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黒髪賢者の恩返し  作者: しんのすけ
第2章 私の学院生活
17/70

第14話



 今日は朝日が登る前に目が覚めてしまった。

 昨日の疲れは完全に消えてスッキリした気分。

 ただ誰かに囁かれた気がした……幽霊とかじゃないよね。

 魔法がある世界なのだから……幽霊がいても不思議じゃない。

 でもなんとなくだけど違う気もする。

 …………部屋を見回しても誰も居ない。

 まだ慣れない部屋なので少し不安になる。

 こういう時は、ハチカちゃんのペンダントを握って心を落ち着ける。

 ……大丈夫。

 二度寝をしようかと思ったけど、完全に目が覚めてしまったので起きよう。

 隣のレーアの部屋からは明かりが漏れていた。

 少し早いけど朝の支度をしてしまおう。

 今日は出かける予定もあるし、貴族っぽくない普通の服にしよう。

 部屋の電気ならぬ魔石灯を点けてから、衣装棚を覗く。

 お気に入りの白のブラウスと青のスカートを用意して……あれ?……食堂って制服の方がいいのかな?

 せっかくだし制服を着ようかな?白を基調とした品格のあるデザイン……なんか貴族っぽい。

 ん?…………制服で外に出ていいのかな?

 ああっ分からないことだらけだよっ!

 たぶんレーアも知らないからどうしようもない。

 なにか手引書的な物ないの?

 試しに机の引き出しを開けてみたら、一冊の本が置いてあった。

 ……これよこれっ!王立学院生徒案内書……生徒手帳的な感じの内容みたいね。

 調べてみよう、項目はそこまで多くはない。

 服装についてという項目を開くと、授業は制服で受ける……うん当たり前だね…………授業以外の時は私服でも良い……食堂は授業じゃないから大丈夫そうね。

 外出についても書いてあった、制服でもいいっぽい。

 どうしよう……制服は着てみたいけど外に行くなら私服の方がいいよね。

 …………よし、私服でいいや、制服を汚したくないし。


「……お嬢様?どうされました?こんな時間に」

「あ、おはようレーア」

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「うん、スッキリしたよ……今服装の事を調べていたの。食堂は制服がいいのか私服でもいいのか分からなかったから」

「そういえばそうですね、その本に載っているのですか?」

「ええ、校則とか服装の事とか載ってたから大丈夫」

「後で私にも見せてくださいませ、色々と学ばないといけませんからね」

「机に置いておくからいつでも読んでいいよ、今日は外にも行くから私服にしますっ、レーアの作ってくれたお気に入りの服がいいわ」

「かしこまりました、まずはお顔を洗いましょうか」

「は〜いっ」


 それから支度をしているうちに朝日が顔を出してきた。

 今日もいい天気。



 支度も終わり、特にやる事がなかったので、シュアレ姉様が迎えに来るまで昨日の続きで机周りを仕上げていく。

 持ってきた本は少ないけど、引き出しや棚に整頓していく。

 レーアも隣の自室を仕上げるようだ。

 欲しい物、必要な物があればメモをしておく。

 事前にキッチンがあることはわかっていたので、多少は調理器具も持ち込んだけど、どうしようか…………うん……食材を見て決めよう。


 部屋の仕上げを終えて、ベランダに出て日の光を浴びる。

 学院の景色もいいものだ。

 実家では2階だったので3階の見晴らしもいいし、学院の敷地には緑も多いようだ。

 それにベランダは広く、小さなテーブルと椅子もあったのでお茶も出来そう……優雅だね。

 …………校庭が見えるけど、全速力で走っている男性がいる。

 生徒だろうか……凄い走ってるよ。

 騎士見習いとかかな……変わった人もいるようだね。


 ベランダから戻るとシュアレ姉様だろう、扉をノックする音がした。


「シィナ起きてる?」

「今開けます」


 鍵を解除して扉を開けると、私服姿の姉様がいたので安心した。

 どうやら食堂は私服でもいいようだ。


「おはよう、もう行ける?」

「おはようございます……はい、レーアを呼びますね」


 隣の部屋のレーアを呼ぶとすぐに出てきたので一緒に部屋を出る。


「お小遣いは持った?」

「はい、ここにっ」


 肩掛けのポーチを姉様に見せる。


「部屋の鍵は大丈夫?」

「はい、レーアが持ってます」

「シュアレお嬢様大丈夫です、他に外出する時は何かありますか?」

「1階で外出する手続きをするだけよ、他は私がいれば大丈夫」

「では鍵をかけますね」


 レーアが鍵をかけて、一応開かないか確認もしてくれた。


「大丈夫そうね、じゃあ食堂へ行って朝食を食べましょう」

「はいっ」

「レーアさん、昨日のお弁当の頼み方も教えちゃうわね」

「はい、宜しくお願いします、ココナさん」


 食堂は1階なので、階段を降りて行くと、他の生徒とメイドさんたちもちらほら出てきて、食堂へ向かっていた。

 昔家族旅行で行ったホテルの朝食風景に似ていた。

 制服を着ている人はいない、私服で良かった……危なかったよ。


 玄関まで降りてから皆の進む方へ4人で向かう。

 途中に色んな部屋がある。

 1階の通路は談話室などの共用部屋があるようだ。

 奥が食堂だと思うけど、その手前でマイヤーレ寮長が皆に軽く挨拶していた。

 ここは姉様に先行してもらおう……あの寮長は何か怖い。


「おはようございます、マイヤーレ寮長」

「おはようございます、しっかり食べなさいね」


 ……本当に軽く挨拶しているだけのようだ。

 私も軽く……


「おはようございますっ!マイヤーレ寮長っ」

「いい挨拶ですね、おはようございます、しっかり食べて大きくなりなさい」

「はいっ」


 ……少し張り切ってしまった。

 でも一応褒められたからいいか。

 そのまま進んで行くと、正面が貴族用だろう……姉様が待っている。

 曲がり角ではココナさんがレーアを待っているようだね。


「シィナお嬢様、ではここで失礼しますね」

「はい、また後で……」


 レーアと別れて奥へ進むけど、やっぱり少し寂しい。

 でもここのルールだから仕方ない。

 姉様と一緒に適当な席に着く。

 窓際の2人用のテーブルだ。

 窓からは花壇が見えて、とても花が奇麗だよ。

 姉様が手を上げると、食堂の専用のメイドさんが対応してくれるようだ。


「シュアレお嬢様おはようございます、本日はどうしましょう?」

「今日は妹のシィナがいるので、軽く説明してくれるかしら」

「シィナお嬢様ですね?私は食堂専用の侍従をしておりますセニスと申します、以後お見知り置きください」

「シィナ・リンドブルグと申します、宜しくお願いします」

「ではこの食堂の説明をさせて頂きます。朝食は基本的に肉料理、魚料理、肉も魚も使っていない野菜中心の料理の3種から選んで頂きます」

「私は肉にしようかな、シィナはどうする?」


 なるほどね、こういうシステムか……んん……お肉もいいけど……


「私はお魚にします」

「かしこまりました、お飲み物はどう致しましょう?お茶か果実水ですが」

「私はお茶で」

「私もお茶をお願いしますっ」

「かしこまりました、では運んで参ります」

「はいっ」


 セニスさんは淡々と喋っていたけど、優秀そうなメイドさんだ。

 テキパキして姿勢もいい……出来る女って感じだね。


「それにしても凄い数のメイドさんですね」

「ここの侍従は見習い侍従でもあるのよ、学院では平民の侍従教育もしているんだって」

「皆優秀そうです」

「ええ、貴族が気に入った侍従を雇う場合もあるようね」

「へぇ、さすがお貴族様ですね」

「ふふっ私たちもそうでしょ」

「そうでした」

「他にも、レーアやココナを助けてくれるのよ」

「……と言うと?」

「そのままの意味よ、洗濯や掃除、縫い物までね。レーアもココナも優秀だけど、一人だと出来ることに限界があるでしょ?もしレーアが熱を出したらシィナは困るでしょ?」

「生きていく自信がありません」

「ふふっそうね、私もそうだわ、私たちを支えてくれるレーアやココナを更に支えてくれるのが、ここの侍従よ。今は食堂専用だけど、レーアが困った時は助けてくれるの、それも侍従教育なんだって」

「助け合うのはいいことですね」

「そうね、だからその分私たちは主としてしっかりここで学ぶのよ」

「姉様ご立派ですっ」

「ありがとう、この学院では貴族の心構えとかも勉強するから、シィナも学びなさいね」

「はいっレーアが自慢できるように頑張りますっ」


 姉様は成長したね……昔とは違って凄く大人になったよ。


「ところでシィナ、リカンケーキとか作れる?部屋で気軽に食べられたら、お姉ちゃん嬉しいんだけど〜」


 …………シュアレ姉様はシュアレ姉様だった。

 根本は変わっていないようで安心した。


「……リカンの実があれば……まぁ作れますが、リカンの実って王都だと高級品って聞いたことありますが……」

「うっ……そうだったわね……たまになら買ってもいいけど……お小遣いは大事だし……」

「実家に帰ればリカンケーキは食べ放題なので、せっかく王都に居るのですから、ここでしか手に入らない物で甘味を作りましょう」

「さすが子猫の奇跡亭の考案者ねっシィナがいるだけで学院生活が楽しくなるわっ」


 姉様それではニュアンスが違います……料理の考案者と言ってください。


「シュアレお嬢様、シィナお嬢様、お待たせ致しました」

「おっ、来た来た」

「これが学食……」


 肉料理と魚料理を荷台で持ってきてくれる。

 パンとスープは一緒だけど、他の料理は全部違う。

 あっち世界の学食のイメージは大衆食堂って感じだけど、ここは一皿に一品……コース料理みたいな感じ……朝から贅沢だね。

 セニスさんは運び終えると荷台を押して下がっていった。

 もう慣れたけどナイフとフォークで優雅に食べる。

 お弁当の方が気楽でいいかも……


「お肉料理は美味しいですか?魚料理は淡白で朝には丁度いいですけど」

「今日のように外で歩くような時とかは肉料理を食べるけどね、そこそこ美味しいわよ…………でも、ハンバーグが食べたいわ」

「なるほど……」


 姉様も私も舌が肥えてしまっているようだ。

 昨日は喫茶店で久しぶりに堪能したしね……

 もう少し味変が出来ればいいけど……今日は市場で何か探してみよう。

 

「あら〜シュアレさん、おはようございますっ」

「……おはようございます、ルルエラさん」


 うっ……昨日の公爵令嬢だ。


「それから〜……シィナちゃん、おはようっ」

「ルルエラ先輩、おはようございますっ」

「ああっ、なんて可愛いの…………き、昨日は良く眠れたかしら?」

「はい、部屋も片付いたので快眠でした」

「そう、良かったわねっ。学院生活で、何か困ったことがあったら何でも聞いてね?このルルエラお姉さんがいつでも相談に乗るからねっ」

「あ、ありがとうございます、ルルエラ先輩」

「ああっ…………で、ではお食事中失礼しましたね、シュアレさんご機嫌ようっ」

「ご機嫌ようルルエラさん……」


 元気な人だね……朝の校庭爆走男子とか学院は個性的な人が多い。 

 

「シィナ、食べ終わったら早めに出るからね」

「はい」

「ルルエラさんついて来そうだし……」 

「…………早く食べますっ」

「悪い人じゃないんだけどね……」


 …………うっ、こっち見てる……早く食べてしまおう。

 なんかうっとりしてる気がするけど…………危ない人には気を付けよう。


 貴族として……いや、女の子として恥ずかしくないくらいには早く食べ終わったよ。

 姉様もお茶を飲み終わったようなので、姉様と無言でうなずき合いそのまま食堂を出ていく。

 食堂を出た所で、レーアや他の側仕えのメイドさんたちが廊下で待っていた……私たちより早く食べ終え、ここで待つのが普通っぽい。

 レーアとココナさんが列から一歩前へ出て、私とシュアレ姉様に合流する。


「ココナ、シィナがルルエラさんの獲物にされる前に寮を出るわよ」

「……はい、かしこまりました。はぁあの方は……」

「獲物?……シィナお嬢様は危険なのでしょうか?」

「レーアさん、説明は後で……外出手続きをしてしまいます」

「……かしこまりました」


 レーアは私の手を握ってくれる。

 そこまで心配しなくても大丈夫だけどね……たぶん。


 外出手続きの仕方をココナさんが説明をしてくれたので、私とレーアは書類作成を見学していた。

 特に難しくはないようで、無人の記入所で代表者の名前と一緒に行く人がいれば名前を記入し、理由も軽く書くだけでいい。

 今日は市場へ買い物と書いていた。

 だけどこの外出手続きの書類は2種類あって、今書いているのは今日の門限までの書類。

 もう1つの外出手続きは外泊、もしくは門限時間以降に帰って来る場合、寮長に直接渡して許可を貰う必要がある。

 明確な理由なく気軽には外泊できない仕様だ。

 書いた書類を記入所にあるポストのような細い入口に入れれば大丈夫らしい。

 うん、理解した。

 レーアも簡単でしたねと感想を言っていたので大丈夫だろう。


「そういえば市場って遠いのでしょうか?歩いて行けます?」

「それが少し遠いのよ。とりあえず外に出ましょう」

「はいっ」


 初めての外出でワクワクしているけど、まずはこの大きい学院の敷地から出るだけでも少し時間が掛かる。

 守衛さんがいる守衛室まで少し遠い。

 あっちの世界の学校の校庭3個分はあるかな……馬車ならすぐだけどね。

 シュアレ姉様と一緒に歩き出す。

 

「私たちが育った屋敷って、街が近かったからいつも歩いて行っていたでしょう?」

「そうですね、街の大広間まで普通に歩いていました」

「そうそう、あのくらいの距離ならいいんだけど、王都は広大なのよね。色んなお店があったりして便利だけど、遠かったりして不便でもあるのよ」

「でも馬車はありませんから、歩くしかありませんね……」

「いいえ、この王都には私たちの街にはない物があるから大丈夫よ」

「ない物?なんでしょう?」


 タクシーとかバス的なものがあるのかな?それとも自転車?

 ……それとも魔石で動くような便利アイテムでも?


「とりあえず正門まで行きましょうか、答えはその後ね〜」

「はいっ」


 他にも何か……移動……楽に移動できるような……ローラースケート……はたぶん転ぶ。

 他の何か……魔法?移動できる魔法なんてあったかな?あったら便利そう。

 あっ……ついに魔法少女シィナちゃんが…………うん……違うね。

 ……分からないので素直に答えを待とう。

 なんだかんだでもうすぐ門に着くしね。


「おや、シュアレお嬢様、お出掛けですか?」

「ええ、妹と市場の方へ行ってきます」

 

 守衛室でも出掛ける旨を伝えてから似たような外出手続きの紙へ全員の名前を書くようだ。

 というか守衛さんに名前を呼ばれていたけど、これは普通の事なのかな?

 守衛さんが凄いのか、姉様が有名なのかは分からないけど。


 無事に門を出て、少しだけ歩いてからシュアレ姉様は立ち止まった。

 ん?アレはなんだろう?


「シィナ、レーアにも教えておくけど、コレ何か分かる?」

「……何でしょう?初めて見るけど、レーア分かる?」

「何かの石碑でしょうか?」

「まぁそうね、石碑ね」


 結構大きいけど馬車では気付かなかった。

 2メートルくらいある石碑だね……何か文字っぽいのも彫られているけど、昔の物のようで文字は読めなくなっている。

 あっちの世界でも、家の近くの公園にこういう感じの石碑があった。

 子供だったので特に何も思わなかったけど、昔の人が何か伝える物……かな?石碑って……もしくは何かの記念とか。

 これも何かの石碑なのだろうけど……これが……なに?


「この石碑って、王都中にたくさんあるの。」

「歴史的な物ですか?」

「そうだと思うけど、古過ぎてよくわかってないとか誰か言ってたわよ?」

「はぁ…………で、この石碑がどうしたのですか?」

「ここで待っていればすぐに来るわ」

「何が……」

「あ、来た来た」


 ん?後ろ?

 振り向くと後ろから馬車が来ていた。

 何だろう、荷馬車っぽいけど積荷のところに人の頭が見える。


「正解は乗り合い馬車よ」

「乗り合い?」

「他の人と一緒に乗り込むのよ」

「なるほど……アレに乗ればいいのですか?」

「ええ、詳しい話は乗ってからね」


 馬車が近づいてきて、私たちの前で止まった。

 ……ああ……たぶん理解したかも。


「おじさん、4人乗れる?」

「ああ、大丈夫だよ、乗りなっ」


 馬車の後方へ行くと、ちょっとした足を掛けるはしごがあってそこから乗り込むようだね。

 ココナさんが先に登っていって、その後を姉様も登っていく。


「先に私が乗りますね」


 レーアもはしごを登っていくので、私も足を上げて登る。

 私の背丈ではギリギリだ。

 手すりもないので登りづらいけど、なんとか登れる。


「シィナお嬢様、お手をっ」


 レーアが引っ張ってくれるので助かった。

 私には少し難しい……人前で抱っこはされたくはないので、頑張ろう……

 荷馬車部分に座る場所があって、他にも人が4人座っていた。

 もうシュアレ姉様は座っていたので、隣に座る。

 ココナさんとレーアは私たちの正面に座った。


「おじさんいいよ〜」

「はいよ〜」


 姉様がそう言うと、おじさんが馬車を動かしていく。

 これが乗り合い馬車……あ、乗り合いタクシーとか聞いたことあるけど、こんな感じなのかな。

 他人と乗る馬車は初めて。


「さっきの石碑のところで待っていれば、こうやって乗り合い馬車に乗れるのよ。市場の方へ行くなら、学院前から乗れるからね」


 やっぱりそうか、石碑はバス停代わりに使われているみたいね。

 王都中にあるって言っていたし。


「確かにリンドブルグ領にはありませんね、お値段は?」

「タダよ、乗り合い馬車は王家が運営してるからね」

「なんだい?お嬢さんは乗り合い馬車は初めてかい?」


 突然シュアレ姉様の隣に座っていたおばさんが話しかけてきた。


「ええ、妹なんだけど、田舎から出てきたばかりでね。今日は市場に用があって……」

「そうかい、王都へようこそっアタシも市場へ行くからね〜迷子にならないようにねっ」

「はいっありがとうございますっ」

「可愛い子だねぇ黒髪なんて初めて見たよっ」

「おお、本当だ、珍しいねぇ〜」


 他のおばさんも会話に混ざってきて、ワチャワチャしながら馬車は進んで行く……今日はシンプルな服装だから貴族ってバレてないっぽいね。

 途中で1人乗ってきたり、私くらいの子供が2人乗ってきたりもした。

 1時間くらい掛けて進んで行くと目的地に着いたようで、ほとんどの人が市場付近の石碑の前で降りていく。

 私は降りる時に先に降りたレーアに持ち上げられた……抱っこじゃないからセーフ。



 石碑から少し歩くと大通りにぶつかった。

 大通りは人が多い。

 一面ガラス張りの高そうなお店があったり、昔ながらのお店が賑わっていたり……活気があってお祭りのよう。

 大通りを進んで行くと、大広間になっていた。

 道沿いには屋台が並び、中央には沢山のテントが並んでいる。

 実家の近くの大広間より数倍大きい……ここが市場……中央部分のテントで色々な食材が売られているらしい。

 屋台からはいい匂いもする。

 大道芸なんかもやっている……さすがにピエロではなかったけど。

 ふと思う…………私はシィナちゃんの体に入っちゃったけど、同じような人はいないのかな……と。 

 大道芸を見て、何故かそんなことを思った。


「シィナっ、市場を覗くけど、はぐれないようにねっ」 

「はいっシュアレ姉様っ」

「レーア頼むわよっ、はぐれたらここに戻って来てねっ」

「かしこまりましたっ」


 周りが少しうるさいので、声を張らないと聞こえづらい。

 私はレーアと手を繋いで市場へ進んでいく。


 今日は甘味の材料、食材探しに来た。

 市場の一軒めでいきなり美味しそうな果実が売られている。

 見たことのない果物ばかりだよ。

 シュアレ姉様も一緒に見ている……すると隣のおばさんが何かの果物を何個か買っていたが、いきなり値切りだした。


「お兄さんっこれで100シュタかい?80にまけておくれよっ」

「これは今日仕入れた新鮮なやつだよそれは100だ」

「じゃあこれも買うから少しまけておくれっ」

「ん〜じゃあ合わせて150でいいよっ」

「120」

「……140っ」

「もう一声っ!」

「ええい、130でいいよっ!」

「はい、130ねっ」

「まいどありっ!」


 …………おばさんは60シュタの果物を半額の30シュタで手に入れていた。

 これが値引き……店と客の攻防……日本でも昔のアニメなんかでそんな場面を見たことあるけど……本物の値引き合戦は初めて見たよ。

 値引きのは基本なのかな?

 というか果物の味が分からない。


「姉様、果物の味が分りませんっ姉様は知っている果物はありますか?」

「そうね〜……やっぱり甘い方がいい?」

「……いえ、例えばすっぱいものや、甘いけど苦みもあるようなものでもいいです」

「そうなんだ…………おにいさんっ!すっぱい果物ってある?」

「ありますよっこの緑のやつとそっちの黄色いやつがすっぱいよっ」

「試食って出来る?」

「熟れて売り物にならないやつでいいなら出来るよ、どうする?可愛いお嬢さんっ」

「それでいいから味見させてっ」

「切っておいたよ…………はいっ、どうぞ〜」

「ありがとうっ」


 さすが姉様だ。

 試食ができるのは大きい。

 お兄さんは2つの果実をナイフで半分にしてくれていたので、シュアレ姉様と半分ずつ食べてみる。

 ……すっぱい……あ……おいしい。

 レモンティーに出来そう……レモンじゃないけど。

 こっちもすっぱいけど味が薄い。

 買うなら黄色いやつだね。

 こうして甘い物も試食させてもらい、3種の果実を手に入れた。

 姉様は値引き経験もあったようで、3種を5個ずつ買って、計120シュタを100シュタにしていた。


 ちなみにシュタとはこの国の通貨で、100シュタは日本円で約1000円くらいっぽい。

 レーアとココナさんはリュック……背負い袋を背負って来ているので、果物はココナさんが背負ってくれた。

 試食して残った皮はお兄さんに処分してもらった。


「姉様、手を洗ってください。どうぞ」

「ああ、ありがとうシィナっ」


 水の玉を2つ出して、手を入れて洗う。


「お嬢ちゃんは生活魔法がうまいねっまいどありっ!」

「ありがとうございましたっ」

「またきておくれっ!」


 とりあえず果物は手に入れた。

 まだ市場は始まったばかりだよ……奥にはまだまだテントが続いている。



 市場で、小麦粉なども買っていく。

 学院の購買部的な場所で、塩、砂糖、卵は販売しているようなので、学院で買える物は買わなかった。

 他にも何かないか探す……お米ってないよね?……一応探すよ。


「姉様、あそこは壺がたくさんありますね」

「変な匂いがしてたわよ?」

「少し見てもいいですか?」 

「ええ、勿論。時間はまだまだあるからね」


 壺がたくさん並んでいる所に近付くと、色々な匂いがしてきた。

 なんの匂いだろ?混じり合って良くわからない。


「おじさん、ここは何を売っているのでしょうか?」

「ここは調味料を売っているんだよ、お嬢ちゃん」


 きたっ!念願の調味料っ!これで世界が変わるっ!


「味見ってできますか!?」

「勿論出来るけど……お嬢ちゃんがするのかい?」

「ええ、妹は料理上手なのよ」

「へぇまだ9歳くらいだろう?凄いね〜」 

「12歳ですっ!」

「す、すまなかったねお嬢ちゃん、壺を開けてどれでもこれで試していいよ」

「ありがとうございますっ」


 スプーンを貸してもらい、端から壺を開けて試してみる。

 匂いがキツイなんだろうこれ?スプーンに少しすくって指で舐めてみる。

 ……あ?味噌っぽい味だ……なんだコレ?液体だよね?

 

「おじさん、これなにっ!?」

「それは海藻を煮出して作るボボンという調味料だよ」


 海藻?海藻を煮出すと味噌みたいな味がするって……海ってどうなってるのだろう。

 私はスプーンを水を出して洗い、他の壺を端から順にどんどん試していく。


 そして何坪目か分からなかったけど久しぶりに味わえた。

 醤油っぽい味を発見できた。

 少し薄めだけど、これは醤油だ……何年かぶりに味わえて本当に嬉しい。 


「おじさん、これを壺ごと欲しいのですが、おいくらですか?」

「えっ?壺全部かい?」

「あ、あとボボンも壺ごと……ああ実家に送って欲しいのですが」

「お嬢様、壺ごと買われるのですか?」

「ええ、どうしても欲しいので」

「シィナ、子猫の所で保管してもらうことも出来るわよ」


 そっちの方が輸送費用を抑えられるか……夏休みに帰るときでもいいか。


「では保管してもらいますか……おじさんおいくら?」

「これはゾイというんだが、ボボンもゾイも売れなくてね、買ってくれるなら合わせて3000でいいよ」


 3万円くらいか、うん買おう。


「レーア、ここから3000シュタ出して」

「はい、お嬢様」

「…………あの、もしかしてお貴族様でしょうか?」

「一応ね。田舎の貴族よ」 

「おじさん、ボボンとゾイってまた手に入る?」

「は、はい手に入れることは可能です」 

「…………姉様、やはり実家にも欲しいです」

「そう、リンドブルグへ送って欲しいけど大丈夫かしら?」

「リンドブルグは私の故郷ですが……もしかしてヘンリー様のお孫さんでしょうか?」

「はい、そうです。お祖父様を知っているのですか?」

「領主様を知らない住民はいないでしょう、ああ今は息子さんが領主様でしたね。……わかりましたボボンとゾイはまた手に入れてから領主様の屋敷へお送りします」


 代金を支払い、手続きをしてしまう。

 醤油と味噌があればなんでも作れるよね〜。

 だけどまだ足りない……肝心な物がない。


「おじさん、乾燥させた野菜とか魚とか売ってるところ知らない?」

「そっちの方に行けばありますよ」

「では子猫の奇跡亭へこれは運んでおいてください、後で言っておきますから」

「分かりました、また何かありましたらいつでも来てください」


 おじさんの言った方へ向ってみると、あ、あれかな?

 魚の干物がズラリと干してある。

 おお……凄いね、干物や乾物が色々あるよ。

 お出汁が取れる物はなにかないかな〜?お出汁があれば味噌汁ができるよ。

 完全に和食モードの舌になってしまっている。

 鰹節はさすがにないか……でもこれならいけるかな。

 前に食べたことあるからね。


「おばさん、このキノコおいくらですか?」

「1つ20シュタだよ」

「こっちのコレは?」

「そっちは1つ10シュタね」

「…………これは?」

「それも10シュタ」

「3個ずつ買いますっ」

「は〜い。お使いかな?お嬢ちゃん偉いねっ」


 今度は自分でお金を出してみる。

 えっと60,30,30で90シュタだね…………これでいいか。


「おばさん、はいっ」

「は〜い、お嬢ちゃん可愛いからコレとコレと……コレもおまけで包むねっ」

「いいんですか?ありがとうございますっ」

「可愛い〜ね〜コレもつけちゃうっ」


「……買い物はシィナに任せた方がお得ね……値切るより凄いわ……」

「アレって結構しますよ……」

「シィナお嬢様……成長なさいましたね。レーアは嬉しいですっ」


 なんか後ろがうるさいけど……まあいいか。

 野菜も少し欲しいなぁ。

 あ、野菜もあっちに売ってる。

 おばさんにお礼を言って野菜売り場に向かう。

 あ〜あっちにも果物あるね……ん?あれはなんだろう……


 市場面白いっ!

 来て良かった〜。

 まだまだお買い物に時間掛かりそうだよ。

 

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