第1話
今はたぶん真夜中……やっと家族から開放されてようやく1人になれた。
疲れたけど現状の整理を少しだけしよう。
まずはこの体だ……6歳くらいだと思っていたこの黒髪の美少女……
自分で美少女と言ってもいいくらいの美少女だ……年齢は8歳のよう。
それに……未だに自分の体だと思えないので、他人にも思えてしまう。
元の私の体は18歳……10歳も若返ってしまっている。
ちなみに元の私はこんなに美少女ではなかった……
13歳で難病に掛かってしまい、5年の間で痩せこけた私は……結構限界だった……体も、心も……治療療法が確立していない難病……長い名前だった、もう覚えていない。
難病には番号が振られているけど、正直私は覚えたくもない数字だ。
光の見えない闘病生活は、先に心が病んでいった……唯一の心の支えのお父さんとお母さんもきっと疲れ切っていた筈だ。
会いたい……お母さんの泣き叫ぶ姿が瞼に焼き付いているの……でもここにお母さんはいない。
…………涙が流れる……こういう時はさっさと眠りたいけど、今日はまだ眠気が来ないので現状の確認をしましょう。
この体はシィナ……シィナ・リンドブルグ。
まだ体は違和感しかないけど、この8歳児は家族に愛されている。
父親のデール・リンドブルグ 38歳。
母親のゾーイ・リンドブルグ 38歳。
長男で私の兄、ヒルク・リンドブルグ 18歳。
次男で私の2人目の兄、ダリル・リンドブルグ 15歳。
長女で私の姉、シュアレ・リンドブルグ 13歳。
最後に私……シィナ・リンドブルグ 8歳。
……ああ、祖父に当たる人もいるようだけど、今は何処かに……出張?してこの家には居ないようだ。
7人の大家族だ……元の私はお父さんとお母さんの3人家族だったので7人は十分大家族と言ってもいい。
私は手鏡を見てつい言葉にしてしまったのだ……私は誰?……と。
そこからこの家族から問い詰められた……家族の名前がまったく言えないので、即バレしてしまった。
まだ私の人格のことは話していない、記憶喪失ということに話を持って行ったのだ。
そこから自己紹介が始まってしまい、スープを飲みながら必死に名前を覚える事になってしまった。
それから……この家族は全員が美形……父親はイケオジだし……兄2人はマジでイケメン……母親と姉も美女と言っていい……
一応心は思春期な私……異性の耐性もないので正直ドキドキしてしまう。
兄2人と姉のスキンシップが激しいの……これまでの人生で一番カッコいいと思える男性2人からあんなにベタベタされたら……勘違いしてもしょうがないと思いませんか?ねぇ奥さんっ?
……この家族は……少しだけ愛が重いのです。
それと、この黒髪は以前は違ったらしい。
前はもっと薄い金色だったらしいのだ……私がこの体に入ったせいで髪の色が変わったのだろうか?
いまいち状況がよく分からない……どういう経緯で髪の色が変わったのだろう?
そして……自己紹介の最後に……私には衝撃の事実を目の当たりにする事になったのだ。
日が暮れて部屋が薄暗くなってきた時に、メイドのレーアさんが部屋の明かりを点けてくれたのだが、その方法が衝撃的だった。
レーアさんの手が光り、壁に埋まっている何か綺麗な宝石のような物に触れると部屋の中が明るくなったのだ。
蛍光灯的な物が一切ない部屋が光ったの……光源がないのに明るくなったせいで、私は祖父の名前などを聞きそびれてしまった。
レーアさんに聞いたところ、生活魔法で明るくしました……と言っていたけど、魔法という言葉に衝撃を受けてしまう。
つまり、ここは……この世界は、元の世界とは別の世界ということになる。
私はまた青ざめてしまい、自己紹介は終わったのだった。
……もうお母さんとお父さんには会えないのだろうか。
私はこの世界……魔法のある世界で一人で生きるしかないのだろうか。
そんな漠然とした不安で頭がいっぱいになってしまった。
どうして私はこんな子供の体に……意識だけ居るのだろうか?
本物のシィナちゃんの意識はどこに居るの?
元の私の体と交換になったのなら……最悪だ……もう限界だったのだ、あの体は……
シィナちゃん……ごめんなさい、今の私は謝ることしかできないよ……
(………………)
え?……何か聞こえる…………囁くような小さな声……誰?もしかして……シィナちゃん?
(………………)
ああっ……そこに居たんだね……良かった、あっちの体に行かないで本当に良かった…………ごめんなさい、シィナちゃんの体を勝手に動かしちゃって……
シィナちゃんとは少しだけ話をして……少し仲良くなれた気がする。
体をシィナちゃんの意識に渡したいけど、方法が分からない……そもそもそんなことが出来るのだろうか?
魔法という不思議な力がある世界なら出来そうだけど、今は無理かもしれない……もう少しシィナちゃんには我慢して貰うしかない。
魔法ってどうやって使うのかな……私にも使えるのだろうか。
答えのない事を考えていたら、自然と眠気が私を誘う……
もう夜中なら、この8歳児には限界だろう……今日はもう眠ろう……
もしかしたら夢を見ていただけかもしれないと思いながら私は眠りについた。
「シィナお嬢様……」
声が聞こえたので私は瞼を開く。
お嬢様と呼ぶのはレーアさんだけ……優しい表情で私を起こしてくれる。
「おはようございます……レーアさん」
「おはようございます、シィナお嬢様」
快眠だった……こんなによく眠れたのは何年ぶりだろう……
体が楽なので、私はベットから出て自分の足で立ってみる。
そういえば昨日はベットから出ていない気がしたのだ。
普通に歩ける……痛みも苦しみもない……元気な体って最高だよ。
「シィナお嬢様、どうなさいました?」
「体が動くのが……嬉しいの」
「……ええ、私もシィナお嬢様の元気な姿を見られて……本当に嬉しくて」
レーアさんはまた涙ぐんでしまった……
ごめんなさい本物のシィナちゃんじゃなくて……
「ではシィナお嬢様、お着替えをしましょうか」
「え?あ、はい……」
「本日はコチラの衣装に致しましょう」
なんかフリフリの……可愛いピンクのドレスが……これを着るの?
まるで……夢の世界のお姫様が着るような……えっ?本当にこれを私が着るの?ムリムリムリムリっ!こんな可愛いの着れませんっ!
「レーアさんっ!?他に……もう少し落ち着いた感じの服はありませんか?」
「落ち着いた感じ……ですか?…………いえ他の衣類も似た感じですが」
「ううっ…………そ、そうよ、私の黒髪ではきっと似合いません」
たぶんこのドレスは髪の色にも合わせた物だろう……私の黒髪には……たぶん似合わない筈…………たぶん。
「そう言われると……今のシィナお嬢様の髪の色にはもっと別の色合いが良さそうですね……旦那様や奥様にご相談致しましょう」
「そ、そうしてくれると助かります……」
「ですが数日はここの衣装を着て頂きます。もしかしたらこの衣装も以前と同じ様にお似合いになるかもしれませんからっ」
……メイドのレーアさんは私にこの可愛いドレスを着せたくて仕方ないように見える……レーアさんはまだ20台前半だろうか……まぁ気持ちは分かる気がする、お人形さんの着せ替えを楽しむ感じなのだろう。
私の体は……シィナちゃんは可愛いのだ……でも……中身は私なの。
高校生がお子様向けの魔法少女コスプレをする感じ……まぁそういう趣味の人はいるかもしれないけど…………ああっ!とにかく私には似合わないのっ!
……レーアさんと一緒に部屋を出て、家族が待つ食堂へ向かう。
朝食の時間は朝の鐘が鳴る時……らしい。
時計ってないのかな?たぶん朝7時くらいだと思うけど……
初めて部屋の外へ出て、歩き続ける。
なんか……この家……屋敷?大きい気がする。
今は2階にいるようで、上に上がれる階段があった……食堂は1階のようで、レーアさんの後ろをついて階段を降りていく。
階段の下は大広間になっていて、とても広い……まるでファンタジーのお城のようだ。
そして歩きにくい……大きいスカートが邪魔で転びそうになる。
こんなドレスを着たこともないので……正直疲れるの。
私は結局このフリルが多くて可愛いドレスに着替えさせらえたの……
「……シィナお嬢様、歩き方もお忘れになられたのですね……ここを摘んで少し持ち上げるのですよ」
「こ、こう?」
「そうです、それ以上は上げてはなりませんよ」
……面倒だけど一つ一つ勉強するしかない……そして今更だけどこの家は何?
なんというか……格式高いというのか……ただのお金持ちの家?……今日は色々と確認しなくちゃ。
大広間へ降りて行き、また別の廊下を進んでいくと、いい香りがしてきた。
パンを焼く香りだ……焼き立てのパンって美味しいんだよね…………っていうかパンを焼いているのか……凄い。
お店で買うパンしか知らないけど、焼き立ては本当に美味しい……お腹も空いているので期待しておこう。
食堂に入ると、昨日自己紹介した面々が揃っていた。
凄く長いテーブル……初めて見るよ……
何人かのメイドさんたちが食事の準備をして忙しそうにしている。
「シィナおはよう、昨日はよく眠れたか?」
「シィナ、今日も可愛いわっ」
「シィナおはよう黒髪も良く似合っているよ」
「シィナ、おはよう」
「こっちへ来てシィナっ」
家族の5人が一斉に朝の挨拶をしてくるのでほぼ聞き取れない……
ええと……挨拶は大事だし、ちゃんと返さないと……
「お父様、お母様、ヒルク兄様、ダリル兄様、シュアレ姉様……おはようございます、お陰さまで昨日は良く眠れました」
また一斉に私に話し掛けてくるのでまったく聞き取れない……私は聖徳太子じゃないよ……とりあえずシュアレ姉様の隣っぽいので、そこの席に座るとしよう……
座ったのはいいけど……テーブルにはナイフやフォークなど沢山並んでいる。
テーブルマナーなんて知らない……確か外側から使うんだっけ?何かの映画で見たような……気がする。
この世界のテーブルマナーなんて更に分からないので、隣のシュアレ姉様を参考にしよう。
朝食はパン、スープ、卵焼き、ベーコン、生野菜などシンプルな朝食だけど、見た目は完璧……いい香り……美味しそうっ。
「では、今日も大地の恵みに感謝をして、頂こうか……皆、祈りなさい」
「「大地の恵みに感謝を……我らに糧をお与えくださりありがとうございます……」」
全員が手を組んで祈りだす……私もポーズだけでも真似よう。
チラ見しながら祈る……これも勉強です……祈った後は普通に食事が始まる。
シュアレ姉様を参考にして、行儀よく静かに食べる。
音は立てない感じで……
(………………)
ん?シィナちゃん?何?
ああ、この順番に食べればいいんだ、ありがとう教えてくれて。
シィナちゃんに感謝しながら食べ進めていく。
……うん、美味しい。
パンはフランスパンっぽくて食べ応えがあっていいし、スープには野菜と鳥肉っぽいあっさりしたお肉が入っている。
凄い……初めて見る野菜たち……シャキシャキして美味しい。
卵焼きはシンプルに塩で味付けされている、ベーコンもいい塩加減でパンが進む。
「はぁ……美味しいっ」
「……シィナ、お野菜食べられるようになった?大丈夫?」
「え?私って野菜食べられなかったの?」
隣のシュアレ姉様が心配している……シィナちゃんは野菜苦手だったのかな?
シィナちゃんは無反応……いや、ノーコメントといった所かな?
「お野菜好きになりました。スープの野菜も生野菜も美味しいよっ」
「お母様っ!シィナが天使のように可愛いですっ!」
全員がこっちを見て微笑んでいる……うん、無視して食べよう、私のお腹はまだまだ入るのだ。
そうだ……このパンにナイフで切り込みを入れてから…………バターを塗って…………残った生野菜と卵焼き、ベーコンをサンドする。
出来た、フランスパン風のサンドイッチ!
「シィナ、食べ物で遊んじゃダメよ?」
「遊んでないですよ?これはサンドイッチ……こうすると全部食べやすいの」
私は少し硬いサンドイッチを食べていく。
うん美味しい……けど少し物足りない、アレを追加したくなる。
「シィナのお皿全部綺麗になくなったわね、凄いよ」
「シィナはパンに挟んで食べたのよ、変わった食べ方だけど……」
「オレもやってみよう」
「お野菜食べられるようになったのは偉いわ」
「ああ、そうだな……娘の成長が嬉しいよ……」
サンドイッチで何故か騒ぐ家族…………確かに皆の皿には食べ残しが多い。
生野菜の切れ端とか、卵焼きの粒とか……まぁ許容範囲だけど。
我が家では日本人としてお米のひと粒も残さないように教育されたので、お残しは厳禁なだけ。
綺麗に全部食べると皿洗いも楽でいいんだよねぇ、生ゴミも出ないし。
小学生時代は私もよくお母さんの手伝いをしていたので、私にとってはこれが常識なのだ。
最後に果物を食べれば朝食は終わり。
リンゴと梨の中間のような……食べたことのない果物を頬張る……
甘くて美味しい……サッパリした甘みでこれ好きぃ。
終わりかと思ったら、メイドさんたちがお茶の用意をしてくれている。
食堂はお茶のいい香りで包まれていく……
朝食の流れも勉強です……私は色々と観察をして慣れないといけないの。
「皆、シィナの記憶のことだが……」
突然お父様が重要そうな案件の話をするので、全員が身構える。
私は一口飲んだティーカップを置いてお父様の方を見る。
「街の医者に診てもらうが、まだ病み上がりだ……もう数日は部屋で安静にしているように……いいか?シィナ?」
「はい、分かりました……お父様……ああ、少しだけ外を散歩してもいいですか?」
「散歩か……」
「アナタ、部屋に籠もりきりではシィナが可哀想ではなくて?」
「そうだが……ふむ……レーアと一緒に散歩するように……それから走ってはいけないよ……守れるかいシィナ」
「はいっ!守りますっ!」
「くぅ〜!俺に見回りの仕事がなければ一緒にいてやるのにっ!」
「俺もそうだっ!お父様っ!俺がシィナの側にっ」
イケメンの兄2人が少しだけ……愛が重い。
「ダメだ、お前たちは私と巡回だ……」
「お兄様方、私が代わりにシィナと共にお散歩いたしますわ!」
「シュアレは私と来て頂戴、街に行きますよ」
「お母様っ!?何故ですっ!私は妹と一緒がいいですわっ!」
「……妹の服を見繕いに行くのは嫌かしら?」
「服を?」
「先程レーアから黒髪に似合う服をと報告がありましたからね」
「黒髪に似合う……ああっ確かにっ!髪の色が変わったなら髪に合わせないと……お母様っ急ぎましょうっ」
「落ち着きなさいっシュアレ!」
姉も少しだけ、少〜しだけ……愛が重い。
レーアはいつの間にか服のことを相談してくれたらしい。
「あ、あのシュアレ姉様……」
「なぁに?シィナ?」
「私はもう少し落ち着いた感じの服がいいと思うのです……ええと、この服は少し可愛すぎると思うのですが……」
「…………そう?よく似合うと思うけど……ああでも、確かに黒髪には……」
お母様とシュアレ姉様が私を見ながらあれやこれと服の意見を言い合っていく。
お父様と兄様2人はもう食堂から居なくなっていた。
ズルい……私も開放されたいです……
約30分後にお母様とシュアレ姉様は一緒に出掛けて行った。
お父様と兄様2人も家には居ない……巡回ってなんだろう?警察官的な仕事をしているのだろうか?
この大きな家にはメイドさんが何人も働いている……男性も居るけど何ていうのかな?
まぁ、いいか……私は外に出たいのだ。
今はレーアさんなどここで働く人たちが朝食を食べている。
私はまだ食堂でお茶をおかわりしてまったりとしていた。
「シィナお嬢様、お待たせしました」
「もういいの?早くないですか?」
レーアさんは5分くらいで朝食を済ませたようだ……
「シィナお嬢様がやっていた……さんどいっち?でしたか?私もパンに挟んで食べたのです」
「ああ……それにしても早いですね、レーアさんもお茶にしますか?」
「いいえ、水分補給は済ませましたので大丈夫です……それよりあのパンに挟む食べ方は画期的ですっ!お皿も汚さずナイフやスプーンも使わないで食べるので後片付けが楽なのです。他の使用人たちも驚いていましたっ」
「手でパンを掴むので汚れも少ないですし、食材を余すことなく頂ける食べ方なので、生ゴミも出ませんからね」
「そうですっ!その通りなのですっ皿洗い係の者も今日は楽でいいと言っていましたよ」
レーアさんはテンションが高く、少し興奮気味で私にサンドイッチの良さを力説していく。
今まで誰も挟んで食べなかったのか……よく分からないけど、ちょっとした工夫で生活は楽になるのよね。
昔夏休みの自由研究でライフハックをまとめたけど……あれは面白かった。
目に見えて楽になることもあるので、確かに興奮するのも分かる。
「と、とりあえず家の周りでもいいから散歩したいです」
「はいっ、レーアがお供致しますねっ」
食堂を出て、大広間に向かう。
やっぱりデカイな……凄い家……たぶんアレが玄関扉かな?
スカートを持ち上げてスタスタと歩いていく。
扉を開けようとしたけど、レーアさんが先回りをして扉を開けてくれる。
「ありがとう、レーアさん」
「いいえ…………シィナお嬢様、私のことはレーアとお呼びください……以前はそう呼ばれていましたから……」
「……そうなんだ……ゴメンね、忘れちゃって」
「……シィナお嬢様がご無事でいてくれただけで私は幸せなのです、それにそのうち記憶が思い出すかもしれませんから、私にはお気遣いは不要です……さあ、今日はいいお天気ですよっ」
家から一歩踏み出すと、青い大空が……凄い……
言葉が出ないくらい自然豊かな光景。
部屋の窓は少し高くて私の身長ではよく見えなかったけど、凄い……本当に凄い光景なのだ。
ビルが一つもなく、電信柱もないので、視界には広陵とした自然がそこにあった。
たぶんここの立地がちょとした丘なのだろう。
見晴らしがいいのだ。
そして風が心地いい……雲ひとつない大空……真っ青な大空は凄かった。
少し目線を下げると、庭?……庭って言っていい広さなの?学校の校庭より広い庭は、生垣や庭木……花も咲き乱れて……なんというか……凄い。
さっきから凄いとしか感想が出てこない……メッチャクチャお金持ちの家なの??
「……レーア、私に記憶はないのですが、私の家って何?ただのお金持ちの家?」
「えっ?…………ああ、そこからですね……シィナお嬢様の御父君デール・リンドブルグ様は……ええと……リュデル王国の辺境伯です、リンドブルグ領の領主様…………シィナお嬢様?大丈夫ですか?」
「王国……へんきょうはく?……ごめんなさいファンタジーは少し苦手で……」
「ふぁんた?なんですか?お嬢様?」
「ああ、いえ、なんでもないです……つまり……お貴族様ってこと?」
「そ、そうです、シィナお嬢様は貴族令嬢でございます」
貴族令嬢っ!?なにその響き……なんか……私には……ついていけないのですけど。
お父さんは中小企業の部長だったけど……貴族って部長さんより上だよね?
ああ、たぶん頓珍漢なこと考えている気がするっ!
「シィナお嬢様?大丈夫でしょうか?」
「……レーア、私は……貴族令嬢としてやっていく自信がありません……」
「シィナお嬢様ならきっと大丈夫です、優しいご家族もいますし、私も精一杯シィナお嬢様を素敵な令嬢に導きたく存じます……私はこう見えても教員資格もあるのですよっ」
まだ玄関扉を出た所で私は固まってしまった。
昨日の魔法でも驚いたけど……貴族?中世?魔法?……私の読む物語は現代モノばっかりで……こんなファンタジーな世界の予備知識とかまったく…………
「…………レーア……もしかしてこの世界には魔物とかいるの?」
「魔物はいます…………アレとかそうですね……」
「え?」
レーアが指を指した方向を見るが何も……大空しかないけど……
…………ん?……遠くに何か……飛んでいる?
「なんですか?アレ……」
「恐らく飛竜かと……」
「まぁ、飛竜………………」
飛竜……竜…………ドラゴン?…………いくらファンタジーを知らないとはいえ、アレくらいは知っている。
凄く遠いのでこちらに被害はないだろうけど……ヤバくないですか?
ああっ!もう一人知ってる!
「スライムとかもいますか?」
「ええ、子供でも討伐できる弱い魔物ですね、私も子供の頃にやっつけた記憶があります」
私の世界でいうファンタジーの定番の魔物はいるようだ……他には咄嗟に思い出せないけど、一気にこの世界が怖くなってきた……魔物に出会ったら死なずに生きていけるのだろうか……
「シィナお嬢様、お散歩に行くのですよね?」
「え、ええっ……そうね、行きましょう」
……お散歩で魔物は出ないよね?
広大な庭を歩き始めたら怖さは自然となくなった……
庭を手入れしてくれる人もいるし、何より花の香りもして気持ちいい。
それに自分の足で歩ける幸せ……最高です。
まだ歩幅の感覚がおかしいけど、楽しくて仕方ない。
いい天気……暖かく乾燥もしていないので、私は色々と見て周る。
「シィナお嬢様、いいお天気ですなぁ……今日はお散歩ですかな?」
庭師をしているお爺さんにも話しかけられる……好好爺という感じのいいお爺さんで話しやすい。
「庭師のモルトさんです」
「はい、お散歩ですっ、この庭を管理してくれているのですか?」
「…………シィナお嬢様は……私をお忘れですか?」
「シィナお嬢様は……記憶がなくて……モルトさんにはまだ説明していませんでしたね」
「記憶が?シィナお嬢様、どこかお加減が優れないので?」
「今は体調がいいですよ、心配してくれてありがとうございます」
「レーア、一体何があった?……その黒髪と関係があるのか?」
……そういえば私も知らないのだ。
シィナちゃんに何があったの?
「レーア、私も知りたいのです……一体何が起こって黒髪になったのです?」
「……そうですね、シィナお嬢様はご自分の事ですので、説明致します」
「ワシも聞いてもいいかね?シィナお嬢様はワシの大事なお友達ですからな」
シィナちゃんとモルトさんは友達らしい……私に向かってニカッと笑ってくれる。
「モルトさんなら大丈夫でしょう、ですが屋敷以外の方には内密に……では花園で座りながら話をしましょうか」
「花園?」
「……シィナお嬢様が好きな場所で、ワシの自慢の花園ですじゃ」
レーアとモルトさんの後についていく。
庭の奥の方に向かって歩く……徐々に花の匂いが濃くなっている気がする。
鳥が羽ばたく音がした。
蝶々もヒラヒラと飛んでいて、何匹か見かけるようになる。
背の高い生垣を通り過ぎると、そこには一面の花畑が見えくる。
「わぁ……凄いキレイ」
「シィナお嬢様はよくここでシュアレお嬢様と遊んでいましたから」
色とりどりの花が咲いている。
鮮やかで見ているだけで幸せな気分になるよ……花畑の奥の方に屋根付きの建築物があった。
よく見るとテーブルと椅子もあった……あそこに向かっているようね。
「レーア先に行っといてくれ、ワシは飲み物を小屋から持ってこよう」
「お願いします、シィナお嬢様こちらです」
こういう場所はテレビでしか見たことなかったので、圧倒される……植物園は昔行ったことあるけど、ここの解放感は桁違い。
しかも別の世界の見たことないお花だらけ。
似たような花もあるけど、全く知らない変わった花もある。
凄い……ゆっくりレーアについていくと、蝶々がそこら中にいて……まるで楽園のよう。
白い建築物はあまり大きくはないけど、10人程度は休める仕様になっている。
その建築物の周りも凄い……たぶん計算されて花が植えてある。
テーブルまで来ると周りは花だらけで……目の保養になる。
日の光も取り入れているので、とても明るい……花がよく咲くようになっているのだろう。
水の流れる音がしたので、よく見ると周りには水路が流れていた。
この水はどこから引いているのだろう?今来た道を振り返って見ると、私がいた家……いやお屋敷が一望できた。
ずっと前を見ていて気づかなかったが、改めてお屋敷の大きさに驚く。
ホワイトハウスの倍以上はあるんじゃない?実際に見たことはないけど……
3階建てと思っていたけど……5階建てくらいはあるように見える。
縦も横もデカい。
貴族って金持ちなんだね……凄い。
なんだっけ…………へんきょうはくだ。
どれくらいの地位かよく分からないけど……お父様は偉いようだ。
「ここでモルトさんを待ちましょう」
レーアが椅子を勧めてくるので素直に座って周りを見る。
「ここは凄いですね……まるでおとぎ話のようで……花の妖精さんが居ても不思議ではないですね」
「ふふっ、妖精さんは居ませんが、精霊さんはよく現れますよ」
「は?……精霊さん?」
おおおおっ……またこの世界の不思議が増えていくぅ。
魔物の次は精霊さんという単語が追加されたよ……
「時折……こういう穏やかな日に小さい光に包まれた精霊さんが……こう、戯れている感じで……」
「……が、害は……ないのですよね?」
「ふふふっ、ええ、大丈夫ですよ……精霊さんは私は詳しくはないのですが、奥様がいうには時々現れる友達のような存在なので、一緒に遊ぶと喜ぶそうです」
「へぇ〜…………見てみたいかも……」
「その内来るかもしれませんね……今日はとても穏やかなので」
「何が来るって?」
モルトさんがいつの間にか私の後ろにやって来ていた。
手にはボトル瓶とグラスを持っていた。
「レーア、シィナお嬢様に注いでやってくれ……つい先日街のヤツに貰った果実水だ」
「まぁ、今年のモノはいい品質と聞いています……シィナお嬢様、少々お待ち下さいね」
「ああ、いい出来だ……それで何が来るって?」
「レーアが精霊さんがたまに来るって言っていたの」
「精霊か、今年はよく見かけるよ……確か、何日か前にも来ていたよ」
「本当に居るんだ……」
「お嬢様、私は嘘をついたことはありませんよ」
「うっ……ごめんなさい」
「ふふっ、さあどうぞ……このリンドブルグ領の特産品の一つで、リカンの実の果実水です」
いい香りがする……濃厚な甘い匂い。
「頂きますっ…………んんっ……甘いですっ!」
「いい出来でしょう?」
「はいっ!」
桃のような濃厚な甘みにほんのりレモンのような酸味も少しある。
これ美味いっ!
「今朝の果実も美味しかったけど、これは濃厚で好きですっ」
「朝食の果実はミュートの実ですね」
「ミュートの実も美味い、あっさりしていてワシはミュートの実の方が好きじゃなぁ」
感想を言い合うだけで楽しい。
周りは花でキレイだし、レーアもモルトさんもいい人だ。
こんな幸せでいいのだろうか……シィナちゃんに何か悪い気がしてきたよ。
……ああ、そうだった……
「……レーア、そろそろ聞かせて……私はどうなったの?」
「……はい、起きたことは私には理解できないのですが……お話しましょう」
「…………」
私もモルトさんも少しだけ緊張してレーアの方を黙って見つめていた。
さあ、真相を聞かせて頂戴……