第20話
……ここは修練場。
私は予想外の事態に驚いていた。
ジッド先生の放った土魔法は、土の塊を飛ばして離れた的に命中させた。
ファフダン先生の使った魔法は火……同じように火球を飛ばして的に当たって燃えはしなかった。
先生方が使った魔法はたぶん低速循環の魔法だろうから、別に問題はなかった。
でも驚いたのは周りの生徒の魔法。
魔力制御をして使うのは、どれも生活魔法程度。
結構髪の色の濃い生徒の魔法も生活魔法より少し強い程度。
フォルナちゃんも真剣に水魔法を使っているけど、水球は小さい。
どうしよう……普通に魔法を使ったら騒がれる可能性が高い。
抑えたほうがいいのかな……でもそれじゃ私の魔法の勉強ができない。
そんな時、予想外の人物から声を掛けられた。
「おい、そこの黒髪……お前魔力は多いんだろう?我に見せてみよ」
……あ、第三王子の…………なんだっけ?……え〜……ドノヴァン殿下だ。
危ない……不敬罪で殺されるところだったよ……
「……ドノヴァン殿下にお見せする程ではありませんよ」
「……我が見たいと言っているのだ、見せよ。……それともその黒髪は見せかけばかりなのか?」
「ちょっと、ドノヴァン殿……彼女に対して失礼でしょう?」
「テオドルド殿も気になっているであろう?黒髪なんてどのくらいの魔力を持っているのか……いや、この学院の全員が気になっている筈だ、黒髪なんて見たことも聞いたこともないんだからな」
「それは……確かに気にはなっていますが……あ、あのシィナさん、あまり気にしないで下さいね」
「ええ、お気遣いくださり感謝いたします、テオドルド殿下」
「…………う、うん……」
いつの間にか周囲は事の成り行きを見守るようにこっちを見ていた。
いいから自分の魔法を練習していてよっ!
それにしても……この第三王子は面倒だね。
「……ドノヴァン殿下、私の魔力が気になるのでしたら、殿下の魔法を先に見せて頂けますか?」
「ほぉ……我の魔法が気になるか……いいだろう、見せてやる」
「ちょっとシィナちゃん、それはドノヴァン殿下に失礼だよっ」
「いいのいいの、だってドノヴァン殿下は普通に接して欲しいらしいから、これくらい失礼になりませんよね?」
「……ふふっ……ああ、その通りだ黒髪の……見た目より肝が座っているようだな……」
こういう時は最初が肝心……多少強気に言ったけど成功したようだね。
そうして一歩前に出たドノヴァン殿下は魔力制御をしているのだろう、目を閉じて集中していた。
王族の魔法はどんな感じかな……髪も濃いし強いよねっ?
「……火魔法でいいか?」
「ええ、存分に放ってくださいっ」
「………………ふん、見ていろ、これが我の魔法だっ!」
火球が現れ、的に向って勢いよく放たれた。
魔法は的に命中してボウボウと燃えだした。
周囲は拍手が起こり、王子様がドヤ顔になった……でもその時、風が起こって煙がこっちに来たので私は扇風機の魔法でサッと的の炎を消し去った。
「煙は吸われませんでしたか?ドノヴァン殿下、テオドルド殿下……」
「…………ああ。…………お前……」
「……凄い……シィナさん今のは風魔法ですか?」
「ええ、煙は体に悪いですからね……ドノヴァン殿下、これで宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。…………シィナ嬢……我が国に来ないか?我の……」
「お断りします、では私は魔力制御の練習をしますので、さようなら」
「うっ??」
「ほら、ドノヴァン殿、シィナさんの邪魔になるからあっちへ行こうっ」
「あれっ?我の……誘い……」
第三王子は第二王子が連れて行ってくれたので安心した。
何を急に馬鹿な事を言っているのだろうか……ああ、馬鹿なのかな?
「シィナさんっ、先程の魔法は風魔法ですか!?」
「今度は誰っ?うっ、ジッド先生……か、風魔法ですが……何か?」
「あんな風は見たことありませんっ!普通の風魔法はこうですっ」
前方に風が巻き起こり、パラパラと砂が的の方へ舞っていく……
うんそうだね、普通の風魔法はそんな感じだね。
「もう一度先程の風魔法をお願いします。魔力はまだ大丈夫ですよね?」
「はぁ、いいですけど……」
また的に向って手を向けて、換気扇ならぬ扇風機のように風を発生させる。
私の扇風機魔法は風が集約されているので、土埃は立たないし、砂も舞っていない……あ、的の台座が折れちゃった。
もう止めよう。
「素晴らしいですっ!是非私にもご享受頂けませんかっ!?」
「ジッド先生っ!1年生相手に何を言っているのですかっ!?」
「ですがエレアーレ先生、シィナさんの魔法は素晴らしいのですよっあんな風を生み出す思考が素晴らしの一言ですっ!しかも杖も無しに……」
「……もしかしてシィナさんは魔力制御を早くする事が出来ていますか?」
「えっと、はい……」
もう先生方が集まってしまって練習どころじゃなくなった……
私は一人エレアーレ先生と一緒に修練場の奥で見てもらえることになった。
皆騒がせてしまってゴメンね……あの馬鹿が悪いんだよ……
もう私の中で第三王子は馬鹿認定してしまった。
というか段々腹が立ってきた。
私の目的の邪魔になるなら完全にアレは敵です。
「先生、第三王子が絡んできたら威嚇してもいいですか?」
「……い、威嚇も使えるのね……さすがゾーイ・リンドブルグ様の娘さんね」
「母を知っているのですか?」
「直接は知りませんが、学院に逸話が色々と残ってるのですよ……」
「逸話……」
「それは今は置いておきましょう、今は貴女のことが最優先です。威嚇は……なるべく抑えてください、どうしようもなければ学院内でなら構いません」
よし、担任の言質は取ったよ。
今度から遠慮なく威嚇しよう。
「それで魔力制御はどのくらい出来るのですか?」
「ゆっくり、普通、高速、もっと高速、もの凄く高速……くらいは出来ます」
「なるほど……少し水魔法を使ってみてください……普通ので」
「はいっ」
以前のように大量の水球を目の前に出してみる。
これくらいなら簡単にできるのだ。
「ま、魔力は大丈夫ですかっ!?枯渇になっていませんか?」
「いいえ、これくらい何度でも出せます、ほら……」
正面だけでなく、上空や左右にも水球を出しまくってから風魔法で水球を1つにまとめていく。
私の体より大きい水球の出来上がりだ。
「……こんな事までできるのですね……驚きました」
風魔法で以前お母様がやってくれたように上空へ水を持ち上げていく。
そして別の風魔法で……一気に水球を弾けさせると、虹が出来上がる。
よかった、上手くいった。
「まぁ…………綺麗な虹……」
離れた生徒からも見えていたようで、歓声が沸き起こる。
また目立ってしまった。
……自重したいけど、どうしたらいいのか……
「……シィナさん、貴女の事は少し待っていて貰えるかしら、教師間で話し合いが必要と判断しました」
「はぁ、私は基礎勉強より魔法をもっと学びたいのです。特に無属性魔法を」
「……分かりました、シィナさんの意向は理解しました。悪いようにはしませんから、もう少し待っていてください」
「はい、宜しくお願いしますっ」
「……まだこんなに幼いのに……よくここまで努力しましたね……」
「いえ、まだまだですっ」
こうして授業初日は色々と起こってしまい、慌ただしかった。
フォルナちゃんは虹を見てはしゃいでいたし、第三王子の視線は痛いくらいだし……何故か第二王子もこっちを見ていたし……はぁ……疲れた。
お腹も空いたし、甘い物も欲しい。
その日の夕食はフォルナちゃんと一緒にお弁当にしてもらった。
私の記憶の事を説明するからね。
と言っても、私の人格とシィナちゃんの意識の事は内緒にしておく。
ただ記憶を失って文字も、勉強も、家族の事も忘れてしまった事を話した。
その際に六年生の分まで間違って勉強したことも話したら、理解はしてくれた。
フォルナちゃんはどう感じたか知らないけど、私を抱きしめて涙を流してくれた。
この子は私には勿体ないくらいとてもいい子だ。
ずっとこれからもお友達でいてくれるとありがたい。
そして次の日の朝、いつもの様にランニングに向かう途中で寮長から意外な言葉を聞くことになった。
「シィナさん、貴女は今日一日この寮で自習しているようにとの通達がありましたよ、一体何をしたのかしら?」
「あ〜……説明した方がいいですか?」
「是非」
うっ……別に悪い事をした訳じゃないよ?……マイヤーレ寮長の目が怖い……
一応軽く現状を伝えてはおいた。
六年生分の勉強が済んでいて、魔法はジッド先生が教えを乞うような事態になっていることも……
マイヤーレ寮長は一応信じてはくれたので、お説教とかはなかったので良かったよ。
まぁ、自習の方が眠くならないからそっちの方がいいか……
ランニングを軽くしてから、一度フォルナちゃんの部屋をノックする。
「……シィナお嬢様?朝早くにどうされました?」
「あ、ユエラさんからフォルナちゃんに伝えて下さい、今日私は部屋で自習するように言われたから、今日は一緒に教室に行けないって伝えてください」
「かしこまりました、お伝えしておきます」
「それじゃ、宜しくお願いしま〜す」
私は自室へ駆けていく。
はぁ……フォルナちゃんと一緒なら楽しいのに……
自習って言われてもどうしようかな。
「レーア、私は今日部屋で自習してるように言われたから、朝はお肉のお弁当にしてもらえる?」
「はぁ、かしこまりました」
「あ、あと卵も買ってきてくれると嬉しいかも」
自室に戻った私はレーアに色々と注文した。
どうせならアレでも作ってみよう。
朝食をレーアと食べて、お茶もまったりと楽しむ。
ズル休みしているみたいで少しだけ罪悪感がある感じ……
レーアは洗濯をしに部屋から出て行ったので、少し準備をしよう。
ボウルと泡立て器……卵と塩、それから市場で買っておいたお酢。
えっと……あとは油があれば出来る筈。
私はまたひたすら泡立て器でボウルの中身を混ぜ混ぜする。
油も少しずつ入れて混ぜ混ぜ混ぜ混ぜ……腕が疲れても混ぜ続ける。
以前王都に来る時に買った胡椒のようなスパイスと、少し残っていた酸っぱいレモンっぽい果物……ええとセンカだ。
少しだけセンカの果汁も足して出来上がり〜。
オリジナルのマヨネーズ……少し味見をすると完璧です。
卵が新鮮で濃厚なので、いい感じにできた。
瓶に詰めて、魔石冷蔵庫へしまっておこう。
忘れないようにレシピも書いておく。
これで喫茶店の料理長に渡しておけば作ってくれるだろう。
私の暇潰しの料理は終わらない、次は味噌汁に挑戦だ。
出汁は干しキノコを使って、ゆっくり火をかけていく。
お野菜も切って、味噌味の調味料ボボンを使って少量だけど味噌汁を作ってみる。
少しずつ椎茸っぽい出汁の匂いがしてくる……お出汁最高っ。
椎茸茶でも出来そうだね、椎茸じゃないけど。
でも今回はお味噌汁っ、お豆腐がないけど、野菜多めのお味噌汁〜。
ああっ……何年かぶりの和風の匂いっ!
少し涙が出てくるくらい懐かしい。
お椀がないので、ティーカップに注いで味見する。
……少し味噌が薄いけど、これは間違いなくお味噌汁……減塩タイプっぽい。
よし、もう少し多めに作ってお昼のスープ代わりにしてみよう。
レーアは気に入ってくれるかな?
さっき使ったセンカの実が残っているからセンカティーも作っておこう。
シュアレ姉様も美味しいって言ってたし。
私はひたすら料理を作っていく。
卵もまだあるし、リカンケーキのアレンジ版も作ろうっ!
結局午前中はずっと料理をしていたので楽しかった。
(………………)
……うん、ただの現実逃避も兼ねているからね。
ハハハ……どうなるんだろう……学院生活……
レーアに昼食のお弁当を頼んだので、そろそろ帰って来るだろう。
昼食の用意も完璧っ。
色々と作ったから試食も兼ねるのだ。
そうして待っていたら、なんかレーア以外に大勢が部屋にやってきた。
「シィナ、自習は暇でしょ?大丈夫?」
「シィナちゃん、昼食は一緒に食べよう?」
「なにか変わった匂いもしますね〜」
フォルナちゃんにシュアレ姉様、ティータ先輩が私の部屋にお弁当を持ってやってきた……正直嬉しい。
「いらっしゃい、少し料理をしていました。新作を味見してもらえますか?」
「……以外に元気ね……あっそれリカンケーキ?」
「姉様、これはリカンの実の代わりに別の果物を使いましたので別物です」
「シィナちゃんの新作料理……」
「シィナちゃん、私も食べてい〜い?」
「ティータ先輩もどうぞ味見をしてください、レーアお願いね」
「かしこまりました」
お味噌汁に、マヨネーズ、センカティーになんとかの実のケーキ。
皆は色々と試してくれた。
……お味噌汁じゃなくてボボン汁か……あんまり響きが良くない。
「このスープは変わった味でとても美味しいです」
「野菜がたくさんで食べ応えのあるスープね、美味しいわ」
「温まります〜」
「それにこの……マヨネーズ?凄く美味しいわ……野菜と合わせて食べるのも美味しいっ」
「姉様、マヨネーズは美味しいですが、ほぼ油なので食べ過ぎると肥えますので注意です」
「うっ……こんなに美味しいのに〜……肥えるのはちょっと……」
「少量なら大丈夫ですよ、ティータ先輩」
「シィナちゃん、このお茶も凄くサッパリして美味しいですっ」
「酸味のあるお茶、美味しい〜」
食事は皆と食べると楽しいね。
「シィナお嬢様、このケーキも切り分けておきました、皆様どうぞ」
「ちゃんとレーアの分もある?」
「はい、後で頂きますね」
ケーキも皆満足してくれたようで嬉しかった。
よし、このレシピも喫茶店に提供しよう。
3人は私の新作料理に礼を言ってから午後の授業に向かった。
レーアと一緒に後片付けもしたし、少し昼寝でもしよう。
午後からは、マイヤーレ寮長にランニングの許可を貰ってから走りに行った。
今日は女子寮じゃなくて本校舎の周りを走ってみよう。
女子寮よりも大きいので一周するのも大変。
だけど色々と確認も出来たので面白かった。
本校舎の裏手にある建物は研究棟と呼ばれていて、要は部活で使う部室棟の様な物らしい。
シュアレ姉様から聞いていたので、実際に間近に見るだけでも面白い。
それから講堂の場所や、魔法の修練場を外側から見るのも良かった。
外側から中の様子も少し見れて、昨日のように他の教室の魔法授業を少しだけ隙間から覗き見れた。
ちゃんと外壁があるので、私に魔法は届かないから安全だし。
一階の壁際を走っているので、他の生徒には見つからないだろう。
私は二時間ゆっくりランニングを楽しんだ。
景色が違うとランニングは楽しいのです。
部屋に帰ってきてからは、軽くタオルで汗を拭いてから魔力制御の練習。
さて、今日は無属性魔法の挑戦をしよう。
未だに無属性魔法は使えていない。
お母様の遠視の魔法……それくらいしか情報はないので、どうにか習得してみたい。
なんとなく使えそうな気はするけど、そのコツも分からないのが現状。
高速で魔力を巡らせた状態で、窓から外を見る。
……特に視界に変わりはない。
目を凝らしてみたり、細めてみても何も変化はない。
遠くの建物だけの一点をジッと見つめていると、変化はないけど……なんとなく出来そうな感覚がある。
……その感覚はあるけど変化はない。
何が足りないのかが分かれば対処できると思うけど……それが分からない。
お母様はなんとなくできたとしか言わなかった。
なんとなくでできるものなのだろうか?
…………よし、今日は終了っ!分かりませんっ!
無属性魔法に詳しい先生とかいないかな?
暇だったので、マイヤーレ寮長に突撃してみた。
「マイヤーレ寮長、少しお時間いいですか?」
「あら、シィナさん。もう走るのはいいの?」
「ええ、二時間走れましたので十分です」
「そうですか、ええと何か用事かしら?」
「無属性魔法に詳しい先生はいませんか?」
「無属性…………居たのだけれど、何年か前に病気で女神様元に行ってしまいましたね〜」
「そうですか……残念です」
「……シィナさんは無属性魔法に興味があるのかしら?」
「はい」
「学院の図書室に何冊かあったと思います、無属性魔法の事が書かれた物が」
「本当ですか?図書室とはどこにあるのですか?」
「まだ知らないのですね。ええと〜、講堂から右の奥が図書室です」
「マイヤーレ寮長、図書室へ行っても宜しいでしょうか?」
「ええ、図書室は誰でも使えますからねぇ」
私は本校舎へすぐ向かった。
少しでも手掛かりがあれば無属性魔法を使えるようになるかもしれない。
私服だったけど、授業じゃないからいいよね……
私は講堂前に着いてから修練場とは逆の方向へ進んで行く。
しばらく歩くと、修練場と同じ扉が見えてきた。
扉には王立学院図書室のプレートがあったので、一応ノックしてから扉を開けた。
「……失礼しま〜す」
図書室の中には人の気配は感じない。
完全に静まり返って、紙とインクの匂いがする。
ここは図書室だったのか……さっきランニングをしてこの場所がなんなのか分からなかったからね。
修練場とたぶん同じ大きさがあって、この本校舎は左右対称に造られていると思う。
あっちの世界の小学校の図書室とは訳が違う。
市立図書館の広さ……それ以上かもしれない。
二階……いや、三階くらいの吹き抜けになっていて階段もあり、壁には本棚がびっしりと設置されている。
凄いとは思うけど、どうやって目当ての本を探そう?
そもそも分類とかされているのだろうか……司書さんっていないのかな?
入口付近には受付のような場所もある。
誰か居ないかな?……だけど人の気配はやっぱりしない。
……少し見てみるか。
ゆっくり歩いて、一階部分の本の背表紙を軽く見て行く。
歴史……歴史……歴史……一応分類はされているっぽい。
ここから魔法関係の本を見つけだそう。
ひたすら背表紙を確認する。
ここは言語……こっちは農業、動物、植物……植物……植物。
……私は本が好きだ。
半分は睡眠導入剤の為だけど、もう半分は何の為にこの本が生まれたか考えるのが好きなのだ。
中身を読んで、この本がどういう人に向けた本なのか考えたりするのが楽しい……もしかしたらこんな考えを持った人は私だけかもしれないけどね。
ちょっとした趣味かな。
なかなか魔法のコーナーに辿り着けないでいるけど、意外と楽しい。
そしてしっかり分類してあるので確信する。
これは司書さんがちゃんと居ると……
こんな大量の本がしっかり整頓されてパッと見てもホコリもない。
必ずここを管理している人が居る。
……一旦戻ろう。
膨大な量なので、魔法のコーナーを探すだけで一人だと数日掛かるかもしれない。
入口の扉まで歩いていくと、今度は人の気配がした。
いつの間にか図書室に入って来たのだろうか。
すると、さっきの受付に誰かが座っていた。
「あの〜すみません」
「あらっ、誰か居たのですね、驚きました………………黒い髪……」
「あ、勝手に入ってしまい申し訳ありませんでした、私は一年生のシィナ・リンドブルグと申します」
「貴女がシィナさんですか、職員の間でも噂になっていましたよ。黒髪の天才さんっ」
「黒髪の……天才って……」
「あら、私としたことが……ここの図書室の司書をしております、ゲルド・ミシュレンと申します」
メガネのよく似合うおばさんで体はかなり細い……なんというか、本の虫って感じの人だ。
やっぱり司書さんが居たので安心したよ。
「あの、ゲルド先生、無属性魔法の書かれた本があるとマイヤーレ寮長から聞いたのですが、どこにあるか分かりますか?」
「勿論。……案内しましょう、それが私の仕事ですので」
ゲルド先生が階段を登って行くので、私もついていく。
一階を探していたら一生見つからないところだったよ……
「魔法の本の分類は二階なのですか?」
「いいえ、魔法関連の本棚は一階にありますよ。無属性魔法の研究資料は二階に保管してあります」
なるほど……研究資料なんかは二階なのか。
少し分かりづらいよ。
「分類別の表示をした掲示板とかは作らないのですか?」
「…………なるほど……それは思い付きませんでした。……作ってみましょう、いい考えですシィナさん」
「案内図があれば生徒も使いやすいかと思っただけです」
「……ふふっ、黒髪の天才か……なるほど、理解しました」
「私は天才ではありませんよっ」
「その案内図?などの視点を持てる時点で凄いと思いますよ……ええと、無属性魔法は……」
そういえばこの世界で案内図とか見たことなかったね……
寮とか本校舎とかでも見たことがない。
あっちの世界ではスーパーとかにも普通にある物だけどね。
「ありました、ここから……ここまでが無属性魔法の研究資料です、持ち出しは禁止。読むならそこの机でお願いしますね……」
「はい、ありがとうございますっ」
「……シィナさん、先程の案内図とはどう作ればいいと思いますか?」
「…………紙と書く物があれば大体の感じは描けると思いますが……」
「そうですか、では少しお願いしても宜しいでしょうか?」
「はい、では机で研究資料を読んでいますね」
なんか頼まれちゃったけど、まぁいいか。
早速研究資料を少し取り出して、机で読んでみよう。
ちゃんと読むスペースもあるから、この図書室なら入浸ってもいいくらいだね。
研究資料なので、本にはなっていない。
丸めた紙や、紙束になっているだけだけど、今の私にはこれで十分。
適当に選んで読んでいく……
無属性魔法を使える人から聞いた発動条件……いきなり本命の事が書かれている紙を引き当てた。
……ここに書かれているのは……早く走る事が出来るようになった人の調書……かな?
早く走る魔法?そんなのもあるんだね……でも使う事は出来ても、どう発動しているか、肝心な発動条件があやふや。
お母様のようになんとなく出来る……そんな感じの内容しか書かれていない。
これはハズレ……また別の紙を見るけど、こっちはこれを書いた人の考察……こうだったらいいな、みたいな感想しか書いていない……
これを書いた人の資料はハズレな気がする。
でもどういう無属性魔法があるのかは分かるので、適当に流し読みをしていく。
腕力が強くなる魔法……お母様とは逆に近い物を細かく見れるようになる魔法……顕微鏡とか虫眼鏡みたいな魔法もあるようだね。
何枚か読んでいて少し気付く。
どちらかと言うと、体を強化する魔法が多い気がする。
視力、聴力、脚力、腕力…………身体を強化をするような無属性魔法がよく出てくる。
でもこの資料には、離れた物を掴んで引き寄せるような無属性魔法も書かれていた。
なんというか統一されていない感じ……人の数だけ色んな無属性魔法があるのかは知らないけど、いまいち法則が分からない。
まぁ、どういう無属性魔法があるのか分かっただけでも収穫はあった。
「シィナさん、これに描いて貰えるかしら?」
「……あ、はいはい」
いつの間にかゲルド先生が後ろにいたので少し驚いた。
この研究資料はゲルド先生に戻しておいて貰った。
その間にサラサラっと見取図的なものを書いてみる。
図書室の間取りは知らないので、本校舎の間取りを分かる範囲で書き込んでいく。
寮から続く渡り廊下……大広間に階段……講堂、左右に修練場と図書室。
図書室は別で書いて……本棚を適当に書いて……各本棚に名称を書く。
よく見る案内図もどきが完成された。
内容は適当だけど、正確な間取りと名称を書けばそれっぽくなるだろう。
「こんな感じでどうでしょう?」
「……まぁ、これは校舎の地図ですね。こっちは図書室……まぁまぁまぁ……」
「細かい間取りとか名称を書けば案内図として使えますよね?」
「ええ、これは画期的な地図……案内図ですねっ、これなら誰が見てもよく分かります」
「私の行った事のある場所しか分かりませんが、マイヤーレ寮長とかゲルド先生なら間取りとかも分かりますよね?」
「はい、この案内図を参考にして少し描いてみますっ、ありがとうございますシィナさん」
「いえ、これくらいなら……」
気付いたらもう夕方になっている。
研究資料を読むのに少し集中していたみたい。
「今日はそろそろ戻りますね、またこの続きを読みにきますねっ」
「ええ、シィナさんは大歓迎です、またこの案内図を相談させてください」
とりあえずゲルド先生には気に入られたようです。
もしかしたら毎日来るかもしれないので、図書室の主には気に入られて損はない。
そのまま本校舎を出て寮に帰る。
そうしたらマイヤーレ寮長に捕まって、明日の事を聞かされた。
普通に制服を着て教室に来るようにとの事。
何かあるのだろうか?
先生方が黒髪の天才とか言っていたらしいので、少し怖い。
この日はまたお弁当を頼んで、部屋で食事を食べた。
なんか逃げてるみたいでなんとなく嫌だな……




