第31話
街の大広場では収穫祭用の祭壇のような物が置かれて、その周りに野菜や果物などが大量に飾り付けられていく。
昨日の前夜祭も色々と収穫物があったけど、今日は倍以上に盛られていく。
今年も豊作そうで何よりだね。
あ……お芋もあるね……焼き芋が食べたいです……
私の考えを読んだのか、焼き芋を売っている屋台もある。
早速お一つくださいなっ……気付いたらお金を払っていた。
少し小さめのお芋を選んで半分に割ると、甘くて香ばしい香りが私を刺激する……更にお隣はミルクの販売もしているではないか……
私は焼き芋にはミルク派です。
……ああ……ねっとりとホクホクの中間……丁度いい焼き加減……この屋台のお兄さんはいい仕事をしています。
一口食べると甘みが凄い……この時期ならではの味だね。
こういう美味しい焼き芋には低脂肪のさっぱりしたミルクが個人的に好きなのだけれど、この世界のミルクは濃厚でコクがあって……これはこれで堪りません。
「シィナ様はお芋好きなんですね」
「幸せそう……」
「私も食べようかな……」
「甘そう……そうですね……」
ハチカちゃんたちの事を忘れて完全に自分の世界に浸っていたようです……
全てはこの美味しい焼き芋のせいである。
結局5人で焼き芋を堪能した。
また学園の男の子たちにハチカちゃんたちが声をかけられていたりもしたけど、かわいそうな事に男の子たちは全滅していった。
なんでも男女比がおかしいらしく、ハチカちゃんたち4人の女の子のに対して男の子は40人くらい居るみたい。
他の学年ではそこまで差はないみたいだけど、私たちの学年が少しおかしいらしい。
夏の鎮魂祭では今年は確か8人の女の子たちが舞っていたのを覚えている。
女の子の出生率が少ないのは……何か原因でもあるのだろうか?
このリンドブルグ領では男の子たちは兵士になる確率が高い。
砦で魔物と戦う兵士さんはいくらいても助かるそうだ。
この街以外にも近隣の町が何箇所かあるので、各学年の総数は調べないとわからない。
リンドブルグの領主をしているお父様ならわかるだろうか?
今度聞いてみてもいいかもしれない。
……とりあえずハチカちゃんたちは色々と苦労しそうである。
ハチカちゃんたちを巡っての男の子たちの争奪戦……おおおっ……考えると熱い展開だね。
「ハチカちゃん、いい男を捕まえるんだよっ」
「はいっ?なんですか?」
「ハチカちゃんの未来の旦那様を考えていましたっ」
「なぜっ!」
うん……私もよくわかないよ。
お祭りでは盆踊りのように収穫物を囲んで踊りもしたりする。
陽気な音楽が奏でられ、老若男女が入り混じって笑い合いながら踊りをする。
学院での社交ダンスのような踊りとは違って、もっとカジュアルに円を作ったりする踊りで楽しそう。
誰でも踊れるし、誰でも参加可能なの。
私たちも参加して手を繋いだり、回ったりして踊っていく。
気楽で楽しい踊りなので、馬鹿王子たちを警戒することもない。
体が動く事が私は嬉しくて堪らない。
あっちでの闘病生活では満足に歩けもしなかった。
今こうやって踊れるだけでも感謝の気持ちが溢れるくらいです。
……少し思い出しちゃったけど、そろそろ夕暮れ……やりますか。
「皆、またあの魔法を使うから見ていてねっ」
「……あのキレイな魔法ですか?」
「そう、少し離れるからね〜っ」
そう言って私は大広間を離れ、少し屋敷の方へ駆けていった。
あまり間近に人がいると集中できないしね。
ん〜……あまり音が大きいと驚いて泣いちゃうお子様が出るかもしれない。
最初は抑えめにしてみよう。
少し方角にも気を付ける……どうせなら色んな町の人にも見て欲しい。
前よりも高く遠く大きく……砦の兵士さんたちにも見えるといいな……
魔力自体はそこまで使わないけど、イメージと調整……風魔法に音を追加しての打ち上げ花火だ。
よし……イメージは完璧っ。
夕暮れの途中に私は夜空に向って特大サイズを打ち上げてみる。
ひゅるる〜っと甲高い音も入れておいたので、本物みたいに再現されていく。
ほんの少しだけ間を置いて一気に魔力を操作していく。
ドンッ!っと上空で音が鳴り、花火魔法は成功した。
音が少し抑えめだったので、次はもう少し大きくなるように調整して、もう一発特大を発射すると、今度はちゃんとお腹に響くような音にできた。
大広間では、歓声が響いている。
よしっ!この間よりも多く打ち上げてあげるよっ!
……私は頑張った。
たぶん10分間くらいだったけど、打ち上げ続けたよ。
冬はこういったお祭りはないので……また来年頑張ろう。
大広間でハチカちゃんたちと合流してまたお祭りを楽しんでいった。
秋休みは短かったけど充実した内容だった。
すっかり癒やされたので次の冬休みまで頑張れる気がした。
また王都へ向けて出発した時には、紅葉も終わって冬の気配が強く感じられる……少し淋しいけど、空気が澄んでいる感じは好き。
季節の変わり目は風邪を引きやすいので、過保護気味なレーアが色々と頑張ってくれた……こんなに厚着しなくても大丈夫だよ。
ぬっくぬくで少し暑いくらいだったけど、魔物も出ずに無事に王都へ辿り着いた。
やっぱり私の水魔法は回復効果があるのか、お馬さんは好調でいてくれた。
屋敷を出る前はまたお母様たちに水瓶いっぱいに水を補充しておいた。
姉様もこの旅の間、ずっと私の水魔法で顔を洗ったりしていた。
……姉様はまだお若いのだから必用無いと思うけど、実際にお母様のお肌は若返ったように潤っていた……
あの効果を見せつけられたら使うしかないのです。
いつも通りに帰寮報告をマイヤーレ寮長にして、冬の寮生活の始まり。
最初にした事は姉様の部屋で小瓶に水を補充する事だった。
……別に作業自体は楽だからいいのだけど……今後大丈夫だろうか。
少し心配してしまう。
役目を終えたので、自室に戻ってレーアと部屋の掃除。
「レーアも遠慮しないでお水を使っていいからね」
「はい、奥様からも使うようにと言われていますから……」
「……ああ、そうなんだ…………空の瓶ってある?」
「あまりないので、今度市場で買ってきましょうか」
「また甘味の材料でも買いに行きましょうか、ついでに見てみましょう」
「はい、お嬢様」
今回は冬服も少し持ち込んたけど、以前ドレスを仕立てて貰ったお店で冬服も頼んでおいたので、もうできている筈だから受け取りにも行かないと。
フォルナちゃんも誘ってみようかな。
たぶんもう到着しているだろう。
とりあえず掃除が終わったらお茶でも飲んでまったりしよう……
……今日は冬の始業式。
いつも通りの始業式……学院長の長い挨拶と注意事項。
学院の学習内容は特に変わらない……1年生は基礎ばかりで正直退屈。
また図書室通いが多くなるだろう。
唯一の救いはフォルナちゃんとの交流です。
合同授業ではミルエルさんが私をずっと褒めてくるので若干怖い。
人付き合いって難しいね……
派閥の一軒以降、結構な同級生女子たちからは話し掛けられたりもするので、そこは大丈夫。
たまにフォルナちゃん以外ともお茶をしたりもする。
フォルナちゃんはフォルナちゃんで、仲のいい友達もできているので、変ないじめとかは今のところ見られない。
一応貴族の集まりなので、下手なことをして親にバレたらかなり怒られるらしい……小説で読んだような悪役っぽいご令嬢は今のところ見当たらないので安心ですね。
つまり女の子たちは平和に学院生活を送っている。
変な先輩も居ない……ので…………ルルエラ先輩以外はみんな普通で優しい。
……あの夜会の踊り以降、私は二人の王子様が近付いてきたら威嚇をしている……私は学んだのだ。
まだ始業式が始まってから挨拶もしていない。
お母様直伝の威嚇はかなり効くようで、近付いてきてもすぐに引き返すくらい怖いらしい。
コレが大正解。
一切会話も挨拶もしなければ、アレはただの通行人と同じです。
もうこれで一生通そう、王族だろうがなんだろうが関係ないのだ。
これだけ威嚇しているのだし、嫌われていることはあっちもわかっているだろう……もしかしたら女子寮の中で一番変なのは私かもしれないけど、変なのは自覚しているのでもう開き直っている。
図書室でまた古い言葉を勉強して、フォルナちゃんと学食で食事したり、姉様と一緒に買い物に行ったり……冬の学院生活は今のところ順調です。
一日経過していく毎に外は冬の様相になってくる。
まだ雪は降ってはいないけど、もう結構寒い。
部屋には暖炉があるので、暖炉の前でまったり読書をしたりするのは最高です。
レーアも隣で縫い物をしていたりもする……このゆったりした時間は冬ならではのひとときだね。
フォルナちゃんから貰ったブランケットやモフモフのスリッパはもう活用させて貰っている……ぬっくぬくでダメになりそうだよ。
そんなまったりした生活中、シュアレ姉様からお祭りの誘いを受けた。
どうやらお城付近でお祭りがあるみたい。
丁度休日なのでみんなで行くことになった。
「姉様、そういえば何のお祭りなんですか?」
「精霊祭と言って、精霊に願うお祭り……というか元々は祈念式だったらしいわ」
「はぁ?精霊さんに何を願うのですか?」
「……そこまで調べたことはなかったわね。凄く昔からあるって事しかわからないわ」
「精霊研究室に資料が残ってるけど、古くて誰も読めないのよね?シュアレちゃん」
「ティータの言う通りよ、シィナなら読めるんじゃない?古い言葉を勉強しているんでしょ?」
「どうですかね?まだ少ししか読めませんからね……」
「古い言葉が読めるなんてシィナちゃん凄いねっ」
「少しだけだよ〜」
…………完全に忘れていたけど、え〜っと……精霊の塔……だっけ?それってどこにあるのかな?昔姉様が精霊研究室で調べたとか言ってたけど。
……今はティータ先輩やフォルナちゃんもいるから聞かないでおこう。
「昔は真面目な式典みたいだったけど、今は普通のお祭りよ」
「甘味が食べられればなんでもいいです」
「ふふっ、そうねっ」
今日は学院の馬車が使えたので、精霊祭の会場……お城付近まで乗せて貰えることになった。
途中から人の流れも出てきて、みんな同じ方向へ歩いている。
王都のお祭りは初めてだからどんな感じなのだろう。
御者さんに迎えの時間と場所も伝えて、お城付近の路地で降ろして貰った。
もう道は凄い人だかりになっている。
王都中の人が集まっているみたい。
私はレーアと、フォルナちゃんはユエラさんと手を繋いではぐれないようにしないと。
ココナさんは今日は来ていない……何か書類仕事があるとか言っていた。
「とりあえず私についてきてっ」
姉様とティータ先輩が先頭を行くのでついて行こう。
人は多いけど、すし詰め状態ではないので普通に歩けはする。
以前来た時よりも、お城の前にある広場周りには多くの屋台が並んでいるようだね。
一応テーブルもたくさんあるようだけど、足りていなそう……
立ち食いでもいいかな。
私は屋台で食べる事を考えていたけど、姉様は広場沿いの建物へ入って行く……なんだろうこのお店は。
中は古い喫茶店のようで、お茶の香りがしている。
古いけど品の良い家具やテーブル……なんか落ち着くお店だね。
中はお年寄りの方が多く座ってお茶を飲んでいた。
「こんにちは、上を予約していたけど大丈夫ですか?」
「ええ、シュアレお嬢様。お待ちしておりましたよ」
姉様はカウンターのおじさんといつの間にか話をしていた。
さすが一手先を読む姉様だね……いつの間にか予約をしていたらしい。
「こっちから2階へ行くわよ」
言われた通り階段を上がっていき、姉様が入った部屋へ私も入っていく。
学院の談話室のような部屋で意外と広い……姉様はソファーに座ってくつろいでいる。
「シィナ、フォルナちゃん、そこの窓から外を見て。よく見えるわよ」
フォルナちゃんと一緒に窓から外を見ると、精霊祭の広間やお城もよく見える。
大勢の人の流れもよく見えるので、見晴らしがいい場所だ。
「わぁ〜。凄くいい景色ですっ」
「シィナちゃん、あそこで大道芸もやっていますっ」
普通にお祭りは盛り上がっている。
これだけ人が多いと熱気で寒さも忘れる程だね。
「お祭りは長いから、ここでお茶をしましょう」
「少し温かい物も飲みたいですしね〜」
しばらくここでお祭りをゆっくり見ながらお茶をするのもいいね。
まだお昼には早過ぎるので、まったり見物していよう。
姉様とティータ先輩は来年の春で卒業だからね……
そう考えると寂しくなる。
お祭りの楽しげな喧騒が聞こえてくる中、私は泣きそうになってしまった。
でも、姉様を不安にさせるような事はしたくないので、熱いお茶と一緒に寂しさも一気に飲み込んだ……
「シィナ、もっと優雅に飲みなさい」
「……はい、スミマセン姉様」
お茶をおかわりして、ここのおじさんが作ったという変わった甘味も食べてまったりしていたけど、なんだろうこの果物は?
果物を飴で薄くコーティングしてある。
見た目はりんご飴っぽいけど、甘くない桃……かな……飴の甘さで丁度いい。
結構美味しいのでお茶も進む。
「このあとはどうしますか?」
「勿論屋台で食べ歩きよっ」
「いいですね〜」
「淑女は食べ歩きなんて本当はダメなんですよ〜」
「ティータ、卒業したら立食をする機会もあるでしょ?夜会とかで」
「立食と食べ歩きは違うよっ」
「ふふっ、同じ同じ……立食の練習と思いなさい」
「は〜い……」
ティータ先輩は姉様の口車に乗ってしまった。
でも座る場所もそんなにないので、立って食べるしかなさそうです。
「シュアレ先輩は面白いですね。さすがシィナちゃんのお姉様です」
「立食をしに行きますか」
「ふふっ、はいっ」
上着を羽織ってお店を出てから、私たちはのんびり立食の練習をしていった。
広場では色んな催し物なども次々行われて行き、笑い声や歓声、拍手などで大いに賑わい続けていた。
お祭りの途中だったけど馬車の時間になったので、待ち合わせ場所に行って私の初の精霊祭は終了した。
また来年来よう。
その時は姉様とティータ先輩は居ないと思うけど、フォルナちゃんならずっと一緒に居てくれるだろう……もっとお友達を増やしてもいいかもね……
精霊祭も堪能して今年の学院生活もうすぐ終わりなのだけど、今年最後の試験が残っていた。
学期末テスト的なもので、一年間の学びをぶつけるテストだね。
他の学年は知らないけど、一年生は基礎勉強と杖を使わない魔法のテストらしい。
……つまり私は免除されているのでやることがない。
せっかくなので放課後にフォルナちゃんに教えることにした。
元々フォルナちゃんは頭も良くて勉強もできる。
基礎勉強は全く問題がなかった……たぶん満点近くは取れるだろう。
魔力制御も久しぶりに見てあげたらかなり上達していたので驚いた。
「フォルナちゃん凄いよっ!かなり魔力循環が速いよ。頑張ってるねっ!」
「シィナちゃんのように空いた時間とかにやっているので、だんだん慣れてきましたっ」
「杖が凄くても、魔力制御が遅いと宝の持ち腐れだからね……もう杖の魔法は練習してるんでしょ?」
「少しだけですね。……授業では魔力制御と生活魔法の質の向上ばかりですし」
フォルナちゃんの話では、ほぼ全員が杖を作り終えているらしい。
秋休み前にフォルナちゃんは作り終えたので、一年生の中でもかなり早かったらしい。
ほとんど授業に出ていない私は、そういった情報がなかなか入ってこないの。
「じゃあ、次は2つの魔法を同時に使う訓練もした方がいいかな〜」
「……2つ同時に……ですか?」
「そうそう、左手に風魔法、右手に水魔法とかかな。あ、逆でもいいよ」
「……それは難しそうですね」
「魔力制御と同じで慣れだよ、慣れ。こんな感じの魔法もできるようになるよ」
風魔法と火魔法で程よい温風をフォルナちゃんに当ててみる。
「わぁ……温かいです…………これは風と火……でしょうか?」
「そうだよ、前にこれで積もった雪を溶かしてまわったこともあるんだよ」
「……それは便利な魔法ですね……初めて見ました」
「え?家族とか……エドニス先輩はできないの?」
「はい、こんな温かい風は……恐らくできないと思いますよ?」
「…………」
ん?なんで?こういう魔法を学院で勉強するんじゃないの?
「それができるのは賢者様……くらいでしょうか?もしくは王宮魔術師とか……」
「へぇ〜……」
……でも待って?お母様はできていたよね?
前に私の水魔法を風魔法で操って……別の風魔法で虹を……あ……これは風魔法だけか。
「……フォルナちゃん、次は2つの魔法を同時に放てるようにしようか?」
「それも結構難しいとお兄様が言っていましたね」
「……まぁ、全ては魔力制御が上手くないとダメだからね、魔力制御を頑張ろうっ!」
「はいっ!」
うん……たぶん私がおかしいの。
フォルナちゃんは頑張っているし、優秀だよ?
これ以上はフォルナちゃんの邪魔になるから撤退しよう。
フォルナちゃんは私より、貴族令嬢としても優秀だし、礼儀作法もとても品がある。
私はもっとそっちを勉強する必用があるからね……もっと頑張ろう……
「それではフォルナさんっ!ご機嫌ようっ!そろそろ失礼致しましわっ!おほほほほっ!」
「う、うん、また明日ね?」
「おほほほほっ!」
…………なんか違うっ!
……最後の試験も終わって、学院生は試験結果と冬休みを待つくらいで、一部の生徒は少し浮足立っているように見える。
試験結果次第で親の態度も変わってくるのだろう。
わかる……わかるよその感じ……ソワソワしちゃうんだようね。
「シィナちゃんは試験も免除されてるのよね?いいなぁ〜」
「先輩方は試験どうでしたか?」
「そこそこっ?」
「私はヤマが外れちゃったわっ、シィナちゃん慰めてっ」
「よしよし……次は頑張りましょうっ」
「「癒やされるわ〜」」
食堂では色んな先輩からマスコット扱いされて、逆に私が頭を撫でられる。
今日も平和です……
「シィナ、今日は時間ある?」
「シュアレ姉様っ。ありますけど?」
「散歩しない?」
「はぁ、いいですよ?」
今日は学院がお休みだから暇だけど、珍しいね?
外は寒いので一度部屋に行ってダウンコートを羽織っていく。
ちなみに姉様もダウンコートを着ていた……もう冬はコレがないと厳しいのだ。
「姉様、お待たせしましたっ」
「いいわよ、急いでいないしね」
姉様は女子寮をそのまま出ていく……
外出届けを出さないので、学院外ではないようだ……本当に散歩に行くらしい。
外に出ると息が白くなる……今日は少し曇っているので余計に寒く感じる。
この時期のランニングが一番キツイ……いつも走っている寮から、本校舎の方へゆっくり散歩をしていく……
「いつもこっちまで走っているのよね?」
「はい、もう日課ですね」
「シィナは偉いわね、そのまま続けた方がいいわよ」
「はいっ!体を動かすのは好きなのですっ」
姉様はそのまま本校舎裏手にある研究棟へ進んでいく。
そういえばこっちは来たことがなかったね。
「シィナは何か研究室には入らないの?」
「ん〜、一度研究室の一覧は見ましたけど……特に入りたいような部活……じゃなくて研究室はありませんでしたね」
「そう、暇だったらどこかにお試しで行っても、歓迎されるわよ」
「来年も暇だったら考えてみます」
「行くとお茶とか甘味も出されてお得よっ」
「それはいいですね〜」
……何気ないこういう会話も、来年以降は学院でできなくなると考えるとやっぱり悲しい。
寒いせいかそんな事を考えていたら、姉様は研究棟の更に裏手に進んでいく。
何かあるのだろうか?
奥へ進んでいくと、何か白い……なんだろうアレは?
変な建造物が見えてきた。
そんなに背は高くない……研究棟よりも低い建造物がそこにあった。
「姉様、アレはなんですか?」
「アレが精霊の塔よ」
「……アレが精霊の塔ですかっ!?」
なんだろう?イメージと違う。
もっとこう……スマートな塔……変な言葉だけど、そんなイメージだった。
アレは塔というか……円柱です。
小さな子供が遊ぶ積み木のヤツみたいな……円柱です。
さすがに積み木サイズでははくて、結構大きいけど……円柱です。
近づいていくと、扉っぽいものはあるみたい。
……アレ?扉あるよね?前に聞きた時は何も……文字しかないとか言ってたけど……
「シィナ、これ以上は近付かないで」
「は、はいっ」
「ここの部分に愛子のみ立ち入りを許可するって彫ってあるでしょ?」
「そう……ですね」
姉様は扉の上に彫ってある文字を指を差した。
あまり近付かずに、一周してみる。
そこそこ大きい……だけど真っ白で何も……さっきの扉しかない。
精霊さんがいる訳でもないようだ。
「一応連れては来たけど、触ったりしてはダメよ。家族で話し合った時に決めたでしょ?女神様の元に行くかもしれないって」
「はい……」
私は姉様や家族に悲しい想いはさせたくない。
言うことを聞いておこう。
「この文字しかないでしょ?……他に何か感じる?」
「……いえ、特に何も……感じません」
……姉様にはこの扉が見えないみたい。
…………ん〜……あまり嘘はつきたくないけど、今のところ入る気もないので、黙っていよう……
この体に何かあったらシィナちゃんに申し訳が立たない。
これ以上は近付かないし、触ったりもしないでおこう。
研究棟の裏手にはこの円柱以外には……特に何もない……ん?石碑もあった。
さすがにあの石碑は乗り合い馬車用ではないだろう。
王都中にたくさんあるらしいから、そのうちの一つ……かな。
「いい?絶対に近づいちゃダメだからねっ」
「はいっ!まだ女神様の元には行きたくありませんっ」
「……じゃあ、寒いし帰ろうか」
「そうですね、温かいお茶が飲みたいです」
……こうして円柱の見学会は終了した。
……違う、精霊の塔だ。
精霊研究室にあるという古い文献は気になるけど、まだ勉強中だからね。
もしそれで何かわかれば家族に相談しよう。
とりあえず、古い言葉をマスターしないと私は前に進めそうにない。
私はなんとなく寂しくなったので、姉様と手を繋いで寮へ帰っていった。
もうすぐ冬休みが始まるね……




