢様、この何かの動物のような頭には何か意味があるんですかい?」

「ん?可愛いでしょ?ペンギンさんっていうの」

「はぁ…………それだけですかい?」

「それがいいのですっ」


 私の中のかき氷機はペンギンさん一択なのです。

 これで魔法を使わなくても氷があればかき氷を楽しめるようになった。

 ……ただ、本当に一番欲しいのは夏の氷なんだけどね。

 どこかの誰か冷凍庫を開発してくださいっ!



 今年の冬は雪が積もる程でははく、例年よりも春の訪れが早かった。

 精霊さんが頑張ってくれたのかはわからないけど、お陰でポカポカ陽気で庭でまったり読書もできる。

 ただ、学院生になったという理由でお父様の付き添いなんかも増えていった。

 要は接客対応だ。

 姉様も一緒に、屋敷にやってくるどこかのお偉いさんとのお茶や会食に付き合ったり、お父様が難しい話をしている間にどこかのマダムの話し相手もするようになった。

 学院での淑女教育が早速役立ってくれる。

 貴族令嬢の義務みたいなものだね。

 たまに高校生……シュアレ姉様くらいの男性と話をしたりもする。

 そういう男性たちはシュアレ姉様に釘付けだ……姉様は綺麗だからね。

 ただ身分的にこちらの方が格上なので、姉様の未来の旦那様候補とかは現れなかった。

 私は気楽なもので、微笑んでお茶を飲んでいればいいのです。

 見た目は10歳くらいのお子様だからね……精々姉様の引き立て役になっていよう。

 各町長さんとかもやって来て、お父様とお母様に春の挨拶をしている。

 祭りの時の花火は凄かった、また今年も宜しく……との言葉も頂いた。

 リンドブルグ領内の色んな人に楽しんで貰えたのなら頑張った甲斐があったよ……喜んで今年もまた打ち上げよう。


 そういった貴族の義務を果たしている内にもう王都に行く時期になった。

 姉様の卒業式が控えているので、いつもより少し早めに出発する。

 入学式のように親は行かないみたい。

 ちなみに希望すれば在校生であれば卒業式に参加もできるので、勿論私は参加する……たぶん兄弟姉妹であればみんな参加するだろう。

 ちゃんとハチカちゃんたちとは別れの挨拶も済ませた。

 夏休みまでは帰って来れないので、やはり寂しい……

 姉様も卒業してしまう……でも不安にさせない為にも、いつものようにしなければならない……絶対に泣かずにしていよう。


 お母様の水瓶は3つに増えて、大きな水瓶いっぱいに回復薬を注いだら出発だ……決して忘れてはいけない事なのです。

 お母様は艶々美肌を取り戻し、最近はいつも機嫌がいい……この機嫌は維持しないといけない、家族の男性陣の願いでもある。

 お父様曰く……宝石よりも価値がある……と。



 こうして春の陽気の中、私たち王都組はゆっくり出発した。

 今年は更に荷物も少ないので、馬車は快調に進んでいく。

 だけど……帰りは姉様の荷物で重くなるんだろうな……泣かないように黙って勉強していよう。


 ……予定通り4日で王都に到着して、いつもの様に学院寮の前で馬車は止まる。

 春の陽気だったので快適な旅だった。


「ではシュアレお嬢様、卒業式が終わる頃まで我らは王都の宿にいますので、何かありましたらご連絡ください」

「ええ、エントもマルムも王都で遊んでらっしゃい。はい、コレで飲んだくれてもいいわよっ」

「「ありがとうございますっ」」

「お酒は程々ですよっ」

「わかっておりますシィナお嬢様」

「ははっ、シィナお嬢様の方が母親みたいです」


 姉様は二人にお小遣いを渡していた。

 まぁ、たまにならいいけどね。

 お馬さんに水を与えてから馬車はどこかの宿屋へ向かったようです。

 ココナさんはこれから片付けもあるだろうから、大変そうだ。


「レーア、ココナさんを手伝ってあげてね」

「はい。ですが先にお部屋の掃除からです」

「は〜い」

 


 まだフォルナちゃんも到着していない寮は最上級生たちと、私のように兄弟や姉妹たちの下級生数人しか居ないので、静かなものだった。

 まだ数日は時間の余裕があるので、また学院の馬車で市場に買い物に行ったり喫茶店で食事をしたりして王都を満喫していった。

 私は卒業祝いの品や知り合いの先輩方の分の花束を注文したりして、そこそこ有意義に過ごしていった。

 よく頭を撫でられていたので、花束くらいは贈りたい。

 また多くお金は貰っているので、これくらいは余裕だしね。


 卒業式が間近に迫った頃にフォルナちゃんとお兄さんが寮へ到着した。

 始業式まではまだ日数もあるけど、どうしたのかな?


「はぁ〜……間に合いました」

「こんな早く来るとは思っていなかったよ、雪は大丈夫だった?」

「はい、今年は暖かくて助かりました。……私もシュアレ先輩やティータ先輩にお世話になったので、卒業式に参加したくて」


 フォルナちゃんいい子すぎますっ!


「二人へ花束と祝いの品を持って来ました、レーゼンヒルク領の雪解けで咲いたお花なので、綺麗なのですよ」

「フォルナちゃんの心の方が綺麗だよ〜っ!」

「わわっ……ふふっ、どうしたのシィナちゃん」


 私はただ嬉しかった……これは嬉し涙だからいいのだ。

 姉様に心配かけたくない。

 私は大丈夫……だってこんなに優しいお友達がいるんだから。

 ちゃんと姉様の卒業を祝わなくてはいけない……大丈夫。


 

 ……そして卒業式当日がやってきた。

 快晴で春の優しい風が吹くの中、静かで厳かな雰囲気の講堂で私や他の参加者たちは先に席に座って卒業生が入って来るのを待っていた。

 先生たちも全員待機して待っている。

 見たことのない偉そうなお貴族様たちが来賓席に凄い数が座っている。

 ……そんな中で一人の若くて綺麗なご令嬢が、こちらを見ている?

 なんだろう?私を見ているような気もする。

 少し離れているので、よくわからない。

 そんな疑問にもならない程度の事をうっすら考えていたら、後方の扉が開き、マイヤーレ寮長と男子寮長が先頭で入ってきた。

 入学式と同じで、これは寮長の仕事なのだろう。

 入学式と違うのは、6年間の間で成長した立派な学院生徒。

 シュアレ姉様はマイヤーレ寮長のすぐ後ろなのでよく目立っている。

 男子生徒は例の片方のマントを着けていた。

 女子生徒もマントのような布を制服の上に着けていた……細かな刺繍が施されていて、全員が違うデザインだ。

 バラバラに見えるけど、生地は同じ色なので統一感はある。

 これが女子の本来の正装なのかもしれない。

 夜会ではドレスを着ていたからね。

 他にもティータ先輩やルルエラ先輩など私の知っている先輩方も確認できた。

 ……みんなこっち見て微笑んでいた。

 他の卒業生も参加者の生徒を見て、いい笑顔をしていたよ。

 みんな立派になってぇ……私はうれしぃよぉ。

 ……謎のおばあちゃんキャラが私に降臨して、おばあちゃん目線になってしまった……こうでもしないと感動で泣いてしまうのだ。

 どこかの田舎のおばあちゃん、少し私を助けてくださいっ。


 そんな勝手にいっぱいいっぱいな私だったけど、卒業式は進んでいく。

 最初に学院長が話すのかと思っていたけど、来賓席の偉そうなお貴族さまから祝いの言葉を話していくようだ。

 かなりな数もいるので、最初に話すのがいいのかもしれない。

 有り難い話を次々聞いていく……でも助かったよ、一列目のお貴族様以外は話さないようだ。

 来賓席全員が話していたらと夜まで掛かりそうだったよ……

 このあとは学院長が更に有難い事を話していく。

 ……田舎のおばあちゃんは居眠りを始めたので、もう必要なかった。

 ありがとうございました。


「シィナちゃん、そろそろ終わるよ……」

「ん……ありがとう……おばあちゃん……」

「……おばあちゃん?」

「…………寝ぼけていたよ……」

「ふふっ、ダメですよ……」


 小声で話をしていたけど、学院長はまだヒートアップしている。

 でもそろそろまとめというか、終わらせに入っている感じだ。

 よくあんなに長いこと話せるね……のど乾かないのかな……

 と、思っていたら話し終わって、壇上の机から水を取り出して飲んでいた。

 学院長お疲れ様でした。

 

 このあとは卒業証書と学院の記念品が贈呈されていく。

 姉様が最初に壇上へ上がって上手に優雅に受け取っていた……完璧っ!

 あとはこれを全員分やるだけだね……卒業式は耐えるしかないのです。


 そして姉様が首席として壇上に上がって、代表挨拶をした。

 なんというか姉様らしくもないテンプレートな挨拶だったけど、最後に姉様は決めてくれた。


「卒業生全員起立っ!」


 少し声を大きくした姉様の合図で、全員が一斉に立ち上がった。

 私は驚いて、眠気は完全に吹き飛んでいた。


「我々は今後貴族の務めを果たし、リュデル王国の為、国民の為により精進してまいりますっ!6年間ご指導いただきまして感謝申し上げますっ!ありがとうございましたっ!」

「「「ありがとうございましたっ!」」」

「以上、卒業生シュアレ・リンドブルグの代表挨拶とさせていただきますっ」


 講堂は拍手が鳴り響いていく。

 最後は何故か熱血な感じで終わりを迎えた……先生たちは何人か泣いていたけど…………貴族令嬢っぽくない姉様を憐れんでいる訳じゃ……ないよね?

 とにかく無事に卒業式は終わり、女子寮で昼食兼簡単なパーティーが行われた。

 この食堂には学院が用意した花束や、私や他の下級生が用意した花束も置いてある。

 ちゃんと名前入りなので、大丈夫だろう。


「シィナちゃんと別れるのがこんなに悲しいなんて思いませんでしたわっ!シィナちゃん、今度家に遊びに来てっ!」

「時間の都合ができればそうします……あ、ルルエラ先輩ご卒業おめでとうございます、花束をどうぞっ」

「まあまあっ!素敵お花ですねっ!枯れる前に押し花にでもして一生使い続けましょうかっ!」

「それは素敵ですね……あっティータ先輩っ!卒業おめでとうございますっ」

「ありがとう、シィナちゃ〜ん……いい香りですね〜」


 よし、このままルルエラ先輩からは離れよう。

 いいタイミングですティータ先輩っ!


「シュアレ姉様は?」

「シュアレちゃんはまだ先生のところかな」

「あの最後の挨拶は……なんですか?」

「ん?ああ、あれって学院でずっと続いている伝統なんだって」

「伝統ですか?」

「昔の先輩から受け継いできた由緒ある卒業生代表挨拶よ。このままいけばシィナちゃんが首席で卒業する時もシュアレちゃんと同じ挨拶をするかもねっ」


 それは勘弁して貰いたいところだけど……考えなくていいのかもしれない。

 というか首席で卒業できるかはまだわからないので、今考えてもムダだね。


「それにしてもその刺繍素敵ですねっ。凄く綺麗です」

「ありがとう、シィナちゃんもフォルナちゃんもこれから刺繍を頑張らないとだよ?これは自分で仕上げるんだから」

「え?」

「あ、ティータ先輩ご卒業おめでとうございます」

「ありがとう……凄く綺麗ね、この花……いい匂い」 

「レーゼンヒルクで採れたお花です、喜んで貰えて嬉しいですっ」


 ……この立派な刺繍はお手製なの?……私もコレを刺繍するって事?え?無理…………私だけ毛糸の刺繍だと物凄く浮くよね……


「……詰んだ?」

「さすがに私は摘んてないよ?」

「お花の事じゃなくて……ん、なんでもないよ?……うん」


 真面目に刺繍をやらなくてはいけないのかもしれない……

 ……いや、あれだけ見事な刺繍であれば……それこそレーアに頼んでもいいのでは……でももう私の刺繍能力は先生にバレているよね。

 ん〜……ある程度の練習は必要かもしれない……


「何難しい顔になってるの?」

「姉様っ」

「シュアレ先輩っご卒業おめでとうございますっ」

「フォルナちゃん、ありがとう……綺麗な花ねっ」

「「シュアレ先輩っ」」

 

 シュアレ姉様が食堂に来ると、他の下級生たちも花束を渡していた……

 姉様は人気者だからね……たくさんのご令嬢から囲まれている。


 やっぱり少し……寂しい。

 長期の休みになれば屋敷で会えるのはわかっているんだけど、この1年間はずっと一緒に居てくれた存在だし。

 わからない事を教えてくれたり、一緒に外出して笑い合ったり、馬鹿な事をして呆れられたり……そんな生活の一部になっているような姉様が卒業してしまった。

 やっぱり少し…………寂しい。

 私は元々一人っ子だったから、本当のお姉ちゃんができたみたいで嬉しかったの……シィナちゃんも本当は姉様に甘えたいよね……

 (………………)

 ……うん、泣かないって決めたよね。

 私は姉様に心配かけたくないし、困らせたくもないからね。

 ハチカちゃんのペンダントを触って心を落ち着かせる。

 ……レーアも側にいるし、フォルナちゃんだっている。

 大丈夫……私は大丈夫。

 心配させてごめんねシィナちゃんっ!

 もう復活したから大丈夫だよっ!


「見〜つけたっ!」

「わわわっ!?」


 復活した私は誰かにギュッと後ろから抱きしめられた。

 嗅いだことのない香水……誰ですか?

 振り返って確認するけど、学院の生徒じゃない?

 誰ですかっ!?不審者っ!?


「あ、あの……」

「ひと目見てわかったわ、この黒髪……キレイね〜」


 凄く綺麗なお姉さん……こんな人知りませんっ…………あれ?来賓席に居た人かな?


「イレーヌ姉さんっ」

「ね、姉さんっ!?」

「あら、シュアレちゃんっ、卒業おめでと〜う。さっきはカッコ良かったわよっ」

 

 シュアレ姉様に姉様がいたのですかっ!?

 初耳なんですけどっ!!お母様っ!どういうことですかっ!?

 ここにいないお母様に不満をぶつけてもしょうがないくらい混乱していますっ!

 ……ハッ!?も、もしかして腹違いの姉妹とか?お貴族様ならそういうこともあるのかもしれないっ!


「ずっとシィナちゃんに会いたかったのっ!本当に可愛い子ねっ」

「こ、この事はお母様は知っているのですかっ!?」

「イレーヌ姉さん、シィナが混乱していますよ」 

「あらあら、戸惑っている姿も可愛いっ!うふふっ……シィナちゃん、私はイレーヌと申します。まだイレーヌ・テルシュドールだけど、もうすぐイレーヌ・リンドブルグになるわ、宜しくねっ」

「はいっ!?余計にわかりませんっ!」

「イレーヌ姉さん、ちゃんと説明してください……貴女は誰と婚約しているのですか?」

「勿論ヒルク君だけど?」

「へっ!?……ヒルク……兄様?」

「そうよ、ヒルク兄様の婚約者のイレーヌ姉さんよ」


 そうだったっ!あのイケメン婚約しているんだったっ!忘れていたよ……

 えっ!じゃあこの綺麗なお姉さんはヒルク兄様の結婚相手っ!?


「は、はじめましてっ!シィナ・リンドブルグです……えっと……式はいつですかっ!?」

「今年の夏よ。ちゃんと学院の夏休みに合わせるから、シュアレちゃんもシィナちゃんも式に参加できるから安心して」

「それは有難いですが……シュアレ姉様はもう卒業したので夏休みは関係ないと思いますが……」

「……ん?シュアレちゃんも王都で暮らすんだから関係あるわよね?」


 ん?何を言っているんですか?王都に住む?誰が?


「あ〜あ……バレちゃった……シィナを驚かせようとしたのに……」

「えっ!?あっ!ごめんなさいねっシュアレちゃんっ!まだ話していなかったのっ?」

「姉様?」


 姉様を見ると、少しニヤけていた……あの顔は何か企んでいような……いたずらする時の顔です。

 突然始まったリンドブルグ家のやりとりを色々なご令嬢たちが見ている……

 フォルナちゃんも驚いて見ていた。


「私はこの春から学院の先生になります。宜しくねシィナとみんなっ!」

「「「え〜っ!?」」」


 姉様の爆弾発言はみんな驚いて大声を出していた。

 ティータ先輩は知っていたようです。

 そんな事は……聞いていないし、お父様やお母様からも何も知らされていない。

 つまり……姉様の計画にまんまと引っ掛かってしまったの。


「で、ですがエントさんたちはっ!?」

「ん?エントとマルムは私の引っ越しを手伝って貰うし、イレーヌ姉さんの護衛よ?」

「私は先にリンドブルグ家で待っていますね〜っ」

「ううっ!?姉様のおバカっ!!」

「ふふっ、先生に対していい度胸ね〜っ」

「まだ今日は学院生だからいいのですっ!」


 ……結局私は泣いてしまった。

 でもこの涙はいいのです……嬉し涙だから、姉様も心配しないからいいの。

 突然の義理の姉の出現には驚いたけど、姉様は子供のようにはしゃいでいたので呆れてしまった。

 姉様は綺麗になったけど、昔のようにいたずらが好きでお日様のように明るい人なのです。

 少し大人になったと感じていたけど、姉様の根っこは変わっていなかった。

 鎮魂祭の舞を教えてくれた時のように優しく朗らかで面倒見のいい、私とシィナちゃんの自慢のお姉様なんだよ。 


 ……私は変化を好まない。

 だって怖いからだ。

 だけど、ヒルク兄様の結婚や姉様の王都暮らしなどはとてもワクワクした。

 この一年間も色々な変化があったけど、どれもいい思い出だった。

 ……だから私はなるべく変化を受け入れていこうと思う。

 だって捉え方一つで素晴らしい方向へ進むから。

 私を支えてくれる人も多くいる。

 私はその人たちに報いたいと思う……この世界に来た意味はあるのかないのかまだわからないけど、あの時の聖女様のように優しい笑顔ができるようになりたいと思う。


 こうして私の学院生活は2年目を迎えることになる。

 とりあえず姉様は驚かせた罰としてしばらく回復薬は無しに決定しました。

 今日も春の陽気で過ごしやすいよ……


 

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