第24話
……季節は真夏……制服も夏服が支給されて少しは涼しくなった。
そこまで暑くはないのだけれど、昼間はあまり集中力が続かない。
魔法道具専門店のおばあちゃんから頂いた本はかなり古い言葉で書かれているので現代語訳が必要と判断しました。
とてもじゃないけど読める代物じゃなかったの。
だけどそんな現代語訳をする技術は私にはない。
先生方に相談しても現代に生きる人には簡単ではないと言われた。
一応昔の言葉を研究しているような専門家もいるようだけど、この王都には住んでいないらしい。
ただ方法は……ある。
古い言葉を勉強すればいいのだ。
幸いこの学院の図書室にはそういった古い本も存在していたので、勉強する事はできる。
学院の歴史に感謝しよう。
なぜ賢者様の本が売れ残っていたのかがよくわかった。
古すぎる……一応本の外側の装丁は真新しいのだけれど、中身はとても古い紙だ……たぶんあのおばあちゃん辺りが代えたのだろう。
一瞬諦めようともしたけど、今の私は暇です。
なんでも、学院の貴族向けの授業……ダンスとか礼儀作法は夏休み明けから始まるらしい。
なので春から夏は基礎勉強や基礎魔法が主になる為、私は何もする事がないのだった。
とにかく私は暇だったので、この古い無属性魔法の事が書かれている筈の本を読めるようにする為に古い言葉を勉強することにしたのだ。
わかりやすく言うと、江戸時代の漢字ばかりの手紙が簡単に読めない感じだろうか……もしくは漢文…………まだこの世界の文字を習得したばかりの私には大変な作業……でも暇だし。
結局、図書室の無属性魔法の研究資料はそこまで役に立たなかったし……
今のところこの古い本だけが頼りなのよね。
しかもこの著者の賢者様の名前はとても有名らしい。
歴代のリュデル王国の賢者様の中でもとても優秀で賢いとゲルド先生が言っていた。
読めるようになればいい事が書かれている可能性は高いのです。
……なのだけど……暑くてあまり集中ができない。
一応部屋はそよ風の魔法を常に使っているので、比較的快適ではある。
夏休みはもう間近なので耐えるしかない…………エアコン欲しい……
……今日は休日なので、どこかに出掛けようとしたけど姉様もフォルナちゃんも真夏はどこにも行きたくないと言い出した。
もう若干の夏バテ状態で、食事もそんなに食べていなかった……というか他のご令嬢たちも同じ感じだった…………私は授業免除して貰っているしね。
教室は男の子もいるからダラけたところは見せられないらしい。
なので男の子のいない寮では気が緩んでいるみたいね。
それに外に出ると日焼けもするからね……
一人で遊びに行ってもつまらないし、大人しく部屋で勉強するしかないか……
この世界は冷たい料理や甘味が存在しない……
魔石冷蔵庫はそこそこ冷えるけど、そこそこ冷えるだけだ。
氷も作れないので、冷たい果実水は真夏にはなかなかお目にかかれない。
お城には氷室があるようで、王族なら冷たい果実水も楽しめるらしい。
リンドブルグの実家には氷室がないけど、フォルナちゃんのレーゼンヒルクの屋敷には氷室があると言っていた。
レーゼンヒルクは北国なので王都より涼しいらしい。
王都に来たばかりのフォルナちゃんはここまで暑いのは初めてらしいので、なかなか慣れないと言っていた。
ん〜……冷たいものか……氷の魔法があれば色々と便利になるんだけど、そんな魔法は存在しない。
せいぜい風魔法でそよ風を作りだすくらい……もしくは水魔法程度でしか涼を取る方法がない。
かき氷とかアイスクリームなんかがあれば多少気晴らしにもなるんだけどね……ああ……そうめんとか冷製パスタとかそういうのが食べたい。
無い物ねだりをしても何も解決はしないか……少し気合を入れて勉強を再開しよう。
……そうして真夏の暑さと戦いながら時間は過ぎていき、明日から夏休みが始まる。
今日は終業式をして、教室で通知表が渡される……このシステムはあっちの世界の学校と同じかな?
あっちの世界の私は普通の成績で、特技もなかったけど……成績で親から怒られたことはなかった。
こちらの世界の私はどうだろう?
授業免除とかで成績は悪くない筈だけど、悪目立ちしている気もするので不安でしかない。
しかも最近はずっと授業に出ていなかったので、男の子の間で病気になったと変な噂が流れた程だし。
教室の女の子たちは普通に否定してくれたっぽいけど……なんでそんな噂が立ったのかもわからない……たまには教室に行ったほうがいいのかな……
普通に朝食を終えて、入学式のようにマイヤーレ寮長が色々と説明してくれたの。
1年生はまた講堂の最前列に座るようだけど、入学式のように列になってではなく普通にこれから各々移動していいらしい。
他の学年の生徒も一斉に移動して、講堂は夏休み前でウキウキした生徒がガヤガヤとしていた。
私とフォルナちゃんも以前座った辺りへ座り、終業式の開始を待つ。
「フォルナちゃんの家は王都から遠いけど大丈夫?10日以上掛かるんんだよね?」
「こちらへ来た時は荷物が多かったから時間が掛かったけど、帰省する時は大して荷物も多くはないから、そこまで時間は掛からないってお兄様が言っていましたよ」
「ああ、そうか。荷馬車がないぶん早いよね、気付きませんでした」
私も王都に来る時は5日掛かったけど……もう少し早く帰れるのかな?
荷物を少くすればお馬さんの負担も減るか……なるべく減らして帰ろう。
しばらくすると先生方が扉から普通に入ってきて、入学式のように登壇していくと、騒がしかった講堂はすぐに静かになっていく……
さすがに終業式には王様とか賢者様のサプライズはないだろう。
「皆様、おはようございます。これより終業式を開始致します……1年生の皆様はもう学園にも慣れてきた頃でしょう…………」
……また学院長のありがたいお言葉を聞いていく。
終業式くらいはパッと終わらせてくれてもいいんだよ?
まぁ、でも帰省する時は魔物に気を付けてくださいとかこちらを心配してくれてもいたので、ちゃんと注意事項は聞いておいた。
他の先生からも連絡事項があったので少しだけ時間は掛かったけど、何事もなく終業式は終わり、生徒は各教室へ向って行った。
久しぶりに1−1の教室に入る……一月以上来ていなかったかもしれない。
しばらく大人しくしていたからね……また窓際の席に座って先生を待っていると……
「シィナさん、お久しぶりです。体調は大丈夫でしょうか?」
……以外にも第二王子様が話し掛けてきた。
「お久しぶりです、テオドルド殿下。私は体調は崩しておりませんよ?」
「本当ですか?シィナさんはこんなに…………いえ、なんでもないです」
「テオドルド殿、抜け駆けはしないと言ったではありませんか」
「い、いえ、そんな事はしていませんよっ?ドノヴァン殿……」
あ〜……馬鹿王子様も来ちゃった……早く先生来ないかな……
「シィナ嬢、その夏服もよく似合っているぞ」
「は、はぁ……ありがとうございます?」
「う、うん、この間の私服もよく似合っていたよ?」
「……私服?どこかでお会いしましたか?」
「「えっ?」」
「はいっ!皆様席に着いてくださいっ!通知表を渡しますよっ」
お?エレアーレ先生ナイスタイミングっ!
王子様は邪魔っ!早く席に着いてよ……通知表が気になる……
「そんな……」
「やはり面白い女だ……ふふっ」
なんかブツブツ言っていたけど、ようやく自分の席に行ったみたいね……
通知表は先生が一人ずつ丁寧に手渡してくれた。
まだ中身は見ていない……
「これは皆様の親御様や保護者様に渡してくださいね……先程オリビア学園長からもありましたが、この夏休みの注意事項をお伝えしますね…………」
また長いお話を聞いていく……けど学園長程の長話ではなかったので、すぐに解散となった。
そして宿題は無いようだ。
まぁ、私やフォルナちゃんみたいに長旅をする人もいるだろうから、学院の配慮だろう。
宿題がない夏休み……いいね〜、最高だね〜……帰ったらハチカちゃんたちといっぱい遊ぼう。
……でも個人的な宿題はあるので、古い言葉の勉強はしよう。
「…………ハッ!フォルナちゃん、先に寮で待ってるねっ!じゃあっ!」
「えっ?う、うんっ!」
急いで教室を出なくちゃ!
もう王子様に捕まりたくはないのだっ!
絶対また絡んでくる気がしたので、私は通知表を持って一番最初に教室を出ていく。
寮に入れば私の勝ちだ。
エレアーレ先生に走らないように注意されたけど、構わずに私は優雅に貴族令嬢らしく早足で寮まで辿り着いた。
ふぅ……もう安心だね。
それにしてもなんで絡んでくるのか……いじめとかじゃないよね?
……まぁ、よくわかんないけど、威嚇もしなかったので満点だろう。
このあとは普通に昼食まで暇だし、フォルナちゃんを待とう。
私もフォルナちゃんも明日寮を出て帰省する。
今日はその準備……と言ってもレーアがほぼほぼ終わらせてくれたので、私のする事はあんまりない。
王都に住む生徒はこのまま普通に帰るのだろう……
予定ではエントさんが明日の朝に馬車で迎えに来てくれる手筈になっています。
たぶん一つ手前の街辺りには来ているだろう。
……早くハチカちゃんに会いたいな……ハチカちゃん…………あっ……何かお土産買わないとっ!
「シィナちゃん、急にどうしたの?大丈夫?」
「あ、フォルナちゃん大丈夫だよ。また馬鹿……ええと王子様たちに絡まれそうだったから急いだだけだよ」
「ああ、そういう事でしたか…………絡んではいないと思うけど……」
「それより王都のお土産を買いに行きますけど、フォルナちゃんはどうする?」
「そうですね、私も何か買いに行きます。ご一緒してもいいですか?」
「うんっ、一緒に行きましょうっ……お土産は何がいいかなぁ」
お昼は食堂で食べて、午後からお出掛けする段取りをした。
部屋に戻るとレーアが通知表を出すように言ってきた……まだ中身も見ていなかったけど、観念して明日の荷物にしまって貰った。
お母様から言われていたのだろう……通知表を絶対持ってくるようにとか……
まぁ、無くす心配がないのでいいか……どっちみち見られるのだ。
「レーア、午後からフォルナちゃんとお土産を買いに行きますけど、レーアも来る?」
「はい、もう明日の準備も終えていますので、ご一緒致します」
「食べ物は……夏だから駄目だよね?何がいいかな?」
「シュアレお嬢様に聞いてみてはいかがですか?」
「そうだね、聞いてみます」
前にダリル兄様やシュアレ姉様から王都土産の小物は貰ったことがある。
ああいう雑貨とかのお店は行っていなかった。
……魔法道具のお店の物は……少し違うよね……
やっぱり姉様に聞いてこよう……一度姉様の部屋に行ってみる。
「あらっ!シィナちゃんっ!こんなところで奇遇ですわねっ!」
「……ルルエラ先輩、こんにちは」
「シュアレさんにご用かしら?」
「はい、王都土産を買う相談に……」
「まぁ、私が案内しましょうか?いいお店がありますのっ」
「……えっと明日の旅支度の相談もあるので、ルルエラ先輩にはご迷惑になりますから……」
「そうですか?私は時間は気にしませんよっ」
……ううっ……どうしようっ!断り切れないっ!
「何を私の部屋の前で騒いでいるのかしらっ」
突然シュアレ姉様の部屋から声がしたと思ったら、すぐに姉様が部屋から出てきてくれた。
姉様がヒーローに見えてきたよっ。
「あ、あらシュアレさんっ……妹さんが来ていますわよ?」
「そうね、明日の話もする予定だからね。ルルエラさん、また夏休み明けに会いましょうねっ。ご機嫌ようっ」
「えっ?あっ!シィナちゃ〜んっ!?」
私はいつの間にか姉様の部屋に入っていた……扉は閉まっており、もうルルエラ先輩の声もしなかった。
さすが姉様だね……ルルエラ先輩の扱いも上手い……
「ふぅ……まったく。シィナ大丈夫だった?」
「は、はいっ」
「それで、どうしたの?明日の用意は大丈夫?」
「明日の用意は大丈夫ですが、午後からフォルナちゃんとお土産を買いに行こうかと……どこかおすすめのお店はありますか?」
「あるけど、私も買い物したいから一緒に行くね。お昼は?」
「食堂で食べてから行こうかと思っています」
姉様もお土産を買う予定があったようだ。
王都の大先輩でもあるので、シュアレ姉様がいるだけで心強い。
このあとは食堂で昼食を食べて、レーアとココナさん、ユエラさんたちも一緒に行くことになった。
まぁ、いつものメンバーだね。
ティータ先輩の実家は王都から近い場所のようで、弟さんと一緒に帰省していて、もう寮にはいないみたい。
そして珍しく学園の馬車が空いていたようで、乗り合い馬車ではなく、学園の馬車で行けることになった。
どの貴族も迎えの馬車を出しているようなので、学園の馬車を使う貴族が少なかったのかな。
これで荷物を気にせずに色々と買えるね。
学院の馬車ではどこでも行きたい放題なので、お城付近の工芸品を扱うお店に行ってみた。
可愛い小物やアクセサリーなどもあって、お土産に丁度いい。
平民向けの物もあるけど、紙や便箋なども売られていた。
私はこの便箋セットを見て、ハチカちゃんと手紙のやり取りもできると思ったので、便箋セットと羽根ペンとインクも購入した。
ついでに可愛いアクセサリーもあったので、お揃いの物を購入した。
今身に着けているハチカちゃんのペンダントは高級そうだし、これくらいなら大丈夫だろう。
フォルナちゃんや姉様も色々と購入していた。
たぶん家族か地元のお友達用だろう。
ちなみに貰ったお小遣いは半分も使えていない。
100万円は寮暮らしには多すぎるよ……ん〜……ないよりはマシか……
実家に帰ったら返すか貯めるかしておこう……
パッセちゃん、セルカちゃん、リンちゃんの分も見繕って、後は家族の分です。
姉様と話し合って、王都のお酒を購入したの。
もう姉様と私以外はお酒を嗜む年齢だからね。
二人でお金を出し合ったので、良い物が買えた……味は知らないけどね。
フォルナちゃんもお父さんにお酒を買っていた。
「そういえばフォルナちゃん、お兄さんはどうしてるの?」
「お兄様もお友達とお土産を買いに行ったようなので、大丈夫ですよ」
「シィナ、他にも欲しい物はある?」
「じゃあ、最後に市場で食べ物を買いたいです」
「食べ物は腐るわよ?」
「大丈夫です……男性はどういう食べ物が好きでしょう?」
「「へっ?」」
ん〜……何がいいかな?結構体が大きいからな……
「シ、シィナちゃん?誰にあげるの?」
「ちょっとシィナっ!?どいうこと?」
「体の大きい人ですから……お肉の串焼きがいいでしょうか……」
「「………………」」
お土産も買ったので、馬車に乗り込み市場に行ってもらい、私は露天で串焼き20本を包んでもらった。
これでよし。
ここの串焼きは美味しかったから喜んでくれるだろう。
すぐに渡すので、車内に持ち込んだけど……匂いのせいでお腹空いてきた。
失敗した……もう何本か買っておくべきだったよ。
「シュアレ先輩……どういうことでしょう?」
「私が聞きたいわよっ……フォルナちゃんは何か知らないのっ?」
「いえ……特に何も……」
「体が大きいって……」
何か姉様とフォルナちゃんがこそこそしているけど……なんだろう?
あ〜お腹すいた……何か部屋にあったかな……
お腹……?
「そういえば帰りの時の食料品とかはどうするのです?」
「えっ?帰り?」
「道中の食べ物とか」
「ああ、それは途中の街や村で補充できるし……大丈夫よ、お昼は宿で作ってもらうお弁当だし」
「なるほど……じゃあ大丈夫ですね」
「「………………」」
馬車は学園に戻ってきて、守衛さんと御者さんがやり取りしていたので、レーアと一緒に外出た。
「シィナちゃん?」
「シィナ?どこに行くの?」
「少し待っていてくださいね〜」
対応してくれていた守衛さんにレーアがさっきの包を渡してくれた。
「守衛さん、これ皆で食べて下さいっ」
「おや、シィナお嬢様……いいのですか?」
「はい、いつもご苦労さまですっ」
「……感謝しますっ!……おおいっ!皆っ!シィナお嬢様から差し入れだっ!」
「「「ありがとうございますっ!」」」
「いえ、温かいうちに食べちゃって下さいねっ」
「そんな事だと思っていたわよ……はぁ〜」
「そうですよね……あのシィナちゃんがありえませんよね……」
さっきから姉様とフォルナちゃんは仲が良いな……
レーアと馬車に戻り、女子寮まで送って貰えた。
お土産でレーアたちの背負い袋はパンパンだ。
「レーア大丈夫?ココナさんも……」
「これくらい大丈夫ですっ」
「マイヤーレ寮長に言って、どこかに保管して貰ってもいいんじゃない?中身は腐らないし、明日運ぶし」
「そうですね、マイヤーレ寮長に言ってみましょうっ」
寮長室の扉をノックしてお願いしたら、忘れないようにと言われて、場所を貸してくれた。
よし、明日忘れないようにすれば大丈夫だね。
まだ夕食前だったので、軽くお茶をしてから一息ついた……今日もそこそこ暑かったけど、買い物したので楽しかった。
夕食も3人で食べたけど、寮の人はだいぶ少なくなっていたので、なんとなく寂しい……私はまた先輩方に撫でられていたけどね……
翌朝……スッキリ目覚めていつものランニングをしていたら、早速どこかの馬車が到着して、ご令嬢がまた一人帰省するために荷運びをしていた。
……ああ昨日頭を撫でていた先輩だ。
私に気付いて手を振ってくれたので、走りながら手を振って別れを告げた。
姉様が言うには朝食をゆっくり食べるくらいで丁度いいと言っていたので、エントさんの来る時間は把握しているみたい。
ランニングも済ませ、帰り支度をしながら忘れ物がないか確認もしたよ。
杖は懐にあるので、魔物が出てもこれで戦える。
もう昔の臆病な私ではないのです。
……でも、できれば……平和に帰りたいです。
食堂ではフォルナちゃんが待っていてくれた。
ユエラさんがお兄さんに時間を確認してくれたようで、恐らくもう少ししたら男子寮に着く頃だろうと言っていた。
なのでお弁当を頼んだらしい。
私は普通に姉様と食べるので、少し寂しい……
「フォルナちゃん、気を付けて帰ってね」
「うん、シィナちゃんも気を付けてね……またお休みが明けたら会おうね」
「あ、昨日の荷物忘れないでね……それから……」
「フォルナお嬢様、つい先程男子寮に着いたようです。お弁当も頂きましたので、そろそろ……あ、シィナお嬢様、慌ただしくしてしまい申し訳ありません」
「いえ、ユエラさんも気を付けてください……フォルナちゃん、またねっ」
「うん、またねっ!シィナちゃんっ」
フォルナちゃんとユエラさんが食堂を出て行ったので、更に寂しくなる。
ただ姉様が入れ替わりに食堂へ来てくれたので、泣かずに済んだ……
「大丈夫、すぐにまた会えるから……」
「……はいっ、姉様も早く注文してくだいっ」
「はいはい……朝から元気ね」
「姉様の妹ですからっ」
「ふふっなにそれっ?」
朝食をゆっくり食べて、談話室でお茶をしていたらエントさんが予定通りやってきたみたい。
久しぶりに合うエントさんがなんだかとても懐かしく感じる。
一緒に新人護衛のマルムさんも来ていて、荷物をあっという間に馬車に運び終えてしまった。
マルムさんはなんだか一回り大きくなっていた気がした……数ヶ月でここまで変わるのだろうか……聞いてみたら原因はお祖父様のせいだった。
お祖父様の護衛の特訓の成果です、と誇らしげに言っていたけど……頑張ったんだね……あまり深くは考えないようにしよう。
最後にマイヤーレ寮長に「行ってきます」と言って、荷物も忘れずに運んで貰った。
馬車に乗り込み、学院を出ていく……ちゃんと家紋入りの短剣も持っているので、あとはリンドブルグへ向かうだけだっ…………と思っていたけど、一度喫茶店に寄るそうだ。
すぐに喫茶店に着いたので、一応私も挨拶しておく。
まだ朝なので誰も並んではいないけど、厨房では仕込み中で忙しそうにしていた。
「シィナお嬢様おはようございます、皆っシィナお嬢様だっ!挨拶っ!」
「「「おはようございますっ!」」」
「お、おはようございます」
「本日のお弁当でございます、シュアレお嬢様から照り焼きバーガーをと言われましたので、先程作りたてでございます。エント殿、こちらを……」
「はい、助かります。こちらはゾーイ奥様から預かっていた文です」
……照り焼きバーガーか……なるほど。
いつの間にか姉様が手回しをしていたようだね……さすが姉様。
用事も済んだようで、私はまた馬車へ戻る。
車内は照り焼きの匂いで堪らない……さっき朝食を食べたばかりなのに、この香りは反則だよ。
喫茶店の従業員全員が外に出てきて手を振ってくれた……中でもモーガンズ料理長は朝から元気だった。
ようやく王都の検問所を出て、リンドブルグへ向かう。
馬車は来る時に比べたら大して荷物は多くないので、快調に進んでいく。
照り焼き香りが凄いので窓を開けると、爽やかな自然の匂いがした。
夏の匂い……今日はそこまで暑くない、カラッとしていて風が気持ちいい。
さあ、帰るよっ!魔物は別に出なくていいからねっ!
いいスピードが出ているので、どのくらいで到着するのかはわからないけど、一つだけわかっていることがある。
お馬さんの水やり係をするのは私です。




